夏
ネジバナが終わると盛夏が訪れます。日々の散歩もなるべく日中は避けて朝夕の日射の少ない時間帯、周囲の里山も濃緑、鹽緑の夏葉で覆われ向日葵が夏空に映えます。子供の頃から夏休みとセットで訪れるこの季節は、まだ梅雨の明けきらぬ7月初旬から待ち遠しい心わくわくさせる時でありました。
しかし真夏の太陽に真っ直ぐ花を向けて咲くひまわりの様に、熱い夏を精一杯楽しむことが出来ればとの想いと裏腹に、夏休みに入ると楽しいはずの夏もたちまち過ぎ去ってしまい、毎年短い夏に寂しい思いを味わいました。この感覚は年を経た今も変わらずに続いて毎年夏の終わりには、今年もこの熱い季節を心のままに生きること叶わなかったとの想いにとらわれます。
自宅前の向日葵畑。畑の持ち主が観賞用に向日葵を植えてくださった。野外花の乏しい季節には願ったりの心尽くしだが今はもうない
朝顔やノウゼンカズラ、百日紅など庭の園芸植物であれば、この季節でも様々な種が花咲き楽しませてくれますが、容赦のない太陽に照りつけられる野外の植物にはこの季節に花を咲かせる種は春や秋に比べると大幅に減少します。
花が咲いてもヤブガラシやカナムグラ、スベリヒユなどおよそ人目を引くことのない小さい花やイヌタデ、オヒシベ、メヒシベ等のイネ科やカヤツリグサなど野草と呼ぶより雑草と呼ぶのが似つかわしいものです。中にはキツネノカミソリやヤマユリのように目だった花を咲かせるものも有りますがこの季節には稀だと言えます。
初夏の終わりに花咲くネジバナは七夕を境にして姿を消して行きますが、ちょうどその頃に花をつける合歓の木は夏の訪れを告げる花でしょうか。この時期は梅雨の蒸し暑い日が続くことが多いので、梅雨の晴れ間に散歩に出て合歓の美しい花に出会えると気分も良くなるものです。
いかにも乾燥に弱そうな花形からも想像できるが花期は短い。夜に咲いて朝には萎れてしまう烏瓜ほどではないが開花しても直ぐに萎れてしまい美しい花を観れる期間も短い
合歓が開花する七夕の頃に、ほとんど花を見られない林野で目だった花をつける木にトウネズミモチがあります。6月に咲くネズミモチより遥かに樹高が高く、花期も一月近く遅いほとんどの花木が花を終えたころに花咲くので良く目立ちます。
丈の高い枝一杯に花をつけるトウネズミモチ。明治初期に大陸より帰化した植物とのこと
旧明村庁舎の前庭には、同じく外来種でこの時期似たような花をつけるシマトネリコが植えられています。本来は沖縄以南の分布ですが、木が強壮なため国内に庭木や公園樹として移植されたもので、自宅前の中ノ川河畔にも自生木があります。
台湾辺りが原産地のシマトネリコ。庭木として植えられたものだが密植ぎみで樹高が高くなったらどうするのだろうかと思う。樹液にはカブトムシが集まるらしい
ハルノノゲシやアキノキリンソウなど種名に春や秋を頂く植物は結構ありますけれど夏と付く植物はまず目にしないのですが、夏藤は稀な植物の一つで5月に咲く藤に対して7月半ばから花を咲かせ始めます。
薄紫の花房を連ねきらびやかな春の藤に対して、夏藤の花色は白で房も春の藤に比べると小ぶりであまり目立たない。牛谷や林の旧道沿いにも自生する。
熱いさなかに美しい花をつける花木には夾竹桃や百日紅、ハイビスカス、ノウゼンカズラなどが在りますがどれも園芸種の庭木で野草の範囲からは外れるようです。この季節には野草は花よりも葉を一気に茂らせて他の草との競争に負けないようにします。
7月以降、林縁や道路脇など植生が大きく変化する場所には、蔓性植物のクズ・ヤブガラシ・カナムグラ・ヤマノイモ・オニドコロ・ヘクソカズラ・アオツヅラフジ・サルトリイバラ・アケビなどマント・ソデ群落の植物群集が繁茂して植生の乱れを補います。
この植物の代表はクズでその繁殖力は他の野草を遥かに凌駕し、何年も土地の草刈りがなされなければ、夏にはすべての植物の表面を覆い尽くすまでに繁茂します。
林縁部を覆うクズ・ヤブカラシ・ヘクソカズラ・サルトリイバラ・ヤマノイモなどからなる牛谷道でのマント・ソデ植物群落 も圧倒的にクズが多い。
葛はデンプン質にとみ、若い枝を折りとると茎の澱粉が凝固する。柔らかい枝はウサギの好物。
葛の根(葛根)からは葛粉が取れますが、少量のうえ生産に手間がかかるため現在ではサツマイモの澱粉で代用しているようです。下の子供が小学校に通っていた20世紀末は学校でウサギやチャボが沢山飼育されて子供たちが世話をしていたのですが(当時のゆとりのある教育環境を懐かしく思います)彼らは葛の若芽が大好きでした。よく大量に折り取ってはウサギに持って行ってやったものです。
これらの草は林縁や路肩の草を覆い、さらに林縁の木々の表面を覆い尽くして、植生の大きな変化を和らげ土壌が露出するのを抑えて自然環境の悪化を防いでいますが、あまり目立った花を付けるものもないので単なる雑草として厄介な存在に見られています。
上写真はマント・ソデ植物群落の代表的な構成種ヤブカラシ。花は小さいが蜜が出るようで蜂やハナムグリなどが結構集まる。下は葉がヤブカラシに似た掌状複葉のカナムグラ
上はヤマノイモで根は秋に掘りとって食用になる。同じヤマノイモでも種の変化が激しく下写真の様に丸い葉から尖った葉など形や色の変化が大きくムカゴの形や、つく時期も8月から11月と変化がある
上写真はヤマノイモによく似た葉っぱのオニドコロ。ヤマノイモに比べて葉が丸くヘラヘラした感じ。根は食べられない。
上はヘクソカズラ。目立たない夏咲の花が多い中では美しい色形だが、この草は名のように異臭がする。
マントソデ群落を構成する植物群の中には、日差しの強い昼間に花を開くことを諦めて夜間のみ花咲く植物があり、7月中旬以降、日中の炎暑を避けて夜間に人気のない牛谷道などを散歩すると、ひっそりと咲く花に出会うことができます。
牛谷道に咲くカラスウリ。花はレース編みのように繊細で陽の光うせる夜間に開花して朝日が当たる前にはしぼんでしまう。雌花と雌花はそれぞれ異株につくため、同じ株を見ていたのでは雌雄の花を見ることができない。
雌雄異株のカラスウリの花。上左が雄花。右が雌花。日が落ちて開花が始まると1時間ほどでレースのような先端まで水が回って花が開く。雀蛾が密を吸いに来ることで受粉するようで、純白レース編みの花は夜間でも彼らが花の在処を見つけやすいように工夫しているようです。
朝が来て明るくなりだすと、花はしぼみ始め朝日が当たる頃にはレース編みの繊細な部分はほぼ萎れて丸くなってしまいます。誠に一夜限りの潔い咲きっぷりで数ある野花の中でも一際趣のある花と言えます。家の周りでは花は7月半ばから咲き始め9月まで見ることができます。
下は昼間のカラスウリの花。昼間は蕾を膨らませた状態で夜間に開花するため待機している。この蕾は今夜開花する
道端の花も一茶に減ってしまう季節ですが、梅雨に合わせて開花し始める露草は青い花色が良く目立ち夏咲きの草花の代表格です。もっとも露草が本格的に咲きだすのは9月に入ってからですから、秋咲きの花とも言えますが花開きだすのはその名の通り梅雨に入って大気が湿気で潤う7月に入ってからです。
四季を通して青い花を咲かせる野草は春のオオイヌノフグリやキュウリグサ、夏のツユクサ、秋のリンドウなどごく僅かしかない。
道端の野草で7~8月に花を咲かせるものは少ないため、この季節彩りのある野花を見ると心惹かれますがアキノタムラソウはそんな草花の一つです。秋とつきますが初夏から開花し始め牛谷道や伊勢別街道の道沿いなどで夏中花をつけています。
面白いことに、数少ない青い花をつける野草の一つが新玉橋手前の津関線沿いの路肩で繁殖しています。アメリカ朝顔なる外来種で戦後に占領軍の救援物資と共に国内に持ち込まれたといいます。朝顔より一回り小さい花をつけ、葉は切れ込みの無い丸い形をしています。
津関線のように交通量の多い道路沿いには、車に付着した種子が車から落ちて発芽し、もとの繁殖地から遠く離れた地で繁殖する異地性の植物が多く見られますからこのアメリカ朝顔もそのようにして何処か遠方の地より種子がここに運ばれて運よく発芽し繁殖に成功したものでしょう。
野草の開花期は、除草時期と大いに関係します。路肩にせよ荒地にせよ人為的にある程度の間隔で除草するのが普通ですから野草の開花時期に除草されると、残った茎や葉を茂らせて再び花を咲かせるにはかなりの時を要し開花期が大きくずれます。
下は同じ場所に咲く秋咲きのマルバルコウソウで盛期は10月ですが夏に草刈りがなされるためアメリカアサガオも盛期が大きくズレて10月末に元気に花を咲かせています。
アメリカ朝顔の咲く津関線沿いの路肩には、同じく朝顔の仲間の昼顔が花をつけます。アメリカ朝顔とほぼ同じくらいの花で淡いピンクの可愛い花です。葉はヤマノイモの様な細長い形ですが下の写真で他の草に隠れはなぜか丸い葉しか写っていません。
昼顔に似た種に浜昼顔があり、私がよく通う河芸海岸には沢山花を咲かせますが浜昼顔の花期は春、四月末から五月で海岸の砂が焼ける夏には全く姿を消してしまいます。環境に応じて花期をずらせ自然に適応した好例でありましょう。
上は昼顔の近種 浜昼顔。海岸に自生するが夏には砂浜の温度が50度にもなるため花期を春にずらしている。葉も丸くて肉が厚い
昼顔は日本の自生種の様ですが、津関線周囲の路肩には帰化植物のコマツヨイグサや同じくマツヨイグサ属のユウゲショウも初夏の頃から花を咲かせます。
コマツヨイグサは明治・大正期に北米より帰化した植物で待宵草の仲間はどれも明治以降に北アメリカや南米から渡来した外来種
同じくマツヨイグサ属で津関線沿いの路肩に咲くユウゲショウ。名に似合わず昼間も花を開くがこれもアメリカ大陸からの帰化植物
外来種の多くは、国内で生育に適した環境に出会うと其処から周囲に新たな生育範囲を広めてゆくものですが、中には一時的に定着して繁栄しても長続きせず暫くするとすっかり姿を消してしまうものも多くあります。
上の写真は6年ほど前、耕作放棄された自宅前の畑地に繁殖していたオオマツヨイグサで数年はこの場所で花が見られましたが植物相の遷移とともに株も自然に失われてしまいました。これはどの植物についても言えることで土地の自然環境は、草刈り等の一定周期の外圧がない限り時と共に植物相は徐々に変化して最後は何らかの極相に達して安定しますからある時期の植物相に適応して繁栄しても時と共に植物相が遷移すると新たな植生環境には適応できずに消え去ってしまいます。
例えば私が林・川原に住み始めた数十年前には、家の周りの路肩や自宅の庭や畑のあちこちに7~8月になるとテッポウユリのような花を付けるタカサゴユリが見られたものです。牛谷橋を架橋して開かれた牛谷道の路肩にもある時期には沢山花をつけていましたが、徐々に開花場所が遷移して今では橋の袂にわずかに咲くだけで他では全く見られなくなりました。
牛谷道の路肩に咲いたタカサゴユリ。新道が開かれたりすると入り込むようだが、環境の推移とともにいつしか姿を消した。
この他にも七夕の頃に津関線の旧道沿いや芸濃インターから亀山へと向かう高速道路の側道沿いにオニユリが咲くのを見ることができますが、こちらも自生地はわずかで植生の変化で消滅する可能性が高そうです。
ユリの仲間 ( 近年ユリ科から離れたようです ) で特記したいのは、明小学校の校花となっているユウスゲです。現在明周辺に自生地はなく明小学校の花壇にのみその花を咲かせています。校花となった経緯は分かりませんが過去には小学校の敷地にユウスゲの群落があったかと想像されます。
昼間は花を閉じて、夕方になると花を開くユウスゲ。明小学校の花壇で
百合の仲間ではありませんが8月後半に入るとヒガンバナ科のナツズイセンが花を咲かせます。花期がくるとヒガンバナ同様に地中から花茎を伸ばして数日のうちに花を咲かせます。ヒガンバナに似て葉は花が終わった後から現れ夏の前には枯れてしまいます。何も葉の茂っていなかった場所に突然花が咲くので不思議な感じを与える花です。
盆も開けた八月末に突然地上に現れて花をつけるナツズイセン。自生地は僅かだが青木の丘陵や伊勢別街道沿いに今も花をつける
これまでは夏咲きの野草の中でも割合と目に付きやすいものを取り上げましたが、多くの夏咲きの野草は花も小さく目立ちにくいものが多いようです。炎天下の道端にはスベリヒユ・ニシキソウ・コミカンソウ・ザクロソウ・エノコログサ・カヤツリグサ・オヒシバ・メヒシバ・イヌビユなどが花をつけますがどれも花が小さいか、エノコログサやカヤツリグサのようにおよそ色彩に乏しく目立たないのが普通です。
夏の荒地や道端の雑草は目にもつかず気にも留めないものが殆ど。上は柘榴草と車葉柘榴草。下写真はスベリヒユとカヤツリグサ。
上写真左はエノコログサ。右はキンエノコログサでどちらも縄文の頃よりの自生種。どちらも生育環境の違いで花穂の形の変化が大きい。
カヤツリグサやエノコログサ、イヌビエなどのイネ目植物は花穂は大きいものの花としては地味で実の方が目立ち、私の様ないいかげんな観察者にはどれが花でどれが実なのか分からないものです。
廃田を覆うイヌビエ。代表的な田の雑草で草取りを怠るとイネに交じってどんどん増える
子供のころ実を糸に通して数珠にして遊んだジュズダマも7月末に地味な花をつけます。昔は実が成熟する晩夏には、硬くて艶やかなジュズダマの実をたくさん摘んで遊んだものですが、今では子供たちに見向きもされない存在の様です。
ジュズダマの実は、熟すと表面が硬化して艷やかになり、その中心部には小さな穴まで開いている。子供が遊びで糸を通して数珠を作るのに最適だ。
高温多湿の日本の夏は熱帯系の植物である稲の生育には最適で、この時期に水田の稲は一気に成長して花をつけ実を膨らませます。同時に水田の周りには稲と同じように湿地の環境を好むイヌビエ・タマガヤツリ・ヒデリコ・コナギ・チョウジタデなどの雑草が成長します。
近年ではこれら昔ながらの雑草に混じってアメリカミズキンバイ、ホソバツルノゲイトウ、クサネム、タカサブロウなど以前には見かけなかった雑草が多く入り込んできています。
水田に繁茂するコナギ、チョウジタデに混じって、ホソバツルノゲイトウ、アメリカミズキンバイ
近年特に繁茂してきたアメリカミズキンバイ。辺りの水田に入り込み、黃い花がよく目立つ。
上はホソバツルノゲイトウ。アメリカミズキンバイともに近年繁茂し始めた外来種。湿地だけでなく荒地、路肩と至るところに見られる。
クサネムも私が子供の頃には水田の周りで目にした記憶がないから近年に分布を広げたように思う。
8月を迎えると水田の稲も一斉に花をつけ、面を吹き抜ける風に穂をゆらします。この季節、稲の開花から結実まで水田には水が引かれるため浮き草が爆発的に成長し田の水面を覆いつくします。
盛夏の水田には稲が実る。以前この辺りの稲刈りは9月に入ってから行ったが、最近ではお盆過ぎから刈り取る所がある。
浮き草に覆われた稲の株の周囲にはホテイアオイによく似たコナギが小さな青い花を着ける。
この頃水田の取水口周囲には美しい編み目をもつ藻類のアミミドロが繁茂します。中には網目が1cm以上成長するものもあり、私の子供の頃は時折タモです食い上げてその網目の大きさを確かめては感心したものです。
近くの水田の水路で採取したアミミドロ。大きな網目の個体を探すのは難しい。これだと最大4mmくらいか。
水田でも流水のある綺麗な水に大きな網目が成長するような気がしますが、撮影するのに探してみても子供の頃見た大きな網目の個体は見つからず残念に思っています。
この季節、空の彼方には連日様々な入道雲が現れ、夕刻には大きく成長した雲が稲光を伴って怪しく輝きます。これらの雲の多くは遠く岐阜・愛知・長野など1000m以上の山地上空に発生した上昇気流が作り出すもので、その方角からどの辺りの山上に発達したものかおおよその想像がつきます。
真夏の象徴 積乱雲 雲の先端部分は力とエネルギーに満ちている。上の積雲は多分茶臼山から恵那山辺りの山塊上空に発達したものだろう
真夏の空には、強烈な太陽の日差しが生む上昇気流によって様々な形の積雲が発達します。雲を見ているのは本当に楽しいものです。眺めていているまに、みるみる姿を変えてゆく面白さは飽きることがありません。成長過程にある積乱雲の尖頭などを眺めていると雲がすぐ近くにあるような錯覚に陥ります。