クラスター磁性体は、その電荷や格子の自由度から、様々な新奇現象が期待できますが、一方でクラスターの分子軌道上に不対電子が存在することは一般的には不安定であるため、固相反応法で合成できる化合物は非常に限られていました。そこで、トポケミカル合成法による新しいクラスター磁性体の探索を行いました。トポケミカル合成法は、穏やかな温度条件の下で、物質の構造の骨格を変化させることなく構成元素を脱離、挿入、交換する方法であり、通常の固相反応法では得られない準安定な化合物が得られ、幅広い電荷量の調整が可能となります。そこで、前駆体として安定状態である 不対電子をもたない非磁性のクラスター化合物 を合成し、ソフト化学合成法によりアルカリイオンなどを挿入し、クラスター原子の電荷制御を行うことで、分子軌道上に不対電子を有する準安定状態の 新しい クラスター磁性体の合成が可能になると考えました。
アジ化物を用いた非溶液型インターカレーション法によって非磁性クラスター化合物Na2A2(MoO4)2Mo3O8にNaを挿入することで新しい三角格子クラスター磁性体Na3A2(MoO4)2Mo3O8の合成に成功しました。帯磁率測定により、S=1/2の局在スピン的に起因するCurie-Weiss則に従うような磁気的性質を示すことがわかり、インターカレーションによりMoの価数を制御しMo3クラスターの分子軌道上に不対電子を導入させることに成功しました。また、これらの化合物では強い反強磁性相関の存在にもかかわらず、 0.5 Kまで磁気秩序が存在しないスピン液体状態となっていることが明らかとなりました。この結果は、クラスター磁性体における研究を理論・実験的にもさらに発展させるものであり、トポケミカル法が物質科学を発展させる手法として有用であることを示しています。