4)研究紹介

これまでに取り組んできた研究や現在取り組んでいる研究を紹介します。上のものほど最近の研究です。


伊吹山の織田信長の幻の薬草園に由来する植物に関する研究


伊吹山は,岐阜県と滋賀県の境に位置する標高1,377 mの山です。標高がそれほど高くないにもかかわらず,極めて多雪で,石灰岩土壌であることもあり,その特殊な環境がゆえに山頂には固有の植生が発達しています。これらの植生は,江戸時代から近隣の人々により薬草や肥料,家畜の飼料などに利用されてきましたしかし,近年ではシカによる食害がひどく,これらの貴重な植生が絶滅の危機に瀕しています。

また伊吹山には,かつての統治者であった織田信長が,ヨーロッパからの宣教師に命じて50 haにもおよぶ薬草園を作らせたという伝承があります(後世の1868年に出版された古文書,南蛮寺興廃記にその記述があります)。その薬草園は今では影も形も無いのですが,ヨーロッパから薬草を持ち込んだ際に,一緒に紛れて持ち込まれてしまったと考えられるイブキノエンドウやキバナノレンリソウ,イブキカモジグサがその薬草園の存在を裏付けると,古くから考えられてきました(古くは1920年の牧野富太郎の文献にもその話が書かれてあります。ただしそこでは,イブキカモジグサの代わりにヒメフウロのことが書かれています)。これら3種の植物は,ヨーロッパを中心にユーラシア大陸に広く分布していますが,日本では伊吹山ぐらいにしか分布していないためです。本研究では,これらの幻の薬草園に由来するとされる植物の起源を明らかにすることを目的としました。

まず3種のうち,イブキノエンドウについて国内の分布を調べると,確実に分布が認められるのは伊吹山と北海道中部と南部だと分かりました。北海道のイブキノエンドウは,明治の開拓以降に牧草にまぎれて入ってきたのではないかと考えられています。

これらの場所から採取してきたサンプルとヨーロッパからのサンプルの核DNA,さらにこれらのサンプルとオンラインデータベース上の葉緑体DNA配列を比較すると,核と葉緑体の両方で日本のサンプルは明らかに海外のサンプルとは系統が異なり,また単系統を示すことが分かりました。伊吹山と北海道は由来が異なるはずなのに,単系統になるのは不自然です。そこで,伊吹山と北海道の2つの系統が,①在来で古い時代に分岐したモデルと②伊吹山から明治の開拓時に北海道に持ち込まれたモデルの2つを比較してみました。その結果,モデル①が高い支持を得ました。また,分岐年代は最終氷期の中頃と推定されました。以上のことから,日本(伊吹山と北海道)のイブキノエンドウは在来種であることが明らかになりました。

今回のイブキノエンドウの由来に関する研究の結果は,イブキノエンドウが幻の薬草園伝説を裏付ける植物ではないことを意味しますが,幻の薬草園伝説自体を否定するものではありません。残る2つの植物の由来についても,順次明らかにしていてきたいと考えています。



東海地方のフモトミズナラとその近縁種の遺伝的多様性に関する研究


フモトミズナラはコナラ属の樹木で,東海地方と北関東の一部に分布しています。図鑑に載っていないことが多いのであまり知られていませんが,形態データや遺伝データから,大陸のモンゴリナラそのもの,またはミズナラの低地型,モンゴリナラとミズナラの交雑由来などといわれている種です。

東海地方では岐阜県東濃地方から愛知県北部にかけて,丘陵地の尾根や露頭などの痩地にパッチ状に生育しています。その他にも数十キロ離れて隔離分布している自生地がいくつか見られます(その中には蛇紋岩地も含まれています)。本研究ではフモトミズナラの遺伝的多様性を,同所的に生育する近縁種であるコナラや標高の高いところに生育するミズナラと比較することで,どのような遺伝的特徴を持っているのかを明らかにすることを目的としました。

【東海地方のフモトミズナラとその近縁種の遺伝的変異】東海地方のフモトミズナラとミズナラ,コナラの合計60集団の遺伝的変異をEST-SSRで調べました。フモトミズナラとミズナラはコナラに比べて少し高い遺伝的変異を示しました。これら3分類群の遺伝的構造を調べたところ,それぞれの分類群がそれぞれ固有の遺伝的クラスターに分類されたのですが,わずかではありますが分類群間で遺伝的混合が見られました。

過去の集団サイズ変化を調べたところ,フモトミズナラでは過去の集団サイズ変化は見られませんでしたが,ミズナラとコナラで最終氷期の終わり頃からの集団拡大が検出されました。フモトミズナラの分布域は限られているのですが,同種は痩地という特異な環境に生育しているため他種との競争を緩和することができて,厳しい氷河期にも安定して集団サイズを維持することができたのだと考えられます。

さらに分類群ペア間の分岐後の移住(migration)を調べたところ,いずれの分類群ペア間でも有意な移住が検出されました。フモトミズナラとミズナラ間では分岐後常に移住のあるモデルが,フモトミズナラとコナラ間,ミズナラとコナラ間では長い隔離を経た後の最近の二次的接触モデルが選択されました。フモトミズナラとミズナラ間では過去から現在にかけてずっと遺伝子流動が続いているため,これら2分類群はまだ種分化のグレーゾーンにあると考えられます。一方,フモトミズナラとコナラ間,ミズナラとコナラ間では最近の遺伝的交流は存在するものの,長い隔離を経ているため,これらの分類群間では種分化がある程度成立していると考えられます。なお,これらの結果は,Aizawa et al.(2021)による最新の分類に良く合致していると言えます(フモトミズナラとミズナラは互いに変種の関係,フモトミズナラとコナラ,ミズナラとコナラは互いに別種の関係)。

今回の研究は東海地方という限られた範囲での結果のため,地域が異なればまた違う分類群間の関係が見られるかもしれません。そのため,今後は大陸も含めた分布全域や,カシワやモンゴリナラ,リョウトウナラなどの近縁種も含めた遺伝的多様性研究にスケールアップしていくことが期待されます。

【笠置山の交雑集団に関する研究】岐阜県恵那市笠置山では,中腹の標高600 mを超えたあたりにフモトミズナラが生育しています。一方,山頂付近にはミズナラが生育しています。面白いことに,中腹から山頂にかけて,2種は途切れることなく連続的に分布しているのです。形態が連続的に変化しているように見えるため,どこで2種が入れ替わっているのかがわからないのです。そこで,笠置山で標高に沿って,これらを連続的に採取し,形態と遺伝データを定量的に評価してみることにしました。参照集団として,別の純粋なフモトミズナラとミズナラの集団も用意して比較してみました。

その結果,笠置山には,標高が低い場所ではフモトミズナラの形態を持った個体が,高い場所ではミズナラの形態を持った個体が生育しており,その間の標高では連続的に形態が変化していることが,形態データから示されました。また,遺伝データを見てみると,個体間距離の近い個体は遺伝的に近縁ではあるものの,笠置山の中ではほぼ任意交配が生じており,笠置山のこれらの個体は一つの集団と見なせることがわかりました。つまり笠置山では,今現在フモトミズナラとミズナラの交雑が生じているのではなく,過去の交雑によって生じた雑種集団であることがわかりました。

参照集団を使って推定したミズナラの祖先性(=1-フモトミズナラの祖先性)と環境の勾配を形態と比べてみたところ,形態に対する交雑の歴史(祖先性)の影響は検出されず,形態は環境の影響のみを受けて決まっていることがわかりました。同様の傾向が乙女渓谷のシャクナゲ集団でも見られており(Tamaki et al. 2017),とても面白い集団だと思います。できればどんな遺伝子が環境の影響を受けているのか調べてみたいものです。



コンテナ苗の培地に関する研究


コンテナ苗は土付きの苗のため,植栽時の根の乾燥にそれほど気を使わなくて良いことや,草取りの手間が少ないことなどが利点の造林用苗木です。もちろん,従来の裸苗には裸苗なりのメリットがあるのですが,ここ10年ほどの間に,造林用苗木は裸苗からコンテナ苗に大きく移行しつつあります。

コンテナ苗の基本用土にはヤシ殻ピートが広く使われています。しかし,ヤシ柄ピートは海外産のため,安定供給や輸送にかかるCO2排出量の面から,必ずしも理想的な資材とは言えません。そこで,本研究ではその代替として県内で生産されたバーク堆肥を代替として用いることを検討しました(田口ら 2023)。

バーク堆肥は培地の沈下が発生しやすく,沈下すると成長に悪影響を及ぼすことが分かりました(田口ら 2023)。そこで,最初から多めに充填しておくと,沈下を抑えることができ,地上部や地下部の成長を改善できることが分かりました(玉木ら 2023)。

また,鈴木ら(2021)では,バーク堆肥を基材に用いてニホンジカの肉を堆肥化し,それをコンテナ苗に使うことを検討しました。堆肥化の際に,ニホンジカの肉と基材を3:7で混合するとうまく堆肥化が進み,できた堆肥での苗木の成長も良い事が分かりました。ニホンジカの肉は利用されずに廃棄せざるを得ないことも多々あるため,このような利用方法の提案は資源循環の面からも有効であると言えます。




過去の集団動態の推定に関する研究


遺伝子型データには,その生物集団が過去に経験してきた集団のサイズ変化や移住,混合,分岐といった集団動態の痕跡が残っています。集団動態に関するパラメータを含むモデルを適用することで,対象とする生物集団がどのような歴史を経て現在に至ったのかを定量的に推定することができます。方法によっては複数の仮説を比較し,データによる重み付けを行うこともできます。

手元にある遺伝子型データから,過去の集団動態を推定するためのモデルには,コアレセント理論に基づくものと,拡散方程式近似に基づくものの2つがあります。また,それらのモデルのパラメータを推定する方法には,尤度ベースのものと,非尤度ベースのもの(コアレセント理論に基づくモデルはこちらも可)の2通りがあります。

いくつかのプログラムパッケージが公開されており,それらを用いて推定を行うのですが,多くの場合,データを入れるとすぐに結果がでるというものでは無く,調整が必要で計算時間も長くなるものが多いです。また,モデルが潜在的に持つ変動の影響も大きく,結果の解釈にも細心の注意が必要になります。困難さばかりが目につく研究なのですが,得られる結果は,まさに私達が知りたかった直接観測のできない過去の歴史になるので,とても魅力的な研究テーマだと思っています。

これまでに,色々な方法を一通り試してきたのですが,現在,主に取り組んでいる方法は,コアレセント・シミュレータを用いた近似ベイズ計算になります。シミュレータにはmsとfastsimcoal2を用いています。それぞれに長所・短所があり,ケースバイケースで使い分けるのが良いかなと思います。

両シミュレータはともに非常に柔軟で,集団サイズの瞬間的変化や指数関数的変化,集団間の移住,混合・分岐を任意の時間に複数回含むシミュレーションが可能です。ほぼどんな集団動態もシミュレートできるのですが,複雑すぎるとデータの情報量不足やパラメータ間の相関関係のためにパラメータ値がうまく推定できないため,ある程度単純にしたり,いくつかのパラメータを固定する必要があります。また,モデル比較を行う際には,似たモデルだとどちらが良いのか判断ができなくなるため,最大限に差別化を行う必要があります。

2013年ごろから進めているのですが,未だに新たに気付くことや改善できることも多く,常に新鮮さを持って取り組んでいます。この研究は,自分のプロジェクト内で行うこともありますが,多くは共同研究者のプロジェクトの中で担当させてもらったものです。後者の場合は,対象種の生物学的歴史に詳しい共同研究者と検討を重ねつつ,仮説を作り上げていきます。自分一人では気付くことができないことばかりで,また,貴重なデータも扱わせてもらい,とても素晴らしい経験をさせていただいていることに大変感謝しています。

過去の集団動態の推定を行った研究のうち,現在論文になっているものには,チャノキ,オンツツジ,Dipteronia,ハゼノキ,スダジイ,タムシバ,コブシ,ウバユリ属,タコノキ,ヤマコウバシ,Bituminaria,クロベ,コナラ属(フモトミズナラ,ミズナラ,コナラ),Magnolia dodecapetala,アカテツ,コショウノキ,コメツツジ,Zabelia tyaihyonii,ユズリハ,イブキノエンドウに関する以下のものがあります。



岐阜県中津川市加子母の乙女渓谷のシャクナゲの正体


岐阜県中津川市加子母の乙女渓谷にはシャクナゲが群生していることが知られているのですが,ここのシャクナゲには面白い特徴があります。渓谷に沿って登っていくにつれ,花の数性が少なくなっていくのです。数性とは,花を構成する部品の数のことです。

シャクナゲは種類ごとに花を構成している部品の数が異なっており,例えばホンシャクナゲでは基本的に花弁は7個,雄しべは14個,子房室数は7個で,7の倍数になっているので7数性となります。キョウマルシャクナゲではそれぞれ5個,10個,5個の5数性です。乙女渓谷では,下の方では7数性なんですが,登っていくにつれて6数性の個体が出てきて,最後には5数性になります。面白いことに,途中の個体は個体内でも数性が大きくばらつくのです。

この状況を単純に考えると,乙女渓谷の下の方には純粋なホンシャクナゲが,上の方には純粋なキョウマルシャクナゲが生育しており,その中間地点が2種の交雑帯になっているということになりそうなんですが,遺伝マーカを使って調査した結果,そうではないことが分かりました。

2種のリファレンス集団のゲノムと比較した結果,乙女渓谷の集団のほぼ全ての個体はホンシャクナゲとキョウマルシャクナゲの両方の祖先から受け継いだゲノムを持っており,見た目は純粋種に見える個体も交雑起源であることがわかりました。そして,交雑が生じた時期は約40万年前であることも分かりました。

今回の結果から,数性がなぜ渓谷を登るにつれて減少するのかを突き止めることはできませんでしたが,おそらくごく少数の自然選択の影響を受けている遺伝子が作用しているのではないかと考えています。そのうちこの点に関しても明らかにできたら面白いなと思っています。



都市緑地に残存する天然生二次林の群集構造とその保全に関する研究


都市は人が住むための場所なので,自然はほとんど存在していません。しかし,少ないながら都市緑地には樹木を中心とした自然が存在しています。都市緑地の多くは人の手によって作られたものですが,名古屋市の東部には数ヘクタールから数十ヘクタール規模の主に天然生林からなる都市緑地がいくつも存在しています。

この研究では名古屋市の都市緑地に残存する天然生二次林の緑地間・緑地内のプロット間・プロット内の多様性を階層的に定量化し,同地域の都市緑地の樹木群集構造を明らかにしました。



岐阜県揖斐川町春日地区のチャノキ地域栽培系統の遺伝的多様性に関する研究


現在,お茶の栽培では80%がヤブキタと呼ばれる品種で占められています。また,その他の品種も含めるとお茶栽培に占めるクローン品種の割合は92%以上であるとされています。チャノキは自家不和合性のため,種子による繁殖を行うためには他殖を行う必要があります。古くから栽培されている地域栽培系統は種子で増やされているため,遺伝的多様性を保持しています。本研究では岐阜県揖斐川町春日地区で古くから栽培されているチャノキの遺伝的多様性を調査しました。春日地区では急斜面にお茶が栽培されており,亀の甲羅状に刈り込まれた美しい景観が広がっています。

春日地区で地域栽培系統が栽培されている10集落のほぼ全てのお茶畑をまわり,各畑から1個体のサンプルを採取し,全169個体の遺伝子型を調べたところ,全て異なる遺伝子型を示しました。当初,集落間で遺伝的に分化しているのではないかと予想していましたが,結果では集落間の分化は見られず,春日地区全体で一つの大きな集団であることが分かりました。

春日の遺伝的多様性を既往の論文にある京都の地域栽培系統や中国のデータと比較してみると,京都とはほぼ同程度,中国に比べるとずいぶん低いことが分かりました。

お茶は9-12世紀頃に中国から仏僧により持ち込まれたという記録が文献にあります。春日地区のチャノキ集団の遺伝データから過去の集団動態を推定してみると,約1000年前に集団サイズが激減し,その後徐々に拡大したが,現在の集団サイズは過去の大きさまでは回復していない,という結果が得られました。過去に中国から日本に持ち込まれたという文献の記録を支持する興味深い結果です。



シデコブシの萌芽更新に関する研究


シデコブシの自生地に30 m × 10 mの固定調査プロットを設置し,2012年1月にプロット内の植生を皆伐しました。その後の萌芽・実生更新の過程をモニタリングしています。シデコブシは1割程度の個体が枯死しましたが,残りの9割は順調に萌芽から再生しています。また,埋土種子から発生したと考えられる実生が175個体(5,833個体/ha)発生しました。

発芽した実生は,水分の多い環境において,1年目の生育期に高い伸長成長を示しましたが,1年目の冬期には霜による寝返りによる枯死が多く発生しました。2年目の成長や死亡には環境要因の影響は見られず,単純に大きな個体が大きく成長するという相対成長関係がみられました。同じ環境でも,生活史段階により正や負の影響が見られるのは興味深いことですが,保全管理を行う上ではやっかいなことです。

2015年の時点で4年目となりました。3年目の春には,萌芽更新したシデコブシが初めて開花し,夏には結実が見られました。

「1年目の萌芽・実生更新の結果」と「実生の2年間の成長と生存と環境の関係」,「5年目までの萌芽・実生更新の結果」,「複数の調査地で調べた萌芽更新の成功と萌芽の初期成長,有性繁殖の開始」を以下の文献にまとめました。



アカガシとツクバネガシの種間交雑に関する研究


コナラ属(Quercus)は北半球の主に温帯から亜熱帯にかけての森林に分布し,多くの林の主要なメンバーとなっています。コナラ属にはコナラ亜属(subgenus Quercus)とアカガシ亜属(subgenus Cyclobalanopsis)があり,後者は日本から東南アジア,ヒマラヤにかけて分布しています。中国の分類ではアカガシ亜属は属に分類されています。

コナラ属はポプラ属(Populus)やカバノキ属(Betula)と並び,種の境界が低い分類群の一つとして知られており,世界中で種間交雑例が報告されています。本研究の対象種であるアカガシ(Q. acuta; 写真右)とツクバネガシ(Q. sessilifolia; 写真左)の間にもオオツクバネガシ(Q. x takaoyamensis)という雑種が知られていますが,これまでに遺伝マーカを使って2種の交雑の状況を調べた研究は無く,葉の形状の変異も大きいことから,オオツクバネガシの存在は曖昧なままでした。

この写真は典型的なアカガシ(右)とツクバネガシ(左)を示しているため見分けがつきますが,実際に野外でこれらの種に出くわすと,いったいどちらだろう?と悩むことが多々有ります。この研究では,2種が生育している複数の地域でサンプルを採取し,腊葉標本の葉形に基づく形態形質と核マイクロサテライトの遺伝マーカを用いて,形態と遺伝マーカの2つの方向から2種の交雑の状況を調べることにしました。

これら2種は形態が良く似ており,個々の形質の分布は重複していましたが,複数の形質を見比べることで,なんとか見分けることができました。しかし,遺伝子の中立な部分には,種間でそれなりの混合(admixture)が見られました。この遺伝的混合の程度については,祖先多型共有だけのモデルではうまく説明できなくて,祖先多型共有に加えて現在も種間で交雑があると仮定したモデルの方が,現状をうまく説明できました。ただし,遺伝的混合が生じている個体が形態も中間的であるかというと,そういうことは特に無くて,遺伝的混合の状況と形態の間には明確な対応はありませんでした。

2種間では現在も種間交雑が生じており,その結果,遺伝子の中立な部分はけっこう混ざってしまっていることが考えられるのですが,遺伝子浸透の程度と形態とはキレイに対応しているわけではないようです。おそらく,形態に関する部分は多かれ少なかれ自然選択の影響を受けていて,その結果,そこそこ種間で形態が分かれてくるのだろうと考えられます。オオツクバネガシというか雑種個体が野外に存在することは確からしそうなのですが,その個体を形態から見分け野外で指摘することは難しそうです。



シデコブシとタムシバの種間交雑に関する研究


モクレン属は花がキレイなため,北米で人気があり,交配品種がたくさん作られています。日本のコブシやシデコブシ,タムシバもその材料に使われています(Callaway 1994)。これらの3種はもともと,野外でも分布域が重なり合う地域では,たまに雑種個体が見られることが知られています(コブシ x タムシバはMagnolia x kewensis,シデコブシ x タムシバはM. x proctoriana)。ただし,野外集団において,これらを遺伝マーカを使って証明した研究はまだありませんでした。 この研究ではシデコブシとタムシバの推定雑種個体(見た目が中間の個体)が本当に2種間の雑種なのかどうかを,形態形質と遺伝マーカの双方から調べました。その結果,F1後代だけではなく,F2後代やタムシバとの戻し交雑個体が存在することが分かりました。さらに,形態形質の違いの勾配と遺伝マーカから推定される遺伝子浸透の程度の勾配がほぼ一致することが分かりました。つまり見た目の中途半端さは遺伝子の混ざり具合を反映していることを意味します。

次に,母系遺伝する葉緑体のハプロタイプを調べて,遺伝子浸透の方向性を調べました。その結果,F1後代はタムシバ母樹とシデコブシ父樹の交配により生じていることが分かりました。面白いことにその他雑種の大半は,雑種個体かタムシバが母樹になる方向で生じていました。つまり,シデコブシが母樹の雑種や,雑種とシデコブシとの戻し交配個体はほとんどいないということです。2種の種間交雑には明確な方向性が存在することが分かりました。なお,純粋なシデコブシとタムシバの同士の交配の一方向性は,交配実験の結果からも確かめられています。

交雑帯で生産される種子の父性解析を行うことで,雑種由来の種子がどの程度生産されているのかを知ることができます。本調査地で父性解析を行った結果,純粋種同士の交配による種子は少ないが,F1と純粋種が交配してできる戻し交配による種子や,F1同士の交配による種子は多いことが分かりました。戻し交配では,シデコブシが母樹になることもあることが分かりました。成木ではF1個体が多いのですが,種子ではその反対の結果となりました。F1種子は少ないのですが,生産されたF1には雑種強勢が働いて生存率が高くなっている可能性があります。戻し交配個体はゲノムの組成がそれぞれの親種に近づくため,競争が生じてF1ほど生存率が高くないのかもしれません。

統計モデルを使うことで,父性解析のデータから,純粋種や雑種との間の交配の和合性の程度を推定することができます。純粋種同士の交雑は,強い不和合性を示すことが分かりました。また,交配実験では交配後の隔離の程度しか分からなかったのですが,とくにタムシバが母樹の場合には,交配前の隔離も存在していることが分かりました。シデコブシとタムシバは開花時期が重複し,ポリネータも共通しているのですが,花粉の移動を妨げるなんらかの障壁があるようです。F1同士の交配やF1との戻し交配には,不和合性はほとんど存在しないことが分かりました。

父性解析の結果をまとめると,1)F1になる種子は生産されにくいが,生存はしやすそうだ。2)戻し交配の種子は生産されやすいが,生存はしにくそうだ。ということになります。実生の生残を調べることで,これらの予想を確かめることができそうです。



シデコブシの孤立集団の遺伝的多様性に関する研究


シデコブシの分布の中心は岐阜の東濃から愛知県の尾張にかけての辺りです。それ以外には愛知県の渥美半島と三重県の四日市周辺の地域にのみ分布しています。特に三重県の四日市周辺のシデコブシは個体数が少なく,数百個体しか残存していません。そこで,残存する全個体を押さえ,遺伝的多様性がどうなっているのかを明らかにすることにしました。

その結果,同地域の変異の大半が2つの大きな集団に存在する一方で,個々の集団には固有の変異も存在することが分かりました。また,集団間は地理的に数 kmしか離れていないにも関わらず集団間の分化が大きいことが分かりました。この分化の時期を遺伝データから推定すると,数世代から多くとも25世代程度以内という結果が得られ,割と最近分化が生じたことが分かりました。

さらに現存する集団の遺伝的多様性の将来予測のシミュレーションを行いました。その結果,繁殖の偏りを減らすこと,個体数が少ない集団(60個体以下)の個体数を倍に増やすことと,最寄り集団間での移住を可能にすることが遺伝的多様性維持に重要であることが分かりました。これらを実現させるためには,自生地の環境を明るくさせて多くの個体で開花・結実を促進させること,現在は孤立木が数個体しか残存していなかったり,過去に絶滅してしまった集団を復元して飛び石とすることで,集団間で移住を生じやすくさせることが考えられました。



シデコブシの交配様式と近交弱勢に関する研究


モクレン属の花は雌性先熟のため,一つの花の中で自殖はおきません。しかし,個々の花の開花タイミングが個体内でばらつくため,隣花受粉による自殖が生じます。本研究では種子の段階での自殖・他殖を調べるために,母樹とそこから採取した果実に含まれる種子の遺伝子型を比較することで,一つ一つの種子が自殖由来か他殖由来かを調べました。

続いて,自殖と他殖がどの程度の割合で生じているのかを評価するための他殖率( = 1 - 自殖率)を計算する段階で少々やっかいな問題が生じます。他殖率は単なるそれらの割合なのですが,データに構造がある場合(この研究の場合は種レベル/集団レベル/個体レベル/果実レベルです。大概の研究では何らかの構造が存在します)はどう計算すべきか悩むことがあります。具体的には,データをまとまり毎にプールして他殖率を計算するのか?それとも平均の平均をとって計算するのか?ということです。そこで本研究ではいずれでも無い方法,nested ANOVA風のモデルで他殖率を推定することにしました(Tamaki et al. 2009a)。推定するパラメータが多いためベイズモデル化したことで,推定値のバラツキも割と容易に評価できます。そのモデルを用いてシデコブシの他殖率を調べたところ,種レベルの値は0.7程度であることと(つまり7割が他殖,3割が),個体レベルでのばらつきが大きいことが分かりました。

次に上述のモデルで推定した種子レベルの自殖率( = 1 - 他殖率)と成木レベルの自殖率(近交係数から計算)を比較することで,種子から成木に育つ間の近交弱勢の程度を定量化しました。これは有名なRitland (1990) の方法に基づいています。近交弱勢の程度を分布全域の集団で比較してみると,分布の端の小集団で近交弱勢の程度が低いことが分かりました。分布の端では個体数が少なくなるため,近親交配をせざるを得なく,その結果,有害遺伝子が集団内から除去されて近交弱勢の程度が低くなった可能性が考えられました(Tamaki et al. 2009b)。

これらの研究と下のシデコブシの遺伝的多様性に関する研究をまとめて学位論文を作成しました。



シデコブシの遺伝的多様性に関する研究


シデコブシは東海地方の湿地に生育する固有種で,生育地の破壊や植生遷移により個体数が減少し,一部の地域では絶滅が危惧されています。この研究では自生地を網羅する20集団からサンプルを採取し,核マイクロサテライト10遺伝子座の遺伝的変異を調べました。

距離による隔離や地域的な変異を示す傾向は,これまでに知られていた研究と同じでしたが,この研究ではそれらに加えて,遺伝的多様性の大小が集団サイズと集団の隔離の程度により定量化されることを明らかにしました。遺伝的多様性を維持するためには集団内の個体数を維持するだけではなく,自生地の半径0.5 km以内の集団も合わせて保全することが重要であることが分かりました。



暖温帯の落葉広葉樹二次林に関する研究


愛知県瀬戸市海上の森の一角に1 haプロットを設置し,出現した樹木群集の構造を調べました。1 haプロットではアカマツとソヨゴ,コナラ,リョウブ,タカノツメ,ネズミサシが優占していました。

優占樹種の針葉樹種は主に尾根部に,広葉樹種は谷部に分布していました。優占樹種以外では,アベマキとネジキは尾根部に,イヌツゲとシデコブシ,イソノキは川や谷に沿って分布していました。これらの樹種は乾燥状態の異なる立地に対応して分布していることが分かりました。