研究室では、生体が環境要因や生活習慣によってどのような影響を受け、どのようにして障害発現を防ぐのか、その仕組みやその障害予防法について、現在、メタロチオネインという金属結合たんぱく質に着目して研究しています。
肥満はメタボリックシンドロームの基礎となり、糖尿病、高血圧および虚血性疾患などを誘発するため、その予防はメタボリックシンドローム防止に重要といえます。 一方で、日本人は相対的に肥満度が小さいにもかかわらず糖尿病が多いといわれています。
脂肪性肝疾患(脂肪肝)は、放置すると肝硬変や肝がんのリスクが上昇します。アルコールの過剰摂取は脂肪肝のリスクとなりますが、日本では飲酒量が少ない非アルコール性脂肪肝が多いとされています。また非アルコール性脂肪肝は、肥満や脂質代謝異常、2型糖尿病を合併している場合(「代謝異常関連脂肪性肝疾患(MASLD)」といいます)が多いですが、痩せているのに脂肪肝という人も少なくありません。
このように、肥満や糖尿病、脂肪肝の発症といっても、様々な環境(外的)要因(食生活や運動不足、その他の様々な環境因子)と宿主(内的)要因(遺伝子や性、年齢、人種など。例えば「太りやすい」「太りにくい」など)が複雑に関係していることが推測されます。
当研究室では、生体が肥満や脂肪肝などの疾病発症までの間に環境要因によってどのような影響を受け、また宿主要因がどのように障害を防いでいるのかについて解明することを目的として、様々な環境因子から生体を防御すると考えられているたんぱく質メタロチオネインに着目しました。
我々は、メタロチオネイン遺伝子発現欠損マウスが高脂肪食摂取した時、肥満や脂肪肝となることを初めて見いだし、メタロチオネインが肥満や脂肪肝を抑制している可能性が明らかとなりました。さらにこの遺伝子の発現を介した肥満や脂肪肝の予防法の確立を目指しています。
メタロチオネイン遺伝子の欠損マウス(MT欠損マウス)は脂肪を多く摂取すると肥満になる。
金属結合たんぱく質メタロチオネインの遺伝子発現欠損マウス(MT欠損マウス)が高脂肪食摂取した時、肥満となることを初めて見いだした。食欲抑制ホルモンのレプチン効果がなくなり、脂肪細胞への脂肪とりこみが顕著に増加し、脂肪細胞が大きくなった。メタロチオネインが肥満遺伝子発現を抑制している可能性が明らかとなった。
肝臓の組織切片像。白くみえるのは肝臓に脂肪が溜まっているところ。
メタロチオネイン遺伝子の発現欠損マウス(MT欠損マウス)は高脂肪食摂取した時、通常のマウスと比較して高度な脂肪肝になる。したがって、メタロチオネインは脂肪肝を抑制するたんぱく質であることがわかった。現在、メタロチオネインが脂肪肝をどのように抑制しているのか、について解析している。
日本における65歳以上の人口は年々増加しており、超高齢社会を迎えています。平均寿命は男女とも80歳を超えましたが、一方で健康寿命(健康上の問題がなく、日常生活に制限がない期間)との差は10年以上となっており、社会的および公衆衛生学的問題(例えば、生活の質(QOL)の低下、介護者の負担、公的保険制度への影響、など)となっています。健康寿命の延伸は、個々人のQOLを高めるだけでなく、社会全体の持続可能性にも貢献する重要な課題となっています。
当研究室では、メタロチオネイン遺伝子欠損マウスが通常のマウスと比較して老化しやすく、寿命が短くなることを見出しました。さらにこの研究を通して、老化のメカニズムの解明や新たなアンチエイジング法の開発を目指して研究を行っています。
老化した骨格筋において、メタロチオネインは発現が上昇していることが報告されていますが、筋肉におけるメタロチオネインの効果については不明な部分が多いのが現状です。骨格筋は運動や姿勢維持のために機能する筋肉であり、老化による筋力・筋量の低下(サルコペニア)は健康寿命の短縮にも関連します。そこで、メタロチオネインの骨格筋における機能に着目し、サルコペニアに対してメタロチオネインが予防的にはたらくのではないかと考えて研究を行っています。
高齢のMT欠損マウスは、毛並みが悪く、背中が曲がり、元気がない。
メタロチオネイン遺伝子の発現欠損マウス(MT欠損マウス)は通常のマウスと比較してオスメスともに寿命が短縮することが分かった。若齢期のMT欠損マウスの容貌は、通常のマウスとほとんど変わらなかったが、高齢期のMT欠損マウスは毛並みが悪く、背中が曲がっており、尻尾を引っ張ってもほとんど反発しなかった。
メタロチオネイン遺伝子の発現を欠損させた筋芽細胞株(C2C12)を分化誘導処理すると、通常の筋細胞と比較して太い筋管(筋細胞が融合したもの)が数多く認められた。一方、その筋繊維のタイプは速筋型の筋管はそのままに遅筋型の筋管が増加していた。メタロチオネインは、一見すると筋肉の成長を抑制しているようにみえるが、筋肉のタイプの選択、特に老化で減少しやすい速筋の形成に関係しているかもしれない。
[3]-(1)精神的ストレスが肥満・メタボリックシンドローム発症・進展へおよぼす影響
現代人はかつてないほど多いストレスにさらされている。多くの人々に心の病を引き起こしているが、肥満・メタボリックシンドロームに影響するのだろうか?朝食を抜くなどの不規則な食生活は、朝食を毎日とる人に比べて糖尿病を4倍も多く発症させるリスクがある。
[3]-(2)細胞内ミトコンドリアで産生される活性酸素による細胞機能への影響と防止
ヒトは酸素を取り込んで呼吸をする。細胞内ミトコンドリアでは呼吸に伴い常に活性酸素が産生する。その量は使用される酸素の2~5%とされる。活性酸素が加齢・老化を加速し、虚血性心疾患やパーキンソン病等多くの疾患を発祥させるので、その防御物質を見出すことが重要である。本研究室ではミトコンドリア由来活性酸素の障害発現における役割と内在性・システインを多量含有するメタロチオネインが防御する可能性を検討している。
5種の呼吸阻害剤をマウスに暴露すると肝臓や細胞中でメタロチオネインが誘導され、メタロチオネイン遺伝子発現欠損動物や細胞では、肝障害度、活性酸素産生量はより顕著だった。ミトコンドリアで活性酸素が産生されると、メタロチオネインが誘導合成され、酸化障害を抑制し、ミトコンドリア由来活性酸素防御におけるメタロチオネインの重要性が明らかとなった。
[3]-(3)小胞体ストレスにより発症する神経変性疾患:アルツハイマー病を防止する天然物の探求と作用機構
小胞体(endoplasmic reticulum; ER)は、蛋白質品質管理機能を持ち、新規合成蛋白質の折り畳みや細胞内Ca2+ レベルを調整し、蛋白質の正常な機能を発現させている。また、折りたたみ不完全な蛋白がER内に異常に蓄積したストレス状態で、細胞死を引き起こす。最近、小胞体ストレスやそれに関わるアポトーシスはアルツハイマー病などの神経変性疾患発症や糖尿病に関与していることが報告されている。そのため、小胞体ストレスから生体を防御する物質の探索は、アルツハイマー病などの神経変性疾患の予防につながる可能性がある。
これまで当研究室では生薬bergeninのカプロン酸エステル結合誘導体Norbergenin-11-caproate (NB-11-cap)がERストレス誘導剤ツニカマイシンによる細胞死を完全に抑制することを明らかにした。その抑制効果は,小胞体ストレスによる活性酸素(ROS)産生を抑えて,アポトーシスを抑制することを明らかにした。
神経芽細胞腫IMR-32における他の小胞体ストレス誘導剤thapsigargin(小胞体内カルシウムの恒常性を乱す)による細胞死に対して、NB-11-capは細胞死を完全に抑制した。NB-11-cap は2種の異なる機構を有する小胞体ストレス誘導剤による細胞死を完全に抑制したことから、小胞体ストレス、或いはそれに関連して発現する細胞死を抑制することが明らかとなった。また、ビタミンEがThapsigarginによる細胞死を完全に抑制したことから、NB-11-capも活性酸素消去により小胞体ストレス誘導細胞死の抑制作用を発現している可能性が考えられた。
[3]-(4)小胞体ストレスが妊娠・出産へおよぼす影響
糖尿病においては妊娠・出産時に障害(子宮内胎児発育遅延)をおこしやすいことが知られている。その要因として小胞体ストレスが関与して影響をおよぼしている可能性がある。母体に小胞体ストレス誘導剤を暴露して胎盤機能あるいは胎子の発育への影響を検討した。
[3]-(5)環境汚染物質カドミウム、水銀および亜鉛が細胞へおよぼす障害及びアポトーシス誘導機構解析
カドミウムや水銀は毒性の高い金属としられているが、その発現機構は十分解明されていない。カドミウムや水銀は細胞死を誘起する。本研究では、その機構を解明し、周期律表で同族である両金属の細胞死誘導に関わる情報の違いを明らかにする。水銀はカドミウムより低濃度で細胞死を惹起し、細胞死のなかで、アポトーシスを誘導した。細胞死には細胞が破壊され内容分子が放出される壊死と自殺ともいえるアポトーシスがある。カドミウムや水銀によってアポトーシスがおこると機能障害を示す。アポトーシスには複数の経路が存在するが、カドミウムや水銀は複数の系を同時に経由することが明らかになったが活性酸素の関与度には違いがあることが明らかになった。これまでカドミウムや水銀によるアポトーシス機構に関する論文を発表したが、米国専門誌における過去5年間において、引用回数のもっとも多い論文とされた。
[3]-(6)カドミウムや亜鉛がおよぼす脂肪細胞に対する影響
本研究ではメタボリックシンドロームの発症・増悪に、カドミウム、水銀や亜鉛などの重金属が与える影響を検討することを目的としている。日本人は欧米人に比べても知らずに食品からカドミウムを多く摂取する。カドミウムは体内に入ると体内から排出されず半分量になるまで20~30年かかる。体内に入ったカドミウムはメタロチオネインを新たに合成させて結合して毒性を抑えてしまう。しかし、日本人の中にメタロチオネインを合成する能力の低い集団があり、常に長期間にわたりカドミウムは作用していることになる。カドミウムは血糖値をあげる作用を持ち、II型糖尿病者は尿中カドミウム排泄量が多いという報告がある。
肥満は前駆脂肪細胞から脂肪細胞へ分化・増殖し、数は増大し、さらに脂肪滴を取り込んで肥大化して、体形として肥満型になっていく。これまでは脂肪組織は脂肪を貯蔵する組織と考えられていたが、最近になって脂肪細胞からアデイポサイトカインといわれるインスリンを作用しやすくする化合物アデイポネクチンや作用しにくくするレジスチンや腫瘍壊死因子、さらには血液凝固させる因子を分泌する。肥満化した脂肪細胞からはインスリンを作用しにくくする化合物を多く分泌するようになる。
[3]-(7)動物由来化合物による小胞体ストレス修飾作用
動物由来の化合物が小胞体ストレス修飾作用を有する可能性を探るため、アブラムシ由来色素の細胞に対する影響を検討した。アブラムシ由来色素はヒト前骨髄性白血病細胞にアポトーシスを誘導する事が明らかになった。ユキヤナギアブラムシやセイタカアワダチソウアブラムシに含まれる精製色素を細胞に添加すると、細胞保護作用ではなく、むしろアポトーシスを誘導した。