歴代の校長先生

1代 塚本  豊 校長先生

 児童の皆さん、お招きいただき、ありがとうございます。今日はみずき小ができたときの話をします。みずき小学校は2003年4月7日に開校式を行い、スタートしました。はじめは決まりなど、何もありませんでしたが、ゆっくり児童の皆さんと一緒に考えていきました。元々の「校章」は「み」と水を合わせたものでした。これを野田市在住のデザイナーに整えてもらい、今の校章になりました。「校」歌の歌詞も公募し、37人から応募がありました。歌詞に「富士山」を入れてほしいという要望があり、選ばれたのは山口理さんという作家の方の歌詞で、初代の養護の先生の旦那さんでもありました。みずき小の校歌には、手話がついています。手話を考えたのは開校当時にいらした吉澤先生達でした。

 みずき小は地域の方の強い願いで作られました。元々2004年に開校予定でしたが、1年早まったのも、地域の方の願いがあったからです。校名も地域の方が決めました。この地区が「みずきの」と呼ばれていたことから、「みずきの小学校」という意見がありましたが、呼びやすさを考えて「みずき小学校」となりました。体育館には、地域開放室があったり、校舎には広いワークスペースがあったりすることもみずき小の特徴です。段差が少なく、点字ブロックがあるなどバリアフリーも考えられています。

 開校当時から、地域の方々保護者の方々、先生方が願っていた、「未来に向かって今も未来も輝くみずきの子どもたち」に成長して欲しいと願っています。(11月1日の全校集会の講話から)


2代 佐藤 秀夫 校長先生

 過日、みずきの街を散策しました。アメリカハナミズキの街路樹が大きく育っているのを見て、時の流れの速さを感じたところです。

 野田市立みずき小学校創立二十周年、心よりお喜び申し上げます。

 私は、開校から三年目の平成十七年度から二年間勤務させて頂きました。廊下の照明やトイレをはじめ、ソーラーパネルやオープンスペース等どこを見ても最先端の施設設備に驚くばかりでした。給食の調理場の中も廊下から良く見えるガラス張りになっていて、児童が顔を押し付けて覗いていたのを思い出します。

 開校当初からの「地域と共に」を踏襲しつつ、大石教頭をはじめ教職員は常に新しい取り組みに挑戦していました。山口理氏作詞の校歌にもある富士山が縁ではじまった河口湖畔の大石小学校との交流、地域の方々の支援を頂きながらの稲作体験・餅つき大会、東京理科大生の力を借りてのロボット教室、遠く高知県からトラックで水槽を運んで頂いて実施した「おさかな学習会」等々たくさんの思い出が有ります。

 新興の街に開校し、活気ある地域社会と共に進展し続けているみずき小学校の益々のご発展を願っています。

3代 林   輝 校長先生


 創立20周年を迎えて創立20周年を迎えられましたことを、心からお祝い申し上げます。私がみずき小学校にお世話になったのは平成19年度から21年度の3年間でした。みずき小学校で児童や教職員保護者地域に、校長として何を行うべきか自問自答しながらの学校経営でした。


 みずき小学校の思いは、今振り返ると尽きせぬものがあります。施設の面での素晴らしさです。ガラス貼りの教室、体育館、校庭やバリアフリー施設等で教育環境が整備されていました。また、みずき小学校の良さは子供たちの素直さと、保護者地域の皆さんの学校教育に寄せる理解と協力、先生方の熱意でした。

 全校児童で取り組んだ富士山の絵画展や交流活動、田植え、稲刈り、かかし作り、餅つき、バター作りなどの体験学習、食育教育など数々の行事に取り組みました。これは他では見られない、地域の方々や保護者の方々の支えがあったからだと思います。


 これからも学校地域がともに支援や協力し地域に開かれた学校として進まれることを願います。20年の歴史を振り返り良き伝統を継承していってください。みずき小学校の益々の躍進と発展をお祈り申し上げます。 

4代 本田洋治郎 校長先生


「感謝!そしてさらなる飛躍を!」 

 野田市立みずき小学校創立20周年、誠におめでとうございます。

 私はみずき小学校に平成22年度~25年度の4年間、勤務させていただきました。当時は創立10周年にあたり、様々な記念事業にPTA本部役員を始め、多くの関係者の方々にご尽力をいただいたことを思い出します。


 さてみずき小学校は創立以来、「活力ある開かれた学校」を目指し、地域やPTA、大学、企業等の皆様方の多大なご協力で、多彩な体験学習が行われていました。10年前を振り返りますと、いきいきクラブの皆さんとの交流では、田植えやかかしづくり、収穫、餅つき会、1年生昔遊びの会等、子ども達が目を輝かせて活動していました。またPTAや地域等のご協力で行われた「バザー」「夏休みお楽しみ講座」等では、子どもたちの屈託ない笑顔であふれていました。食育活動では、「お魚教室」「大豆教室」「わかめ教室」「芋ほり体験」「豆腐づくり」「弁当作り」等、たくさんの特別講座が行われ、子ども達の貴重な体験となりました。


 東京理科大学の皆さんとの交流では、6年生が研究室訪問をし「超電導の実験」「光ファイバー」、「ニュートリノ」等の先進的な講座を体験するとともに、理科特別授業で、子ども達がシャボン玉に入ったり、果物電池やロボットを製作したりする等、楽しい学習を体験しました。

 また野田天文研究会のご協力により「金環日食親子観察会」を行い、自然の天文ショーに参加した親子400名の目がくぎ付けになっていた様子が今でも目に浮かびます。


 みずき小学校には、保護者、地域の方の惜しみないご協力と教職員の確固としたチームワークがありました。改めて感謝いたします。みずき小学校の校風は受け継がれ、今後とも「地域に根ざした魅力ある学校」として、益々発展されることをお祈り申し上げます。

5代 大関 健道 校長先生


学校と地域とのネットワーク(絆)が生み出した豊かな体験と学び


創立20周年、誠におめでとうございます。心よりお祝いを申し上げます。

 私がみずき小学校の校長としてお世話になったのが、平成25年4月~平成27年3月までの2年間でした。いま改めてこの2年間をふりかえると、みずき小の子どもたちや教職員の方々、保護者・地域の皆さんと共に、本当に充実した毎日を過ごすことができたと感謝しております。


 個人的なことを申し上げて恐縮ですが、私自身は、大学を卒業してからずっと中学校の教員として学校教育に携わってきました。みずき小学校に勤務するまで、小学校の経験がまったくありませんでした。着任するまでは、小学校の校長として、しっかりやっていけるだろうかと不安な思いでいっぱいでした。しかし、始業式の日に体育館で、みずきの子どもたちと出会った瞬間、その不安で波立っていた気持ちがスーッと穏やかなものになったことを鮮明に覚えています。その時、私は子どもたちからエネルギーをもらって教師として歩んでこられたことに、改めて気づかされました。そして、この目の前の子どもたちと一緒に定年退職までの2年間、歩んでいこう、歩んでいけると思うことができたのです。


 この原稿を書いている日の前日、現在勤務している教職大学院の主催で「教師力・授業力アップセミナー」がオンラインで開催されました。セミナーのテーマが「子どもの学びを豊かに創造するための学校と地域とのネットワークづくり」でした。このテーマが実現されてきたのが、正にみずき小学校であると誇りに思っております。

                               大関 健道

6代 桑原 伸幸 校長先生

これまでも、そしてこれからも

 とんとんみずき橋から春霞に浮かぶ富士山が見えた。この日からみずき小に通うであろう旧南部小の子どもたちを引き連れながら、今後の無事を願った。・・・平成15年4月。みずき小学校初めての始業式の日のことである。教諭として7年。後に校長として3年。都合10年もの時間をみずき小とともに過ごすことになろうとはその時は知る由もなかった。以来20年。時の流れは早い。とんとんみずき橋も無くなって久しい。

 初めてみずき小の校舎に入ったとき、その斬新な造りに驚くとともに、一瞬にして覚悟を決めた。いや、決めざるを得なかった。新しい環境を受け入れ、発想を転換すること。そして、新しいものを生み出していくこと。中学校の教員としての20年。その経験しかなかった私にみずき小は新たな出会いと経験を与えてくれた。関東富士見100景に選ばれた縁で始まった富士河口湖町立大石小学校との交流。そして富士山展。東京理科大学の先生方や学生の皆さんとの交流。その後の食育活動の原点ともなった三國シェフによるキッズシェフの活動。いきいきクラブの皆さんとの交流。バザーでの教員による出店。数え上げたらきりがない。みずき小の子どもたちのために何ができるのか。毎日が本当に忙しかった。今となっては懐かしい思い出である。

 「いくつかの学校を回ってきたけれど、先生方の案がどんどん出てくる学校は初めてです。熱意を感じます。何とかします。」・・・キッズシェフの打ち合わせの席で私はこうしてはだめか、ああしてはだめかと次々に意見を出した。その時の三國清三シェフの言葉である。すでに世界的な名声を博していた彼の取り巻きは冷や冷やしていたに違いない。が、彼はこうも言ってくれた。「何事も受け身ではだめ。何も生まれません。学校も同じですね。」

 ・・・みずき小20周年。みずき小だからできること。みずき小だからやるべきこと。これまでもそうであったように、これからも生み出していってほしい。縁があった一人として心よりその活躍を祈ってやまない。


7代 梅澤 一久 校長先生

感染症にも負けず楽しく学んだみずき小の子どもたち

 みずき小学校の創立20周年大変におめでとうございます。 私がみずき小学校へ校長として着任したのは平成31年4月です。 ちょうど5月1日から令和になる年でした。その年は日本でラグビーのワールドカップが開催された年です。 そこから3年間校長として勤めました。この3年間にはいろいろなことがありました。2年目には新型コロナウイルス感染症が世界的に流行して、 開催予定であった東京オリンピックが延期となり、4月から臨時休業となりました。翌年も夏休み明けの9月からしばらくの間は、 登校の制限がかかり通常の学習が出来ませんでした。しかし、配付された PC を活用していわゆるリモート学習に取り組み職員も児童の皆さんも急ピッチでパソコンを使った学習を取り入れて様々な学習をしていました。 3年目には野田市教育委員会より指定を受けて ICT 教育推進校として実践しました。

 コンピューターを使って行う学習に児童は大いに興味を持ち、 1年生でも文字入力できたり、 今までローマ字に興味のなかった高学年の児童も積極的に取り組んだりとまさに楽しく学習する環境が出来上がったと思います。

 在任中の3年間は子どもたちと 『あいさつ・感謝・ 思いやり 』 をテーマに励み学校教育目標である“笑顔で学びに向かい 心豊かに活動できる子の育成” の姿が少し垣間見ることが出来たと思います。 これまでの20年間を土台にこれから30年40年大人の成長を見せていってほしいです。 いつまでも応援していきます。

『頑張ろう! みずき小』