不定期に更新しております、真廣寺山門にある掲示板。その味わいを毎回記しておりますが、ここにそのバックナンバーを置きます。
私たちは、日々の食卓の前で、「これで足りた」と思い、箸を置けているでしょうか。
今月は、大正から昭和の時代を、傘と草鞋で歩き抜いた「漂泊の俳人」種田山頭火(1882-1940)の言葉を紹介します。
彼は、世俗を捨てて旅に出たという優等生的・教科書的なイメージとは異なり、裕福な家庭に生まれながらも、半生を喪失と失意の連続の中で過ごしました。その果てに彼は、「自分自身から家出をする」かのように、孤独な放浪の旅へと踏み出します。晩年、ようやく安住の場を得ますが、その頃にはすでに体調を崩し、死の影が静かに忍び寄っていました。
今月の言葉は、そんな彼が一草庵時代に到達した境地とも言える一句です。ここで彼は「食べる」ではなく「いただく」と言い、さらに「足りて」と添えました。
そのころの彼の食卓は、友人からの差し入れや托鉢で得たお米による、つつましいものでした。旅の初期には、その暮らしを情けないと感じたこともあったそうです。しかし晩年は、次第にそれを「賜ったいのち」と受け止め、感謝の心へとつながっていったといいます。
ただ一方、彼は、裕福な時代の執着からか、極貧の中でも時に酒や煙草と決別できず、また、そんな自分を責め続けてもいました。彼の句には「どうしようもないわたしが歩いてゐる」など、孤独をうたうものも多く見られます。
この句には、「足りて」とあります。それは一汁一菜、あるいは雑炊のような食事であったかもしれません。それでも彼は、「今の私にはこれで充分」と受け止め、静かに箸を置いたのでしょう。ここでの「一人」には、孤独だけではない、確かな充足が感じられます。
さて、いかがでしょう。物価高といわれる一方で、最新の研究では、フードロスは事業者よりも家庭からの排出がわずかに多いと報告されています。さらに、高齢者世帯のロス量は、若年層世帯の約3倍とも言われています(2024–2025年 立命館大学・国立環境研究所共同調査)。
私たちは本当に、「いただいて」「足りて」箸を置けているでしょうか。
山頭火の一句に、しばし立ち止まって耳を傾けてみたいものですね。
新年を迎えての言葉は清沢満之の言葉です。彼は明治時代の哲学者・宗教家で、夏目漱石や正岡子規といった文豪にも強い影響を与えました。何より真宗大谷派の近代教学を世界に開く偉業を成し遂げました。
「吾人」とは「われわれ」の意味です。また「なかるべからず」は、「ないことを否定」つまり、強い肯定の意味があり、「ないなんて許されない」ー すなわち不可欠である、という意味です。よって現代語にするなら『我々が世の中を生きてゆく上で、必ず、一つの完全な「立脚地」が不可欠だ』と言っているのです。
立脚地とは私の居場所・あるいは依りどころのことです。皆さんには「ここが私の居場所だ」と言い切れる場所はありますか。そして、そこは、ずうっと安泰でしょうか。
いやいや、新年早々何を聞いてくれるんだ、とおっしゃるかもしれません。でも、これほど人生における深くて大切な問いかけはありません。それは、ある人にとっては家庭でしょうか。ある方は職場や仲間、あるいは地域社会などを挙げる人もあるかもしれません。
ただしそれらは、私の気持ちに反して姿を変えます。依存すればするほど、私にとって都合の悪い姿へと変わっていきます。ずっと安泰な居場所・依りどころって、もしかするとこの世にはないのかもしれません。なぜなら、お釈迦様は「諸行無常(あらゆる行いは全て常ではない・移ろい変わるものなのだ)」とおっしゃいましたから。
とは言っても、それは虚無感ではありません。この世にあるものにすがって、この世だけを考えているから、また、移りゆく、姿を変えるものにすがっているからこそ、立脚地は定まらないのではないでしょうか。
志賀直哉の「ナイル川の水の一滴」という有名な随筆があります。彼は自分自身を悠久の歴史の流れの中の「水の一滴」とし、そして「その一滴は後にも前にもこの私だけで、何万年遡っても私はいず、何万年経っても再び生まれてはこない」と言います。「しかもなおその私は依然として大河の水の一滴に過ぎない。それで差支えないのだ」とも。彼をしてそこまで立たしめる「立脚地」が、彼にはあったのでしょう。
いかがでしょう。自他ともに一度きりの人生、新たな年のはじめに私の「立脚地」を考えてみませんか。
※2026年・大和大谷別院の1月号にもこの編集版が収録されています。