以下、投稿原稿を記載する
海島逆転の発想から生まれた
TSOP : Toyata Super Olefin Polymer
・・・・・・その進化の過程・・・・
1.はじめに
TSOP(Toyota Super Olefin Polymer)は1991年トヨタクラウンのバンパーに採用され「海島逆転の発想により生まれた新素材:リサイクル10回OK」とマスコミに大きく報道された。
そしてその報道に負けないように学会論文発表を重ね事実を究明した結果、PP(Polypropylene)の整列四角柱結晶構造を発見し、その構造の極限追及にチャレンジした結果、内装統合材料を完成させ1996年より全面的にリサイクルのエースとしての採用が始まった。
さらになぜこの構造ができるのか?の追求を展開し、溶融状態での揺らぎ構造を解析し液晶ポリマーに近いナノコンポジットであることに着眼し開発を続けた結果、1999年には内外装統合材料を完成させレクサスLS430バンパーに採用となり2002年米国SPEアワードを受賞した。
TSOPはToyota Super Olefin Polymerから学会発表の場でThe Super Olefin Polymerとなり、今では世界中のPPバンパーに源流技術として採用されておりTop Status Of Polypropyleneとしての位置付けに至っている。
本稿ではTSOPのナノコンポジットへの進化の過程を綴ることにします。
2.バンパー用新素材の開発
トヨタ自動車ではバンパー材料として衝撃性に優れるウレタンバンパーとコストの安いポリプロピレン(PP)バンパーの2種類を用途に応じて使い分けていました。しかし軽量化、高品質化、リサイクル性など市場ニーズの高まりから、コストパーフォーマンスに優れるPP系材料の開発が望まれていました。そんな中で当時デビューし始めていたポリマーアロイ技術でのPPエンプラポリマーアロイ材料の開発に主要PPメーカー7社と相手材のエンプラを七種類選び挑戦しました。3年後、目標をクリアする材料が3材料できあがりました。早速バンパー実物で評価したところ3材料とも線膨張係数、成形収縮率が従来使用しているPPバンパー材より悪化してしまい、その他の特性では圧倒的に良かったのですが採用できませんでした。最先端技術を駆使しての結果です。PPバンパーはPPに大量のエチレンプロピレンゴム(EPR)を練り混ぜ、PPの海のなかにEPRが島として存在している事が電子顕微鏡でも確認されていた。そのEPRの代わりにゴム系の相溶化材を使いエンジニアリングピラスティックを高性能化のために置き変えただけである。電子顕微鏡の確認でもエンプラが島としてPPの海の中に浮いている。それなのになぜ線膨張係数・成形収縮率が2倍か?訳がわからなかった。3年間苦労したのに!自問
自答の日々が続いた。
3.海島逆転の発想による新素材開発
ある日、ふと考えてみた。今までずっとPPバンパーと呼んでいたのでPPが海と盲信していたのではないか?実はゴムバンパーではないのか?一度ゴムバンパーとして整理し直してみようということに気が付いた。EPRゴムの中にPP樹脂がフィラーとして入っているのだ。PPは溶けたらシャビシャビ、固まったらカチカチの有機充填材なのだ。このイメージでPPバンパーの今までのデータを整理し直してみた。線膨張係数の低さ、塗装性の良さ、成形収縮率の低さ、射出成形の流動挙動など説明がつく。これだ!と言う訳でエラストマーマトリックスポリマーの開発が始まった。パートナーのPPメーカー7社にこの新概念を示しトヨタ主導型共同開発をスタートさせた。苦労したのはこちらがゴムが海と言っても検討の答えはゴムが島になってきてしまい、この逆転の発想の新概念を理解してもらうのに時間がかかったことである。しかし波に乗り出してからは順調で、次ぎから次ぎへと新事実を発見し、未踏の地を切り開いて行った。そして従来性能の長所を維持しつつ特性を大幅に向上させた新素材が完成した。PPではないエラストマーマトリックスポリマーということでトヨタスーパーオレフィンポリマーと名付け1991年クラウンのバンパーに採用された。(TSOP-1)
4.整列四角柱結晶構造の発見
PPではない新素材TSOPと言うことで世の中にアピールしたので、技術的、学術的に研究発表、論文発表で検証していく事にした。そして新理論が正しい事が立証されただけでなく、PPの整列四角柱結晶構造を発見するに至った。エラストマーマトリックスポリマー構造を作り出す事でPP結晶の微細分散化が可能となり、従来は巨大球晶構造になり制御不能であったPP結晶のナノオーダーでの制御が可能になったのである。
となれば、この制御をさらに進化させれば、もっと高性能化ができる筈だ!と考え自動車内装統合材料の開発にチャレンジした。整列四角柱構造の出来具合をX線解析の結晶b軸強度で追っかけ、最適化を図った結果、充填材のタルクとエラストマーそして従来得られなかった高規則性PPの組み合わせ相乗効果により、バンパーとしてのTSOP-1レベルを大幅に上回る内装統合材料TSOP-5が完成し、1996年からリサイクル性の良いインスツルメントパネル材料の決定版として全車展開していく事になった.。
5.溶融揺らぎ状態の仮説
一方、学会発表も順調に推移し整列四角柱結晶構造の正体を明らかにする作業が繰り広げられた。直接溶融状態を捉え解析できないので、周りから解明作業を進めて行った。エラストマーマトリックス構造とタルクの存在により、整列四角柱構造をとるスーパーオレフィンポリマーの世界では溶融時も液晶ポリマーのように揺らぎ構造をとり、冷却により揺らぎ停止とファンデアワールス力による整列が起きるとい考え方を示すに至った。射出成形をした部品を切り出し、X線回折の結晶b軸強度を計り整列四角柱構造を確認した後、250℃で溶融させそのまま固化させ、再度X線回折の結晶b軸強度を計ると、整列四角柱構造が確認できたのである。また250℃でパーオキサイドを用い超高結晶PPを分解させると、不思議なことに分子量の異なる超高結晶PPをサンプルとして試験しても結果は分子量6万に収斂してしまうという結果も出た。これら結果から我々はこの現象を説明する仮説を立てた。即ち超高結晶性アイソタクティックPPはポリマー重合段階でb軸フォールドし分子鎖が2本並び、折りたたみ鎖となりa軸成長が進み折りたたみサイズの幅をもつプレート結晶子が生成する。80℃と低温重合なのでその状態で瞬間凍結し重合パウダーとなる。そしてそれがペレタイザーなどで溶融混練されるとプレートが揺らぎ状態となりプレート同士がファンデアワールス力で引き合いスタックする。混練による切断とスタックの繰り返しにより、プレートは立方体となり揺らぎ続ける。そして射出成形による金型内流動により、流れ方向にプレートの向きが揃い冷却に入る。こうして出来上がったのが整列四角柱PP結晶構造である。この仮説は溶融状態で証明されたものではなく異論も多い。タルクの挙動なども劇的であり今後の成り行きが楽しみである。
6.内外装統合材料への挑戦
ここで我々はこの仮説をツールとして活用し内外装統合材料の開発に挑んだ。プレート結晶子をどんな形態にしたら良いか?そのためにはどんな分子鎖にすれば良いか?それを作るにはどういうプロセスにすれば良いのか?試行錯誤により最適解を求めていった。
共同開発パートナーは11社にものぼり、トヨタとの1対1の機密保持契約の中かなり常識を覆す研究開発が進んだ。
高剛性・高衝撃.高流動の両立のためにオレフィンエラストマーマトリックスポリマーの中にオレフィンエラストマーをABS樹脂のブタジエンゴム粒子のように存在させるのは苦難の技であった。しかしこれまでに経験していた技術の粋を凝らし乗り越えた。
その結果、バンパー材料(TSOP-1)と内装統合材料(TSOP-5)との両方の特性を併せ持つ内外装統合材料(TSOP-6)が完成した。
TSOP-6は1999年クラウンに採用され完全リサイク対応材料となった。また金型内流動特性はMFR=30と驚異的であり、大型バンパーの成形が800トンの型締力で可能になりトヨタ超低圧射出成形機を誕生させた。さらに2002年にはレクサスLS430に装着されたバンパー材料が米国SPEイヤーズアワードを受賞し世界の頂点に立った。
x。おわりに
海島逆転の発想から始まったこの開発も、常識破りの展開を進めて行くうちに従来は到底達成困難と思われていた世界が開け出した。
エラストマーマトリックスポリマーを狙うことによりポリプロピレンの球晶成長を阻止し整列四角柱結晶とし、タルクの表面吸着成長させナノコンポジットの世界に導いた。
さらにはこの整列四角柱結晶の生成メカニズムを究明しTSOPが液晶ポリマーに近い挙動であることを確認した。これはポリプロピレンが他の結晶性ポリマーとは異なり、ポリマー重合段階で発明者のナッタ教授も知らなかった特殊な分子形態が賦与されている事を見出した。
ここで述べた論文未投稿の部分は現在の解析技術では究明不能の分野であり仮説の域を出ないが、この仮説を信ずることにより前人未到のスーパーポリプロリレン「TSOP」が誕生したことは事実である。
今後この分野の研究が進み正しい理論・結果が明かにされることを望んでやみせん。
引用・参考文献
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2)マトリックスエラストマー相のミクロ結晶生成制御に
よるIPN的構造形成
野村孝夫、西尾武純、佐藤寛樹、佐野博成
高分子論文集 第50巻 第1号 27 (1993)
3)ポリプロピレン結晶ラメラのドメイン機能としての検討
野村孝夫、西尾武純、佐藤寛樹、佐野博成
高分子論文集 第50巻 第2号 81 (1993)
4)スーパーオレフィンポリマーの高次構造解析
野村孝夫、西尾武純、佐藤寛樹、佐野博成
高分子論文集 第50巻 第2号 87 (1993)
5)ポリプロピレン/エチレンプロピレンゴム系ポリマーブレンドの熱膨張挙動について
野村孝夫、西尾武純、谷口宏、平井郁夫、久村
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高分子論文集 第51巻 第8号 505 (1994)
6)ポリプロピレン/エチレンプロピレン共重合体ブレンド物の相構造
野村孝夫、西尾武純、守屋悟、久村展康、橋本
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高分子論文集 第51巻 第9号 569(1994)
7)ポリプロピレン/エチレンプロピレンゴム系ポリマーブレンドのモルフォロジーと衝撃強度の関係
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高分子論文集 第51巻 第9号 577(1994)
8)ポリプロピレン/エチレンプロピレンラバー系ブレンドの溶融物粘弾性特性に及ぼす組織構造の影響
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