研究発表の心得

はじめに

この文章は、堀田が指導する学生に向けた発表の心得です。

もともとは、千葉大学に所属していた時に学部生の卒業研究発表で毎年同じことを指導していることが気になり、指導内容を文章化したものでした。
現在は名古屋大学に移りましたが、引き続き学生の発表の役に立つと思いますので、公開を続けます。

研究発表と言ってもさまざまな場面があると思いますが、ここでは特に10-15分程度の学会でのプレゼンを意識しています。

発表準備編

全体の骨組み・ストーリーを作る

プレゼンに慣れている人でも難しい内容ですが、ぜひ意識してプレゼンを作り上げてください。例えば、乱流の計算をして、一枚目のスライドで速度のプロット、二枚目のスライドで磁場のプロット、三枚目のスライドで放射強度のプロットと雑然とデータを見せ続けてはいけません。時間の限られたプレゼンでは、例えば

などとスライド間を有機的に繋げる必要があります。やってみるとわかると思いますが、これは意外と難しいです。いきなり一つ一つのスライドを作り始めるのではなく、まず研究全体を把握し、ストーリーを作ってからスライドを作り始めると良いと思います。

イントロは結論に対応させる

イントロは、聞き手に結論を聞きたいと思わせるための準備です。結果ができてからそれに合わせてイントロを作ることが基本です(これは論文を書くときも同様です)。

イントロとは、RPGや物語でいうと「フラグを立てる」作業です。「来週ですね、ドイツへ帰ったら結婚するんス、ボクたち〜」と言ったら、このあとはどうなるか分かりますよね(ワムウに捕食されてしまうのです)。適切なフラグを立てることで、結論へと自然と誘導するのです。結論でフラグを回収します。

しばしば、最初に先生のくれたテーマとイントロに引っ張られたままプレゼンをする学生がいます(特に偉大な先生の学生に顕著なように思います)。先生も研究の最後までを見通せているわけではありません。自分の研究によって得られた結果を良く理解し、それに合ったイントロを作り上げましょう。

例えば「恒星の巨大黒点の時間発展を追う」研究を実施したとします。当初は「黒点の寿命の黒点の大きさ、星の種類への依存性」を調べる研究になる予定でした。その場合、イントロは「宇宙には色々な恒星があり、色々な黒点が現れます。それぞれの恒星について、黒点の寿命を求めようと思います。」などと始めればいいのですが、研究をしていくと「黒点の出現する緯度によって、同じ恒星でも黒点の寿命が大きく違う」ということがわかりました。この場合は、イントロを大きく変えて「これまでに観測から黒点の寿命を測ることが可能になってきている。この黒点の寿命の観測データから黒点の出現緯度が推測できるのではと考えました」とイントロするのがいいということになります。

また、その上で「イントロで喋りすぎない」ということも重要です。例えば、上の研究内容の場合に「恒星には色々な種類がある、それは質量によっていて内部の核融合反応が違うこともある。例えば、内部構造はこのようになっている」などと喋るのはイントロがプレゼンに関係なく喋りすぎです。基本的にイントロで喋るのはそのプレゼンを理解するために必要な前提知識にしましょう。研究発表は勉強発表会ではありません。

ついていけない聴衆をどのタイミングで作るか

プレゼンの全てを全ての聴衆が理解できることが理想なのですが、多くの場合そうもいきません。聴衆の多くはある程度のところで理解を断念してしまったり、部分部分が理解できなかったりします。これは、どんなに素晴らしいプレゼンを用意したとしても避けることができないことです。

しかし、せっかく聴衆に話を聞いてもらうので、多くの聴衆が脱落するポイントはなるべく後ろにずらせるように努力しましょう。最初の方のスライドは、なるべく誰でもわかるような内容から始めて、できれば研究目的くらいまでは全員がわかっていることが目標です。最初の方のスライドで極端に難解な事柄を喋ることで、多くの脱落者を出してしまわないように注意しましょう

必ず「まとめ」る

プレゼンの最後には、必ず「まとめ」もしくは「Summary」というスライドを作りましょう。今まで多くの学生さんの発表を見てきましたが、「まとめ」スライドの作成は苦手とする学生が多いようです。「まとめ」スライドの作成には、自身の研究を俯瞰する力、物事を要約する力が必要となります。
「まとめ」スライドは、あまり時間をかけずに作る学生が多いですが、適切なまとめをすることは非常に重要です。

前項で記したように、プレゼンは多くの聴衆は全てを理解できるわけではないので、「まとめ」を通して重要なところを咀嚼しようとします。うまい「まとめ」がなければ聴衆は何も持って帰ってくれないこともあります。一つの重要スライドと認識して時間をかけて「まとめ」スライドを作りましょう。

相手のことを考える

色々とプレゼンの準備について、書いてきましたが、共通しているのは相手のことを考えることです。「どのように喋ると聴衆は興味を持つのか?」「どのように喋ると聴衆は理解できるのか?」「どのように喋ると聴衆にとって自分の研究は魅力的に映るか?」を相手の立場になって考えることがプレゼンの基本です。

話し方編:プレゼンが上手くなるには

とにかく練習

プレゼンはとにかく練習するしかありません。堀田は例年10件以上の研究発表のプレゼンをしていますが、その全てで練習を2, 3回はしています。基本的にプレゼンは研究と違って、時間をかければかけるほど良くなっていきます。卒業研究発表は少なくとも先生に見てもらう前に5回は一人で練習しましょう。

普段から友達に研究内容を説明

プレゼンに対してだけ準備をしても、なかなか限界があります。研究業界のプレゼンのうまい人々と話していているとわかるのですが、プレゼンのうまい人は大体普段から話がうまいです。みなさんも研究室の先輩・後輩や友達に自分の研究内容を説明して、どのように話せば伝わるのかを訓練しましょう。

質疑応答編

質疑応答をプレッシャーに感じる学生は多いようです。プレゼンの方は、これまでに書いたことを守って時間をかけて練習すればうまく行く可能性が高いですが、質疑応答はどのようなものが来るか予想できず不安に思ってしまうのも理解できます。

一方、落ち着いて対応すれば質疑応答は充実した時間となりますので、少なくとも以下のことを意識してみましょう。

質問者の意図を掴むことに全力を注ぐ

まずは、質問者の意図を掴むことに全力を注ぎましょう。よそごとを考えてはいけません、質問者の喋っていることを一字一句、掴みましょう。
その上で、質問者の意図が掴めなければ必ず聞き返しましょう。質問者の質問に知らない言葉があれば、遠慮せずに聞いてください。質問者の意図を自分なりに噛み砕いて「〇〇ということを聞いていますか?」と聞き返すのもいいでしょう。質疑応答もコミュニケーションです。発表者・質問者が統一した意識を持てるように全力を注ぎましょう

質問されたことに真っ直ぐに答える

質問されると色々喋りたくなってしまうのですが、まずは質問に真っ直ぐに答えましょう。例えば「今回は、輻射輸送にはどんな近似を使いましたか?」と聞かれたら使った「拡散近似」や「M1クロージャ」など求められている答えを言いましょう。学生の応答で多いのが、

質問者「今回は、輻射輸送にはどんな近似を使いましたか?
発表者「今回の領域は、成層していまして、それもかなり奥の方を解いています。それで温度もかなり高いものを使っていまして、この状況では、オパシティーはこんなものを使わなければいけません。MHDの時間スケールと輻射の時間スケールも比較すると、このようになっていまして、、」

と聞きたいことまですごく時間がかかったり、結局聞きたいことを教えてくれなかったりします。まずは質問者が聞きたいことを真っ直ぐに答えることが第一です。Yes, Noで答えられることならばまずはそのどちらかを答えましょう。

このように答えてしまう学生は、質疑応答のことを「責められる時間」と捉えていることが多いように感じます。責められているために何か言い訳をしなければいけないと考え、質問に真っ直ぐに答えていないのではないでしょうか?

小学校や中学校で叱られているときに「なんでそんなことしたの!?」と怒られて、真っ直ぐにした理由を答えるとさらに怒られるというような感覚なのではないかと思います。多くの質問は本当にそのことが知りたくて聞いています。質問にはまっすぐに答えましょう。

やはり友達と話そう

質疑応答についても、上記のように小手先のテクニックはあるのですが、やはり難しいと思います。質疑応答が難しいのは、人間は基本的に考えたことのあることしか答えられない、というところに原因があるように思います。学会などで、質問に対してすらすら答えているすごい研究者を見ることがあると思いますが、彼らもほとんどは質問されたことについて、すでに考えたことがあって、その引き出しから出しています(もちろんその場で全て考えてしまう超回転の速い人間がいることも否定しません)。その意味で、質疑応答に答えられるようになるには引き出しを増やすことです。これは、多くの人間と議論するのが近道です。周りの人間・友達と自分の研究について日常的に話しましょう。これによって、考える引き出しはかなり多くなります。

他の発表では質問する

そして、他の人の発表では、質問しましょう。質問を続けると、自分にはどのような質問が来るかも考えることができるようになってきます。

細かいプレゼンのマナー・ルール

図の縦軸・横軸を説明する

プレゼンの時は必ず図の縦軸・横軸が何であるかを説明してから図の説明に入りましょう。たとえ図に明確に縦軸・横軸が書いてあったとしても聞き手はついていけません。必ず縦軸・横軸を説明しましょう。

単位のある量

基本は数字と単位の間は半角1マス開けましょう。例えば

1 km, 100 g, 12 s

などと言った感じです。%は1マス開ける必要はありません。100%と書けます。しかし、%は業界によっては1マス入れる場合もあるようです。天文業界では1マス入れない場合がほとんどです。普通の単位については、絶対1マス入れます。これは大学院生になっても守れない学生が多いです。レベルの低いプレゼントと見られてしまいます。必ず守りましょう。

イタリック体・ローマン体

物理量として定義している文字(変数、定数)はイタリック体(斜めになっている文字)、それ以外(単位cm、関数sinなど)はローマン体にするというルールがあります。圧力pや速度vはイタリックにしてください。これは、特に添字の時に重要です。F_{rad}などとするときは、radはローマン体、F_vなどとするときはvはイタリックとしてください。これも必ず守ってください。

字の大きさ

字の大きさは厳密には決まりはありませんが、20 pt以上が適切でしょうか。また、字の多いプレゼンは一般に嫌われますが、私はそれほど重要視していません。たとえ字の多いプレゼンだったとしても、個人のトークの力量でそれを活かせる可能性があるからです。一方、字の大きさは重要で特に図の目盛りの字が小さくなりがちです。図を作る時になるべく大きくしましょう。また、他の論文から図を引用して字が小さくなりすぎる時は必ず自分で字を大きくしましょう。PowerPointの上で修正すれば問題ないです。

背景色によっては、使ってはいけない色というものがあります。背景が白い時の黄色・黄緑、背景が黒い時の赤・青はとても見辛いです。これはディスプレイで作業しているときは気づかないことが多いので、それぞれセミナー室で一度自分のスライドを写して見えづらくないか確認を行いましょう。

出典

論文と同様、他の人の図や考えを引用するときはその出典を明らかにする必要があります。出典の様式には厳しいルールはありませんが、例えばHotta, Rempel, Yokoyama, 2016, ApJ, 803, 42という論文を引用したかったらこのまま書いてもいいですが、一般には著者と年号だけ残して

のどれかが示してあることが多いです。堀田は一番下を良く使います。また、著者が二人までなら二人とも名前を書く人が多いですが、堀田は二人でも一番下にしてしまいます。しかし、A & B, 2001という論文をA+2001とだけ書いてBさんの前で発表したら怒られたことがあります。また自分の名前はイニシャルだけという人も良く見かけます。例えば上の例ではHH+2016などとするということです。最低限伝わる情報が示されていれば、ここは好きなものを選びましょう。

ポインター

多くのプレゼンではレーザーポインターを使うことになると思いますが、レーザーポインターを効果的に使うのは非常に難しいです。プレゼン初心者では、緊張してしまい目的の場所を正確に示すことが困難な場合がほとんどです。ポインターを使う上でやっていけないことは二つです。

どちらも、プレゼンを聞く上での大きな「ノイズ」となってしまいます。つまり気が散ってしまうのです。理想的には、レーザーポインターなど一切使わないのがいいのですが、そのためにはプレゼン資料をかなり作り上げなければいけません。そこまで要求するのは少し難しいので、

ということを意識して使ってください。この目的のためにはレーザーポインターよりも指示棒の方がプレゼンには適切だと思っています。

余談

最初のプレゼンが一番難しいという話

色々と書いてきたのですが、プレゼンはやはり研究初心者の時が一番難しいと思います。プレゼンの良さは、研究成果とプレゼン力の積で決まると思うのですが、研究初心者時には、プレゼン力が低いのはまだしも、一般的には研究成果もあまり高くありません。

極端なことを言うと、初めての研究発表で人類で初めて重力波の測定に成功したとなったら、意外とプレゼンは難しくないのではないでしょうか。重力波発見の意義は、アピールするのは簡単ですし、多くの人も納得する準備ができています。
しかし、研究初心者は研究自体もレベルが低く、その中からうまく意義を見つけてアピールしなければいけません。これはとても難しいことです。

その意味で、プレゼンが一番大変なのは一番最初です。研究成果がついてくるとどんどん楽になってきます。最初にサボらずに意義をうまくアピールする訓練をしていると研究成果が乗ってくると非常に効果的なプレゼンを行えるようになると思います。

プレゼンの上手い人には大きく二つのパターンがあるという話

研究業界でプレゼンの上手い人を見つけ、参考にすると自分のプレゼン力向上につながると思います。特に天文業界にはプレゼンの上手い人がたくさんいるので、お気に入りの人(推し)を見つけると良いでしょう**1。

推しは自由に選ぶといいのですが、多くのプレゼンの上手い人を見ていると、実は二つのパターンがあることに気づきます。
端的にいうと、元からしゃべることがうまく天然でプレゼンも上手い人(天然型)と実はしゃべるのがうまくないのだけど、訓練によってプレゼンを構築する人(訓練型)です**2。

もちろんこの分布は連続的になっていて、完全に天然型、訓練型という人は少ないです。しかし、私の知る天然型の極地みたいな人は、毎回明らかに講演の練習はしてきてないし、私の思うプレゼンの作法も守っていないのですが、話が面白く、引き込まれるプレゼンをします。

一方、訓練型の極地の人は、普段は寡黙でしゃべることが苦手という感じなのですが、プレゼンに必要なことを完全に把握しており、訓練によって良いプレゼンを構築しています。

なんとなく天然型の方が推しにしたくなるのですが、ここまで読んでくれたような人が参考にすべきは訓練型です。彼/彼女らがどのようにプレゼンを構築しているか、よく見て技術を盗みましょう。

**1:「プレゼンが上手い」ということを定義していない気がしますが、余談ですので軽い気持ちで読んでください。

**2: 天文業界のプレゼンの上手い人や、その人が天然型、訓練型の連続分布のどこら辺にいるかなど堀田の中でなんとなくリストがあるのですが、それをこんなところに書くわけにはいかないので、雑談の機会に話しましょう。あなたの意見も聞かせてください。

改訂の記録

2018年11月11日 初稿
2018年11月20日 出典・色について追記(銭谷さん・坪内さんに感謝)
2018年11月21日 ポインタについて追記(中田さんに感謝)
2020年12月2日 イタリックの部分の修正 (@tataryさんに感謝)
2022年7月27日 各文書の調整。質疑応答、余談の追加。
2023年7月19日 名古屋大学に移ったのを機に、学部学生向けでなく指導学生全般に向けての文章に変更