インタビュアー:伴場森一 (London School of Economics and Political Science 修了)
今回キャリアインタビューを行ったのは、セネガルにあるUNICEF西・中央アフリカ地域事務所でHealth Specialistとして勤務している木多村知美(きらむらともみ)様です。小児科の臨床医として勤務後、Liverpool School of Tropical Medicineの修士課程に進学し、その後、国立国際医療研究センター、JICA専門家、厚生労働省、WHOを経て、現在に至ります。本インタビューでは、木多村様の国際保健の分野に進んだ背景や、これまでのキャリアのハイライトを伺いました。
現在はセネガルにあるUNICEFの西・中央アフリカ地域事務所で、母子保健に関わる業務を担当しています。予防接種とHIVに関する分野を除く、すべての母子保健分野を担当しております。具体的には、UNICEF国事務所と共に、政府が行う母子保健に関する政策や提言作成の支援、母子保健に関する医薬品のサプライチェーン支援や、保健情報システムの強化や母子保健に関連した指標(インディケーター)の分析に取り組んでいます。実際に、現地で母子保健に関する研修を行うこともあります。
実は、キャリアの初期段階では国際協力の道を考えていませんでした。横浜市立大学を卒業し、医師免許を取得し、日本大学医学部附属病院の小児科で臨床医として勤務していたのですが、5年目に「新生児科医にもできる国際保健」というセミナーに参加する機会がありました。そこで初めて、国際協力の分野で働くという選択肢があることを知りました。また、小児科医は人手不足で非常に忙しく、この仕事を今後10年続けるのは相当厳しいと感じていたというのも、キャリアの方向性を見直すきっかけになりました。
日本では、たとえ500グラムほどの低出生体重で生まれた赤ちゃんであっても、その命を助ける方法があり、医療サービスを提供することが出来ます。それは、日本の医療体制だからこそ可能なことであり、海外では必ずしもそうではありません。一人一人の赤ちゃんの命を見つめる臨床医としての仕事から、多くの赤ちゃんとお子さんを保健システムを強化する事で支える公衆衛生の仕事に移ろうと思った事が、私が国際保健を仕事として志す大きなきっかけになりました。そして、小児科医として勤務を始めてから8年後、Liverpool School of Tropical MedicineのTropical Paediatrics(熱帯小児医学)コースに進学しました。
イギリスを選んだのは、1年で修了できる点が魅力だったからです。また、自身の専門である小児科の知識を活かしつつ、国際保健の分野に必要な知識も深められるTropical Paediatricsを専門的に学べるのは、当時は進学先のコースだけでした。興味のある分野に特化したカリキュラムが非常に魅力的に感じられ、進学を決めました。
保健医療の研究で有名なものには、ほかにもロンドンのLSHTM(The London School of Hygiene & Tropical Medicine)がありますね。LSHTMは政策に強みがある一方、Liverpoolはより現地に密着した熱帯医学の研究に強いという印象です。ロンドンで学ぶことも考えたのですが、生活費を含む留学費用が高いことと、Liverpoolの方が一人の教授が見る学生数が少ないことも決め手となった理由の一つです。私が在籍していたコースは、当時は、学生が12名ほどでした。
久しぶりに学生に戻ったという実感がありましたし、最初の頃は記述式の課題に苦労したことを覚えています。日本の医師国家試験は選択式(マルチプルチョイス)なので、記述式の回答に慣れるまでに時間がかかりました(笑)
修士課程を修了した後の2010年に帰国し、独立行政法人国立国際医療研究センター(現国立健康危機管理研究機)に入職しました。このセンターは、国際保健に特化した国内唯一の公的機関で、2015年には国立研究開発法人に改組されました。厚生労働省の管轄下にあり、私は勤務するなかで厚生労働省から外務省へ推薦され、JICAの長期・短期専門家としてミャンマー、ラオス、カンボジアなど、東南アジアを中心に国際協力の現場での業務に携わりました。ただ、私はJICAのお仕事よりも、母子保健に関する研究の仕事に派遣されることが多く、マダガスカルやラオスで、現地の病院や保健省の方と研究業務に従事した事の方がメインでした。同センターには2017年まで在籍していました。
国立国際医療研究センター(当時)の存在は、もともと私が日本大学医学部附属病院で働いていた際に、当時の教授から紹介して頂いた先生から教えて頂きました。当時は、突然「国際保健に関わりたい」と言い出す医師は珍しかったらしく、当時の小児科教授が私の将来を心配し、教授のお知り合いの先生で、国際保健に関わっていらっしゃる方をご紹介頂きました。その際に、将来、国際保健に関わるなら、国立国際医療研究センターに就職するという選択肢もあると教えて頂きました。
大学院修了後、「これからどうしようか」と考えていたタイミングで、ちょうどそのセンターが求人を出していたのを見て応募しました。結果として、ご縁をいただき、国際保健の専門機関でのキャリアをスタートさせることができました。また、その後には、厚生労働省の医政局総務課 医療国際展開推進室でも短期間ですが、勤務する機会を得ました。
実は、キャリアプランを明確に描いていたわけではなく、あくまで「母子保健に関する国際保健に携わる仕事ができればよい」という考えを持って動いていました。そのため、特定の組織にこだわりはありませんでした。私は厚生労働省での勤務を経て、WHOアフリカ地域事務局(WHO AFRO)で半年間勤務する機会を得ました。勤務先はコンゴ共和国のブラザビルで、野口英世アフリカ賞の受賞者を決定するプロジェクトを管理する任期付きのポジションとして、派遣されました。任期限定のお仕事でしたので、契約終了後の進路を考える必要がありました。そこで、たまたま外務省が実施していた「国際機関幹部候補職員選考試験」に応募し、UNICEFの中東・北アフリカ地域事務所(MENARO)のポストに採用されました。当時、保健分野での募集はUNICEFだけでした。
ラオスの保健センターで受診している女の子にご挨拶
(ラオス式のご挨拶。謝っている訳ではありません)
中東・北アフリカ地域は、地域の特性から緊急支援に資金が集中し、全体として母子の死亡率が比較的低いため、母子保健に資金が集まりにくいという傾向がありましたが、当初の2年は日本政府の支援、3年目はUNICEFが資金を調達してくれました。
ただ、中東・北アフリカ地域では、4年目の資金は調達できずに、困っていました。その際にUNICEF本部の保健プログラムが、西・中央アフリカ地域では、保健状況が依然として厳しく、支援ニーズが大きく、資金調達の見通しも立っているにも拘らず、母子保健のポストが欠員である為、西・中央アフリカ地域事務所に移ることを勧めてくれ、Stretch assignmentというお試し採用期間の後、試験を受け、採用され、異動しました。
いくつかありますが、特に印象深いのは、国立国際医療研究センターに在籍していた際に、JICA専門家として関わったラオスの母子保健プロジェクトです。プロジェクト終了を控えた時期に、ラオス保健省の方が「これは私たちラオス側の事業である」と明言され、事業を自国の取り組みとして継続する意思を示してくださったのは嬉しかったです。また、ラオスでは、予防接種に関する調査も、医療センターと保健省の方と実施しました。そのデータを活用して、ラオス側が独自に予防接種キャンペーンの対象年齢層を拡大し、政策に反映させていたことが非常に印象に残っています。
最近では、2024年に私が所属する西・中央アフリカ地域事務所が主催した大規模な母子保健カンファレンスが挙げられます。地域事務所がカバーするアフリカ24か国全てから、保健省、UNICEF国事務所の職員に加え、UNICEF本部、UNFPA地域事務所、WHO地域事務所、UN Women地域事務所、JICAセネガル事務所等、多数の参加者を迎え、4日間にわたって実施しました。無事に成功のうちに終えることができ、今も、国事務所と共に、各国保健省と、新生児や5歳未満小児の疾患の予防や治療、や死亡の削減を目標に、より緊密に働くことが出来るようになり、本当に良かったと感じました。
カンファレンスは「リージョナル・コンサルテーション(Regional Consultation for Every Woman, Every Newborn, Everywhere (EWENE) and Child Survival Action (CSA)」という名称で実施されたもので、目的は保健に関するSDGs(持続可能な開発目標)の達成に向けた加速を図ることにありました。
現在、保健分野におけるグローバルな取り組みとしては、大きく二つのイニシアティブが存在します。一つは母親と新生児(生後1か月まで)を対象としたもの(EWENE) で、もう一つは新生児期以降の5歳未満小児を対象としたもの(Child Survival Action (CSA))です。Regional Consultatoinは、すでにアジア地域において、妊産婦死亡に焦点を絞り、先行して行われており、その後、同様のカンファレンスが、東部・南部アフリカ地域で開催された際には、妊産婦死亡と新生児死亡にテーマを広げて開催されていました。
その後、UNICEF本部から私たちの地域でも同様の会合を実施してはどうかという提案があった際、西・中央アフリカ地域は、妊産婦死亡率、新生児死亡率、5歳未満死亡率が、依然として世界で最も高いという深刻な現状を踏まえ、妊産婦死亡、新生児死亡に加え、5歳未満小児死亡に関する追加的な議論を行う必要があると判断しました。
各国の保健省の方々は国内の課題対処のため非常に多忙であり、そのような方々を約1週間にわたりセネガルにお招きし、滞在いただくことに本当に意義があるのかという点については、UNICEF内で協議もなされました。しかし、開催する以上は、各参加者にとって有意義で実質的な場とならなければならないと考え、準備段階から全力で取り組みました。
一般的に、UNICEFを始めとする国際機関が、各国の関係者を招いてカンファレンスを実施する場合、本部主導で「各国は何をすべきか」という提案が行われることが多くなる傾向があります。しかし、今回のカンファレンスでは、そのようなトップダウンのアプローチは取らず、あくまでも、地域内の国同士で、各国の進捗や経験を共有して貰い「自国が何を優先し、どのような取り組みを進めるべきか」を主体的に考えていただくことを重視しました。
なお、実際に準備が始まったのは7月からでしたが、私たちの地域にこのカンファレンス実施の話が本部からくるのは想定できたので、5月の時点では、UNICEF西・中央アフリカ地域事務所として意図をまとめたコンセプトノートは用意していました。そして7月から本部やドナーとのミーティングを開始し、9月はカンファレンスの準備に全集中し、11月に実施したという流れです。
私自身の経験は、余りにも王道を外れていて、これから国際機関を目指す方には参考にならないと、いつも思っております…。保健医療従事者で、国際保健に関わろうと思っていらっしゃる方、或いは、関わっている方の大多数は、学生時代から国際保健分野に関わり、海外に行かれたり、情報収集をされ、ネットワーキングをされているのだと思います。
そういった方に、私から留意すべき点・心がける点を申し上げる資格は全くありません!そのまま進んで頂ければ、きっと大丈夫です。いつか、どこかのフィールドでお会いする事があれば、嬉しいです。
UNICEFで続けることも考えておりますし、他の国際機関での勤務のほか、その他のプランとして研究に戻ることや臨床医に戻ることも検討しています。
UNICEFカメルーン事務所と地方出張
私のように、行き当たりばったりでもなんとかなる、ということが一点ですね(笑)。私は臨床医・小児科医として8年間勤務した後、突然、国際保健分野に転職しましたので、必然的に、臨床医、そして、小児科医としての経験を活かすことを目指しました。既に職務経験がある方は、是非ご自身のその強みを活かして頂ければと思います。
私は、母子保健の中でも特に新生児と小児保健に関わりたいという分野へのこだわりは強いのですが、他に関しては、自由度が高く、世界の何処でも、どの機関でも良いと思い、自由度を高くしていたのも、国際保健を仕事にする上では、もしかしたら良かったのかもしれません。加えて、母子保健から派生して、Early Childhood DevelopmentやAdolescent Health, Digital Healthなども面白いかもと思った分野に少しずつ関わるようにしておりました。
UNICEFは保健分野以外にも、色々な分野のある機関です。私のような母子保健に特化した専門家よりも、ジェネラリストである方の方が多く、強みは大切にしながら、分野は狭めないという事も大事なのではないかと思っております。