植物数理モデリング

資源配分の空間的制御

〜 栄養環境に応じた根系構造制御 〜

植物は土壌中の栄養を効率的に吸収・利用するために、栄養環境に応じて柔軟に根系構造を変化させます。本研究では、土壌の栄養分布に対してどのような根系構造が最も適応的(効率的)であるかを理論的に明らかにしました。さらにその結果に基づき、栄養刺激に対する2種類の応答機構、局所的制御(local control)と全身的制御(systemic control)、の適応的意義を初めて明らかにしました。

J. Theor. Biol. (2020) 486, 110078

生物の利用できる資源は限られており、その限られた資源をどのように配分するかは、生物の生存戦略を決定づける極めて重要な問題です。植物は、動物のように動くことができないので、外的環境からの刺激を敏感に感受しそれに適切に対処する必要があります。例えば、植物は土壌栄養を効率的に利用するために、栄養環境に応じて根系の形態を柔軟に変化させることが知られています。この形態変化は資源分配の問題として捉えることができます。つまり、植物は根系のどの部位にどの程度の資源を投入するかを調節することにより、根の成長を制御し、根系の空間構造を自由に変化させることができます。そしてその無限にありうる形態的多様性の中から、より効率良く栄養を利用できる資源分配制御を獲得した植物が、生存競争においてより有利(適応的)になると考えられます。


一般に、外的刺激に対する植物の応答は大きく2種類に分けられます。つまり、刺激を感受した部位に応答が限定される局所的制御(local control)と、刺激情報が空間的に離れた部位にまで伝達されて作用する全身的制御(systemic control)です。栄養応答においてもこれら2種類の制御機構が機能しており、それらはそれぞれ適応的な意味を持ち、それらを使い分けることにより土壌中の栄養を効率的に利用していると考えられます。このような植物の栄養応答に関して、その分子的制御機構の研究が現在活発に進められています。例えば、窒素栄養状態に応答する拡散性シグナルおよびその受容体が分子的に明らかにされています。しかしその一方で、そのような制御機構がどのような適応的な意味を持って進化してきたのかに関してはほとんど研究されておらず理解もされていません。


一般に、根の密度(根の量)が増加するに従って、栄養分の吸収量つまり植物にとってのbenefit(利得)は大きくなっていきますが、それと同時に根を形成・維持するためのcost(負担)も同様に大きくなります。したがって、栄養を効率的に利用するためには両者のバランスをとることが重要であり、根の密度が大きすぎても小さすぎても効率は悪くなります。最もバランスのとれた戦略のことを最適戦略と呼び、そのような戦略を採用した生物は生存競争を有利に進めることができると考えられます。以上を踏まえ本研究グループは、栄養環境に対する根系構造の適応的な制御機構を理解するために、根の密度を植物の戦略とした場合のbenefitとcostを考慮した数理モデルを構築し、その最適戦略について詳細に解析をおこないました。

図1. 一様な栄養条件における根系に対する栄養濃度の影響

最初に、構築した数理モデルを空間的に一様な栄養環境条件に対して適用しました。それにより、栄養濃度が高くなるにしたがって、根の成長が低栄養条件では促進されることが、高栄養条件では逆に抑制されることが適応的であることが予測されました。この理論的予測は、窒素栄養を用いた実験結果をうまく説明できることから、今回の数理モデルの妥当性および有用性が確認されました(図1)。この結果は、高栄養による根の抑制制御は、過剰な栄養は植物のbenefitにならないことが原因となっており、それに対して適応することにより進化したことを示唆するものです。

図2. 不均一な栄養条件における根系に対する栄養濃度の影響

次に、この数理モデルを空間的に不均一な栄養環境に対して拡張・適用をおこないました。この拡張モデルにより、上記の低栄養環境での促進効果は局所的制御(local control)によるものであるのに対し、高栄養環境での抑制効果は全身的制御(systemic control)により引き起こされることが予測されました(図2)。この理論的予測は、植物が適応的に振る舞うためには、local controlは常に必要であるのに対し、systemic controlは高栄養環境において必要になることを意味しています。つまり、植物は全体として利用可能な栄養量を監視し、それが過剰量の場合にはそれに応じて全体的(systemic)に根の成長を抑制することによって、より適応的(効率的)になることを意味しています。そして、このような制御機構を進化・獲得した植物は、生存競争において有利になることが期待されます。この結果は、栄養刺激によるsystemic controlの適応的な意味を初めて理論的に明らかにしたものです。それと同時に、実験的に確認されている窒素栄養により誘導されるsystemic control(N-supply signal)を理論的に説明するものでもあります。

図3. スプリットルート実験による理論的予測の実験的検証

実際に今回の数理モデルが妥当かどうかを、実験的に検証をおこないました。高栄養環境において、栄養濃度が高くなるほど、根の成長のsystemicな抑制効果は強くなることがモデルにより予測されます。この理論的予測は、窒素栄養を用いたスプリットルート実験により検証され、その妥当性が確認されました(図3)。さらに、同様に高栄養環境において、栄養が空間的に局在化するほど、根の成長は促進されることが予測されますが、この理論的予測も窒素栄養を用いた実験により検証されました。

今回の数理モデルは非常に簡潔でありながら、多くの実験結果を説明することができます。したがって、本研究により、栄養環境に対する適応的な根系構造の制御を理解するための理論的な基盤が初めて示されたことになります。しかしその一方で、今回のモデルはすべての現象を説明できるわけではありません。例えば、systemic controlは上記の高栄養による抑制的効果の他に、栄養欠乏により誘導される促進的効果(N-demand signal)が知られていますが、今回のモデルではこの制御を説明することはできません。今後、本モデルを基礎として改変・発展させていくことにより、より詳細に根系構造の適応的な制御機構を理解できることが期待されます。さらには、より一般に生物における資源分配の制御機構に対する理解が深まることが期待されます。


Fujita H, Hayashi-Tsugane M, Kawaguchi M. (2020) Spatial regulation of resource allocation in response to nutritional availability. J. Theor. Biol. 486, 110078.

連絡先

〒444-8585 愛知県岡崎市明大寺町字西郷中38

基礎生物学研究所内

アストロバイオロジーセンター 

藤田浩徳

E-mail: hfujita@nibb.ac.jp

Tel & Fax: 0564-55-7550