研究内容

本講座では、臨床研究だけでなく、基礎研究、疫学統計、AIなど、手法にこだわることなく、母児の予後に寄与すると考えられることには、他施設とのコラボレーションも含めて、幅広く研究活動を行っています。

胎盤・臍帯異常の発生メカニズムの解明と臨床管理に関する研究

胎盤や臍帯は、胎内で児を育むための生命維持装置であります。そのため、母児のたくさんの血液が潅流しており、そのトラブルは母児の生命を脅かすこともあります。それらの異常がどうして発生するのか、どのような臨床管理を行えばリスクを減ずることができるのかを研究しています。

本研究テーマで、日本産科婦人科学会・周産期部門の2014年度学術奨励賞を受賞しています。

世界胎盤学会(Placenta)の表紙に写真が掲載されました。


癒着胎盤の高精細広帯域プローブを用いた組織超音波診断に関する研究 

癒着胎盤は分娩前に診断がついていてもいなくても出血多量になることがあり、母体の出血性ショックの原因になります。癒着胎盤は、厚さ1cmもない子宮筋層に胎盤が浸潤することによって発生する疾患でありますから、日常使用している超音波断層法、MRI、CTなどでも診断することは難しいものです。わたくしたちは、通常の超音波プローブではなく超高解像度のトランスデューサーを使用して、筋層への組織浸潤の有無の診断にチャレンジしています。適切な術前診断と事前準備によって多くの母体の安全な手術に寄与すると考えています。

本研究テーマで、世界産婦人科超音波学会(Ultrasound in Obstetrics and Gynecology) の表紙に写真が掲載されました。

胎盤病理診断を妊娠中に予測する研究

分娩後の胎盤の病理検査は、妊娠中や分娩時にどのような問題があったのかを教えてくれます。前述した癒着胎盤の研究でもそうですが、胎盤の病理組織評価が、妊娠そのものや、母体、胎児異常の答えを教えてくれるといっても過言ではありません。しかし、その情報は分娩後の結果が出た後の評価でしかありません。わたくしたちは、妊娠中の超音波断層法、微細ドプラ法を用いて、その胎盤組織評価を妊娠中に先取りするという研究を行っています。結果として胎盤病理所見を後方視的に評価するのではなく、それを前方視的に利用して、よりよい妊娠、分娩管理に役立てようと考えています。

本研究テーマの一部は、大学院生の学位論文になっています。そして、優秀論文賞としても表彰されています。

低流速カラードプラ法を用いた産科臨床応用に関する研究

低流速カラードプラ法を用いると、従来観察できなかった、臓器末梢の微細血管まで評価できます。現在行われているドプラ法は、胎児や子宮といった血流本幹に対するパルスドプラが主流です。臓器全体の評価はできますが、末梢臓器の微細血流が評価できることでどこに病変があるかもわかるようになると考えられます。小さい対象である胎児の形態評価の一助にもなると考えられます。

世界胎盤学会(Placenta)の表紙に写真が掲載されました。

分娩時胎児低酸素の予測、介入に関する研究

すべての胎児は分娩時に子宮収縮(陣痛)によって娩出されなければなりません。子宮収縮は、子宮胎盤循環、胎盤臍帯循環を減少させます。多くの胎児はそのストレスに耐えながら出生してきますが、時にはその代償作用を超えてしまうことがあります。胎盤や臍帯に異常がある場合は、母児間の酸素化のやりとりに支障が起きやすいため、より低酸素になりやすい可能性があります。これらを予測し、適切なタイミングで医療介入する方法を開発する研究を行っています。

胎児心拍数陣痛図、超音波断層法による児の脳性麻痺に関連する因子の研究

前述したように胎児は分娩時に子宮収縮(陣痛)というストレスに耐えながら出生してきますが、必ずしも低酸素のストレスは分娩中とは限りません。胎盤や臍帯異常がある児の低酸素による低酸素脳症などを惹起するイベントが、実は胎内ですでに起きていることがわかりつつあります。それが、医療の進んだ現代でも脳性麻痺の児が減少しない理由のひとつでもあります。高周波広帯域超音波断層法、微細超音波ドプラ、胎児心拍数陣痛図だけでなく新しいモダリティの開発も含めて、妊娠中のトラブルを診断できる方法を開発研究しています。

周産期に関わる脳性麻痺の予測と臍帯血幹細胞輸血による早期介入、予防に関する研究

妊娠中や分娩時に低酸素状態にさらされ、可逆的な時間を超えて低酸素に暴露されると虚血性脳症に至ってしまうことがあります。しかし、新生児には中枢神経などの再生能力が高い可能性が指摘されています。また、臍帯血の中には幹細胞という、神経も含めた各種組織に発達することのできる細胞が多く含まれていますので、それを分娩時に貯血しておいて、低酸素脳症の治療に役立てようとする研究が行われています。まだまだその有用性は確立されたものではありませんが、妊娠中、分娩時に低酸素脳症になるハイリスクの児に臍帯血を貯血しておくことで、将来の治療に役立てることができる可能性があります。多施設研究として、わたくしたちも研究に加わっています。

産科出血、妊産婦の循環、病態生理、母体死亡に関する疫学研究

妊娠・分娩は生理現象ですが、非妊娠時とは異なる生理状態になっています。そのため、非妊娠時の母体の生理的なところが限界を超えると、母体急変として異常を発症することがあります。残念ながら、先進国とくらべても医療の進んだわが国であっても、年間30-40人の母体死亡があります。そのような事例を、医学的、医療的、社会的、システム的に解析し、どのように再発防止に役立てるかを研究しています。

産科危機的出血を軽減させるためのデバイスの開発 

産科出血により妊産婦死亡は今でも死因のトップです。速やかな止血は母体の救命に必要なことです。効率よく止血を行うデバイスの開発・研究などを行っています。

内科合併症妊娠、精神疾患合併妊娠の管理に関する研究

昨今のライフプランの多様性によって、妊娠・分娩の晩年化があります。晩年化は、さまざまな内科疾患、産婦人科疾患などの合併率を上昇させます。また、社会的な家族のありかたにも変化がありますので、精神疾患を患う妊婦も少なくありません。近年の統計では妊産婦死亡の原因のトップは、産科出血から自殺になりました。医療者だけでなく、行政、福祉の専門家とも協力しながら母児の安全に目を向けていかなければなりません。そのような、疫学的、社会的研究も行っています。