Research

研究紹介

本研究室では、磁気共鳴画像法(MRI)を用いてヒトの脳の認知機能、特に言語機能に関して研究しております。

磁気共鳴画像法(MRI)は核磁気共鳴(NMR)に傾斜磁場という磁場変動を導入して、プロトン(水素原子核)を含む組織を画素単位で信号処理する方法です。脳など身体の構造的(解剖学的)画像は、プロトンが水にあるか脂肪にあるか、密度の差はどのくらいかといった情報をもとに、組成間のコントラストを描き出したものです。それに対し、刺激やタスク、状態維持などの条件下で、脳のどの部位が実際に関与しているかを見る機能的画像は、活動に必要な酸素がヘモグロビンと結合しているか否かで異なる磁性のもと、時間単位で活動、非活動を局所的に検出します(これを「機能的」磁気共鳴画像法、略してfMRIと言います)。

次のムービーはfMRI画像を時系列的に4D化したものをFSLViewで早送りしています(クリックしてください)。

実際のデータ解析では、空間的な解像度の高い構造的(解剖学的)画像に対し、時間的な解像度は勝るが空間的な解像度の落ちる機能画像を合わせこみます。こうして様々な活動に関わる(を司る)脳の部位と、部位間の構造的・機能的ネットワークが、厚み付き画素(voxel)の示す賦活値の統計的な評価によってわかる仕組みになっています。ヒトの脳の様々な機能の中で最も重要でありながらまだ良くわかっていないのが言語機能です。

ヒトの言語能力に関しては、19世紀以来、左下前頭回にあるブロカ野と、後部上側頭回を中心としたヴェルニッケ野が、いわゆる古典的な言語野とみなされてきました。実際、脳画像解析の先行研究からトピックスと賦活位置を集めて統計解析するメタ分析を利用しても、この両言語野は今なお浮かび上がってきます。たとえば、メタ分析サイトNeurosynthよりSemantic(意味的)とSyntactic(統語的)を素性とする後向推論画像(ベイズ確率で言うと、各voxelが論文中で賦活のピークとして記録されたという事前条件のもと、それらのテーマ語が出現する確率が有意に大きい場合だけ、そのvoxelにz値を残した脳画像化したもの)をそれぞれダウンロードし、AND条件でさらに絞り込むと、言語野と見なされてきた領域がクラスターとしてきれいに出力されます。(以下の動画をクリックしてください。)

ブロカ野が見出された左下前頭回は、三角部、弁蓋部という領域を含みますが、この弁蓋部のすぐ後方に身体の各部を統御する中心前回(運動野)があり、昔からあたかも小人(ホマンクロス)がそこにいて、小人の各部がヒトの各部に対応するというような比喩的マッピングが認められてきました。さらに発話の調音に関係するとされる弁蓋部に隣接して、まさしくホマンクロスの「口領域」が存在するとされます。また、ブロカ野とヴェルニッケ野を接続する神経ネットワークの一部、弓状束は、まさしく運動野を通過します。言語機能と身体の運動機能とは、様々な観点で密接に関連するようです。

実際、「彼はボールを投げた」という文を考えただけで、運動野の手領域(実際に手を動かす指令を発する領域)が賦活するので、言葉の意味処理はすべからく模倣(simulation)であるという捉え方をする立場があります。意味処理には知覚運動系の働きが本質的であるというのが、認知科学における身体論的意味処理(embodiment)の主張です。この主張には賛否両論がありますが、いずれにせよ、ヒトの言語機能には脳の多くの領域がそれぞれの役割を担いつつ、整然と協働して機能しているらしいということがわかります。

そうなると、特に言語における意味の類似性は脳部位の近接性と関連するのではないかという視点も出てきます。コンピュータによる単語間の関連性の計算から機械学習により脳の反応予測モデルを算出するということも可能なわけです。言語資源(コーパス)の単語の出現情報から脳の賦活パターンを推測できるというのが、この計算神経意味論(computational neurosemantics)の立場です。

また、意味間の関連性を、記憶に関する認知科学では意味ネットワーク(semantic network)と言いますが、これは脳内でも分散した各領域を繋ぐ神経ネットワークを形成しているかもしれません。そこで、意味の機能的連結性にグラフ理論を応用する方法が採用されます。最近トレンドになっている安静時機能的連結性をあらわすデフォルトモードネットワーク(DMN)もそのひとつであり、DMNと意味ネットワークは大きく重なるのではないかという議論も為されています。

意味処理の神経基盤に身体、計算、グラフ(ネットワーク)の3つの視点を同時に導入するのが赤間研で行われている計算神経科学のアプローチです。それにより、赤間研では、fMRIの機械学習において独自の素性選択法で、被験者「間」脳反応解読の機械学習モデルの精度向上を行いました。また複雑ネットワーク(グラフ理論)においてマルコフ逆F尺度(MiF)という独自の距離定義を提案し、MiFを言語資料からの意味ネットワークに適用し、単語間距離から単語ごとの脳のfMRI反応を予測することに成功しました。計算神経言語学は、さまざまな問題、特に哲学的な論争につながる問題を抱えていますが、まだ技術的に改良の余地が大きく、今後の発展が見込まれる分野であると言えます。

その他のテーマ

I) ヒトの他生物に対するインタラクションが引き起こす脳反応を探る

本研究室では計算機利用による言語科学に、ヒトを使った神経科学の実験を接合する形で、計算神経科学と言われる研究分野にアプローチしてきました。しかし、「言語」という言葉の定義は実は非常に曖昧です。確かに人間の言語は、非常に複雑な構造をしており、無数の要素が論理的に組み合わさっています。しかし、他の動物も人間の想像以上に複雑な概念や微妙なニュアンス、様々な感情の襞を相手に伝えることがあります。そこで、赤間研は生命理工学系担当となったのを機に、動物(特にイヌ)とヒトとのインタラクション、動物(特にイヌ)に対するヒトの感情(愛情・絆)の脳内生成メカニズムを、生命理工学部の卒業研究で開始しました。

ヒトとイヌのコミュニケーションは、現在迎えつつある超高齢化社会において、介助犬やセラピードッグの果たすべき役割を考えても極めて重要なテーマであると分かります。イヌには、これまで人間しか保有しないとされた高度な知的能力が発見されつつあります。赤間研は、最終的には、ヒトの脳と犬の脳のつながりに科学的根拠づけを与え、両者が共生する幸福な社会の実現することを目指しています。

II) 脳の反応の世界を言語の意味の世界にマッピングする

脳の反応の世界と、言語の意味の世界はどのようなつながりがあるのでしょう?

たとえば「ナビゲーション」と「スピーチ」のそれぞれに関わるタスクはヒトの脳で一部重なった反応をおこします。「ナビゲーション」も「スピーチ」も「正しい順序でステップを重ね組み合わせて目標に達する」と言う点で、シーケンシャル(逐次的)な面が共通しています。それでは、ふたつの脳反応で重なった部分はこの「シーケンシャル」と言う面に対応するものでしょうか?言い換えると一般に、脳の反応の世界を言語の意味の世界にマッピングすることができるでしょうか?そのためには、WikipediaやGoogleから作られた言語コーパスやWordNetのような語彙の意味辞書と、これまでのfMRI研究論文のコーパスを連携する手法が必要です。それがシステム化されれば、

1)語彙の意味辞書に、関連する賦活脳部位を確率値として登録できるので、その言葉が関与するfMRI実験が立てやすくなる

2)特にあらかじめfMRI実験の結果がある程度の精度で予測できるので、スキャンする脳の場所を選べ、それらが同時に撮像範囲に収まるように、幅や角度を調整することができる

3)もしfMRI実験の結果、予想外の脳部位が賦活しても、その理由づけを経験知によらず、あらたな仮説として推測し議論することが可能になる

これが可能になれば、ライフエンジニアリングにおける脳科学技術をサポートする強力なツールになります。

こうした観点から、赤間研ではすでにいくつかのfMRI実験を走らせています。

fMRI実験を担当しない場合でも、先行研究のデータは公開されているか、研究室で取得できるので、研究活動は可能です。しかし、情報処理の能力、特にプログラミングの素養がある程度必要です。