20世紀末以降、インターネットを始めとする情報技術の発展が社会や経済に大きなインパクトを与えてきたが、近年、その流れはますます加速している。いまやスマートフォンを始めとしたデジタルデバイスは人口の大部分に普及し、インターネットへのアクセスは私たちの暮らしに欠かせないものになっている。デジタル空間に蓄積された膨大なデータは、コンピューターの計算能力の向上と相まって、アルゴリズムの飛躍的発展をもたらし、高度な翻訳アプリケーションや自然言語を操りコンテンツを創造することのできる生成AIが登場するに至った。IoTによってあらゆるものがインターネットに接続されていくなかで、自動車や家電などの製造業、教育・医療・介護・保育などのケアワーク、さらには商業や金融など、あらゆる領域においてデジタル化が進行し、産業構造および業界構造の再編が進行している。
10年ほど前には、ジェレミー・リフキンの第三次産業革命論に代表されるように、こうした情報技術の発展がより解放的な社会をもたらすのではないかという予測もなされていた。固定的な中心をもたないインターネットの技術的性質が、再生可能エネルギーやIoTにもとづく交通システムの再編などとともに、ヒエラルキーをもたない分散的な社会システムを実現すると考えられたのである。
しかし、現実はむしろその逆であった。デジタル化の進展はむしろ一部のプラットフォーマー、とりわけGAFAMのようなデジタル巨大企業の支配を可能にし、社会を解放的にするどころか、人々をたえず監視して管理し、アルゴリズムによって人々の意思形成を歪め、一層の富の集中と社会的分断を生むといった深刻な問題を生み出している。実際、このような傾向は多くの論者によって指摘されており、その特徴を把握するために「プラットフォーム資本主義」、「監視資本主義」、「テクノ封建制」、「レント資本主義」などといった様々な概念が提案されている。これらの論者は、現在の社会の動向をたんなる情報技術の発展としてではなく、それと関連した経済システムそのものの変化、すなわちプラットフォーマーの支配力の増大として把握しようと試みている点では共通しているが、その評価はさまざまに異なっている。プラットフォーマーの支配をこの半世紀間にわたる脱産業化ないし金融化の帰結として位置づけようとする議論、そのような資本主義の変化をつうじて資本主義そのものがプラットフォーマーが領主となった「新たな封建制」に取って代わられたとする議論、プラットフォーマーによるデジタル化の推進の果てに「デジタル社会主義」が実現するという議論など、まさに議論百出といった状態である。
日本ではこうした資本主義の新しい形態とでも言うべき「プラットフォーム資本主義」にかんする議論はいまだ低調であるが、それがますます大きな社会的および経済的影響を持つようになってきていることは疑いない。資本主義そのもののあり方について原理的に思考する政治経済学、とりわけマルクス経済学を基軸とする本学会でこの問題について検討することは大きな意義があるだろう。というのも、「プラットフォーム資本主義」や「レント資本主義」などの概念を提出している論者は政治経済学、とりわけマルクス経済学にも一定のシンパシーがあるが、にもかかわらず、多くは「社会学」的な分析にとどまっており、その経済的メカニズムを軸とする全体像の分析はいまだ不十分であるように思われるからである。世界的にみても優れた政治経済学研究の蓄積を誇る本学会の知見を活用するならば、「プラットフォーム資本主義」についての研究をより活性化させるような貢献が可能であろう。
以上の趣旨にご賛同いただき、自薦・他薦を問わず、会員の皆様による報告者の積極的なご推薦をお待ち申し上げます。
第72回大会準備委員会