ある大学の医学部の先生方が北予備を訪ねていらっしゃったことがありました。その際に先生方から、「北予備の出身生は勉強の習慣を身に付けている。大学でよく努力する」とお褒めの言葉をいただきました。
また、ある大学の面接試験で、どこで浪人したか尋ねられ、「北予備です」と答えると、「頑張ったな」と声をかけられた北予備生もいます。
合格させるのが予備校の使命。合格実績(浪人生だけの!)こそ予備校の実力。しかし、もっと合格させるために、もっと成績を伸ばすために、教育そのものの品質や効率について正しく評価することが必要不可欠であると考えます。
教育の評価モデルとしては、「カークパトリックの4段階評価法」が世界的に定着しています。これは、アメリカの経営学者、カークパトリック博士が、1959年に提案した教育の評価法のモデルであり、Reaction(反応)、Learning(学習)、Behavior(行動)、Results(業績)の段階で評価を行います。
レベル1:Reaction(反応)は、アンケート調査などによる学習者の満足度の評価であり、本校でも各学期において定期的に授業アンケートを実施して、満足度だけでなく、声の大きさ、板書の見やすさ、講師の熱意等、細分化して把握に努めています。
レベル2:Learning(学習)は、筆記試験やレポート等による学習者の学習到達度の評価です。本校では、毎日のセンター対策テスト、リスニングテスト、毎授業の確認テスト、毎学期の定期考査、模擬試験や添削指導を実施しており、他予備校の追随を許さない充実度であると自負しています。
レベル3:Behavior(行動)は、学習者自身へのインタビューや他者評価による行動変容の評価です。本校では面談はもちろん、入学当初に「不合格体験記」、「合格予定体験記」を全員に書かせ、寮生については毎日、「寮生日誌」、2学期開講前に「帰省を終えて」の作文を提出させて、複数の職員で点検を行います。また、2ヵ月に1度の寮宿泊体験にいらっしゃった保護者の皆様に「保護者の寮宿泊体験記」をご記入いただき、お子様の様子についてご意見を伺っています。
レベル4:Results(業績)は、学習者やクラスルームの成績向上度合いの評価です。本校においては合格実績に当たりますが、数値的な統計以外にも、生徒達には「合格体験記」、保護者方には「北予備に預けて」(保護者の合格体験記)をお願いして、一人ひとりの合格の過程について教職員全員で評価を実施しています。
以下に、「合格体験記」、「北予備に預けて」、「帰省を終えて」、「保護者の寮宿泊体験記」から数編をご紹介いたします。(これらは冊子として発行しています。)
R・S さん(山口・山口高校卒)
山口大学(医-医)合格
1年に1度の全力勝負。その為の北予備システムはありがたかった
結果が分かった時、本当に気持ちが軽くなりました。と同時に合格報告をしていて、こんなにも多くの人に支えられていたのだと改めて実感しました。そしてこんなにも心配をかけていたのだ、とも。浪人に反対しながら辛抱強く受験を見守ってくれた家族。いつでも励まし手厚くサポートしてくれた佐伯チューターをはじめ、北予備山口校の職員の方々。発破をかけて焦らせ、幾度となくやる気を引き出し質問に対応してくれた講師の方々。本当に感謝しています。お世話になった方々に無事合格の報告ができて、ほっとしています。
北予備はよく厳しいと言われます。しかし、1年に1度の受験に誰もが全力で挑んでくるのですから、その中で合格を手にするのに、北予備のシステムは厳しいものではなく、むしろありがたいものだったと思います。校舎に行けば無我夢中で自習ができる雰囲気がありました。きっちりとした時間割で時間を無駄にすることもなく、とにかく勉強時間の確保が確実にできたことが何よりの強みでした。
さらに目の前に必死で勉強している友達がいます。友達と励ましあって1年間北予備で勉強してきたのだという事実が、少なからず自信につながりました。最終時限まで残らずに帰ると言えば、わざと電車に遅れさせて引き留めてくれたり、選択授業でいい席を取るために協力しあったり、ぎりぎりの時間まで自習をして駅まで皆でダッシュしたり。常々皆で合格しようと励まし合いました。受験は団体戦の意味を実感する1年間でした。
受験は通過点の一つであり人によって選択は様々です。ただ、今の状況に納得できるのは、北予備で頑張れたからだと断言できます。1年間支えてくださった北予備の皆さん、本当にありがとうございました。
Y・T さん(福岡・小倉高校卒)
佐賀大学(医-医)合格
センターは166点アップし念願の国立医学部に合格!
合格発表で自分の受験番号を見つけたとき、この1年頑張ってきて本当に良かったと思った。振り返ってみるとこの1年はあっという間だった。
私は現役時代に自分が家では勉強できないことがわかっていた。そのため、4月の段階で、とにかく毎日北予備に行くと決め、最終時限まで残って自習をした。北予備では時限ごとに自習時間が決められていて、自然とメリハリをつけて勉強することができた。特に教室で自習すると、周りの勉強する姿を見て自分ももっと頑張らなければいけないと感じ、モチベーションを維持することができた。
昨年はセンター試験で失敗し、国立前期のときにはあきらめモードだった。そのこともあって、今年は絶対にセンター対策に力を入れようと思った。今年は目標点には届かなかったが、昨年よりも点を取ることができ、すぐに2次対策に切り替えることができた。2次対策では、どの科目も、勉強する分野にムラができないように、なるべくたくさんの授業をとった。たくさん授業をとったことが、自習中の集中力の持続にもつながったのだと思う。
現役のときは浪人なんて絶対したくないと思っていたけど、夢に向かって一生懸命頑張る友だちもたくさんでき、今では1年間良い経験ができたと思っている。辛いと思うときもたくさんあったが、友だちが励ましてくれたことで何度も救われた。こんなに頼りになる友だちがいなかったら、今の自分はなかっ
たと思う。これから恩返ししていきたい。
最後に、面接の指導をしてくださった校長先生、副校長先生、クラスを和ませてくれた村上チューター、応援し支えてくれた家族には、感謝の気持ちでいっぱいです。本当にありがとうございました。これからも初心を忘れずに努力し続けたいと思います。
T・O 君(福岡・東筑高校卒)
大分大学(医-医)合格
「予習→授業→復習→ VOD」は最強のサイクル
さっき自分の番号を見つけ、本当に飛び跳ねるように喜んだ。これだけ嬉しかったのは、この1年の努力があったからだ。本当につらいと思う時も何度もあった。北予備に入り、1組には入れたものの、最初のクラス替えの時にチューターに呼ばれ注意された。それだけ自分の学力は低かった。しかし、いつか見返してやるという思いを胸に、努力は決して怠らなかった。ただがむしゃらにやってもダメだと思い、成績がいい人に勉強法も聞いたし、分からないことがあれば同級生や先輩にもいっぱい聞いた。徐々に成績も伸びていき、少しずつ医学部という目標が夢から現実へと変わっていった。
しかし、やればやるほどつく2次力に比べ、センターはいくらやってもなかなか伸びなかった。最大の理由は国語だった。「できた!! 」と思っても130程度だった。実際、センター本番を除くと国語のマークの点数は133だった。国語が弱点だと分かっていたため、リフレッシュウィークが終わってから、毎日センターの国語を寮の友達と一題ずつ解いた。その光景を見て、中には「意味ないやろ」と言ってくる人もいた。そんな言葉は一切無視して2人でやり続けた。結果2人とも期待以上の点数がとれた。諦めず続けて良かった。
この経験で学んだのは、自分の弱点の早期発見と、一度決めたら貫き通す根性だ。失敗してやめるから失敗で終わるのであり、やり続けて成功すれば失敗は成功になるのだ。ここからは北予備の魅力について。一番役立ったのは㋝対策朝テストと見直しVOD だ。朝テストの間違えた問題だけファイルにためていった。これをセンター前に見返すだけでかなり効果があった。またVOD では、授業でよく理解できなかったところを見たりした。おかげで予習→授業→復習→ VOD の“最強のサイクル”が確立できた。今まで支えてくれた家族、
北予備のスタッフの皆さん、そしてチューター、本当に感謝してます。
S・I 君(福岡・修猷館高校卒)
京都大学(経済-経済経営)合格
大手校と違って北予備は講師との距離感が近い
合格体験記ということで、1年間を通じて考えてきた北予備の利用法と考え方のエッセンスを記そうと思う。参考になれば幸いだ。
まず第一にこの文章を読んでいる人は北予備生だろう。僕自身北予備に入ったのは寮に必修の自習時間が設定されていたからだ。しかし、考えると他にも理由があった。北予備は、他の予備校と比較してみると、「高校の延長」の感がある。クラスの雰囲気が大きいかもしれないが、講師との距離感の近さがポイントだろう。2次の個別指導や直前期の添削を見越して、1学期から、講師の方数名と積極的にコミュニケーションをとった。ここが他の大手予備校と違う重要な点だ。授業では触れない部分、他の部分との関連、全体図は個別の方が理解できる。
次に個人的な考え方、過ごし方について書いた方が良いだろう。今年の目標、もとい、趣味みたいなものは読書だった。ラノベから純文学までとにかく少しでも食指の動いたものを読み、活字に多く触れた。100冊は超えたと思う。肝心の勉強だが、1学期から2次の対策ばかりやっていた。数学と社会で良い先生と出会えたため、この2科目を上位で安定させるべく、数学は特に力を入れた。センター対策は1ヵ月前からスパッと切り替え、気のすむまで、疑問を払拭した。その結果、超高得点が得られ、2次も安心して受験ができた。正直運にも助けられていた。
最後に言っておきたいのは、自分の分からない所、あまり納得できていない所、覚えられない所、自然に理解できていない所こそが勉強するに値するということだ。やってもできない所も、やらずともわかる所も両方が存在する。試験のための勉強なのだから、実戦で自分の手駒として使うことを想定して、知識を定着・運用させていって欲しい。
D・I 君(長崎・長崎西高校卒)
東京大学(理科Ⅰ類)合格
理科、数学は同じ問題を何度も繰り返し解き理解を深めた
僕は去年、前期東大、後期九大ともに落ち、北予備に入学しました。当時は、浪人はなるべくしたくないけど後期落ちたから仕方なく、という気持ちでした。また、東大入試は手も足も出なかった訳じゃないし、1年もあれば軽く合格できるレベルまではいけるんじゃないかと、正直内心思ってました。
しかし、入学すると浪人生の多さに圧倒され、また誰もが受験の失敗を悔やみながらも来年の合格に向けて意欲的であり、それまでの自分の甘い態度が引き締まりました。やる気に満ちた多くの人に囲まれて1年間勉強できたことは、受験生として本当に幸せな事だったと思います。
勉強についてですが、僕は勉強する毎に全科目全分野の中から今一番何をすべきかを考えて、その日はその分野の勉強に徹する、というのを1年間繰り返しました。悪く言えば気まぐれですが、色んな分野に目移りせずに一極集中して時間をじっくりかけて考えたほうがよく理解できたと思います。
理科や数学では特に同じ問題を何度も何度もくり返し解きました。理解できなかった事が1ヵ月後理解できたり、その逆もよくありました。1回解けても満足せずにしばらく時間を空けて解き直し、理解を深めるよう心がけました。
勉強の話をしましたが、個人的には勉強のやり方は人それぞれで考えるべきだと思います。自分のやるべき事、とるべき方法を自分の中で明確にしていれば、北予備のチューターや先生方はそれを尊重し、必ずいい方向へと導いてくれるはずです。
この1年間は辛かったですが、浪人したおかげで将来に多くの可能性が生まれました。この1年間を有意義な物にするためにも、できるだけ充実した大学生活を過ごしていきます。
K・T 君(長崎・青雲高校卒)
長崎大学(医-医)合格
見直しVODは校舎でも寮でも視聴できる
やっと合格することができて、ほっとしています。私が北予備で合格を掴むことができた理由として、三つが考えられます。
一つは、今や北予備の名物となっている予習・授業・復習のサイクルです。特に私が重要だと思うのが授業と復習です。予習がうまくいかなくても、授業と復習をしっかりとこなせば力は確実につきます。かと言って、予習を全くしなくていいわけではなく、どこがわからないのかはっきりさせて授業に臨みましょう。今年度からはさらに見直しVODが導入されました。都合が合わずに受けることができなかった授業や、自分の校舎に来られていない講師の他校舎での授業がタブレットで視聴できて大いに助かりました。校舎ではもちろん、寮でも視聴できるので自由度が広がります。
二つめは、我々の合格を全力で支援してくれる、チューターの存在です。成績を見て学習指導をしてくれたり、受験勉強に必要な資料を提供してくれたり、進路相談にのってくれもします。講師に添削指導をしてもらう際の仲介をしてもらったことも、合格へ繋がったことのうちの一つだと思います。これら
以外にも様々な学習面、生活面等で後押しをしてくれるチューターは合格には欠かせません。
三つめは、寮です。元々真面目な方ではなかった私は、自宅で受験勉強をする自信がなく、寮に入ることを決めました。初めは不安だった寮生活も周りの仲間のおかげですぐに慣れ、勉強に専念することができました。毎日、夜は4時間の必修自習があり、周囲で頑張る他の寮生を見て挫けずに続けられました。毎朝同じ時間に起きて毎晩同じ時間に寝ることにより、規則正しい生活リズムも身につきます。毎晩書く寮生日誌は私大受験のときの小論文に大いに役に立ちました。寮に入っていなかったら、こんなに勉強しなかったと断言できます。北予備、ありがとう!!
N・S 君(熊本・熊本高校卒)
鹿児島大学(医-医)合格
復習に見直しVOD! 苦手克服にオーダーメイドVOD!
私がこの春、鹿児島大学に合格できたのは、自分の頑張りがあったということのみならず、チューターの方々のご尽力や講師の先生方の熱心なご指導、そして家族の温かい応援によるもののおかげに他なりません。
思えばこの1年間はあっという間で、ひたむきに勉強に取り組むことができました。自分の学習スタイルは、授業を中心とし、新しく得た知識や解法のポイント・テクニックなどを復習によって確実に頭に入れていく、というものです。
また、授業の中で理解できなかったものについてはVODを活用し、授業のノートを基に、解説に意識を集中させることができ、理解を深めることができました。むやみに参考書に手を出さず、北予備で扱うテキストを中心とし、類題で練習をするという形で手持ちの参考書を利用すれば十分だと思います。まずはテキストの問題を確実に解けるようにするということが最優先です。
1年間を通して大事な時期は、やはり1学期から夏期講習にかけてだと思います。2学期に入れば問題演習や模試の量も増えるため、序盤で基礎を固めておかなければ、2学期以降の成績の伸びが悪くなる可能性が高まると思います。特に苦手な教科や分野については克服するのに長い時間がかかる場合が多いと思うので、この時期から手をつけることが望ましいでしょう。特定分野に的をしぼったオーダーメイドVODなども、とても役立つと思います。
最後に、私にもう一度チャンスを与えてくれた家族、今まで支えてくれた仲間、何度も迷惑をかけてしまったチューターの方々、そして絶えず素晴らしい授業をしていただいた先生方みなさんに、心より感謝申しあげたいと思います。本当にありがとうございました。4月からの新たな生活を、学びを、精一杯謳歌していこうと思います。
H・I 君(大分・大分上野丘高校卒)
大分大学(医-医)合格
北予備の一流講師陣のナマ授業は私の宝物
これが現実だとは思えません。ですが1年かかってようやく自分の目標が達成されました。この1年間、AO で合格することを望んでいただけに、この合格は想定外でしたが、第1志望なので、まあ良しとしましょう。
私が北予備にお世話になった中で、とくに印象に残っていることが五つあります。まず、センター対策朝テストです。毎朝短い時間で多くの問題をこなすことで、頭のエンジンがかかり、フレッシュな1日を始められるだけでなく、実力向上にも大きく寄与し、自信の源になりました。次にVOD の活用です。普段受けられない先生の授業も視聴することができ、防医対策や自治医対策は、2次試験にも活かせるので一石二鳥です。
三つ目に、授業・自習です。自分に必要な授業を取り、疲れた時には、息抜きにお気に入りの講師の授業を取り、学習し続けることが、浪人生活に華を添えてくれました。一流の講師によるナマ授業は、私の宝になりました。そして、個別ブースで自習することで、周りの皆の緊張感を常に感じながら、1年間頑張り続けられ、本番で物怖じせずに自分の力が発揮できました。四つ目に添削です。私の場合、直前期に物理の過去問を何度も校長先生に添削していただき、簡潔な解答を書くテクニックを身につけられました。本番でそれを活かせたのが何よりの恩返しになったと、今では思います。最後に、自分を最後まで支えて下さったチューターです。AOの前日や、2次試験の時に、彼らの顔を見て、安心して試験に臨みました。色んな相談に親身に乗って下さり、勇気
を与えてくれる、こんな素晴らしい人格を備えた相棒は北予備にしか存在しません!! 最高です。感謝しかありません。
自分を毎日応援してくれた家族、とくに、母親に最大限の感謝をするとともに、切磋琢磨し合った仲間、自分を励まし、合格まで見届けていただいた山本チューターを始め、北予備スタッフ全員に感謝しています。
S・A 君(宮崎・宮崎大宮高校卒)
東京大学(文科Ⅰ類)合格
VODを活用して授業を何度も見直し覚え込んだ
去年の合格発表前、不合格を確信していた僕は北予備宮崎校の門を叩きました。入学した当初は、高校在籍時よりも予習がハードで勉強量も増え、キツくて辛くてくじけそうになることもありました。しかし、共に頑張ろうと誓った友人達の頑張りを見て、1年間頑張り続けることができました。授業では、現役時代に苦手だった英語を中心に、積極的に板書に取り組み、授業内でわからないところを消化して、自習時間に復習を徹底しました。北予備の先生方の授業はどれもとてもわかりやすく、集中して受けることができました。何度も何度も授業の復習を重ね、北予備の復習中心のスタイルを実践しました。すると、あまり良くなかった成績も、次第に伸びを見せはじめ、論述型の試験では自分の納得できるような点数をとることができるようになり、東大型の模試でも良判定が出るようになりました。
しかし、僕はそこで調子に乗って、最終時限の1時間前に下校するようになりました。その結果、成績が伸びるのは遅いのに落ちるのはあっという間。みるみるうちに点がとれなくなり、センター試験本番で大失敗をしてしまいました。2次では挽回し、結果的に合格したので良かったのですが、あの時のことは今でも悔やまれます。
具体的な勉強については、苦手教科の克服と2次試験対策を徹底しました。苦手な英語はできるだけ講座をとり、VOD等も活用して授業を何度も何度も見直し覚え込みました。2次対策は、各種模試の部分点ポイント等を徹底分析したおかげで、東大模試や本試でも自分で点を取っていることを実感しながら、論述できるようにしました。北予備宮崎校の生徒宣誓者は第1志望に合格できるというジンクスを守れて良かったです。支えてくれた友人や両親、アドバイスをくださった山本チューターはじめ職員の皆様、苦手な英語を大得意にして下さった石﨑先生、本当にありがとうございました。
T・N 君(鹿児島・鶴丸高校卒)
大阪大学(工-電子情報工)合格
苦手の英・国は二人の先生の全てのVODを見まくって克服
今日、ようやく浪人生活に終止符を打つことができた。沢山の人に支えられ、応援して頂き、本当に感謝でいっぱいだ。
自分が第1志望である大阪大学に合格することができたのは、二つの要因があると思う。
まず一つ目は、自分のお気に入りの先生を見つけ、その先生の教えに素直に従ってやっていったからである。でも1学期からは出来ていなかった。1学期はただ問題が解けた解けなかったということを気にしていただけで、先生方がおっしゃっていた問題ごとのポイントとなることを重要視していなかった。ポイントを重要視するようになったきっかけはわからないが、2学期はただ問題を解くのではなく、解く前にどうアプローチをするのが正しく効率的なのか考えるようにした。復習の時は自分のアプローチの仕方と先生のアプローチの仕方を比較し、足りなかったものは何かについて考えるようにした。そのためにも自分のお気に入りの先生を見つけ、その先生についていくことが大事だと思う。
二つ目は、VODを見まくったことです。VODは自分の校舎には来ていない先生方の授業を見ることが出来て、自分のお気に入りの先生の授業をVODで受けまくった。自分は漢文の永松先生と英語の小池先生には大変お世話になった。センター前には永松先生の授業を1学期から冬期講習までほぼ全部見た。小池先生の授業は2学期から直前講習会までの間で、1年間の小池先生のVODをほぼ全部見た。英語と国語は本当に苦手だったので、お二人の先生方のおかげで苦手を克服できた。本当にありがとうございます。
最後になるが、この1年間、自分が受験勉強に力を入れて、無事合格を勝ちとれたのは、家族や友人、そして北予備鹿児島校の職員・講師の先生方の支えのおかげであった。感謝しても感謝しきれない。この感謝の念を忘れずに大学生活を謳歌したい。
T・Y 君(福岡・久留米大附設高校卒)のお母さん
九州大学(医―医)合格
北予備+寮に即決したのは私が受験生の頃から有名だったから
「医者になりたい」。小学校卒業文集の将来の夢に、息子はそう書いていました。以来、中学高校は進学塾進学校に通い、それなりに勉強してはいましたが、大学受験はそんなに甘くなく、現役では医学系は全て不合格。今まで挫折を知らず順調に来ていた息子は相当ショックを受けていましたが、親の私はすぐさま北予備に入れよう、それも寮に入れようと即決しました。理由は、私が受験生の頃から、北予備は厳しいと有名だったからです。厳しいという事は勉強だけに集中できる日々を過ごせるという事に他なりません。そしてその結果、特に、通える市内に住んでいながら寮に入るという選択は大正解でした。
朝七時には起床、夜は十一時まで自習という規則正しい生活。予備校が休みの日の自習も寮長さんがしっかり管理して下さり、勉強態度だけではなく部屋の清掃状態等もチェックし報告頂けました。また、朝食夕食は寮母さん手作りのバランスのとれた食事を頂け、多くの寮生を見て来た、人生の大ベテランの寮長さん寮母さんに何の心配もなく預けられました。
絶対医学部に行きたいという強い意志を持って入校し、同じ挫折を経験した異なる夢を持つ同志と切磋琢磨し、本気で勉強に取り組み、親に泣き事一つこぼす事なく、きつい毎日を乗り越え、見事志望校合格を勝ち取ることができました。これは團野チューターの適切な指導と励ましのみならず、職員の皆様、とりわけ、寮長さん寮母さんの温かいサポートのお陰と心より感謝申し上げます。子供にとっては厳しい一年だったと思いますが、人間的に大きく大きく成長した貴重な日々となりました。北予備に預けた事はベストな選択でした。
一年間お世話になりました。本当にありがとうございました。
K・I 君(福岡・筑紫丘高校卒)のお母さん
鹿児島大学(医―医)合格
時間にルーズな息子、何の束縛もない予備校は無意味と北予備へ
昨年の今頃、後期に合格した大学に進学して“大学生”になるか、浪人して医学部合格を目指し、北予備の“寮生”になるか、迷いに迷ったうえ、息子は“寮生”になる道を選びました。元々、朝は自分で起きることができず、自分に甘く、時間にルーズな息子が何の束縛もない予備校に籍を置いても全く意味がないと思いました。規則正しい生活が送れ、遅刻、欠席に厳しく、勉強時間がしっかり確保できる北予備で、一年間しっかり勉強すると共に、寮での共同生活で、精神的にも成長して欲しいと思っていました。
家族の元を離れ、知らない土地での生活と自分のことは自分でしなければならない環境に、当初は不安や寂しさもあったようです。寮長先生や仲間に恵まれ、すぐに不安も解消され、勉強に打ち込むことができるようになりました。自宅にいた頃は毎朝起こすのが大変でしたが、自分で起きていると聞き大変驚きました。朝から夕方まで学校で勉強し、夕食後も更に四時間の必修自習。本当に大変だったと思いますが、毎日、みんな一緒にがんばっていることに随分励まされているようでした。携帯電話を持たせなかったので、寮の公衆電話から週に一度は連絡をする約束でした。落ち込んだり、調子が悪い時は電話が長くなり、回数も増え、心配になることもあり、徳永チューターや寮長に様子を見ていただくようお願いしたり、相談させていただくこともありました。いつも心よく対応していただき、本当に感謝しています。
徳永チューター、小林寮長、コスモスハイツの寮で一緒に学んだ皆さん等、多くの方に支えられ、無事に進学先が決まり、四月からは新しい生活を始めますが、この一年の北予備での生活は忘れられないものになったことでしょう。
一年間、大変お世話になりありがとうございました。北予備を選んで本当によかったです。
W・N さん(佐賀・佐賀西高校卒)のお母さん
佐賀大学(医―医)合格
先輩方にアドバイスを頂き娘が決めたのが北予備フェリックス
小学生の頃から「将来の夢は医師になること」と公言してきた娘は、中学生までは部活と勉強を両立させていました。しかし高校入学後は課外や部活の過密スケジュールで疲れ果て、某予備校の授業をパソコンで視聴しながら寝てしまう事も度々で、学校の宿題すらこなせない時もあったようです。素晴らしい仲間に恵まれ最後まで部活を続けましたが、一方で成績はどんどん落ちて行きました。かつて笑顔で「医師になって人の役に立ちたい!」と語っていた娘は、完全に自信を失くして進路を変えようとまでしていました。
娘が夢をあきらめようとしていた事が、私達両親にとっては何よりもショックだったのです。なんとか医学部を受験したものの、結果は惨敗。娘はやっと目が覚めたかのように先輩方にアドバイスを頂き、自分自身で決めたのが北予備のフェリックスでした。生活リズムを保つ事が一番の課題だった娘は、自分に一番の環境はここだ!と確信したようです。
入学して数ヵ月後の保護者会で、初めて親元を離れて暮らす娘の寮生日誌を見せてもらいました。涙で文字がぼやけました。高校時代の私は何をしていたんだろう、情けない、模試惨敗、大丈夫、頑張る、授業がわかってきた、授業が楽しい!フェリックスに来させてくれた親に感謝……こんな言葉の数々が入れ代わり立ち代わり並んでいました。前を向いて歩き出した娘を頼もしく思うと同時に、何があっても娘を信じて励まして行こうと決めました。
祝日もお正月も返上しての先生方の御指導と、スタッフの皆様の細やかなフォローのお陰で、娘は最後まで規則正しい生活リズムを守りながら頑張ることができました。私達両親は、フェリックスを信頼し、娘の努力は必ず実る!と信じて応援し続けました。そしておかげさまでこの春、複数の医学部から合格をいただきました。フェリックスでの日々は娘のみならず私共両親にとっても宝物です。皆様、本当に有難うございました。
T・W 君(鹿児島・ラ・サール高校卒)のお父さん
長崎大学(医―医)合格
長大医合格は北予備+規則正しい寮生活のおかげ
昨年の同じ時期は、合格者番号の中に自分の受験番号が無く、医学部受験の厳しさを実感し、息子は初めての人生の挫折を感じました。高校時代の自由な下宿生活で、余り勉強もせず、受験に臨んだ事を反省し、息子自ら北予備の寮に入って勉学に専念すると言って入校しました。入校後の基礎の補強で、成績を伸ばす一方、また北予備の生徒の数学のレベルの高さに感心していました。
十月以降は医学部受験の競争の厳しさを改めて感じている内に、センター試験に臨みましたが、思った通りの結果が得られず、親子で志望校選択に悩み、個別試験に臨みました。浪人生での受験は、現役時代とは比較にならない程の精神的なプレッシャーを感じての試験だった様です。合格者発表の掲示板に自分の受験番号を素早く見つけ、長崎大学の先輩に胴上げされた時の感動は一生忘れる事は無いでしょう。
これらの事を鑑みますと、一年間の浪人生活で無事、医学部に合格出来たのは、北予備での規則正しい寮生活で、体調管理だけで無く、常にモチベーションを維持することが出来、高い学習意欲を持った北予備生に囲まれた環境の中で、最後まで勉学に励むことが出来た結果だと思っています。
また、授業においても添削のお願いに先生方が快く応じて頂き、適切な指導を受けることが出来、実力と自信をつけて試験に臨めた様です。
医学部に合格できたのは、授業環境とそれを支えてくれた北予備のチューター、先生、寮長の皆さま方の熱心な指導があったから。おかげで、息子自身が最後まで努力する事が出来、希望を叶える事が出来ました。
この一年間の北予備生活は、息子にとって貴重な体験となって、これからの人生の宝物となるものと確信しております。一年間本当にありがとうございました。
東京校/東京学寮
七月十七日
S・K君(岡山・岡山白陵高校卒)のお父さん
私の場合、本当に単に東京学寮に宿泊させていただいただけなので「入寮体験」というのもおこがましいのですが、私なりに感じたことを記させていただきます。
寮の施設や立地については、今やネット等で比較的詳しい情報を入手することができます。けれども、保護者として最も知りたい情報、それは他でもない我が子が実際にどんな環境でどんな生活をしているのかということは、普通はなかなか知ることができません。
その保護者として最も知りたい情報をわかりやすい形で公開してくれていることに驚かされました。寮に到着して、まず普段子供達が食べている食事を提供してくださいました。紙メディアで提供していただいている情報から、ある程度のことは理解しているつもりでも、実際に食べてみるのとそうでないのは、雲泥の差があることに今更ながらに気づかされました。
また、必修自習を行っている自習室にも入れていただき、入ってみると子供達が本当に真剣に勉強に取り組んでいることを感じ取ることができました。
寮生日誌「栄冠への日々」綴を拝読させていただいたことで、毎日これだけの文章をスラスラと書けるようになっていることに驚くとともに、我が子の考えていること、その日その日の思い、そういったことが大きく進歩していることがわかり、我が子の成長ぶりを実感することができました。
私は受験は人間を成長させると考えています。受験を通じて、いろいろ調べること、考えること、克服すること、そういったプロセスが大切だと考えています。我が子が受験を通じて大きく成長していることを感じることができて、本当に嬉しく思います。
北九州予備校は厳しいと聞いていましたが、単なるスパルタという意味ではなく、明確な目標を持っている子を確実に導いてくれるということがわかり、我が子を預けて良かったと実感することができました。
博多駅校/一心学寮
六月十九日
Y・S君(福岡・宗像高校卒)のお父さん
何だこの雰囲気は?まるで勝利をめざし一致団結している大学の運動部にいるような錯覚をおこしてしまう緊張感。勉強を通した人間教育、今日本の社会は厳しさよりもやさしさや自由、プライバシーにニーズがある。そうした組織、団体に人が集まる。北九州予備校は、その社会や学校に逆行し、厳しさを前面に出した教育をされている。
ここにいる子どもたちも他にもっと楽な選択肢があったにもかかわらず、北予備と寮を選択している。他の予備校にはない“大切なもの”がこの学校にはある。それは人間性を向上させる力、システムである。今この力、システムをもっている教育機関がどれだけあるだろうか。時間を守る、あいさつをする、がまんする、嫌なことでもやりきる、親に感謝する、苦しい時に励ましあう。今の日本の教育の課題解決のヒントがここにあると思わせる。
私は現在五十三歳で遠賀郡出身である。黒崎に北九州予備校ができ多くの友達が“黒崎大学”に進学した。その黒崎大学が各地にでき、現在は全国三位とお聞きした。生徒や保護者を変容させる、人間改革を実践し続けた結果ではないか。人間改革の先に、自己実現はある。そのためには、学校、教師、保護者がどうならなければいけないか、今の教育界が学ばなくてはいけないたくさんのことが、ここにはある。
このすばらしい環境に、わが愚息がいる。有り難い気持ちや感謝の気持ちでいっぱいだ。今感想文を書きながら、ここにいることが不思議と誇らしい気持ちにさえなってきた。愚息は高校三年間サッカーに明け暮れ、良き友達・恩師に恵まれ充実した高校時代をおくったように見えるが、実は自分に甘え、勉強から逃げ好きなことだけをがんばった三年間だった、とも言える。そうした自分を北九州予備校一心学寮での一年間でチェンジしてほしい。
君に期待している。
フェリックス/学志寮
S・M君(静岡・磐田南高校卒)
TV やゲーム、音楽、ケータイ… 一度ハマると抜け出すのは困難でした
帰省してみて改めて感じたのは北予備という環境の素晴らしさだった。二十九日に帰省すると翌日の五時起きで勉強をして、けっこういいペースでいけるのかと思いきや、そこから自分という人間の本性が姿を現し始めた。
自宅に帰れば必修自習もなく共に勉強してくれる友人もいないという環境になる。それに加えて周りを見わたすとTVやゲーム、音楽、ケータイetc.…と誘惑が多くある。元々意志が強くなく、北予備の環境だから勉強していた自分はその誘惑に打ち勝つことができなかった。一度ハマるともう抜け出すのは困難であるのは言うまでもないが、ここで追い打ちをかけてくるのは、この五ヵ月の北予備生活の反動だった。欲があってもどうしようもない北予備生活とは違って、自分の意志でどうにもなってしまう環境がそこにはあった。ここまでくるともう自分ではどうしようもない領域に達してしまっていた。
リフレッシュウィークも半分が過ぎると今の生活ではヤバいと思う自分がでてきた。なぜなら、RWが明けるとすぐに二学期がスタートしてしまう。それなのでRWの間には予習という絶対にやっておかなければならないモノがあった。それに加えて課題もけっこうな量与えられていたので、そこで一大決心をしてホテルをとって九州へと帰る決断をしたのだった。
帰るとさすが北予備だと思った。静かな自習室、周りも真剣に自習をしているという環境で勉強モードになり、RW終盤で何とか立て直すことができたという感じだった。
前半・後半とあわせるとどことなくバランスのとれたRWだったと思う。あとセンターまで百三十一日(帰寮日現在)となっている。ここからはあっという間に過ぎていってしまうので北予備に助けれられながら全力で走り抜けたいと思う。
山口校/専心寮
N・T 君(山口・徳山高校卒)
他予備校の友人と話して驚いた。「本気なら北予備」と言われるだけの理由を実感
このリフレッシュウィークと言う一週間は、私の今までの人生において一番密度の濃い一週間だった。高校生でもなく大学生でもない、浪人生という立場で大学生になった高校時代の友人たちや後輩たちと話をすることは、楽しいけれど心のどこかにひっかかるものがあり、何とも言えない複雑な気持ちだった。
一番刺激的だったのはやはり大学生になった友人たちと話をしたことだった。色んな大学の話が聞けて、大学に入った後どうすればよいのかや、気を付けなければならないことなどがわかって、本当にこれから先の人生のためになったと思う。妥協せずに、自分が行きたい大学に行くのが一番だとみんな口を揃えて言ってくれて、とてもやる気が出た。更には、今の浪人生活は苦しいだろうけど、来年の春、今度は大阪でまた一緒にご飯食べようとみんなが言ってくれて、本当に嬉しかった。完全に世間と隔離された生活を続けてきたが、みんなとの友情は変わってなくてとても感動した。みんなが応援してくれるからこそ、心の底から頑張ろうと思えた。
また、他の予備校で励んでいる友人とも話す機会があり、一番驚いたのはやはり北予備の圧倒的な勉強量だった。他の予備校の寮では外出も自由だし、携帯やパソコンも持ち込み可で、勉強以外のことにも時間を割けるようだったが、北予備の寮は本当に勉強以外することが無くて、勉強だけに集中できる環境が整っている。「本気なら北予備」と言われる理由が実感できた。せっかく勉強量で他の浪人生と差をつけることができているのだから、成績でも差をつけられるようにもっと頑張ろうと思った。
もう思い残すことは何も無い。あとはただひたすら合格へ向かって走り続けるだけだ。沢山の人に支えられていることが実感できた今、恐れるものは何も無い。これからあと半年、これまで以上に努力していこうと思う。