最近の研究成果

・ω3系脂肪酸欠乏マウスの母性行動への影響

周産期の女性は,母性を発動して子供への愛情が高まり育児をするが,妊娠や出産などの外因,または内因的ストレスを受け,気分障害を呈する場合がある. これが重篤化すると産後うつ病にまで発展し,育児放棄や虐待など子供にまで悪影響を及ぼす可能性がある. 周産期の気分障害の治療は,胎盤や母乳を介した新生児への影響を考慮して,薬物療法よりも食事による予防,改善が望ましい. 実際,魚介類を多く摂取する国ほど,産後うつ病の有病率が低いという疫学報告もあることから,ω3系脂肪酸は,周産期における気分障害を予防する可能性があると考えられる.そこで,ω3系脂肪酸欠乏マウスの母性行動におけるω3系脂肪酸の役割について検討した.

出産後,正常母獣は仔を通常通り育仔したが,ω3系脂肪酸欠乏母獣では,食殺,育仔放棄する母獣が30~40%観察された. また,出産以降,正常母獣は大きく丈夫な巣を作製していたが,ω3系脂肪酸欠乏母獣は小さく粗雑なもので,ω3系脂肪酸欠乏の食殺した母獣では出産前からほとんど巣を作製していなかった. 巣から仔を離して,母獣の行動を観察すると,ω3系脂肪酸欠乏母獣は,仔の回収や保温,授乳までに時間を要した. ω3系脂肪酸欠乏母獣の脳DHA濃度は正常母獣よりも著しく低下し,ω3系脂肪酸欠乏の食殺母獣はさらに低くかった. 海馬において,DHAとセロトニンに負相関が,ドーパミンには正相関が認められた. 周産期でのω3系脂肪酸欠乏状態は,出産に対して神経過敏となり,母性発動の遅延や低下を起こすと推察された. 周産期のω3系脂肪酸摂取は,母親の気分障害の予防と母子間の良好な関係の構築のために重要な役割を持つことが示唆される.

PLEFA (107) 2016: 1-7.

 

・各種必須脂肪酸の働きとその相互作用 -D6D-KO マウスを用いて-

生体内における各種必須脂肪酸の役割を検討するために,脂肪酸の代謝酵素の1つであるΔ6不飽和化酵素を欠損させたD6D-KOマウスを用いた. このマウスは,LAやALAを摂取しても,その代謝の下流にあたるARA,EPA,DHA等を産生することができないため,ω3,ω6のファミリーの作用ではなく,与えた脂肪酸そのもの影響を検討することが可能となる. 母乳中にはARAやDHAは高濃度に含まれているため,それらの影響を避けるために,LAとALAを含んだ人工乳(Cont)を基本として,Cont乳にARA,EPA,DHAを添加した6種類の人工乳を作製し,生後2日齢から3週齢まで人工飼育し,離乳させた. 9週齢時から行動試験を実施した.

Cont群は,離乳後から顕著な体重上昇の抑制を示した. 一方,ARAを含んだARA群やARA+DHA群,ARA+EPA群は通常の体重推移を示したが,DHA群とEPA群は,6週齢以降,徐々に体重の上昇量が低下した. モリス水迷路試験の学習試行では,DHAを含んだDHA群とARA+DHA群は良好な回避潜時(プラットホーム到達時間)を示したが,その他の群は程度の差はあるものの,プラットホームへの到達に時間を要した. 学習以外の脳機能では,脳内の多価不飽和脂肪酸がARA優位になると自発運動量は上昇し,運動協調性は低下した. 脳内脂肪酸組成から,ω6系とω3系,特にARAとDHAのバランスは重要であるが,炭素数20と22のバランスも重要であることが示唆された.

授乳・成長期の身体形成において,炭素数18のLAやALAの必須性はわずかで,ω6系炭素数20の脂肪酸であるARAの必須性が最も高く,脳機能の形成では,ω3系炭素数22の脂肪酸であるDHAの必須性は極めて高いものの,脳内脂肪酸組成から,ARAとDHAの併用摂取の方が,脳内の脂肪酸組成,炭素数のバランスを正常に保つことがわかった.

PLEFA (108) 2016: 51-57. PLEFA 2016 accepted.

 

・ω3系脂肪酸とドライアイの関係

眼機能のQOL(Quality of Life)向上を目的に,眼球の表面が乾燥して傷や障害が生じ,眼不快感や視覚機能異常を伴う眼疾患となるより身近な症状のドライアイと,ω3系脂肪酸の関連について検討した. ω3系脂肪酸欠乏マウスの涙液量は,正常マウスに比べ明らかな減少を示し,ドライアイ症状を呈していた. また,これらのマウスに魚油を経口投与し,再度,涙液量を測定すると,ω3系脂肪酸欠乏マウスは投与前と比較して有意な涙液量の回復が観察された.眼周辺組織の,網膜や涙腺,マイボーム腺の脂肪酸組成は,魚油の投与によりEPA,DHAの上昇が認められ,特にマイボーム腺での変動が大きかった. マイボーム腺から分泌される油性涙液は,眼球表面に拡散して水性涙液の蒸散を防いでいると考えられていることから,ω3欠乏マウスで確認されたドライアイ症状は,マイボーム腺の機能低下に伴って油性涙液の産生が減少し,水性涙液の蒸散が亢進している状態と考えられた. 食事によるω3系脂肪酸の欠乏は,ドライアイ発症のリスクを高めることが明らかとなり,その症状は,魚油などのω3系脂肪酸の摂取により,回復・改善されることが示唆された.

PLEFA (90) 2014: 207-213. PLEFA (97) 2015: 1-6.

 

・ω3系脂肪酸と皮膚水分量の関係

乾皮症やアトピー性皮膚炎の原因の1つに,皮膚の水分量の減少が関与しており,皮膚の水分保持には,角質層に存在する細胞間脂質の存在が重要である. その主な成分はセラミドであり,バリア機能を主な働きとするタイプ1のセラミドの生成にはリノール酸が必須である. しかしω6系脂肪酸の過剰摂取は炎症の亢進にもつながると言われており,競合作用のあるω3系脂肪酸の摂取が重要となってくる. そこで,身体の一番外側にあり,常に外的ストレスを受けている皮膚に着目して,ω3系脂肪酸欠乏マウスの成熟齢から加齢に伴う皮膚の水分蒸散量と,水分含有量の変化を観察した.

ω3系脂肪酸欠乏または,正常マウスの腹部を剃毛し,翌日,水分蒸散量と,水分含有量を6週齢から50週齢まで1年間,4週間おきに計測した.

水分含有量,水分蒸散量は,ω3系脂肪酸欠乏,正常に関わらず,加齢に伴い減少した. しかし,水分量に違いは見られなかった. 一方,50週齢時に初めて剃毛した部分と12回剃毛を繰り返した部分での水分蒸散量を比較すると,ω3系脂肪酸欠乏マウスでは剃毛を繰り返した部分の水分蒸散量は約70%の低下を示した. 剃毛や外気に皮膚を直接さらす等の度重なる刺激を受けると,ω3系脂肪酸欠乏状態では皮膚が硬化しやすいことが考えられた. ω3系脂肪酸欠乏マウスの皮膚組織のα-リノレン酸やDHA量は,正常群よりも著しく減少していた. また,セラミド生成に必須であるω6系のリノール酸量や皮脂成分となる総脂肪酸量においてもω3系脂肪酸欠乏マウスで減少していた. ω3系脂肪酸は,皮膚環境を整えリノール酸を維持し,バリア機能を高め,角質細胞を正常に分化させて角質層内の水分を保つ作用があると考えられた.

 

・ω3系脂肪酸と膵機能の関係

我が国の糖尿病患者は2,000万人を超え,そのほとんどが,インスリン分泌低下や抵抗性による2型糖尿病であると言われている. これは,日本人のインスリン分泌能が低い遺伝的要因に加え,生活習慣要因として,脂質を過剰摂取してしまう欧米型食生活,不規則な食事リズムなどによる慢性的な高血糖などに対応しきれず,膵臓に大きな負担を与えて生じるものと考えられている. 膵臓β細胞に特異的に細胞毒性を示すストレプトゾトシン(STZ)の投与量を調節することで,インスリン分泌障害による糖尿病モデル動物が作製できる. 今回,ω3系脂肪酸欠乏マウスに低用量のSTZを投与して,軽微なインスリン分泌障害を持つ糖尿病モデルマウスを作製し,膵臓機能に対するω3系脂肪酸の役割について検討した.

STZ投与のω3系脂肪酸欠乏マウスでは,2週間後から実験終了時まで血糖値は上昇し続けた. 一方,STZ投与の正常マウスでは,ω3系脂肪酸欠乏マウスよりも2週間遅い,投与4週間後から緩やかに上昇し,その後,軽度の高血糖値を維持した. また,耐糖能試験では,ω3系脂肪酸欠乏マウスにのみSTZ投与による,明らかなインスリン分泌障害と各内臓脂肪組織重量の有意な減少が観察された. 生体における食餌性ω3系脂肪酸は,食生活におけるインスリン分泌能の低下に至る膵臓機能の負荷を和らげ,脆弱化を予防して,機能の維持に有効に働くと考えられた.

 

その他研究内容

・胎児,新生児期のω3系脂肪酸の必要性について

・ω6系脂肪酸の過剰摂取の運動機能への影響

・ω3系脂肪酸と炎症について

・アミロイドβタンパクによる脳機能低下におけるω3系脂肪酸の役割

・高含有ω3系脂肪酸油脂のあれこれ

~エゴマ油,アマニ油,チアシード油,グリーンナッツ油~

・各油脂の変敗について

~エゴマ油,大豆油,なたね油,オリーブ油~

・ω3系脂肪酸食材

~ツナ缶,魚缶,魚卵,エゴマ豚~

・ドックフードの脂肪酸組成と,ω3系脂肪酸強化用サプリメントの作製