分子性導体は有機分子を構成要素とし、それらが結晶格子を組んだ物質群です。分子同士は弱いファンデルワールス力で結合しているため、圧力などで比較的簡単に構造を制御することができます。中でもBEDT-TTF(ET)分子を含む物質群は強相関電子系の舞台として盛んに研究が行われ、構造によってα, β, κ, θ型などに分類されます。κ-(ET)2Xは構成アニオンXの置換や圧力によって反強磁性モット絶縁体から超伝導へ転移が起こり、バンド幅制御型モット転移系として古くから研究されています。理論的な解析には向かい合ったET分子のペアを一つのサイトとみなすダイマー模型が広く用いられてきましたが、近年では誘電率の異常な振舞いなどダイマー模型では説明できない現象が数多く報告されるようになりました。我々はダイマー内で電荷が揺らぐ自由度と分子間の長距離クーロン相互作用を取り入れた拡張ハバード模型を構築し、変分モンテカルロ法を用いて基底状態の性質を詳しく調べました。その結果、クーロン相互作用の強弱によって反強磁性モット絶縁体、超伝導に加えて誘電性電荷秩序絶縁体、3倍周期電荷秩序金属が拮抗する状態にあることを示しました(図・左) [1]。これはダイマー内電荷自由度、分子間クーロン相互作用に加えてκ-(ET)2Xの構造に内在する幾何学的フラストレーションの効果だと考えられます。超伝導は電荷秩序相の近傍で安定化し、拡張s+dx2-y2-波という対称性を持ちます。これは銅酸化物高温超伝導体で見られるものとは対称性・発現機構が異なる新奇な超伝導です。
また、フィリング制御を念頭に電子密度を変化させた結果、ホールドープ側では反強磁性相が広く安定化する一方、電子ドープ側では速やかに抑制されるといった顕著な非対称性が見られ、実験結果とも整合しています。超伝導に関してはホールドープ側では銅酸化物と同じ対称性のdxy-波、電子ドープ側では拡張s+dx2-y2-波が有利になり、ドーピングによって対称性が変化し得ることを示しました(図・右)[2]。このような電子・ホール非対称性はダイマー内の電荷自由度と電荷・スピンのフラストレーションとのバランスによって決まり、フェルミ面の形状と電荷・スピン構造因子の解析によって統一的に理解することができます。本研究が銅酸化物高温超伝導体とのアナロジーに立脚した従来の理論を越えて分子性導体研究の新たなステージを切り拓くと期待しています。
[1] Hiroshi Watanabe, Hitoshi Seo, and Seiji Yunoki, J. Phys. Soc. Jpn. 86, 033703 (2017).
[2] Hiroshi Watanabe, Hitoshi Seo, and Seiji Yunoki, Nat. Commun. 10, 3167 (2019).
エキシトン凝縮は、半金属や半導体のような低キャリア密度の系で電子とホールが自発的にペアを組んで凝縮した量子状態です。超伝導のBCS理論における電子・電子ペアを電子・ホールペアに置き換えると形式的に等価なギャップ方程式が得られます。しかしこれまで数多くの超伝導体が発見されているにも関わらず、現実の物質でエキシトン凝縮が確認された例はありません。最近では1T-TiSe2やTa2NiSe5がその候補として注目されていますが、決定的な証拠を得るには至っていません。我々はバンド内・バンド間クーロン相互作用を含む2バンドハバード模型に対してエキシトン凝縮の実現可能性を調べました。完全ネスティングのある二次元正方格子では常磁性金属とバンド絶縁体の間で広くエキシトニック絶縁体が安定化しますが [1]、1T-TiSe2のフェルミ面を再現した二次元三角格子では安定化しませんでした [2]。様々な条件で解析した結果、クーロン相互作用のみで起こる「純粋な」エキシトン凝縮にはかなり強いフェルミ面のネスティングが必要であるという結論に達しました。ただし解析に用いた変分モンテカルロ法では半金属の小さなフェルミ面を十分に記述しきれていない可能性もあり、他の計算手法による検証が必要であると思われます。一方、電子格子相互作用が加わると格子の歪みと協力的に働き、現実的なパラメータ領域で電荷密度波(CDW)が起こることが分かりました。この状態をエキシトン凝縮と呼んで良いかどうかは難しく、未だに議論の的となっています。
[1] Hiroshi Watanabe, Kazuhiro Seki, and Seiji Yunoki, J. Phys.: Conf. Ser. 592, 012097 (2015).
[2] Hiroshi Watanabe, Kazuhiro Seki, and Seiji Yunoki, Phys. Rev. B 91, 205135 (2015).
電子のスピンと軌道角運動量の間には相対論的効果によってスピン軌道相互作用が働きます。層状ペロブスカイト構造を持つイリジウム酸化物Sr2IrO4では、イリジウムの5d電子が持つ強いスピン軌道相互作用と結晶場の効果によって電子とスピンが複雑に混成し、従来の全角運動量J=L+Sではなく有効的な全角運動量Jeff=-L+Sが良い量子数となる特異な状態が実現していると考えられています。この系ではスピンと軌道の絡み合いから生み出される非自明な現象が期待されますが、詳細についてはよく分かっていません。我々はスピン軌道相互作用を取り入れた3軌道ハバード模型を構築し、変分モンテカルロ法を用いてSr2IrO4の電子状態を詳しく調べました [1]。その結果、クーロン相互作用Uとスピン軌道相互作用lが協力的に働いて金属・絶縁体転移が起こることを示しました(図・左)。また、変分クラスター近似によって得られた一粒子励起スペクトル(図・中央)は、後に行われたARPES実験の結果 [2] をよく再現しています。さらにエネルギー利得機構の観点から研究を進め、この物質が弱相関と強相関の狭間に位置するいわば中相関の物質であり、スレーター絶縁体とモット絶縁体の両面を持つような特異な状態にあることを提案しました [3]。
また、この系での超伝導の可能性を調べるため、キャリアドープした際の電子状態を解析しました。その結果、電子ドープ側で反強磁性金属相(AFM)に隣接して超伝導相(SC)が現われることを示しました(図・右)[4]。この超伝導は強いスピン軌道相互作用下で形成された擬スピンのクーパー対が凝縮したもので、dx2-y2-波擬スピン一重項の対称性を持ちます。以上の結果を受けて複数の実験グループが超伝導の探索を行っていますが、電子ドープ側で擬ギャップやフェルミアークなどの超伝導を示唆する現象が確認されており、新規超伝導体の候補として今後の進展が大いに期待されています。
[1] Hiroshi Watanabe, Tomonori Shirakawa, and Seiji Yunoki, Phys. Rev. Lett. 105, 216410 (2010).
[2] A. Yamasaki et al., Phys. Rev. B 94, 115103 (2016).
[3] Hiroshi Watanabe, Tomonori Shirakawa, and Seiji Yunoki, Phys. Rev. B 89, 165115 (2014).
[4] Hiroshi Watanabe, Tomonori Shirakawa, and Seiji Yunoki, Phys. Rev. Lett. 110, 027002 (2013).
強相関電子系の典型例である重い電子系物質は、大きな電子の有効質量によって特徴付けられていますが、これは周期的に配置された局在性の強い f 電子が伝導電子と混成すること、さらに f 電子間に働くクーロン斥力が強いことが起源とされています。この系は電気抵抗が低温でT2に比例するなど、典型的なフェルミ流体の振る舞いを示すため、“heavy Fermi liquid”と称されます。一方、元素置換(例:Ce →La)によって f 電子数密度を減らしていくと、 f 電子が希薄な領域では1不純物問題でよく知られている“local Fermi liquid”の性質を示すことが知られています。ただし、 f 電子数密度の変化に伴って系がどのようにlocal Fermi liquid からheavy Fermi liquid へと移行していくかの詳細は明らかになっていません。我々は上記の問題を念頭に、 f 電子数密度を変化させた時の近藤格子模型の基底状態を変分モンテカルロ法によって解析しました。具体的にはいくつかの伝導電子密度 nc に対して nf を変化させた際の運動エネルギー、交換エネルギー、オンサイトスクリーニング、 f 電子‐伝導電子、 f 電子‐ f 電子の相関の振る舞いを計算しました。その結果、nf ~ ncを境に、「伝導電子によるスクリーニング」から「 f 電子同士によるスクリーニング」へのクロスオーバーが起こることを見出しました。これは隣接する近藤クラウドが互いに重なり合って f 電子間のコヒーレンスが成長し始めた結果起こるものと考えられ、local Fermi liquid からheavy Fermi liquid へのクロスオーバーに対応すると期待されます。
[1] Hiroshi Watanabe and Masao Ogata, Phys. Rev. B 81, 113111 (2010).
希土類・アクチナイド系化合物においては、局在性の強い f 電子と伝導電子が混成して有効質量が非常に大きな準粒子が形成され、「重い電子系」と称される物質群を構成しています。近年、この重い電子系のフェルミ面に関する実験結果が数多く報告され、注目を集めています。CeRh2Si2, CeIn3, CeRhIn5では、de Haas-van Alphen 効果の実験から、系が反強磁性転移に伴ってトポロジーの異なるフェルミ面を持つ状態に転移することが示唆されています。また、YbRh2Si2では反強磁性量子臨界点においてHall 係数が不連続に変化しているように見えるという結果から、フェルミ面に急激な変化が起きていることが示唆されています。一方、フェルミ面の急激な変化を伴わない反強磁性転移も多くの物質で観測されています。このように、反強磁性転移とフェルミ面の変化は密接に関わっていると考えられますが、詳細については明らかになっていません。
我々はこの問題を念頭に、変分モンテカルロ法を用いて2次元正方格子上の近藤格子模型の基底状態の解析を行いました。その結果、従来の二次の反強磁性転移に加えて、フェルミ面トポロジーの変化を伴う一次転移(フェルミ面再構成)が存在することを見出しました(図)[1]。このフェルミ面再構成が実験で見られるフェルミ面の急激な変化に対応すると期待されます。また、同様の解析を周期的アンダーソン模型に対しても行い、 f 電子の局在性が強い時(近藤格子模型が適用可能な場合に対応)にフェルミ面再構成が起こることを示しました [2]。
[1] Hiroshi Watanabe and Masao Ogata, Phys. Rev. Lett. 99, 136401(2007).
[2] Hiroshi Watanabe and Masao Ogata, J. Phys. Soc. Jpn. 78, 024715 (2009).
近年、同一サイト内のクーロン相互作用に加えて近接・次近接、あるいはさらに長距離のクーロン相互作用が重要な役割を果たす系に対する研究が進んでいます。q-(ET)2Xと称される一連の有機導体では、近接サイト間のクーロン相互作用と三角格子構造に内在する幾何学的フラストレーションによって特異な電荷秩序や超伝導が発現していると考えられています。我々はこの系を記述するモデルとして、近接サイト間のクーロン相互作用 (Vp, Vc) を含む二次元三角格子上の拡張ハバード模型を採用し、変分モンテカルロ法を用いて基底状態についての解析を行いました [1,2]。その結果、フラストレーションの強い領域 (Vp ~ Vc) では従来のストライプ型(絶縁体)とは異なる三倍周期型の電荷秩序相(金属)が安定化することを見出しました(図)。また、三倍周期的な電荷ゆらぎによって、次近接でペアを組む f 波超伝導が実現する可能性を指摘しました。
[1] Hiroshi Watanabe and Masao Ogata, J. Phys. Soc. Jpn. 74, 2901 (2005).
[2] Hiroshi Watanabe and Masao Ogata, J. Phys. Soc. Jpn. 75, 063702 (2006).