Research
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2001年から,カメルーン東南部の熱帯雨林に住んでいる狩猟採集民バカのもとでフィールドワークをしてきました。研究テーマをひとことであらわすなら「コンゴ盆地における人間と自然の連関と共生にかんする研究」といえます。研究テーマをすこし詳しく書くと,以下の3点になります。
カメルーンの熱帯雨林に住む狩猟採集民バカと多種多様な生物とのかかわりあいを記述しながら,バカたちの〈生き方〉を理解するための理論的枠組みを構築してきました。
まずはじめに,バカによる野生ヤマノイモ利用の実態を生態人類学の手法によって定量的に詳らかにして,ワイルドヤム・クエスチョンとして疑問をもたれていた熱帯雨林における(農作物に依存しない)狩猟採集生活が可能であることをしめしました(Yasuoka 2006)。この疑問は狩猟採集社会の真正性をめぐる論争のなかで提起されていたものであり,この論争に一定の解決をもたらしたことは,狩猟採集民研究において大きな意義があります。
さらに,ヤマノイモの歴史的な分布のなりたちにたいするバカの非意図的な関与について研究をすすめました。バカたちが大量に収穫するヤマノイモは,光条件のよいところに生えています。そのような環境は人間活動によって形成された可能性があり,だとすればヤマノイモの分布には焼畑農耕による森林撹乱が影響した可能性があります(Yasuoka 2009a, 2009b)。
しかし,ヤマノイモの分布拡大には,かならずしも焼畑農耕にともなう撹乱は必須ではないことがあきらかになりました。ヤマノイモは,人間に芋が採集されることで元々の生育地から離れたところに分布をひろげ,新しい生育地では芋片から再生した個体が種子繁殖して個体数を増やしています。このプロセスは人間がまったく意図していなくても,ヤマノイモを採集して食べることで必然的に生じるものです(Yasuoka 2013)。
先述した狩猟採集社会の真正性をめぐる論争をふまえるなら,この人間とヤマノイモの相互関係は,コンゴ盆地の熱帯雨林における人間と多種多様な生物をふくむランドスケープの動態につよく影響してきたと考えられます。そして,野生と栽培の中間的な領域にある食物資源が「狩猟採集民」の中心的なカロリー源食物となってきたことは「野生資源のみに依存する狩猟採集生活」が可能であるかどうかを問うワイルドヤム・クエスチョンの前提にある,ありのままの自然に依存する狩猟採集民と自然を改変する農耕民という対立を根本から問い直すことを迫るものだといえます(安岡 2024)。
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これらの研究をふまえて,「狩猟採集民」という概念の再構築をおこないました。バカをふくめて狩猟採集民とよばれる人々は,とりわけ近代以降、大きな変化のなかにあります(Yasuoka 2012)。とはいえ,バカの生活実践には狩猟採集民と表現したい何かがあります。その「何か」は複数の生業を束ねて方向づける〈生き方〉の水準において捉えられること,そして狩猟採集民は「アンチ・ドムス」の〈生き方〉によって特徴づけられることを,『アンチ・ドムス:熱帯雨林のマルチスピーシーズ歴史生態学』で論じました。
また,その作業をとおして,歴史生態学とマルチスピーシーズ民族誌のアプローチを統合しつつ導入して,生態人類学の理論的基盤とその実践を再編することをめざしてきました。それが,人類学と生態学を架橋しながら「人間と自然の連関と共生」の記述と分析をおこなう新しい学術領域である「マルチスピーシーズ歴史生態学」です。
マルチスピーシーズ歴史生態学は,熱帯雨林以外のフィールドにも適用できますし,狭い意味での「人間」や「自然」に対象が限定されるわけでもありません。こんにち地域研究の関心は遠心的に拡散する傾向がありますが,マルチスピーシーズ歴史生態学は,個々の研究を関連づける理論と方法を提供し,地域「間」研究の活性化にも貢献すると考えています。
バカたちの狩猟実践の記述・分析をふまえて,カメルーンの森林政策への導入,およびコンゴ盆地諸国への展開を念頭においた,住民主体の資源マネジメントについての実践的研究をおこなってきました。
近年,コンゴ盆地では,過剰な野生動物の狩猟によって生物多様性および地域住民の食料(タンパク)源が損なわれる「ブッシュミート危機」が懸念されています(Ichikawa, Hattori & Yasuoka 2016)。カメルーン東南部では1990年代半ば以降になって木材輸出のための伐採事業が拡大し.木材業者によって道路が整備されたためブッシュミート(獣肉)交易が活発化しました。そこで,ブッシュミート交易の拡大と住民の狩猟活動の実態を詳細に調査したところ,道路開通後に著しく増加した狩猟圧のために地域の動物相が甚大な影響を被った可能性が高いこと,ただし,広い地域でおこなわれる自給目的の狩猟であれば持続的でありうることがわかりました(Yasuoka 2006)。
一方,カメルーン東南部では,国立公園の設立とあわせて狩猟や交易の取締りが強化されており,バカをふくむ地域住民と保全アクターとのコンフリクトが生じています(Hirai & Yasuoka 2020, Masse &Yasuoka 2023)。そのような対立を背景として,外部からの密猟者を一部の住民が手引するなどして,保全活動が毀損されています。反対に,保全活動によって自給的な狩猟が制限されている現状は,住民生活の窮乏化と文化の破壊をもたらしかねません。ブッシュミート危機は,生物多様性の問題としてだけでなく,地域住民の食料安全保障と文化の問題として捉える必要があります。
このような問題意識のもとで,野生動物マネジメントへの地域住民の主体的な参画を可能とし,保全アクターと地域住民との信頼関係の構築と協働の基盤となりうる,野生動物資源量のモニタリング方法を着想しました( Yasuoka et al. 2015)。それはカメルーン東南部における主要な獲物であるダイカー類(Yasuoka 2014)の捕獲構成比にもとづくモニタリングです。この着想をもとにして,2018年から2024年まで,SATREPS「在来知と生態学的手法の統合による革新的な森林資源マネジメントの共創」プロジェクトを推進してきました。
プロジェクトでは,まず野生動物の資源量を推定する従来の方法がうまくいかないことを確認しました(Kamgaing et al. 2018, 2023)。そこでカメラトラップ法による資源量推定を導入して生態調査を実施し,捕獲構成比モニタリングという着想の生態学的な妥当性を確認しました(Hongo et al. 2022)。あわせて地域住民が運用できることを地域住民との共同研究をとおして実証し,捕獲構成比モニタリングを軸とする森林資源マネジメントを構想しました(Projet Coméca 2024)。
また,プロジェクトでは,ブッシュミートからの現金収入を代替しうる非木材森林産品(NTFPs)の利用と流通(Toda & Yasuoka 2020, Shikata-Yasuoka et al. 2023, Toda & Yasuoka 2020),およびそれらの生態学的アベイラビリティについても研究をすすめてきました(Hirai & Yasuoka 2020, Hirai et al. 2023)。カメルーンではNTFPsの生産・販売は森林地域の住民の生計向上のために奨励されているにもかかわらず,狩猟にたいする懸念から,地域住民の森へのアクセスが制限されています。このような背景のなかでNTFPs生産を活性化させるためには,地域住民が森にアクセスすることを保全アクターが容認し,地域住民と保全アクターの信頼関係醸成の基盤となりうる,統合的な資源マネジメントのモデルを構想し,実装する必要があります。。
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このモデルは人々と多種多様な生物が相互にかかわりあいながら変化する動的ランドスケープを想定しており,重層的機能をもつランドスケープのなかで多面的な土地利用をとおして生物多様性を保全する「ランドシェアリング」を志向しています。従来カメルーン(やコンゴ盆地諸国)の保全政策は,人間活動を排除して保護区を確保する「ランドスペアリング」のみに依拠してきました。ところが,それは人々の伝統的な土地利用から乖離しており,各地でコンフリクトを引きおこしてきました。プロジェクトで考案したモデルは,ランドスペアリングからランドシェアリングへの漸進的移行の端緒となりうるものです。
今後は,SATREPSからスピンアウトした(私もコアメンバーとして参画している)総合地球環境学研究所プロジェクト「地域知と科学との対話による公正で持続的な狩猟マネジメント」をとおして,その道筋をより具体的に定めるための実践的研究を推進します。それは,保全当局や関連アクター(CIFOR,WWF,ZSLなど)に上記マネジメントモデルを打ち込んで社会実装をおしすすめながら,保護区・周辺地域における多様な人間アクターと多種多様な生物たちの連関をマルチスピーシーズ歴史生態学をもちいて記述し,同時に,その連関に介入して組み直していく,という方針になります。
さらにその過程をとおして,地域住民がもっている生態学的知識の生産・更新・継承に地域研究者がどのようにかかわりうるかという問題意識のもとで,在来知/科学知という二項対立を乗り越える,新しい在来知の捉え方を提示することをめざしています。端的にいえば,科学知とまったく異なるものとして在来知を神秘化してしまうのではなく,科学知との連続性や接続可能性を念頭におきながら,在来知が生産され,更新され,継承されるプロセスを理解するということです。
その背景には,たとえば地域研究者(およびあらゆるフィールドワーカー)の生産する知識の一部は,在来知といえるのではないのか,すくなくとも在来知と密接に接続しているのではないか,というアイデアがあります。そうして担い手を地域住民に限定するのではないかたちで在来知を再定義することは,在来知/科学知という二項対立を前提とするのではない,多様なアクターによる真の意味での協働のために必須のプロセスであると考えています。
Coming soon.