研究者紹介
研究者紹介
聖マリアンナ医科大学
血液・腫瘍内科学
主任教授 新井 文子
成人を対象にした血液内科医として世界で唯一
慢性活動性EB ウイルス感染症の病態解明に取り組む
EB ウイルスはほぼ全ての人が感染するありふれたウイルスで、多くの場合、重篤な病気の原因になることはありません。しかし、なぜかごく稀に通常では感染しないリンパ球の中のT 細胞やNK 細胞にとりつき、慢性活動性EB ウイルス感染症(CAEBV )が発症します。感染症という名前がついてはいますが、実はリンパ腫や白血病につながる悪性腫瘍( がん)で、造血幹細胞移植をしなければ命を落とす重篤な疾患です。
CAEBV は1980 年代に西欧で初めて報告されました。当初は小児の疾患と言われていましたが、1990 年代になると日本からの報告が増え、大人にも発症することが分かりました。2005 年に私が初めて診察した患者さんも30 代後半の女性でした。これまで小児科の先生が中心となって診療、研究を行ってきましたが、大人のCAEBV の患者さんを専門的に診療し、そして基礎および臨床研究を行っているのは、世界的にみてもおそらく私が最初であり、かつ未だに私一人ではないかと思います。
患者さん一人ひとりの熱意と協力に自身の方が励まされていることを実感
私たちの研究グループはCAEBV の疾患原因を追究していく中で、2019年に患者さんの腫瘍細胞中にある特定のたんぱく質(STAT 3 )が活性化していることを発見しました。そこで、STAT 3 の活性を抑える分子標的薬ルキソリチニブの有効性、安全性を評価する医師主導治験を開始しました。ルキソリチニブは骨髄線維症と真性多血症に対してすでに承認され、診療の場で使用されている薬です。CAEBV に対する治療薬になり得るか、患者さんにご協力をいただき、検証しています。
私の研究は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED )による研究助成に加えて、この病気で亡くなった声優、松木未祐さんの追悼イベントによるご寄付、さらに患者さんを中心とした方々の協力によって支えられています。CAEBV の年間発症数は20 人程度で日本全国合わせても現在100 ~ 200 人ですが、患者さんは皆さん病気の原因解明や、治療法の開発といった研究に対する熱意が強く、血液や骨髄といったサンプルや臨床データを提供してくださいます。また、患者さんのみならず、そのご家族のサポートには、私の方が逆に励まされています。見も知らぬ海外の方から研究に対する感謝のメッセージをいただいたこともあります。その時は本当にうれしく、頑張ろう、という意欲がより大きくなりました。
研究成果は、学会や論文で発表する他、私たち聖マリアンナ医科大学血液・腫瘍内科やAMED のホームページでの公開、CAEBV 患者会を通じての情報発信等で、患者さんに還元しています。私たちには常に患者さんと一緒に研究しているという意識があります。期待を寄せてくださる患者さんのために、一日も早くCAEBV の発症メカニズムの解明と治療薬の創出を実現させたいと考えています。
フィジシャン・サイエンティストとして臨床での問題点を基礎研究で解決したい
私は自身のアイデンティティをフィジシャン・サイエンティストだと捉え、臨床医であると共に科学者として、臨床現場の問題点を基礎研究で解決し、最後は患者さんの診療へ還元したいと考えています。
分子生物学の領域において、1990 年代後半から2000 年代にかけて研究の進め方が劇的に簡単になりました。試薬がセッティングされた小型の機械を用いるだけで、細胞内の分子のはたらきが確かめられるようになったのです。この実験操作を大学院時代に身につけられたのは幸運でした。今は、研究室で分かったことをすぐに臨床でフィードバックできるようになりましたが、さらに医療機械の技術が進み、私たちの現場で役立つことを期待しています。
2021年9月掲載
聖マリアンナ医科大学
難病治療研究センター
診断治療法開発 創薬部門
准教授 杉下 陽堂
がん治療の開始まで時間的猶予のない場合でも、
卵巣組織を凍結保存しておけば、将来の妊娠できる
可能性を残すことができる
2006 年から卵巣組織凍結の技術開発として、本学産婦人科学の鈴木直教授率いるチーム( 近畿大学 細井美彦教授、IVF なんばクリニック 森本義晴教授、橋本周教授との共同研究)が研究を開始しました。当時私はその若手メンバーの1 名として参加させて頂きました。小児・AYA 世代の女性がん患者さんが、がん治療を受け、5 年後には多くの人が閉経状態に陥る可能性があり、結果的に子供を授かることができなくなる場合があるとの報告がありました。当時、ベルギーにて世界で初めて卵巣組織凍結融解移植後妊娠および出産の報告があり、また世界中の研究者や臨床家たちはがん治療を開始前に将来の妊娠できる可能性を残す妊孕性温存法として卵子を採卵し、その卵子を凍結保存する卵子凍結に挑戦しておりました。
特に白血病の場合は診断後、治療開始までの日数が約一週間です。現在は卵子凍結技術が進み、卵子が10 ~ 15 個あれば妊娠、出産が可能と考えられていますが、一週間でこの個数を回収するのは難しいことがあります。また、もし患者さんが小児や思春期女性であれば、経腟的に卵子を回収することは困難です。そのような場合、卵巣を保存しておくことが可能であれば、何千、何万という数の卵子を一度に保存できる可能性があります。がんを告知された時、まずはがん治療に専念するためにも、短時間で将来の妊娠できる可能性を残すために卵巣を手術にて取り出し、その卵巣を凍結保存しておく妊孕性温存法が卵巣組織凍結の基本的な考え方です。
世界のスタンダードとは異なる卵巣組織を超急速凍結する技術開発
卵巣組織凍結には大きく分けて2つの方法があります。その1つが、緩慢凍結法という主にヨーロッパで行われている方法です。スタンダードな手法ですが、卵巣を凍結するには2 〜 3 時間かかり、凍結処理を行うための機器の購入、またその凍結するための機器を設置するスペースが必要となります。鈴木直教授率いる我々のチームでは発想を変え、いつでもどこでも、誰にでも簡便にできる手法として、30 分で卵巣組織を超急速凍結できるガラス化凍結法の開発を開始しました。
大きな進展があったのは、2010 年に本学の生命倫理委員会の承認を得てヒトの卵巣組織凍結を開始したことです。2013 年には妊娠、出産に至るケースが確認され、その事実が世界的にも認知されたことで、鈴木直教授は世界に広く知られるようになり、また2012 年には、日本がん・生殖医療研究会を立ち上げ、その後正式な学会となっています。
自分たちでは解決できない領域への挑戦その道の専門家と組むことが重要
卵巣組織凍結は世界的には緩慢凍結技術が未だ主流です。私にとってはいつでもどこでも誰でもできるデバイス開発に参加させて頂いたことが非常に貴重な経験でした。実際に卵巣組織凍結が世間に広まり日本全国に多くの登録施設があります。現在はその卵巣組織凍結デバイス開発として、閉鎖型卵巣組織凍結デバイスの開発や、卵巣組織を運搬するための方法を検討する研究を開始しています。
今後は、引き続き産婦人科学における小児・AYA 世代がん患者さんに対する妊孕性温存領域の研究に従事しつつ、当難病治療研究センター、センター長である遊道和雄教授のもと、細胞の劣化に関する研究に参加し、新規的なものを生み出していきたいと考えています。
私たちが何かを成し遂げたいと考えるときには、自分たちの専門以外、特に工学や工業といった自分たちでは解決できない領域の専門家が不可欠となることがあります。その道の専門家と仕事をすることで研究を具現化することが可能となり、自分たちとは全く違う視点からの情報や意見交換ができることがあります。専門知識を持つ人たちとのコラボレーションは、双方にとって意義があり、研究を発展させるためには、重要なことだと考えています。
2021年9月掲載
聖マリアンナ医科大学
消化器内科学
教授 前畑 忠輝
COVID- 19 から医療従事者と患者さんを守る
飛沫対策マスク「Pro M 」を開発し全国に展開
新型コロナウイルス感染症(COVID- 19 )の拡大で、医療従事者の感染対策も大きく変化しました。上部消化管内視鏡( 胃カメラ)では、患者さんの咳き込みや嘔吐反射の際にウイルスを含む飛沫やエアロゾルが拡散し、これらを介した医療従事者および患者さんへの感染が危惧されます。そこで、横浜市の医工連携事業の支援を受け、内視鏡検査( 経口)専用の飛沫対策マスク「Pro M( プロエム)」を開発しました。
まず意識したのは、すべての医療機関で無理なく活用してもらえるように極力コストを抑えることでした。最も苦心したのは、内視鏡スコープ挿入口の高さです。マウスピースを噛んだ状態でプロエムを装着した際、高すぎても低すぎても飛沫が漏れてしまうため、1㎜単位の世界でいくつものプロトタイプを作りました。また装着時の圧迫感をなくし、かつ医師のカメラ操作を妨げないよう本体は柔軟性のあるビニール製とし、フレーム部は様々な人の顔の輪郭や鼻の形に添う形にしました。現在、本学の4病院における上部消化管内視鏡では全例プロエムを用いて検査・治療を行っており、医療従事者と患者さんをウイルスから守っています。
視線と手の動き( 知覚)を可視化し内視鏡技術を一定化させる教育を研究
現在は、内視鏡トレーニングシステムの開発に取り組んでいます。今やがんも内視鏡で切除できる時代となり、一週間以内に退院できるようになりました。ただし内視鏡の技術は教えるのが難しく、医師によって操作にばらつきがあることは否めません。そのため、経験を積んだ医師の勘やコツといったものを可視化して、内視鏡手術のレベルを一定に保つ研究を行っています。テーマは、VR(Virtual Reality )と AR(Augmented Reality )をミックスしたMR(Mixed Reality )を使った教育です。MRには言語が不要なため、世界中どこでも教育が可能になると考えています。医師にはそれぞれ独特の技がありますが、そこには必ず共通した領域があるはずです。それを見つけ出し、マスターすることによって、その人の弱点や足りない部分を補うことが狙いです。
まず、アイトラッキングを使って目線の動きを可視化しました。次に私たちが運転する際、無意識にハンドルを左右に動かしているような知覚を数値化しました。目を動かすと手の動きがどう変わっていくのか、逆に手の動きは視線とどう連動しているのか、目下抽出している最中です。研究としてはまだスタートラインに立つ前々段階くらいですが、トライアルアンドエラーを繰り返しながら5 ~ 10 年後には形にして、内視鏡の技術継承につなげたいと考えています。
新しいものを作りたいと思った時何よりも大切になるのはチャレンジ精神
私の研究のベースにあるのは、「自分や家族だったらどうされたいか」という発想です。そして、医師自身ができるだけ楽に診断や治療ができるようにしたいと考えています。使い勝手の良い医療機器で患者さんに良い結果を提供できることが一番ですし、昔は習慣的なものでもそれが最良であるかどうかは分かりません。ですから私は常に知的好奇心を持って、何かしら新しいものや手法を生み出すことを考えています。
その時に不可欠なのがチャレンジ精神です。企業の皆さまにおいてはビジネスも大切だと思いますが、売れるものは既に他者が考えています。もし医療の中で貢献したいという気持ちがあるのならば、既存にはないものを生み出すことに尽力していただければ嬉しいです。その方が面白いですし、チャレンジのしがいもあると思います。
2021年9月掲載