Research

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概要

ヒトの細胞の中には、核(遺伝情報の図書館)やミトコンドリア(発電所)、小胞体(製造工場)、ゴルジ体(加工施設)、リソソーム(リサイクル工場)、ペルオキシソーム(危険物工場)があり、これらは細胞小器官と呼ばれています。人間の世界でも景気がよくなると工場を増設するように、細胞も仕事が忙しくなるとこれらの工場(細胞小器官)を増設します。吉田研では、このような必要に応じて細胞小器官を増設するメカニズムについて研究を行っています。このようなメカニズムを研究することによって、様々な疾患の予防・診断・治療に役立つ研究基盤を構築しようと考えています。現在は、アルツハイマー病などの神経変性疾患と関連する小胞体ストレス応答(小胞体の量的調節機構)と、ゴルジ体ストレス応答(ゴルジ体の量的調節機構)の研究に注力しています。

小胞体の重要な機能は、分泌タンパク質の正しい立体構造を形成することです。分泌タンパク質の立体構造形成は小胞体シャペロンといわれる一群の分子シャペロンによって担われています。分泌タンパク質を大量に産生するようになると分子シャペロンが不足するため、小胞体ストレス応答によって小胞体シャペロン遺伝子の転写を誘導します。この転写誘導機構が、小胞体ストレス応答です。老化などによって小胞体ストレス応答の機能が低下すると小胞体シャペロンが不足し、分泌タンパク質の立体構造形成が正しく行われなくなり、構造の異常な分泌タンパク質が蓄積して凝集体を形成します。このようなタンパク質の凝集体の蓄積は細胞にとって極めて危険な状態(小胞体ストレス)であり、神経細胞などは特に小胞体ストレスに脆弱であるために細胞死を起こしてしまい、アルツハイマー病やパーキンソン病などの神経変性疾患を起こすと考えられています。吉田研では、哺乳類の細胞を用いて小胞体ストレス応答の分子機構を解析しています。小胞体ストレス応答の研究者人口は爆発的に増えて競争が厳しくなっていますが、初期から研究を行っている強みを生かし、独自路線で研究を進めています。

小胞体ストレス応答によって小胞体の機能を強化すると、今度はゴルジ体の機能も強化する必要が生じます。そうしないと、ゴルジ体の機能が不足してしまいます(ゴルジ体ストレス)。このような需要に応じてゴルジ体の機能を強化する機構を、ゴルジ体ストレス応答と呼んでいます。ゴルジ体ストレス応答の研究は細胞生物学の根幹に関わる重要な研究課題ですが、吉田研が新たに開拓した研究領域であり、ゴルジ体ストレス応答の論文は今のところ吉田研のものだけです(2011年現在。2020年現在では、国内外の多数の研究室が研究しています)。他の研究室でもできるようなことを競争して研究するという考えは吉田研には全くありません。小胞体ストレス応答の研究において培った研究力を最大限に活用し、ゴルジ体ストレス応答という未開の大地を吉田研でしかできないやり方で切り拓くのが吉田研の使命と考え、日々研究に従事しております。

細胞小器官の量的調節機構

細胞の中には小胞体やゴルジ体のような様々な細胞小器官が存在し、細胞の機能を分担している。これらの細胞小器官の量は細胞の需要に応じて厳密に制御されており、必要な時には必要な細胞小器官だけが必要な量だけ増強される。例えば、抗体産生細胞の分化においては、小胞体が拡張して細胞質を埋め尽くすことが知られている。このような細胞小器官の量的調節機構は、細胞が自律的に機能するために必須の機構であり細胞生物学の根本的命題の一つであるとともに、細胞小器官が関与する諸々の疾患の病態解明に貢献する社会的にも重要な研究課題である。しかしながら、これまで核の量的調節機構(細胞周期)の研究以外はほとんど研究が行われてこなかった。当研究室では、すべての細胞小器官の量的調節機構を解明し、Self-completeなmachineである細胞の恒常性維持機構(Organellogenesis)という研究分野の確立に貢献しようと考えている。現在は、小胞体とゴルジ体の量的調節機構である「小胞体ストレス応答」と「ゴルジ体ストレス応答」の分子機構の解析に注力している。

図1 細胞小器官の量的調節機構 (クリックすると拡大します)

参考文献:

Sasaki-Osugi, K. and Yoshida, H. (2015) Organelle autoregulation – stress responses in the ER, Golgi, mitochondria and lysosome. Journal of Biochemistry, in press.

Yoshida, H. (2009) ER stress response, peroxisome proliferation, mitochondrial unfolded protein response and Golgi stress response. IUBMB Life 61, 871-879.

実験医学 2015年7月号 「ゴルジ体ストレス応答への招待状」

小胞体ストレス応答機構の解析

小胞体ストレス応答の分子機構の研究は、Mary-Jane Gething教授(University of Melbourne)、森和俊教授(京都大学大学院理学研究科)、永田和宏教授(京都産業大学)、河野憲二教授(奈良先端科学技術大学)、Peter Walter教授(UCSF)、David Ron教授(University of Cambridge)、Randal J. Kaufman教授(Stanford University)が中心となって発展してきた。当研究室は、Gething教授ー森和俊教授の研究室の分派である。

小胞体では分泌タンパク質の合成が行われているが、合成されたばかりの分泌タンパク質はまだ正しい立体構造をとっていないため、小胞体シャペロンの働きによって正しい立体構造に折りたたまれる。 どうしても正しい立体構造を形成できない不良品タンパク質は、小胞体関連分解(ERAD)と呼ばれる機構によって分解処理される。通常はこのように小胞体 シャペロンとERADによって合成された分泌タンパク質は正常に処理されているが、分泌タンパク質の合成量が増えて小胞体シャペロンやERADの処理能力 を越えてしまうと、小胞体内に立体構造が完成していない分泌タンパク質が蓄積・凝集し、細胞死を引き起こしてしまう(小胞体ストレス状態)。このような小 胞体ストレスに起因する疾患はフォールディング病(コンフォーメーション病)と呼ばれる。アルツハイマー病やパーキンソン病、糖尿病の一部はこのような フォールディング病の代表例である。

このような危機的な状況を回避するために、細胞は小胞体ストレス応答機構を活性化して小胞体の機能 を増強し、細胞死から身を守ろうとする。哺乳類の小胞体ストレス応答は、ATF6経路とIRE1経路、PERK経路という3つの経路から成っている。 ATF6経路のセンサー分子であるATF6は小胞体膜上に存在するセ ンサー型転写因子で、小胞体ストレスを感知するとゴルジ体に運ばれて膜の直下で切断され、細胞質側の転写因子部分が核へ移行して転写制御配列ERSEに結合し、小胞体シャペロン遺伝子の転写を活性化する。IRE1経路のセンサー分子IRE1は細胞質側にRNase領域を持つ小胞体膜貫通型タンパク質で、小 胞体ストレスを感知するとオリゴマー化して活性化し、転写因子XBP1の前駆体型mRNAをスプライシングして成熟型mRNAに変換する。成熟型mRNA から産生される転写因子XBP1が転写制御配列UPREに結合してERAD遺伝子の転写を活性化する。PERK経路のセンサー分子PERKは細胞質側に kinase領域を持っており、小胞体ストレスを感知して活性化し、翻訳開始因子をリン酸化して翻訳を抑制すると同時に、転写因子ATF4の発現を誘導することでアポトーシスなどを誘導する。当研究室の研究代表者である吉田は森和俊教授の研究室でERSEとUPREを同定するとともに、ATF6とXBP1を同定・解析することで、ATF6経路とIRE1経路の解明に貢献してきた。

IRE1によるXBP1前駆体mRNAのスプライシングは従来知られているスプライソソームによるスプライシング(核スプライシング)とは全く異なっており、細胞質スプライシングと呼ばれる新規のmRNAスプライシング機構である。当研究室では、これまでにXBP1の細胞質スプライシング機構を明らかにするとともに、細胞質スプライシングの生理学的意義を解明してきた。また、XBP1の機能を調節する新規制御因子UBC9を同定し、その機能を明らかにした。現在は、隣接する理化学研究所播磨研究所のSPring-8およびSACRAを用いた構造生物学的解析と細胞生物学的解析を組みあわせた方法によって、ATF6やXBP1の機能を解析している

図2 哺乳類の小胞体ストレス応答機構 (クリックすると拡大します)

参考文献:

Wakabayashi, S. and Yoshida, H. (2013) The essential biology of the endoplasmic reticulum stress response for structural and computational biologists. Compt. Struct. Biotechnol. J., 6:e201303010.

Taniguchi, M. and Yoshida, H. (2011) The unfolded protein response. Comprehensive Biotechnology, 62, in press.

Yoshida, H. (2007) ER stress and diseases. FEBS J. 274, 630-658.

ゴルジ体ストレス応答機構の解析

ゴルジ体は、分泌タンパク質の修飾や選別輸送が行われる細胞小器官である。小胞体ストレス応答によって小胞体の機能が増強され、大量の分泌タンパク質が小 胞体からゴルジ体へ送られるようになれば、ゴルジ体の機能も増強する必要がある。実際、分泌が盛んな細胞では、小胞体に加えてゴルジ体も大量に増強されている(抗体産生細胞の核周明庭など)。しかしながら、ゴルジ体の量を細胞の需要に応じて調節する機構(ゴルジ体ストレス応答)の研究はこれまで全く行われてこなかった。

当研究室はゴルジ体ストレス応答の研究に正面から挑戦し、これまでにゴルジ体ストレス応答によって転写が誘導される標的遺伝子(ゴルジ体の構造維持因子や糖転移酵素、小胞輸送因子など)を同定するとともに、ゴルジ体ストレス応答による転写誘導を制御する転写制御配列GASEと転写制御因子TFE3を同定した。TFE3は平常時には108番目のセリン残基がリン酸化されることによって細胞質に繋留されているが、ゴルジ体ストレス時(ゴルジ体の機能が不足する状態)には脱リン酸化されて核へ移行し、GASEに結合することで標的遺伝子の転写を活性化する。TFE3を活性化するゴルジ体ストレスの分子的実体を解析したところ、シアル酸修飾などゴルジ体で起こる糖鎖修飾の不足がゴルジ体ストレスを引き起こすことを見出している。現在、TFE3のリン酸化状態を制御するキナーゼやフォスファターゼ、またゴルジ体ストレスを感知するセンサー分子を現在検索中である。また、ゴルジ体ストレス応答が個体においてどのような生理的意義を持っているかについても解析中である

哺乳類のゴルジ体ストレス応答は、主としてゴルジ体でのN型糖鎖修飾因子の発現調節を行うTFE3経路、プロテオグリカンの糖鎖修飾酵素の発現調節を行うプロテオグリカン経路、ムチン型糖鎖修飾酵素の発現修飾を制御するムチン経路、コレステロールの輸送を調節するコレステロール経路の少なくとも4経路が存在すると考えている。

図3 哺乳類のゴルジ体ストレス応答機構 (クリックすると拡大します)

参考文献:

Sasaki K, Yoshida H. Golgi stress response and organelle zones. FEBS Lett. 2019, 593:2330-2340.

Sasaki K, Yoshida H. Organelle Zones. Cell Struct Funct. 2019, 44:85-94.

Kanae Sasaki-Osugi and Hiderou Yoshida (2015) Organelle autoregulation - stress responses in the ER, Golgi, mitochondria and lysosome. J. Biochem. 157, 185-195.

Oku, M., Tanakura, S., Uemura, A., Sohda, M., Misumi, Y., Taniguchi, M., Wakabayashi, S. and Yoshida, H. (2011) Novel cis-acting element GASE regulates transcriptional induction by the Golgi stress response. Cell Struct. Funct. 36, 1-12.