ポリプロピレン その進化の可能性を探る
2012. 8. 9
高分子材料設計研究所 野村孝夫
高分子学会フェロー 工学博士
http://nomtak.com/dr-nomtak.html
元 トヨタ自動車 第2材料技術部長
1.ポリプロピレンの誕生からの発展経緯
1954年ナッタ研究所で誕生したポリプロピレンは1957年にはモンテカチーニで商業生産が開始され、1962年には技術導入され日本での生産が始まった。
そして1965年には日本独自技術によりブロックコポリマー(ICP)が工業化された。
その後、触媒技術の向上により生産性・立体規則性など劇的な進化を遂げ今や誕生時とは様変わりのスーパープラスチックスになった。
自動車への応用は1964年型コロナにアクセルペダル、シートサイドシールドなどに台当たり450g採用された事に始まる。そして1968年にはICPがマークⅡのエンジンファン、ヒーターケース等にに採用され、70年代に入るとタルク・ガラス繊維強化材が開発されインテークエアパイプ、エアクリーナケースとエンジン部品に多用され始めた。
そしてタルク・ゴム併用系が開発されバンパー、インパネの本命材料となった。
1991年にはスーパーオレフィンポリマー(TSOP)が登場しバンパー用素材の決定版となった。
その進化は凄まじく1999年には内外装自動車用統合材料となった。
さらに低コスト化技術開発が進められ自動車内外装材料の世界標準となりポリプロピレンの地位をゆるぎないものとした。
2.スーパーオレフィンポリマーの開発
1985年、エラストマーとタルクを併用添加3元系ポリプロピレンはバンパー、インパネなどに多用されていたが、傷つき易く、剛性の低い自動車用材料としては安い事がメリットのローグレード材料だった。
それを改良しようとして挑んだのがオレフィンメーカーとの共同開発体制で臨んだポリプロピレンとエンプラとのポリマーアロイ化作戦であったであった。
7社の賛同を受け3年がかりでバンパー用として求める物性バランスの素材3種類ほどを作り上げた。
いざ実用化というところで線膨脹係数、成形収縮率が従来の3元系より悪く採用に至らなかった。
原因はポリプロピレンの特徴が顕著に出ただけだった。
マトリックス樹脂が結晶性ポリマーである限り当然の結果であり、当時ポリマーアロイの覇者であったノリルGTXもポリアミドマトリックスであり同様であった。
ではなぜ従来の3元系PPバンパーは線膨脹係数、成形収縮率が小さいのか?
ゼロからの出直しであった。
自問自答を続ける中、ふと閃いたのである。
PP60%にゴム分30%、残り10%がタルク、我々はこれをPPバンパーと呼んできた。
PPマトリックスと信じ込んでいた。しかしそれは間違いで、ゴムバンパーであったのか?
エラストマーマトリックスポリマーであったのだろうか?
だとすればゴムが射出成形で無理やり引き延ばされPPが冷却により冷え凝固して歪凍結材として働く筈だ。
そうすれば線膨脹係数、成形収縮率が小さくなっても不思議はない!
この仮説でエラストマーマトリックスポリマーの開発が始まった。
パートナーのオレフィンメーカー7社にこの仮説による共同開発を要請した。
各社とも快く引き受けてくれ順調に逆転の発想による共同開発が展開した。
しかし自社に戻って実験し、1ヶ月後の結果報告になると海島逆転が従来概念に戻ってしまい、意図する結果には到底ならなかった。
ゴムの海に、樹脂の島ですよ!と何度も繰り返し頼んだが結果は各社とも毎度同じだった。
海島逆転の発想は宗教だから「野村教」を信じてついてきて欲しいと懇願した。
その結果、信じてもらってからは順調に推移した。
逆転の世界は未踏の領域であり、やることなすこと当たったので半年ほどの開発で原型が出来上がった。
量産実用化展開も従来型PPを保険にして進めたので1年後には量産高級車「クラウン」にデビューさせる事ができた。 1)2)3)4)5)
エラストマーマトリックス概念とすることで劣化しても再溶融成形することにより初期物性が確保できるので「リサイクル10回OK」と華々しく新聞デビューさせたので話題になった。
世間を騒がせたので証明責任を感じその後、10年にわたる学会研究発表活動に入っていった。
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3.四角柱結晶構造の発見
エラストマーマトリックスポリマーの証明をしていくうちにTEM電顕写真に異様な形を発見した。
正方形の白いものが格子状に並んでいたのだ。
よくよく観察していくと流動方向ではなく製品の厚み方向(スルービュー)にのみみられる模様であった。
TEM電顕写真だけでは何も分からないのでX線回折解析を行い結晶状態を追及した結果、スルービューに強い吸収が見られた。
いろいろ調べていくうちにタルクの結晶壁開面にPP結晶が配列していることが分かり、TEM電顕写真でも流動方向断面を見るとその様子が分かってきた。
流動方向に平行して配列しているタルクの表面に垂直にPP相が伸びているのが覗えた。
X線回折解析の結果、これはb軸配向であることが分かった。
厚み方向で格子状、流動方向で棒状、そうだ!四角柱構造だと認識した。
しからばb軸配向が強ければ強いほど四角柱構造が形成されている筈だとの仮説のもと(b軸配向強度/a軸配向強度)=b軸強度比として各種検討を重ねた結果、ポリプロピレンが球晶とならず四角柱構造を形成する内装統合材料TSOP-5が完成した。
4.プレート結晶子溶融揺らぎ構造の提案
エラストマーマトリックスの中でのポリプロピレンの四角柱結晶構造がなぜできるのか?仮説を立ててみた。
溶融状態でランダムコイルであるという従来概念では説明できないので溶融揺らぎ構造を想定した。
ポリプロピレンは重合段階でプレート状構造ができ溶融状態でも秩序は変化せず揺らぎ状態となりタルクと共存して流動する。
その時も弱いながらもタルク結晶表面に揺らぎ状態のポリプロピレン結晶子が吸着しつつ流動するという仮説である。
そしてプレート結晶子同士は極めて高い立体規則性によりファンデアワールス力でお互いに引き合い溶融揺らぎ状態となるのである。
ナッタのポリプロピレン結晶構造から推測するとb軸の引力の方がa軸より距離が近いので強いのでフォールディングした分子が先に吸引配列し背面吸着ペア分子構造になる。
次のフォールディングによりa軸吸着で分子が伸び、これを繰り返しプレート結晶子となる。
なぜこうなるかの仮説は後述する。
5.ポリプロピレンの驚くべき可能性への期待
以上、常識を破る逆転の発想と解析原因究明の繰り返しにより従来到達できなかったレベルまで材料の総合性能を上げる事が出来た。
しかし低コスト化対応に明け暮れたこの10年ポリプロピレンの世界には技術開発としての大きな進展はなかった。
現在、リーマンショック、リコールショック、震災ショックそしてこれからのエネルギー危機と課題は山積している。
今、材料技術に求められていることは従来の概念を捨ててリセットし、新しい環境での出直しである。
地球環境を見据え資源の有効活用が急務となっている。
そこで期待されるのがコストパーフォーマンスとして最強の可能性のある材料であるポリプロピレンである。
ポリプロピレンは前述のように発明されて以来、急速な発展を遂げ現在に至っているが正体についての事実関係の解明は不十分のまま進化してきた。
幸い海島逆転の発想によるスーパーオレフィンポリマーの快進撃のお陰でメーカーの予期せぬところで進化は遂げたがまだまだ学問的実態はいい加減なのだ。
結晶生成メカニズムに対して現状レベルの認識では大きな進化は期待できない。
そこであえて提案したいのがポリプロピレンのプレート結晶子をより巧妙に材料設計に組み込んでいくかの手法である。
そのためのヒントを以下述べる。
まずチーグラーナッタ触媒の改良でポリプロピレンはタクティシティ、重合速度において飛躍的改善が達成されたが、出来上がった製品(重合パウダー)がどういう状態になっているか?なぜそうなるのか?については明確になっていない。
それどころか触媒の塩化チタンがどう機能しているか?議論されていないようだ。
さらに直近の高活性触媒では塩化マグネシウム結晶による壁開面は極めてきれいな結晶平面となっていると思われる。
仮説ではあるがこれらはプロピレンの重合でプレート結晶子を作り上げるテンプレートとして働いていると主張したい。
触媒結晶表面上でプロピレンが付加重合されていく時、塩素原子と影響しあい表面吸引状態で連なっていき、50数モノマーつながった時、内部歪によりフォールディングしループとして背面b軸吸引しながら戻り、また50数モノマーつながった時フォールディングし触媒結晶表面の塩素原子に吸着し重合しこれを繰り返す。
そして出来上がるのがb軸背面吸引しa軸成長していくポリプロピレンプレート結晶子であり、重合パウダーでは向きがランダムで結晶構造ではない。
これを溶融混練していく過程で揺らぎファンデアワールス吸引でプレート結晶子が重なっていき、成形固化により結晶状態になるという仮説である。
この考えに基づいて理論構築し仮説展開をしていけば高次構造が制御できポリプロピレンは普通では考えられない進化を遂げていくと確信する。
要するにポリプロピレンは誕生した時の学問・概念で商品化され触媒が飛躍的に進化したのにもかかわらず誕生当時のしがらみ(物性バランス)に制約され続けられているのである。
これを新しいコンセプトで一掃して研究開発に臨めば信じられない世界が見えてくるものと確信します。
ほとんどのプラスティックが登場当時の重合基本技術で利用されているのに対し、ポリプロピレンの重合技術の進化は凄まじいものがあります。
発想転換いかんによっては桁外れのスーパープラスティックに進化できる可能性があるのです。
引用・参考文献
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3) 野村孝夫 ほか 高分子論文集, 50, 1, 27 (1993)
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5) 野村孝夫 ほか 高分子論文集, 50, 2, 87 (1993)
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7) 野村孝夫 ほか 高分子論文集, 51, 9, 577 (1994)
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10) 野村孝夫 ほか 高分子論文集, 54, 5, 295 (1995)
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Jounal of Applied Polymer Science, Vol.79.1693-1703(2001)
15) 野村孝夫 未来材料 , 7 , 6 , 64 (2007)
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17) 藤田祐二 Polyfile 2009,1
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