授業見直しVODは寮でも視聴可能(飛梅学寮)
平成22年、北九州予備校で授業を録画してDVDに焼き付け、ポータブルプレーヤーと一緒に生徒に貸し出す「見直しDVD」が始まりました。「ナマ授業に勝るものなし」と、ビデオ授業に懐疑的だった本校が映像活用に踏み出したのには理由があります。
ゆとり世代のピークの生徒達が本校に入学してきた時、彼らの中に復習ができない生徒が大勢いることが分かりました。小学校、中学校で学んできた生徒達は、授業内容が高度になる高校に入学して初めて、本格的な復習の仕方を身に付けます。ところが、高校生になっても復習をやったことがない、定期試験前の一夜漬けで何とか進級してきたという生徒が多数を占めていたのです。彼らは口ぐちにこう言いました。「分からないところが分からない」。
復習には復習の為のノートが必要ですが、ノートをとるのも難しい。彼らにどうやって復習させたらよいか。最善と考えられた策は「もう一度同じ授業を受ける」でした。
スタートが「復習の為の確認用」ですから、撮影はそのまま教室で、クラス担任である職員が自ら行いました。プロのカメラマンではありません。しかし、すでに家庭用ビデオもハイビジョンの時代、コツを掴めば、思いのほか高品質の授業映像を撮影できるようになりました。
本格運用となった翌23年度、年間視聴回数は25万回(全校舎計)に達しました。そして、24年度は30万回、25年度は40万回と、年々視聴回数が増えていきました。それに比例して、合格実績もどんどん向上しました。国公立大医学部医学科を始めとし、九州大学、熊本大学、広島大学、有名私大等において、まさに「合格者の伸びは、授業の見直し回数に比例する?!」かのような勢いでした。
一方、生徒達が見直しの効果に気づいて利用が爆発的に増えていくにつれ、DVDによる運用は限界に近づいていきました。本校は、全校舎で共通するオリジナルテキストを使用しています。同じテキストの同じ課であれば、どこか1ヵ所の校舎で撮影すれば事足ります。それでも講座は800種類以上、通年講座は全27週、講習2~5回の授業で構成されます。授業映像のマスターディスクは年間で1万本を超えました。
そこで、メディアを介さないビデオ・オン・デマンド(VOD)による映像配信、機材の貸出が不要なBring Your Own Device(BYOD)方式へのチャレンジが始まりました。
解決しなければならないハードルはいくつもありました。
①タブレット
②ビデオ配信サーバ
③無線LAN
④通信回線
⑤セキュリティ対策
まず、タブレットについて。ビデオ映像がスムーズに再生できるスペックが必要であり、かつ全員分を準備できるリーズナブルな価格でなければなりません。画面サイズ等も考慮して、NEXUS7の2012年モデルとなりました。
次に、ビデオ配信サーバです。校舎毎にサーバを設置するのか、クラウドで行うのか、初期費用、メンテナンス費用、拡張性等を検討した結果、カスタマイズしたクラウドサーバを外部委託することになりました。クラウドサーバへのアクセスは、各校舎に割り振った固定IPアドレスで制限します。
三つ目は、教室に設置する無線LANルーターです。接続可能台数、無線の届く範囲、混線の具合等、ルーターの性能に拘りました。ルーターへのアクセスは、アクセスキーによる制限の他、タブレットのMACアドレスを使った制限も行っています。
通信回線については、帯域が安定しており、かつ料金が割安の光回線を確保できました。
最後に、セキュリティに関して。サーバ、無線LANによる制限に加えて、タブレット自体の設定を変更できないように、制限付アカウントを設定したタブレットしか利用できないようにしました。タブレットを初期化すると、学校側で設定したルーターへのアクセスキーが失われます(アクセスキーは生徒には知らせません)。さらに、生徒1人ひとりに、サーバへのログインアカウントを発行しました。
平成26年、満を持して、5,000名の生徒にタブレットを無償配布して、北予備だけの授業見直しVODがスタートしました。予備校はおろか、全国のあらゆる学校を探しても他に類を見ない、前人未到のチャレンジでした。
クラウドサーバの導入によって、授業の見直し以外にも様々な映像コンテンツを提供できるようにもなりました。教室授業の録画だけでなく、生徒達からの要望に応じてピンポイントの解説講義や大学の過去問を使った対策講義も収録しました(オーダーメイドVOD)。医学部受験等に必須の面接試験についても、実際に受験した先輩にインタビューして、その様子をビデオに収めました。
結果、年間視聴回数は100万回を超え、VODによる復習効果が一層大きな成果をあげました。平成26年度生が受験した平成27年度入試は、新課程初年度の大学入試であり、浪人生の為の移行措置として旧課程問題が準備されました。1997年の例から、旧課程問題の受験はリスクが高いと判断し、北予備生には新課程による指導を行いました。高校で未履修の科目、分野の学習に関して、VODが大きな威力を発揮したのです。
ところで、授業を撮影することが、授業する側の講師にも好影響を及ぼします。教室にカメラが入ることで、講師達は正確な知識を伝えることにより注意を払うようになりました。また、実際に教室で授業を受けた生徒以外もVODで視聴することになるので、撮影されない授業においても、撮影された授業と比較されるという事実は、講師一人ひとりの向上心を一層かき立てる要因となっています。
さて、ビデオ・オン・デマンドは、eラーニングにおいて多用される学習ツールです。そこで、eラーニングの知見から本校オリジナルのVOD学習を、教育工学の権威である鈴木克明教授が唱えられた「eラーニングの質保証についてのレイヤーモデル」に沿って、省察したいと思います。なお、鈴木先生には平成25年2月に本校熊本校でご講演いただきました。
VODがなかなか始まらなかったり、途中で止まったりすると学習どころではありません。まず、生徒達が安心して学習を進めることができることが求められます。平成27年度は生徒用タブレットにNEXUS7の2013モデルを投入、通信帯が5ギガヘルツとなることで動作がより安定しました。昨年度は無線LANの設置を一部教室に限定していましたが、今年度はほぼすべての教室にルーターを設置、いつでも、どこでも、の環境を推進しました。
教授内容に誤りは許されません。撮影担当者による現場でのチェックのほか、内容の確認を行っています。VODポータルサイトでコンテンツ一覧を表示、検索機能によって生徒達はそれぞれに必要なビデオを視聴できます。視聴ログはクラス担任も確認でき、学習指導に活かされています。
ナマの授業を視覚的に切り取って撮影しますから、映像化することで分かりやすさが損なわれないよう配慮が必要です。1日あたり50本前後が生成される授業映像は、少しでも早く生徒達に提供するために編集を加えません。カメラワークについてはマニュアルで撮影者に細かく指示しています。
配信前の内容確認の際に、撮影状況についてもチェックを加えます。視聴した生徒達は、撮影についての注文をポータルサイトから投稿することもできます。多くは学校窓口に直接、知らせてくれる場合がほとんどです。
VODの特性として、映像を一時停止したり、再生ポイントを変えて、後に戻ったり、先に進んだりすることができます。もちろん、繰り返し視聴することが可能です。受験勉強の要諦は覚えること。大学受験の現場においても、立命館大学教育開発推進機構の隂山英男教授が唱えられている「隂山メソッド」(徹底反復学習)に大いにインスパイアされています。ところが、大学受験の勉強となると、先述の通り何を復習すればいいのか分からなくなる生徒も出てきます。最も効果的だと思われるのは「授業によるインプットの繰り返し」です。
「受験勉強は団体戦」を標榜する本校は、自習の時間も授業と同じく、仲間と机を並べて学ぶことを奨励しています。仲間と同じ授業を受け、同じ部屋で自習ができ、仲間と同じタブレットで同じVODを視聴できます。そこで、尊敬できる友人や負けられないライバルもタブレットにかじりつく様にして学んでいるのです。さらに、見直しVODは北予備生だけに可能な学習方法という一種の優越感も生まれ、VODで学ぶ魅力を醸成しています。
平成28年2月、北九州予備校創立50周年記念式典で基調講演を行う陰山先生。