「スタートアップ支援×ICT」で見る国際協力の新潮流 ― UNDP ASFH (南アフリカ)の現場から
「スタートアップ支援×ICT」で見る国際協力の新潮流 ― UNDP ASFH (南アフリカ)の現場から
インタビュアー: KIM Minsu (Univeristy of Manchester 修了)
今回キャリアインタビューを行ったのは、南アフリカにあるUNDP (国連開発計画)サステナブル・ファイナンス・ハブにて、アフリカのスタートアップ支援に従事されている原 祥子 (はら さちこ) 様です。大学卒業後、新卒で富士通に入社し、その後はJICA海外協力隊やベンチャーキャピタル(VC)企業での経験を経て、英国サセックス大学でビジネスと開発の修士号を取得。その後、JICAではスタートアップ支援やインパクト投資関連業務を担当し、現在は国際機関の立場から「開発×ビジネス×ICT」の領域に挑戦し続けています。本記事では、国際協力の最前線で「スタートアップ支援×ICT」の可能性を模索する原さんのキャリアを振り返りながら、その根底にある価値観やビジョンに迫ります。
学生時代から「※ボトム・オブ・ピラミッド」や経済格差への関心があり、収入向上や民間セクターを通じたアプローチに関心を持っていました。バックパッカーとして訪れた国々で、生まれた場所によって収入や機会に大きな格差があることを実感しました。自分自身が地方出身ということも重なり、「機会格差」の是正に取り組みたいと思うようになりました。
※ボトム・オブ・ピラミッド:世界の低所得層(1日数ドル未満で生活する人々)を指す概念で、彼らを単なる支援対象ではなく、未開拓の巨大市場と捉えることで、企業は収益性と社会貢献を両立できる可能性がある一方、搾取や普及の難しさといった課題も伴うアプローチのこと(例:ケニアのM-Pesaやインドの小分け製品など)。
大学の卒論で「ICT×途上国」をテーマに研究していたことがきっかけです。当時はBoP概念が注目されはじめビジネスでは途上国を市場として捉える議論が進んでいた一方、※ICT4Dの概念が出る前でICTを国際協力でどう活用していくかという情報は少なく、パソコンを配るような取り組みが革新的とされていた時代でした。富士通への就職が決まっていたこともあり、「ICT×国際協力」の可能性を感じ、この領域をキャリアの軸に据えるようになりました。もともとITガジェット好きというのも大きかったと思います(笑)。
※ICT4D (Information and Communication Technology for Development):情報通信技術を活用して、教育・医療・農業などの分野で開発途上国の社会課題解決を目指す取り組み。
民間セクターを通じて国際協力に貢献するには、まずはビジネスやテクノロジーの素養が必要だと感じました。新卒という「一度きりの切符」を活かしてしっかりとスキルを積むため、富士通を選びました。当時は3年は働き続けるといった価値観もあり、スタートアップや途上国の会社にいきなり就職するという選択は個人的にはリスクが高いと感じていたことも背景にあります。
富士通は単なるIT企業というだけでなく、コンサルティング要素が強く、ニーズに沿ってお客様の課題を一緒に解決するような商社的・提案型のスタイルに惹かれました。もともと「途上国×ICT」を狙っていたわけではありませんが、結果的に自分の関心と重なっていった形です。
JICA海外協力隊 (JOCV)としてマラウイに赴任し、ビジネス支援やICTを活用したプロジェクトに携わりました。技術提供を通じて現地村人と一緒に炭ビジネスを通じた収入向上を目指す中で、「ゼロから価値を生み出す」スタートアップの可能性を実感しました。
途上国では社会課題が多いからこそ、革新的なサービスやモデルが生まれる土壌があります。それが先進国に逆輸入されるような「リープフロッグ (飛び越え型の発展)」も起きています。デジタルやICTは単なる技術導入のツールではなく、ゼロから新しいものを生み出すイノベーションの起点にもなると感じ、民間セクターをどうデジタルで発展させるかに興味を持つようになりました。その結果、自分の中で「ICT×国際協力」が自分のキャリア軸となり、特に民間企業と連携しながら課題に取り組む形態に興味を持ちました。
マラウイの農村で農民と共に活動する様子
戦略的な側面と純粋な興味の側面から理由をお話します。前者に関しては、自身の専門性を伸ばすうえで「地域的な強みを持つこと」が重要だと考えていました。学生時代や関連する開発案件に関わっていた頃、アフリカ関連のプロジェクトの割合が約4割と非常に高く、将来の成長が期待される地域として注目していました。収入向上や経済開発といった分野に関心があるので、アフリカは自分の専門性を深めるうえで非常に魅力的な地域でした。
また、「自分のキャリアを“掛け算”で考える」ことを常に意識してきました。例えば、「ビジネス × 開発」や「ICT × 教育」といったように、異なる分野や視点を組み合わせることで、よりユニークな専門性が築けると考えています。その掛け算の軸の一つとして「アフリカ」があったというのも大きな理由の一つです。
一方で、文化的な興味も大きな動機です。学生時代にバックパッカーとして世界を旅した際、アジアはどこか日本と共通点が多く、親近感がある一方で、アフリカは生活や価値観などが全く異なる印象を受けました。「もっと知りたい」という純粋な好奇心や文化的な興味も、アフリカと関わり続けている大きなモチベーションになっています。
これまで民間企業、アフリカのスタートアップ、投資機関、JICA、国際機関など、さまざまな組織で働いてきましたが、根底にある目的はどこも「社会課題を解決すること」だと感じています。 社会課題とは、言い換えれば「満たされていないニーズ」がある状態。そのニーズをどう満たすかという点では、民間も公的機関も本質的には似ていると思います。そのため、セクターで明確に線を引く必要性はあまり感じていません。
ただ、それぞれに特徴はあります。民間セクターは収益性が重視されるため、たとえばアフリカのスタートアップでは「単価が低すぎて持続可能なビジネスにしづらい」といった課題があります。一方、パブリックセクターは「利益を度外視して支援ができる反面、官僚的でスピード感に欠ける」面もあります。
最近では、その“間”をつなぐインパクト投資やソーシャルスタートアップなど、新しい形の取り組みも増えていて、選択肢は広がっていると感じます。だからこそ、セクターの垣根にとらわれずに、柔軟に関わっていくことが大切だと思っています。
今までの援助の潮流では、現地の中小企業(SME)を支援する「民間セクター開発」の分野がメインストリームでした。例えば、中小企業の金融アクセス向上や工場での生産性向上&効率化など、中小企業を支える形で収入向上や経済成長という支援の仕方がよくある形でした。
一方で、スタートアップは全く異なるアプローチで、過去に存在しなかった市場や価値をゼロから生み出していく存在です。ここ数年で注目が高まりましたが、その革新性とスピード感が、自分自身の好奇心や性格にもすごく合っていると感じました。
もう一つの理由は、「社会課題の解決」に対するアプローチとしても、スタートアップには大きな可能性があると感じたからです。従来の国際協力とは異なる形で、より柔軟かつ創造的に社会にインパクトを与える手段になり得ると思っています。
はい。私はタンザニアのスタートアップ「WASSHA」で働かせていただいた経験があります。現地で新しい製品が実際に社会に使われていく様子は、非常に印象的でした。
ただ、「途上国だから変化のスピードが早い」というわけではないんです。新しいものを受け入れるかどうかは、文化的な要素が大きく影響していると感じました。
例えば、日本はコンビニの新商品が毎週のように入れ替わるように、変化への受容度が高い。一方でヨーロッパはそれほど頻繁に商品が変わらない。アフリカも国によりますが、全体としては保守的な傾向が強く、新しいものに対しては慎重です。信頼が重要で、口コミや身近な人の勧めがあって初めて手に取られるようなケースも多いです。
とはいえ、起業家の熱量はものすごく強いと感じました。多くの人が、自身の原体験や身近なモヤモヤから「この社会課題を自分が何とかするんだ!」という強い意志を持って活動しているんです。日本などの先進国では、起業が経済的成功を目的とすることも多いですが、アフリカでは「社会課題に向き合う」ことそのものがモチベーションになっている印象があります。
まったくその通りです。アフリカをひとくくりに語ることはできません。アジアに北朝鮮、韓国、日本、ロシアがあるように、アフリカも一国一国、まったく異なる文化・歴史・市場環境を持っています。例えば、ケニアやナイジェリアではリスクをとって起業する風土があり、スタートアップも活発。一方で、エチオピアのような国では、共産主義的な歴史も影響してか、「安定」を重視する人が多く、公務員志向も強いです。
投資家の視点でも、サハラ以北はヨーロッパとの繋がりが強く、ヨーロッパ市場を意識したスタートアップが多いのに対し、サハラ以南は“これからのマーケット”として見られることが多い。国の背景や文化がスタートアップのエコシステムに大きく影響していることを、現地にいて強く感じました。だからこそ、それぞれの地域の特性に合わせた「カスタマイズされた支援」が求められていると感じます。
将来的に国際機関で働きたいという目標があり、そのために必要とされる専門性を高めたいと考えたのが、大学院進学を決意した一番の理由です。また、JICA海外協力隊として現地に2年間滞在し、ゼロから自分で試行錯誤しながら活動を進める中で、「何が成功だったのか」「自分のアプローチは効果的だったのか」といったモヤモヤを感じることがありました。それを一度理論的に整理・言語化したいという想いも強くありました。その中でサセックス大学を選んだ理由は、私が大学院に求めていた3つの軸と非常に合致していたからです。
① ビジネスを活用した国際開発を学べる点
理論だけでなく、ビジネスをどのように国際開発に応用できるかを実践的に学びたいと思っていました。JICA海外協力隊としてマラウイで活動していた際、現地の村人と一緒にビジネス支援を行っていた経験があり、「実際にどうやってビジネスを始めてもらうのか」「何が現地で機能するのか」という問いが常に頭の中にありました。
② IT・デジタルを活用した開発(ICT4D)を学べる点
新卒からIT分野に関わっていたこともあり、デジタル技術を活用した開発分野に大きな可能性を感じていました。当時、ICT4D(Information and Communication Technologies for Development)という考え方が英国を中心に広がり始めており、日本ではまだあまり認知されていない段階だったので、最先端の理論と実践を学べる環境に惹かれました。
③ 現場志向の強い教育アプローチ
他にもマンチェスター大学のICT4Dコースや南アフリカのMBAなども検討しましたが、サセックス大学はより「現場に根ざした開発」に力を入れている点に魅力を感じました。また、参加型開発の第一人者であるRobert Chambers教授が在籍されていたことも、大きな決め手となりました。
Robert Chambers教授の講義の様子
サセックス大学では多様なバックグラウンドを持った学生が集まっており、その中で日本人が比較的多かった印象です。特徴的だったのは、複数のコースを自分の興味に合わせてカスタマイズできる点でした。
その中でも特に印象に残っている授業は、「Theory and Practice of Impact Evaluation」 というインパクト評価に関する授業です。ちょうどバナジーとデュフロ がノーベル賞を受賞した頃に受講したのですが、当時日本ではインパクト評価という概念がまだあまり浸透していませんでした。この授業では、インパクト評価が単なる「評価」ではなく、どのように実際に行うのか、その手法やアプローチの違いについて深く学ぶことができました。
授業は非常に実践的で、実際に自分で調べたいテーマを決め、それに基づいてどのように評価を行っていくかをグループワークで作り上げる形式でした。この経験を通じてしっかりと理解することが出来たので、非常に有意義でした。
その後、JICAに勤務することになったのですが、当時比較的欧州初の新しい概念であったインパクト評価を深く知っている人があまりいない中で、私が授業で学んだ知識を活かすことができました。例えば、インパクト評価に関するコメントをする機会が増え、実務にも反映できる場面が多くありました。
また、日本でインパクト評価を専門にしている有識者の方々とも話す機会があり、その経験が非常に貴重でした。インパクト評価の専門知識がインパクト投資にも繋がっていることを実感し、その分野の深さと面白さを再認識しました。
JICA海外協力隊として活動した経験はあったものの、JICA本体での業務とは性質が異なると感じています。JICA海外協力隊に応募したのも、「もっと国際協力の“ど真ん中”で働きたい」という想いを強く持っていたからです。そうした背景もあり、大学院留学前にJICAの「JICA海外協力隊帰国隊員奨学金事業」に応募し、採用されました。このプログラムは、将来的に国際協力分野の専門家としてのキャリアを歩むことを前提に、自身の専門分野を深めるための大学院留学を支援するものです。当時「民間セクター開発」という分野が公募されており、これこそ自分が専門性を深めたい領域だと感じて応募しました。JICAに総合職で採用されると定期的なローテーションもあり、自分の専門性をいかに伸ばすかという課題だと感じていたため、専門性を伸ばしたい自分にとって、この制度は非常に魅力的でした。
大学院で学んでいる間、次の将来をどう描くかについて迷っていました。修了後はご縁があってスタートアップでインターンとして働き始めたのですが、インターン終了時に「ぜひこのまま、うちで働いてほしい」というオファーをいただきました。同時期に、JICAでの仕事のオファーも具体的にお話いただき、将来を深く考える機会になりました。その時の選択肢は、大きく「スタートアップに就職させていただくか、JICAで働かせていただくか」の2つでしたが、最終的には「やはり一度は国際協力のど真ん中でしっかり働きたい」という思いが強く、JICAでのキャリアを選びました。
JICAとUNDPは、いずれも技術協力を通じて開発支援を行うという点では非常に共通点の多い組織だと思っています。特にスタートアップ支援といった新しいテーマに関しては、各機関がそれぞれ戦略を構築し、実践に取り組んでいる段階です。内容としても大きく異なるというよりは、基本的な方向性はどこも似ていると感じています。
ただ、現時点(私が在籍していた頃)では、スタートアップ支援に関してはJICAの方がやや先を行っていた印象がありました。もちろんこれは数年単位で変化するものなので、今後はまた各機関の立ち位置も変わってくるとは思います。
もう一つ大きな違いとして感じたのは、「二国間協力」と「多国間協力」という構造の違いです。JICAは日本政府の政策の一環として支援を行っており、「日本だからこそできる支援」が求められる場面が多いです。日本の税金を使って実施されていることから、最終的にどのように日本に還元されるか、つまり“日本にとっての意味”を常に意識する必要があります。たとえ直接的にビジネスに結びつかなくても、「日本がこれをしてくれた」と現地でポジティブに受け止められることも大切な成果のひとつです。
一方でUNDPのような多国間機関は、基本的にはより中立的な立場で活動しているという建前があります。ただ実際には、資金提供をするドナー国の意向がプロジェクトに色濃く反映されることもあり、「これは日本の支援」「これはEUの支援」といった違いが現場で意識されることも少なくありません。
それぞれ一長一短なので、援助業界でキャリアを築くにあたっては、「自分がどんな価値を提供できるか」「戦略的にどうサバイブするか」を常に考えながら動く姿勢が求められると思います。
まずは、自分の専門性をさらに深めていきたいと考えています。中でも特に関心があるのは、「収入向上」に関する取り組みや、アフリカをはじめとした途上国におけるスタートアップ支援です。これまでの経験や知識を活かしつつ、「どのようなアクターとして貢献していくのか」を見極めていきたいと思っています。政府機関、国際機関、民間セクターなど、それぞれの立場からできる支援の形を模索し、自分らしい関わり方を築いていけたらなと考えています。
大きく2点あります。
1つ目は、「キャリアの掛け算」を意識することです。1つの専門性を極めるのも素晴らしい事ですが、それに他の分野やスキルを掛け合わせることで、より独自性の高いキャリアを築けると感じています。たとえば「ビジネス × 開発」や「ICT × 教育」など、自分だけの組み合わせを見つけていくことが大切です。どの要素を掛け合わせるかは、社会のニーズやトレンド、そして何より「自分が本当に好きなこと」を軸に選んでほしいですね。無理に合わせる必要はありません。自分にフィットする組み合わせを見つけながら、少しずつ掛け算を増やしていってほしいと思います。
2つ目は、「気になったらすぐに動く」ことです。これは私自身が大切にしている姿勢でもあります。たとえば、「アフリカに行ってみたい」「途上国で何か挑戦してみたい」と思ったなら、まずはアルバイトをして航空券を買ってみる。その直感や行動のエネルギーを大事にしてほしいです。迷っている時間がもったいないですし、実際に動いてみることでしか得られない経験や出会いが、必ずあると思います。もし違うと思ったら引き返してもいい。とにかく、まずは一歩踏み出してみてください!
インタビュー時の様子:上から原様、KIM
※原様のJICAやUNDPでのご勤務経験については、以下の記事もご参照ください
UNDP:https://www.undp.org/ja/japan/blog/sachiko-hara-interview
立命館大学:https://www.ritsumei.ac.jp/ir/students/eng/interview/vol47.html/