社長業の傍ら沖縄民謡を教える久田一人さん(右)と、社員教育にもあたる沖縄舞踊の師匠城田盛順さん=日進市で
沖縄民謡に魅せられ、現地の民謡協会の「教師免許」を取得した日進市の設計会社経営、久田一人さん(49)が、沖縄で知り合った琉球舞踊の師匠城田盛順さん(70)=那覇市=に毎月2週間、沖縄から出張してもらい、日進市内の教室で「二人三脚」で沖縄の歌や踊りを広めている。元高校教師だった城田さんはまた、久田さんの会社の役員として社員教育を担当、仕事面でも協力している。(前川和彦)
久田さんはオルガンを机代わりに育ったためか、早くから音楽に目覚めた。10代にはフォークバンドをつくり、作曲も手がけた。また、生家が自転車販売店で、小さいころから機械構造に関心があり、機械設計技術者として会社勤めをした後、24歳で独立した。
沖縄に関心が向いたのは30代前半。沖縄を訪れて耳にした沖縄民謡界の重鎮といわれる金城実さんの八重山民謡「トゥバラーマ」に衝撃を受けた。その後、弟子入りを果たし、沖縄バンド「あだん」を結成した。いまも月1回沖縄に通って金城さんから教えを受けている。
また、沖縄での民謡コンクールで新人賞、優秀賞、最高賞を獲得、「教師免許」を得た。
沖縄で音楽関係者と交流する中で、城田さんと知り合った。城田さんは久米島出身。琉球舞踊を受け継ぎながら、沖縄尚学高校の教師として約40年、教壇に立った。城田さんの定年後、久田さんは「愛知県で本物の琉球芸能を教えてほしい。さらに、経歴を生かして会社の社員教育も担当していただければ」と持ちかけた。
久田さんは96年に設計事務所を会社組織にした。その後、技術者派遣も始め、社員が急増。02年にはグループ会社も設立し、2社で社員は80人近くになった。
「組織の改善や社員の意識改革が必要になったが、一介の技術者には手に負えなかった。その時城田さんに会って、この人に組織のことを任せようと思った」と久田さん。
城田さんを会社の役員として迎え、03年から日進市で久田さんが三線教室、城田さんが舞踊教室を始めた。
「いま、本土は沖縄ブームで、見る人のレベルも高くなっている。そんな時だけに本場の歌と踊りを広めたい」と2人は口をそろえる。
これまでは、愛知万博や日進市民まつりなどで歌や踊りを披露してきたが、「今年からは老人クラブなどのボランティア活動にも力を入れたい」と久田さんは話している。
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