インタビュアー:伴場森一 (London School of Economics and Political Science 修了)
伴場:並木さんは現在、WFP(国連世界食糧計画)バングラデシュ事務所でレジリエンス強化と社会保障のチームリーダーとして勤務されておりますね。現在のお仕事の内容について教えてください。
並木:今、幅広い業務を担当していますが、大きく分けて二つの柱があります。一つはソーシャルプロテクション(社会保障)で、もう一つは、レジリエンスビルディング(強い地域社会の構築)に関する事業です。
ソーシャルプロテクションに関しては、政府の社会保障制度を補完する目的があり、戦略立案の支援や、携帯電話のモバイルマネーを活用した現金支援の技術的サポートを政府に対して行っています。主に、妊娠中の母親と4歳未満の子どもを育てている母親とその子供がどんな環境に置かれていたとしても常に十分な栄養が得られることを目的に行っています。
もう一つの柱であるレジリエンスビルディング(強い地域社会の構築) についてですが、これは特にバングラデシュ特有の支援を行っています。災害が起こった後によりよい社会を再建できるように回復力を高めることが目的で、その中でも アンティシペイトリー・アクション(Anticipatory Action) という取り組みが最も大きな事業です。
これは災害が発生する前に、それを予測して事前に現金送付を行うというもので、モバイルマネーを活用しています。バングラデシュは世界で7番目に災害リスクが高い国であり、特にサイクロンや洪水が頻繁に発生します。それらの災害が発生する 兆候 が現れると、気象庁から情報が提供されます。例えば、「3日後にサイクロンが上陸する」という予測が出た際、サイクロン上陸前に住民が十分な食料をもって安全に避難できるように携帯電話の送金システムを使用して一家当たり50ドルほどの金額を支給します。WFPが行った調査では、アンティシペイトリー・アクションを実施することにより、実施しなかった場合に比べて洪水後に発生する人道支援のコストが50パーセントにまで削減されるとわかっており、より費用対効果を求められる近年の人道支援の世界で注目されている事業の一つです。
伴場:並木さんは同じWFPとはいえ、これまでにジンバブエ、ルワンダ、スーダン、バングラデシュと異動されてきた中で、おそらく仕事内容も変わってきていると思います。転職の際、新しいポジションの要件を完全に満たしていないこともあったかと思いますが、その場合はどのようにアピールされましたか。
並木:そうですね。これまで、食料安全保障のデータ分析にかかわる仕事から、ジェンダーに携わる業務まで幅広く担当してきました。応募の際には、本部のスタッフィングコーディネーター(Staffing Coordinator)と呼ばれる各ポジションの調整役と面談の機会を持つことができ、応募ポジションに就くことが長期的に目指しているキャリアゴール達成のためにどのように貢献するか、またこれまで培った自身の経験が直接ポジションタイトルと紐づかなくても新しい視点を事務所に持ち込めることを強調してきました。
また、WFPでは、他機関に比べて比較的ジェネラリスト(専門家ではなく幅広く業務に対応できる人材)が多く、これまでの多様な経験に基づいて、より広い視点をもって困難な環境においても柔軟に対応できる人が活躍しているイメージです。例えば、ある国事務所の代表が人事のバックグラウンドを持っていたり、元広報官が緊急支援の現場のリーダーになる例を見てきました。ひとつの専門分野に縛られず、スタッフの興味や関心に応じて分野横断的にキャリアを築きやすい組織だと感じています。
2022年スーダン 避難民キャンプにてインタビュー
伴場:法政大学をご卒業後、LSEのMSc Development Managementに進学された理由、そして他の大学も検討されたのかについて教えてください。
並木:まず、LSEを選んだ理由ですが、非常に 実践的なカリキュラムが特徴的だったからです。
特に私が選んだコースには、Development Management Consultancy Project という授業がありました。この授業では、開発・人道支援分野の団体に対してコンサルティングを行い、彼らの課題解決を支援するという内容でした。このような実践的な授業は、他の大学ではほとんど見つからなかったので、とても魅力的でした。
私が担当したのは、LSEの卒業生で現在国連で働いている日本人女性と、彼女のイタリア人のパートナーが運営する教育とメンターシップを通して東南アジアの途上国の女性リーダーを支えることを目的としている非営利機関の「WEDU」でした。私たちのチーム(4人1組)で、複数のインタビューなどを通じてこの団体がどのようにインパクトを拡大し、より多くのドナーを獲得できるかを分析しレポートとプレゼンテーションをもって提案しました。この実習は、現実の課題を知るとともに課題解決の支援をする経験ができ、とても貴重なものでした。その後に経営コンサルティング企業に就職を決めたのもこの経験による影響が大きかったです。
もう一つ魅力的だったのは、「Base of the Pyramid(BOP)」 に関する授業でした。これは、ソーシャルビジネスに関する内容で、経営学部の授業を履修できるプログラムでした。
この授業では、実際にフィールドワークを行いました。たとえば、インドの地方にある教育系のNPOに訪問して関係者へインタビューをして、現地での課題解決に貢献するというものでした。LSEが渡航費や生活費を負担してくれたので、学生が気軽に実践経験を積むことができました。
もう一つ、LSEの大きな魅力としてタタ・ソーシャル・アントレプレナーシップ・プログラム への参加がありました。
これは、インドの大手企業 TATA のCSR(企業の社会的責任)部門とLSEを含む世界各国の学校が共同で立ち上げたプログラムです。このプログラムでは、学生がインド各地の農村で2ヶ月間インターンとして働き、TATAが展開するCSRプロジェクトのインパクト測定を行い、最終的にTATAの本部でプレゼンテーションを行います。
渡航費、宿泊費、生活費まですべてプログラム側から支給されるため、金銭的な負担なく参加できました。私も試験終了後にこのプログラムに参加し、非常に貴重な経験を得ることができました。LSEは、こうした実践的な機会を提供してくれるところが本当に素晴らしいと思います。
2013年イギリスのロンドン大学政治経済学院大学院の入学式
伴場:それは実践的ですね。他の大学にも出願されたとのことですが、どちらに出願されたのですか。
並木:LSEのほかに、次の3つの大学に出願しました。
キングス・カレッジ・ロンドン(KCL) の紛争・安全保障・開発コース
ヨーク大学 の紛争復興と開発コース
SOASの暴力・紛争・開発コース
ちなみに、実際に進学したLSEのMSc Development Managementが第一志望だったのですが、実は不合格だったのです。ただ、第二志望のLSEの MSc Anthropology and Development Managementには合格しました。実際のところ納得がいかなくて、初日に「なぜ落ちたのか」とLSEの事務局に直接聞きに行ったんです。すると、「学科を変更したいなら、理由を書いて所属先の教授のサインをもらって提出すればいい」と言われました。そのため、その日のうちに教授のサインをもらい、申請を提出して、無事に希望していたMSc Development Managementに変更できました(笑)。
伴場:転科は、学費の支払い前だったからできたのでしょうか。
並木:そうですね。全額支払い前だったのも大きかったと思います。LSEには正式に学科変更の手続きというものがあり、その制度を利用しました。進学を考えている人は、こうした柔軟な対応もあり得ることを知っておくといいかもしれません。
2014年イギリス大学院のコンサルティングプロジェクトのレポート完成日
伴場:WFPに興味を持った経緯について教えてください。
並木:最初のきっかけは、LSE修了後、日本で経営コンサルタントとして勤務していた時期に参加したWFPについての講演でした。その時点ではWFPの業務内容を深く理解してはいませんでしたが、「この講演をしているWFP職員の方がとても魅力的で、楽しそうに仕事をしている」と感じたのが最初の印象でした。そこからWFPについて調べ始め、その流れでHPC(広島平和構築人材センター)のプライマリーコースの説明会にも参加したんです。
HPCの説明会では、30年以上にわたり国連に勤務し、WFPのアジア地域局長を務められた忍足謙朗さんが登壇されていて、その方の リーダーシップや仕事に対する考え方に強く共感しました。「このような環境で働きたい!」と確信しました。
伴場:並木さんはそのプライマリーコースで、WFPのUNVとして勤務する機会を得てから、JPO時代も含めてずっとWFPでご勤務されてますね。その間、他の国連機関での勤務は考えませんでしたか。
並木:いいえ、特に考えていませんでした。私の場合、「国連で働きたい」というよりも、WFPという組織に興味を持ったためです。実際、私はもともと国連に対して特別な関心があったわけではなかったのです。でも、WFPは現場主義で、なるべくボトムアップのアプローチを取ろうとしている点に惹かれました。また、WFPはファミリーとして職員同士の結びつきが強く、本音で語り合える環境があるという点も大きな魅力でした。
したがって、WFPが国連機関であるかどうかは関係なく、この組織の文化や価値観に共感したから入ることを決めたという感じです。
2017年ジンバブエ 田舎のWFPプロジェクト現場にて
伴場:強いパッションを持ってWFPに入ったのですね。実際に入ってから、ギャップはありましたか。
並木:ギャップは確かにありました。例えば、地域や組織によって文化や業務において重きを置く点が大きく異なるため、これまで日本の民間企業に身を置いてきた自分と周りの業務のやり方にギャップがあると感じることがはじめはありました。一方、良い意味でのギャップは、生活や業務環境が厳しい場合であってもエモーショナルインテリジェンス(自分の感情をコントロールしたり、他者の感情を理解したりする能力)が非常に高い人が多い点です。WFPのリーダーシップ研修でもこの分野の能力強化に力を入れており、キャリア全期間を通して心から尊敬できる上司に幾度も恵まれました。
伴場:WFPの組織文化について伺いたいです。法政大学の卒業生インタビュー記事では、「WFPは結果主義の文化がある」と書かれていましたが、今でも同じように感じますか。
並木:はい、基本的に 結果主義の文化 は今も変わらないと思います。
ただ、これは働く国や事務所によって異なる部分もあります。例えば、私がスーダンで働いていた時は 緊急人道支援が中心で食料などのモノを迅速に届けることが主軸の現場だったため、結果がわかりやすい環境でした。
一方で、現在のバングラデシュのように開発支援にも重きを置く現場になると、政府への社会保障制度の強化支援や農民の能力強化支援等、必ずしも目に見えるものだけが支援内容ではない場合もあります。しかし、その場合でもWFP独自の手法により目標達成に向けたプロセスの進捗状況を定量的に評価する指標を設定するため、結果を出すことに重きを置くことに変わりはありません。
伴場:2年程前の別のインタビュー記事では、「いつか自分のプロジェクトを持つ」ことが目標だとおっしゃっていましたが、現在はどうですか。
並木:最近はもう一つの目標が加わりました。それは 「キャリアとプライベートを両立しながら自分の人生を主体的に生きていく」 ということです。例えば、私の周りには、キャリアのために 結婚や子どもを諦める人が多い んです。JPOの年齢制限が35歳なので、30代から国際機関でのキャリアをスタートする人も多く、その過程でパートナーとの関係を断念したり、結婚や出産のタイミングを先送りにしたりするケース をたくさん見てきました。
私は両者を天秤にかけてどちらかを犠牲にするのではなく、自分はどう生きたいかを常に問い続けながら生きていきたいと思っています。自身の思い描くキャリアを積むだけでなく、何が自分の人生全体を豊かにするのかを考えることも大事だと感じています。もちろん結婚や子供を持つことだけが人生を豊かにするものではないと思っています。人生100年時代、仕事が定年を迎えてもキラキラしていたいと言ってヨガ講師やスキューバダイビングのインストラクターの資格をとった方も職場にいますよ。
伴場:私も国際機関に勤務しており、同世代の知人達とよく話すのですが、結婚や子どもに関する悩みを抱えている人が決して少なくないようです。
並木:本当に難しい問題ですよね。特に、勤務地が僻地だとなおさら(笑)。
私自身も、JPO勤務を終えてWFPの正規職員になった31歳の頃にこれまでキャリアに全力でまい進してきた自分を振り返り、初めてどう生きたいかをじっくり考えた結果、人道支援の仕事に就いて世界を転勤しながらも結婚して家庭をもってみたいと強く感じました。しかし赴任先として提示されたのは、人間よりロバや羊の数の方が多いのではないかという砂漠の真ん中のスーダン。迷いましたが赴任したところ、今のパートナーと出会い(その後紛争による退避の影響で離れ離れになったりとハプニングもありましたが)昨年結婚しました。
国際機関で働く人のなかには遠距離婚のケースも多く、私も例にもれなかったので日本に数週間の弾丸帰国をして、すべての手続きを進めて入籍し、またそれぞれの赴任国に戻りました。その前には、念のために卵子凍結もしていました。結婚を決めてから入籍までの期間は3か月で、大変目まぐるしい日々でした。
伴場:まさにプロジェクトマネジメントですね。
並木:まさにそうです(笑)。仕事と同じように、自分でコントロールできることに精一杯力を尽くすことで、可能性が広がると思います。こういう話を通じて、「チャンスは自分で作れるんだ」と思ってもらえたら嬉しいですね。
伴場:最後に、国際機関や英国大学院への進学を視野に入れている方々に向けて、メッセージをお願いします。
並木:「自分の心が言っていること」から目を背けないでください。どうしても、進学やキャリアを考えるとき、「自分がやりたいこと」よりも「自分にできること」や「社会のニーズ」 に目が向きがちになります。でも、やはり 「自分が本当にやりたいこと」 を大切にする人生の方が、きっと幸せだと思います。自分の直感や想いを大切にして、一歩踏み出してほしいと思います。
2024年 バングラデシュの地方出張時に支援する農民の女性たちと