インタビュアー:伴場森一 (London School of Economics and Political Science修了)
板倉 美聡 様
Durham Universityの修士課程で平和構築について学んだ後、プライベートセクターを経てUNICEFに入られました。コンサルタントとしての経験がどのように現在の仕事に活かせているか、どうキャリアチェンジしたのか伺いました。
伴場:現在のUNICEFでのお仕事について教えてください。
板倉:まず、私の所属するUNICEFインドのChild Protectionセクションでは、子どもの権利保護、暴力や搾取、虐待の防止、そしてそれらに対する対応などのテーマを扱っています。
インドでは、いくつかの大きな分野があり、まず子どもに対する暴力の終結、いわゆる「Ending Violence Against Children」というテーマです。これは性的暴力、学校での身体的暴力、家庭での暴力、感情的な暴力を含みます。最近では、オンラインでの性的搾取やグルーミングといった課題にも対応しようとしています。
次に、メンタルヘルスです。インドでは若者の自殺が大きな課題となっているため、その対策にも取り組んでいます。また、「Child Protection Systems Strengthening」の分野では、例えば子どもに関連する法律に基づき、ヘルスワーカーやコミュニティワーカーが問題発生時にケースマネジメントを行い、司法、メンタルヘルス、スキルトレーニングなど、適切な支援につなげる仕組みの強化を行っています。
さらに、Family-based Alternative Careというプログラムも大きな規模で展開しています。人口の多いインドでは、必然的に児童養護施設で暮らす子どもたちの数が世界でトップクラスに多いのですが、子ども子どもたちの健全な発達のために、児童養護施設ではなく家庭で育つことを支援しています。
このように様々な課題に取り組んでいる中で、私は現在チャイルドマリッジのチームに所属しています。インドでは、4人に1人が児童婚という統計もあり、世界で起きている児童婚の4分の1がインドで発生しています。よって、インドは国際社会がSDGs、特にジェンダーに関する目標を達成するうえでカギとなる国であり、Ending Child Marriageはインドにとってフラッグシッププログラムと言えます。私の役割としては、このプログラムの管理を行い、インド国内の14の州事務所をサポートしています。具体的には、ステート(州)オフィスのレポーティングやドキュメンテーションのサポート、ドナーリレーションの管理、本部やリージョナルオフィスへの報告を行っています。
さらに、民間企業出身という自身のバックグラウンドを活かし、クロスカッティングな取り組みとして、イノベーションの推進や民間企業とのパートナーシップにも取り組んでいます。特にイノベーションの推進は、自分のパッションとも最も一致しており、現在最も力を入れている分野です。具体的には、Child Protectionセクションのデジタルリードとして、各チームのリーダーやステートオフィス、Technology for Developmentチームとも連携して、UNICEFのChild Protectionプログラムにおける課題の特定・パートナーの探索・ソリューションの共創・評価を実施し、実際にファンドをつけるChild Protection Innoation Fundの設立をリードしています。また、民間企業連携についてはまだまだこれからですが、インドはビジネスのエコシステムが非常にダイナミックな国なので、ぜひ民間企業の技術力や課題解決力と社会課題をつなげて、エキサイティングなソーシャルインパクトの創出に挑戦してみたいと思っています。
UNICEFのChild Protectionチーム同僚とクリスマスパーティ
伴場:板倉さんは日本の大学の法学部卒業後、Durham Universityの平和構築の修士課程に進まれましたね。平和構築に関心を持った経緯を教えてください。
板倉:最初に国際開発や平和構築に興味を持ち始めたきっかけについて、実は自分でも「これが原体験だ」とはっきりと言えるようなものがあるわけではないんですよね。ただ、後から振り返ってみると、「これだったのかな」と思える経験があって、それが子ども時代のいじめでした。私が通っていた学校ではいじめやグループ間の対立があり、私はいじめっ子グループと被害者グループの間で仲裁のようなことをしていました。解決のためにみんなに話を聞いたり先生に相談したりと奔走していたのですが、結局何も解決できないまま卒業してしまい、言葉にできない無力感がありました。その時、困っている人がいたら「少なくとも自分は困っている人の立場であり続けたい」と思ったのが、自分の価値観の根幹にあるように思います。
また、そこからはよくある話なのですが、高校生の時に緒方貞子さんの本を読んで、「国連職員」という仕事がまさに世界で最も困っている人たちの立場にあり続ける仕事だなと感銘をうけ、そこから国連職員になりたいという夢を抱くようになりました。
伴場:平和構築を学べる大学は英国の中で複数ありますが、最終的にDurham Universityを選んだ理由についてお聞かせください。
板倉:私が大学生の時に検討したことは二つありました。一つはコースの内容が実務的かどうか、もう一つが大学の知名度です。コース内容については、私は実務者志望で、アカデミアの道に進むつもりは全くなかったので、実践的な研修のあるコースを選んだという背景があります。例えば、Durham Universityの平和構築のコースでは、ネゴシエーションや、UNICEFの仕事でも日常的に使われる「セオリーオブチェンジ」や「Result Framework(プロジェクトデザインマトリックス)」といったものを授業で扱いました。これらを実際にグループワークで活用しながら、プログラムのプランニングを行うという、非常に実践的な授業内容が魅力的でした。二つ目は、国連は学歴主義だという噂をきいていたので、大学ランキングを考慮しました。ただ、実際にUNICEFに入ってみると、今のところ「この大学だから有利である」というのは全く感じていません。まだUNICEFに入って経験が浅いので、これから意見が変わるかもしれませんが、あくまで「何を学んだか」が大事なのではないかと感じています。人事が書類選考の際に見るのは、大学での専攻が求められている職種と一致するかどうかであって、大学ランキングでフィルターがかかることないのではと推察します。
なお、英国で平和構築を学べる大学は複数ありますが、いくつか検討した中で、最終的にDurham UniversityとUniversity of Bradfordの二校だけに絞りました。どちらも合格をもらったのですが、先ほどお話しした理由でDurham Universityを選びました。
Durham学生寮となっているのDurham Castleの入口にて
伴場:修了後、UNICEFに入るまで、マッキンゼーをはじめ、いくつか民間企業をご経験されましたね。民間セクターを選んだ理由と、それらの企業での経験がどのように今役立っているか教えてください。
板倉:新卒でコンサルティングファームに進んだ理由は、人材育成のノウハウが蓄積されている、かつ問題解決に必要な「課題特定、分析、解決策の策定」などの基本的な能力は、開発セクターでも民間セクターでも一定程度共通だろうと考えたからです。ファーストキャリアで開発分野に進むとなると、NGOやJICA、あるいは海外青年協力隊といった選択肢が考えられます。ただ、NGOや海外青年協力隊は人材育成の機能が弱く、ファーストキャリアには適さないと感じました。よって、学部卒業後はJICA1社のみ受験しましたが、最終面接で落ちてしまい、何かが合わなかったのだろうと考えて大学院卒業後は開発セクターにこだわらず、課題解決能力を身に着けるにあたって最もスキルアップできる環境を求めてコンサルティングファームに絞って就活をしました。
実際にコンサルティングファームで鍛えられたスキル・マインドセットともに非常に日々の業務に役に立っています。まずは、基本的な問題解決の手法を社会人生活の最初に叩き込まれたのは、非常に有益でした。国連は即戦力人材のみを雇用する組織であり、新人の人材育成の仕組みがあまりないため、まったく開発セクターでのプロポーザルを書いたことがない新人の私に「来週までにこのプロポーザルを書いておいて」というような仕事が降ってくることがあります。全く取り組んだことのない初めての課題であっても、自分でイシューを設定・分解・計画をして、組織内のリソースパーソンにアプローチし必要なインプットをもらって、必ず形にして期限までにデリバリーする、というスキルセット・マインドセットはコンサルティングファームでの修行のおかげで身についたものです。今やっているイノベーションの取り組みについても、各プログラムの課題について、全く知見のない領域でもリサーチし、ヒアリングを重ね理解・構造化して解決策を策定のプロセスをリードするという内容なので、まさにコンサルファームで培った課題解決力が活きていると思います。
また、ピラミッドストラクチャーで文章を書くロジカルシンキングも非常に役に立っています。国連ではコンセプトノートやプロポーザル、レポートを書くなどドキュメンテーションスキルが非常に求められますが、コンサルファーム出身の人はドキュメンテーションは非常に大きな強みになると思います。
加えて、パワーポイントでの資料作成ができる人材は貴重なので、チーフに重要な資料の作成を頼まれて自分をアピールする機会ができたり、色んなステートオフィスのスペシャリストと働く機会ができて幅が広がったりします。注意が必要なのが、国連はコンサル人材を使い慣れていない人が多いので、「パワーポイントのデザインが得意な人」として、ただの資料の体裁を整える係になってしまうリスクがあります(当初、私がそうでした)。資料作成の依頼はあくまでもドアオープナーととらえて、コンテンツを改善する提案をしたりするなかで自分をアピールし、依頼される仕事の質を変えていく努力が必要だと思います。
最後に、若いうちからマネージャーポジションを経験できる点も魅力だと思います。国連は比較的「エイジングソサエティ(注1)だと思っていて、例えば私の上司がナショナルオフィサー(注2)の中間レベルで40代、各プログラムのチームリーダーとなると50代という感じです。そのため、30代の私がマネージャーを経験するまでは非常に長い道のりです。私はシンガポールのコンサルファームでマネージャー職を経験したのですが、民間企業で若いうちにマネジメントを経験できたのは良い選択だったと思います。
ただ、こうした経験が国際機関を目指す方全員におすすめできるかはわかりません。私は日本ファンド(注3)でUNVを経験し、民間セクターからのキャリアをスイッチすることができましたが、コンサルファームのうち特にジェネラリストのバックグラウンドから国連へのスイッチは、空席公募だと非常に難しい、というのが私の経験です。これは、上記で述べたようなジェネラリスト的な能力は、書類審査においては評価することが難しく、スペシャリストとしての専攻・類似の職歴によってフィルタリングされてしまうからです。コンサルファームでキャリアを始めて国連を目指したい方には、ジェネラリストではなく「ファイナンス」「デジタル」「ビジネスと人権」「HR」など国連でも求められるような専門性を、ジュニアのうちから磨けるようなキャリアパスがあるファームをお勧めします。
UNICEF勤務前、シンガポールでのコンサル時代に妊娠・出産
伴場:現在UNICEFのインド事務所でUNVとしてご勤務されている板倉さんは、この後同事務所でJPOとして働くことも確定していますね。その先はどのようなキャリアを考えていますか。
板倉:自分のライフミッションとして「テクノロジーで社会課題解決をアップデートする」ということをやっていきたいと考えており、国連というグローバル最大規模でプログラムを実行している組織をアップデートしていくことは、非常に社会的意義が大きいうえに、人材が不足している部分でもあるので、自分がそこを目指す意義があると感じています。よって私のJPO後の個人的な目標としては、国連のイノベーション関連で正規ポジションを獲得することですが、ただ、夫のキャリアもあり、今後の方向性をどうするかは夫婦で議論している最中です。今回は私のインド転職に夫についてきてもらいましたが、次は私が夫のキャリアについていくことになるかもしれません。お互いのキャリアややりたいことと、家庭をどう両立させるか日々模索しています。
また、国連の課題解決をアップデートできるような人材になるためには国連内外での経験が求められると考えるため、ソーシャルインパクトを創出しているスタートアップや、企業のCSR部門で働くことも選択肢の一つだと考えています。特にインドで感じたこととして、企業のCSR活動が非常に活発で、大きな企業にはプログラムスペシャリストのような専門人材がいたりするので、そういった分野にも可能性を感じています。
もしくは、夫のキャリアについていくことになれば、勉強して専門性を磨く選択肢も考えています。私はエンジニア出身ではなくあくまでもビジネスサイドとしてテクロジー関連の仕事に関わってきたので、テクノロジー領域の知識を研鑽するのも選択肢のうちのひとつです。
伴場:UNICEFに入ってみて、何か入る前に想定していたことと違うことはありましたか。
板倉:これはUNICEFの文化なのか、それともインド特有のものなのかわからない部分もありますが、大きなカルチャーギャップを感じることがあります。特に私の前職の業界もそうですし、国としても日本やシンガポールなど、比較的パンクチュアルで秩序だった環境で働いていたため、計画や時間に対する感覚などのギャップについていけない部分が多くありす。
一方で、まだまだ下っ端の自分が周りの行動を変えるのは無理な話ですし、国連という多様な国籍のひとがいる環境で日本並みのパンクチュアリティを求めるのは無理があるので、適応しないといけないのはあくまでも自分、という風にとらえています。
なお、UNVはコーチングセッションを受けることができるので、私も利用しています。まさに昨日のセッションで、フラストレーションをどうコーピング(対処)するかについてコーチと話をしました。私が実行しているストレスコーピングとしては、例えば「すべての困難はCBIインタビューのネタにすぎない」など、自分の視点を主観から客観に切り替えるポジティブな言葉を、タスクリストなど常に目に付くところにメモしています。国連での仕事で最も重要なのはレジリエンスともいわれており、このあたりは今後も意識的にスキル開発していかないといけないなぁと思っています。
伴場:最後に、英国の大学院で国際開発について学び、国際機関の就職を検討している方へのメッセージをお願いします。
板倉:特に国際機関で仕事をすることを目指していて、大学院に行こうとしている人には、まず、どの国際機関のどんな職種で仕事をしたいのか、具体的なTORレベルで自分の目指すキャリアを具体化することを強くおすすめします。目指したいTORの学歴要件に関連する学位が複数記載されていると思いますが、通常関連性の高い順番に記載されているので最も関連する学位を選択するのがいいと思います。更に、国際機関は多くのポジションがパブリックに公開されているので、1年など一定期間データを収集したうえで、そのポジションが実際にどの程度需要があるのか、ジョブマーケットを確認することも重要です。また、その際自分の家族計画もふまえて実現可能性を検討する必要もあります。また、私は純粋な興味から平和構築を選びましたが、実際早くに結婚・出産することになったので、人道支援より開発寄りのキャリアを志向しており、自分やパートナーがどんなライフスタイルを望んでいるか、などの点も出願時点で検討できていればよかったなぁと思っています。言い出すときりがありませんが、じっくり情報収集したり自分の価値観に向き合ったうえでまずは決める、あとはやり通す!という心意気で、一緒に頑張っていきましょう!