Research

固体化学反応を「デザイン」する

 近年のマテリアル・インフォマティクスの目覚ましい発展のお陰で、特定の温度および組成における物質の最安定な構造を予測しそれに基づいて物質合成することが可能となっています。しかしながら、物質のエネルギー的な凸包においては、最安定状態の近傍に数kJ/molほどのエネルギー差しかない多数の多型が存在することも予想されます。

 これらの多型は、速度論的な安定性を持つ準安定構造として考えられます。実際には、何百、何千ものこれらの準安定構造が存在する可能性があるのです。従って、特定の応用目的に最適な物性を持つ材料は、必ずしも熱力学的安定状態にあるわけではないという考え方が導かれます。しかし、セラミックスに代表される無機固体物質を作るには伝統的に高温反応を必要とするため、このような準安定状態を生成することは極めて困難です。

 物質合成の課題は、このような準安定構造がどの程度合成可能であるか、およびその合成に際しての技術的な限界や課題が何であるかを明らかにすることです。これらの準安定構造にアクセスするための新しい設計原理や実験方法の開発が必要です。これを理解するためには、固体化学や物性物理学を超えたあらゆる複合的な知識、第一原理計算や遺伝的アルゴリズムなどの計算的手法、さらには優れた物質的”勘”の高度な融合が必要となります。

固相メタセシス反応で拓く拡張物質探索空間

 固相メタセシス反応(または二重交換反応)は、2つの化合物が反応して新しい2つの化合物を作るプロセスです。例えば、AQ + MX → AX + MQ  という形になっています。これによって、MQという目的の物質とAXという副生成物ができます。 

 この反応の特徴は、副生成物を作ることで色々な出発物質の組み合わせで反応を変更することができる点です。そして、この副生成物(多くの場合、何かの塩)を変えることで、反応の進行の仕方をコントロールすることもできます。反応が速く進むこともあれば、緩やかに進むこともあります。

  固相メタセシス反応を用いて準安定新物質の合成基盤を構築・確立することを目指します。上記のような固体化学反応をデザインするのに最適な固相メタセシスを積極的に利用し、副生成物に内在する拡張自由度を制御する手法により、高効率な準安定新物質の合成基盤を確立します。さらに、新たに得られた準安定量子物質の構造解析や電子状態評価を行い、新規量子物性・機能性の創出を目指します。


量子スピン液体

 スピンは、小さな粒子で、その向きがランダムになっている時もあれば(ちょうど気体のように)、磁石のようにきちんと整列している時もあります(ちょうど固体のように)。このスピンには、中間の状態もあり、これはちょうど液体のように揺らいでいます。特に、このスピンが量子性をもち、お互いに絡み合っている時、量子スピン液体と呼ばれるとても興味深い性質を示します量子スピン液体状態では、スピンが遠く離れていても互いにもつれ合い結びつく性質(このような性質は「長距離エンタングルメント」と呼ばれます)を示すようになり、この特性は将来的に環境ノイズによっても情報が失われない量子コンピューターの開発に役立つ可能性があります。また、近年では、量子スピン液体物質は、量子相転移近傍での特異な等エントロピー曲線を利用した優れた磁気冷凍材料として機能する可能性が提案されています。 

 この研究では、量子スピン液体の実現候補であるフラストレート磁性体やキタエフ磁性体について前述の固体化学反応デザインにより新物質開発を行い、それらの詳細な磁性について低温物性と結晶構造の両面から研究を行い磁気モデルを確立することで、局所配位環境や不完全性などの微視的な結晶構造がスピン液体の性質やその根底にあるエンタングルメントにどのような影響を与えるかを探ります。

鉱物の量子磁性

見た目の美しさで古代から人々を魅了してきた鉱物は、量子磁性の研究においても重要なヒントを提供しています。自然界の鉱物が地殻内部で形成されるプロセスを模倣する水熱合成法を用いて、多様な結晶構造を持つ新しい無機化合物を開発し、その磁気的性質を研究しています。究極的には、未知の磁気現象やスピン液体という特異な状態の発見を目指しています。