Notes on Anti-Domus
Notes on Anti-Domus
私たちは飼い慣らし,飼い慣らされて生きている――そのドムスから逃れよ!と,彼らは誘いかける。人間と動植物が集住する空間・ドムス(domus)から逃れつづける狩猟採集民。一つの食物に依存せず,一つの生業に固執せず,多種多様な生物たちとかかわりあいながら森と〈共生成〉しつづける。その〈生き方〉が文化と自然の境界を融かしていく。コンゴ盆地・カメルーンの森でバカ・ピグミーとともにくらしながら彼らの〈生き方〉と森の〈歴史〉を記述した,シリーズ『生態人類学は挑む』最終巻。
▶ まえがき
「アンチ・ドムス」「マルチスピーシーズ歴史生態学」という言葉の由来,および本書の執筆経緯についてコンパクトに説明しています。ISBN: 9784814005079
『アンチ・ドムス』註解
いろいろな方からいただいたコメントをふまえて,本書の議論が不十分であったところについて補足的に論じます。あくまで本書の読者を念頭においた註解ですので,本書で提示した独自の概念や用語については最低限の説明しかしていません。タイトル横に最終改訂日を付しています。
ここから引用する場合には下記を参考にしてください。
安岡宏和(2024)『アンチ・ドムス』註解①二つのアンチ・ドムスの関係と接続.https://sites.google.com/kyoto-u.ac.jp/yasuoka/anti-domus
① 二つのアンチ・ドムスの関係と接続(2024.5.29)
まえがきと序章で述べているように,本書では「アンチ・ドムス」という言葉をダブルミーニングで使っている。ここで補足的に論じたいのは,ダブルミーニングにどのような意図を込めているかである。
一つめのアンチ・ドムス(以下,アンチ・ドムスⅠ)は,ホッダー的ドムスへのアンチである。ホッダー的ドムスとは,ヨーロッパの歴史において,アグリオス(野生/野蛮)に対置されるかたちで物理的かつ概念的に形成されたものである。そのドムスを基底として「文化と自然の二元論」(以下,たんに二元論とも書く)がかたちづくられた。この二元論にもとづくヨーロッパの「民族科学」と,その範疇にある人類学的/民族誌的実践のなかで,狩猟採集民と農耕民のあいだに断絶が見出されてきたことにたいする批判がアンチ・ドムス①である。これはひとまず「研究者の認識」の水準におけるアンチだといえる。
二つめのアンチ・ドムス(以下,アンチ・ドムスⅡ)は,スコット的ドムスへのアンチである。スコット的ドムスとは,人間や動植物・微生物などの集住する空間のことである。スコットは,単一ないし少数の穀物に人々が依存するようになるという,特定の条件をそなえたドムスの展開として国家の起源について論じており,国家から逃れる人々(against the grain, not being governed)に焦点をあてている。それにたいして本書では,もっと萌芽的なドムスから逃れる〈生き方〉に焦点をあてており,それがアンチ・ドムス②である。これはひとまず「人々の実践」の水準におけるアンチだといえる。
このように,アンチ・ドムスⅠは認識の水準,アンチ・ドムスⅡは実践の水準というふうにアンチの対象のズレがあり,さらにいえば,Ⅰの主体は(第一に)研究者=安岡であり,Ⅱの主体は(第一に)人々=バカであるというふうにアンチの主体においてもズレがある。説明を要するのは,これら二つのアンチ・ドムスにあるズレそのものより,そもそもズレのある事柄を同一の言葉で表現する正当性がどこにあるのか,という点だろう。本書のなかではこの点について十全に説明できていなかったので,ここで補足しておきたい。
要点は,アンチ・ドムスⅠは認識の水準,アンチ・ドムスⅡは実践の水準というふうに完全に切り分けられるものではない,という点にある。
⁂
アンチ・ドムスⅠは,本書前半(1章〜4章)におけるバカたちとヤマノイモの関係について記述・分析をとおして獲得した,文化と自然の二元論を相対化するまなざしである。序論で記しているように,本書前半は「狩猟採集民はずっと狩猟採集民だったのか」という問いにかかわる論考である。その問いへのとりくみをとおして得られた結論は,以下の二点である。
すくなくともコンゴ盆地西部において,WYQ(ワイルドヤム・クエスチョン)は反証された。
WYQのフレームをなしている二元論が,バカたちの生活実践の記述にもとづいて相対化された。
これらのうちアンチ・ドムスⅠに直接かかわるのは,第二の点である。序章で述べているように,二元論やヨーロッパの「民族科学」(を唯一の真理にいたる道だとすること)への批判はすでに世界中にあふれている。したがってアンチ・ドムスⅠは,先行研究のレビューにもとづいて本書の前提として設定しておくだけでよく,わざわざ本書の結論(の一つ)として提示する必要はないのではないか,という指摘にも一理ある。本書に二つのアンチ・ドムスが併存するために読者に混乱が生じる余地があるのなら,なおさらである。
しかしながら,私は,二つのアンチ・ドムスを本書に併存させることは必要だと考えている。なぜなら,バカたちの生活実践の記述にもとづく結論として,二元論の外側に出る必然性を確認することが重要だったからである。以下では,理論的観点および実践的観点から,この点について論じる。
当然ながら狩猟採集民研究のパラダイムは,文化と自然の二元論に強く影響されてきた。端的にいえば,1980〜1990年代のカラハリ・ディベート以前には,狩猟採集民は「自然」のなかに配置されており,その諸特徴は進化史的時間軸のなかで解釈されてきた。カラハリ・ディベートは,そのような狩猟採集民を「文化」の側に配置転換して,その諸特徴を世界史的時間軸のなかで再解釈する方向へとパラダイム・シフトを引きおこしたといえる。これを転回①する。本書前半の一つ目の結論であるWYQの反証は,転回①にかかわるものである。
二元論のなかでの配置転換である転回 ①につづいて,本書では二元論の外側に出るというパラダイム・シフトを狙っている。これを転回②とする。WYQの反証は,あくまで転回①における配置転換を逆転ないし相対化するものであり,二元論は維持されている。そのうえで転回②にかかわる論述に移行するのだが,あらかじめ転回②のためにWYQ反証プロセスとは別のところから二元論批判の論拠をもってきておくのだとしたら,WYQの反証に真剣にとりくむことを要請する転回①の意義がぼやけてしまうのである。
このように,いったんは転回①のなかで,すなわち二元論の内部においてWYQの反証をすすめながらも,まさに転回①の論拠となっているバカたちの生活実践のなかに転回②の必然性の契機がみいだされる,という二重のパラダイム・シフトを併行させていくことこそが,本書前半における論述の肝なのである。
つぎに実践的観点における意味である。上述のように二元論にたいする批判はすでにさかんになされている一方,現実には,いまだに強固に普及している。本書の終章第3節で論じたように,カメルーンの保全当局も二元論とそれにもとづく自然科学の影響下にあり,土地のゾーニングというかたちでバカの〈生き方〉に介入しているという現実がある。アンチ・ドムスⅠの対象は,二元論という「認識」のレベルにあるだけでなく,この「現実」でもある。その「現実」(あるいはアクターネットワーク)とは,二元論と表裏一体である科学知にもとづいて,カメルーンの保全行政をとおして構築されおり,バカたちの〈生き方〉を型嵌めしようとしている「現実」である。
その「現実」に抵抗するためには,他の地域でなされた研究にもとづいて二元論を「相対化する」だけでは不十分であり,バカたちの生活実践の記述にもとづいて転回②の「必然性を提示」する必要がある。先に,アンチ・ドムスⅠの主体は(第一に)研究者であると述べた。しかし,バカたちの生活実践の記述にもとづいて転回②を実現しよとする研究者は,バカたちと〈共生成〉した主体になっているといえる。したがって,本書前半の内容は,バカ=安岡が〈共生成〉するプロセスとしても位置づけられるだろう。
このように,WYQの反証とWYQのフレームの相対化を並走させて二つのパラダイム・シフトを一挙に実現しようとする理論的観点,そしてフィールドの人々の〈生き方〉を型嵌めしようとする「現実」への介入可能性の基盤を構築するという実践的観点において,たんに先行研究のなかだけでなく,バカたちの生活実践のなかに二元論の外側に出ることの必然性が見出されたことが重要なのである。これが,本書において,ホッダー的ドムスへのアンチ,すなわち,ある意味ではありふれている二元論への批判的まなざしを,あえて「アンチ・ドムス」として提示する意図である。
⁂
つぎに、アンチ・ドムスⅠとアンチ・ドムスⅡの関係について説明する。はじめに結論を述べておくと,アンチ・ドムスⅠはアンチ・ドムスⅡに包含される,という関係性になる。
上述のように,ひとまず,アンチ・ドムスⅠは認識の水準、アンチ・ドムスⅡは実践の水準にあるといえる。しかし,アンチ・ドムスⅠの対象である文化と自然の二元論は,もとをたどればヨーロッパという特定の地域においてドムスを軸とする生活実践をとおして形成された,ドムスの内側からドムスの内/外を峻別するまなざしである。
つまりアンチ・ドムスⅠは,たんに認識の水準だけにあるのではく,その基盤にあるドムスにおける生活実践にたいして,本書の言葉でいえば,ドムスと人間の基軸ドムス化をとおして〈共生成〉した「ドムス人間」の〈生き方〉にたいしても向けられることになる。「まなざし」と〈生き方〉の関係性についてはさらなる理論的検討が必要だが,それらはかなりの強度で相互に関連しあっていると考えておいてよいだろう。
ところで,本書における〈生き方〉の比較において,基軸ドムス化と対置されるのがアンチ・ドムスⅡであった。このとき念頭においてあるドムスとは,「人間や動植物・微生物などの集住する空間」というスコットの定義であった。いうまでもないことだが,ヨーロッパで形成されたドムス(ホッダー的ドムス)は,スコット的ドムスの特殊な例である。
かくして,ドムスから逃れつづける〈生き方〉の実践としてのアンチ・ドムスⅡは,ドムスの外側からのまなざしを獲得して「ドムス人間」のまなざしを相対化しようとするアンチ・ドムスⅠを包含していることがわかる。
⁂
文化と自然の二元論にまつわる問題群については,多様な学問分野においてさかんに議論されてきた。そのなかで本書の意義をあげるなら,本書前半で記述したバカたちの生活実践に立脚しながら,二元論へのオルタナティブなまなざしとなるアンチ・ドムス①を獲得した点,そして,本書後半で構築した双主体モデルにもとづいて,アンチ・ドムスⅠの立脚点となるバカたちの〈生き方〉を,アンチ・ドムスⅡとして定位した点にある。
こうして本書では「二元論の外側に出る」という転回②を実現するための具体的な方向性を提示した。ここまでの議論からあきらかなように,転回②は,認識の水準における二元論の相対化にとどまるわけにはいかない,という問題意識に根ざしている。つまり,二元論にもとづいて構築されてきた「現実」に介入しながら「現実」を再構築していくための科学的かつ実践的な方法論を練りあげていく必要性にもとづく営みである。
アンチ・ドムスⅠの標的である二元論のもとでカメルーン東南部に構築されている「現実」にたいして,アンチ・ドムスⅡの〈生き方〉をとおして介入していく方向性を提示した本書の終章第3節の議論は,「現実」を組み直していく実践のなかで,二つのアンチ・ドムスが接続する可能性をしめしているのである。
謝辞:この註解は2024年5月23日にASAFASで実施した「アペロ研究会」での議論をもとに作成した。コメントを寄せていただいたみなさまに感謝いたします。
② 双主体モデルの記述単位(2024.5.29)
序章で論じているように,マルチスピーシーズ歴史生態学は,歴史生態学とマルチスピーシーズ民族誌を表裏で貼りあわせるようにして構想したものである。このうちマルチスピーシーズ民族誌にたいしては,「スピーシーズ」という言葉をつかっている時点で「種」を自明のものとしているのではないか,であれば「人間をこえる」といいながらも結局のところ「人間」なる種を前提としているのではないか,といった批判があるようだ。
同様の批判は,マルチスピーシーズ歴史生態学にも向けられるかもしれない。しかし,マルチスピーシーズ歴史生態学にたいする(おそらくマルチスピーシーズ民族誌にたいしても)この批判は的外れである。ここでは,この批判がどうして的外れなのかを説明しておこう。
マルチスピーシーズ歴史生態学がマルチスピシーズ民族誌から引きついだもっとも重要なアイデアは,古典的な社会科学において人間のみによって構成されているとみなされてきた人間社会のなかに非人間のエージェンシーの働きを認めることをとおして,人間社会をマルチスピーシーズの連関として捉え直す,というものである(これはマルチスピシーズ民族誌の源流の一つであるANTから引きつがれたアイデアである)。このときマルチスピーシーズという修飾語は,人間以外の多種多様な生物(やモノ)もアクターとして記述対象とすることの意思表明として,そして,人間(や多種多様な生物)のエージェンシーを,他の存在から自律した揺るぎないものとしてではなく,多種多様な生物(やモノ)と〈共生成〉しうるエージェンシーとして捉え直すことの意思表明として付されている。
このようにマルチスピーシーズ歴史生態学は,エージェンシーの〈共生成〉の水準において,人間や多種多様な生物たちの連関について研究する。エージェンシーの〈共生成〉について考えることと,生物種の生成(種分化や進化)について考えることとは,異なる水準にある。ようするに,生物学的種について生物学者と異なることを主張したいわけではないのである。
したがって,マルチスピーシーズ歴史生態学のなかで生物学的種(具体的な生物種であれ、種概念であれ)について言及するさいには,種にまつわる哲学的議論もふくめて,原則として生物学に準拠していると考えてよい。人間(Homo sapiens)をふくむあらゆる生物種について,生物学者が自明視するのと同程度に自明視するし,生物学者が懐疑するのと同程度に懐疑するだけのことである。ようするに,エージェンシーの水準の議論と生物種の水準の議論を混同してしまうことが,「スピーシーズ」という言葉をつかった時点で「生物種」を自明視しているだとか,「非人間」という言葉をつかった時点で「人間」を自明視しているといった指摘につながってしまうのである。
なお、エージェンシーの〈共生成〉と生物種の生成とは、異なる水準にある現象であると述べたが、それらが接続する地点にアプローチするための概念が〈歴史〉である。註解③を参照のこと。
⁂
では,どうしてそのような混同が生じてしまうのだろうか。それは,書き手と読み手のあいだで,生物名の指示対象がズレやすいからではないかと私は考えている。
まず民族誌を例にとってみよう。フィールドワークをとおしてそれなりに精密に観察できる人間は十人未満か,多くてもせいぜい数十人であろう。とはいえ,あるていど一般化した記述をするときには,いちいち「筆者の観察した〇〇人のバカは〜」とはせず,「バカは〜」と書く。専門家はそのような観察と記述のズレがあることを承知しており,そのズレを調整しながら読む。しかし,慣れない読み手は,その記述が「バカ」という民族全体について漫然と述べていると受けとってしまう……かもしれない。むろん,こんにちでは一般の読み手も民族誌的記述にそうしたズレがあることを承知しているだろうし,本書では念のため「(Z村の)バカたちは〜」とつねに複数形で表記して「バカ」という単数形が含意する一枚岩的な民族表象になることを避ける工夫をしている。ともあれ通常は読者のリテラシーと著者の留意とが適切にバランスしているはずであり,このズレが大きな誤解につながることはない。
ところが,マルチスピーシーズ歴史生態学では,通常の民族誌とは異なり,人間にくわえて多種多様な生物の種名が登場するために,生物種名について,著者の留意と読者のリテラシーのバランスが崩れやすいのだと思われる。
マルチスピーシーズ歴史生態学の核にある双主体モデルは「マルチスピーシーズの連関のなかにある二者」に焦点をあてながら,原理的にはその双方が主体でありうる想定のもとで,ドメスティケーション/ドムス化のプロセスを記述・分析するモデルである。ただし,それはマルチスピーシーズの連関をとおして〈共生成〉している人間と多種多様な生物たちの絡まりあいを動的かつ双方的に記述するためのモデルであり,ドメスティケーション/ドムス化はその一つのパターンにすぎない。とはいえ,本書の焦点はドメスティケーション/ドムス化にあることは事実であり,この点こそが,書き手と読み手において生物名の指示対象にズレが生じる要因になりうる。
たとえば「イヌ」という語は,イヌという生物種一般を指したり,イヌという種名のラベルを貼られた個体を指したりする。ドメスティケートの対象として動植物の種名を記すときには,漫然とその種一般を指すことが多いだろう。「イヌを家畜化した」という記述において「イヌ」という語は種一般を意味する。
それにたいして,双主体モデルの記述対象は絡まりあっているアクターであり,そこで種名が指示するのは,その種名のラベルを貼られた特定の個体ないし個体群であって,その種一般ではない。双主体モデルの記述において「イヌ」と書いてあるとき,それは「個々のイヌ」のことを述べている。あるいは「個々のイヌ」の観察を積みあげて把握された「一群のイヌたち」について述べている。
双主体モデルによるもっとも細かい記述の単位は,個体(や個物)である。しかしながら,記述の煩雑さや読み手の認知的負荷の観点から,それを徹底することには限界がありそうだ。現実的には,個体レベルの観察を積みあげていくことをとおして把握される「実効的な個体群」が記述の単位になるだろう。たとえば基軸ドムス化のプロセスをじっさいに記述するとき,かなりのていど〈生き方〉を共有する人間集団が,かなりのていど〈生き方〉を共有している生物集団と相互依存関係を深めていく,というプロセスを記述することになるだろう。
問題は,双主体モデルは新しいモデルであるがゆえに,記述対象が個体ないし諸個体であることをあらかじめ知っている読み手は,いまのところほとんどいないことである。双主体モデルに準拠した模式図のなかで,書き手が特定の個体のつもりで「イヌ」と書いていても,読み手がイヌという種一般について論じていると誤認する可能性はある。しかも,種名によって種一般を指示することの多いドメスティケーション/ドムス化にかかわる文脈のなかでは,読み手が誤認する可能性はかなり大きくなるだろう。
本書6章の図6-2では,双主体モデルにもとづいてアンチ・ドムスと基軸ドムス化を対比的に図示している。キャプションには「ここでは「種」のあいだの関係のように描いているが,じっさいには個体(群)どうし,あるいはアクターどうしの関係である」と記している。とはいえ,よほど意識的に精読している読み手でないかぎり,種一般どうしの関係について比較していると誤解する可能性がある。
いずれにせよ,この誤認は,双主体モデルのもとで記述・分析した〈共生成〉の含意を正確に引きだすうえで致命的な障害になる。自戒をこめていえば,マルチスピーシーズ歴史生態学の書き手は,この誤認を避けるよう最大限の配慮をする必要があるだろう。
⁂
以上をふまえ,「バカとDioscorea praehensilisの相互依存関係が構築された」という本書にありそうで,じっさいにはない記述を例にとって,上述のような誤認に由来する問題について検討しておこう。
まず,著者の意図するところを述べておく。本書に登場する「バカ」という民族名の指示対象は,ほとんどつねに「Z村のバカたち」である。Dioscorea praehensilisという種名の指示対象は,Z村のバカたちが関係しているところの,Dioscorea praehensilisという種名ラベルを貼られた諸個体である。ただ,バカとくらべてDioscorea praehensilisの実効的な個体群を把握することはむずかしい。各パッチに生えている個々のクラスターになるか,Z村のバカたちとの関係しうる範囲に分布し,かつ遺伝子プールをあるていど共有しているクラスター群になるかは,個体レベルからの観察を積みあげていくことをとおして,事後的に確認されることである。
一方,先の記述が「バカという民族一般」と「Dioscorea praehensilisという種一般」との関係として誤認される可能性があることは,すでに述べたとおりである。とくに問題になるのは,そのように誤認されることで,じっさいにはアンチ・ドムスの〈生き方〉をしているにもかかわらず,基軸ドムス化が進行していると考えられてしまう場合である。
たとえば,以下のような関係を考えてみよう。ある地域全体(コンゴ盆地西部といったスケール感)で多数のバカ集団が遊動生活をしており,そこに多数のDioscorea praehensilisのクラスターが分布しているとする。そのときバカの食物としてDioscorea praehensilisがもっとも重要であり,同時にDioscorea praehensilisの分布形成にバカの利用が影響してきたとする。その場合,その地域に分布しているバカ全体とDioscorea praehensilis全体とのあいだに相互依存関係が形成されている,と書くことはできるかもしれない。
しかしながら,この意味での相互依存関係は,双主体モデルにおいて把握される基軸ドムス化ではない。なぜなら基軸ドムス化の進行は,実効的な個体群どうしの関係においてこそ生じるからである。ある地域の種全体どうしが相互依存しているように見えたとしても,遊動生活をしている特定のバカ集団に着目すると,そのつど異なるDioscorea praehensilisのクラスターを利用している,ということはじゅうぶんにありうる。そして,それが他の生物にたいしてもそうであるなら,そのバカ集団はアンチ・ドムスの〈生き方〉をしていることになる。
理屈のうえでは,個体群レベルでランダムに出会ったり離れたりしていたとしても,バカ集団全部とDioscorea praehensilisのクラスター全部との関係が定常状態に達しており,事実上,全体どうしの相互依存関係が構築されているとみなせることも,ありえなくはない。しかし,それは個体レベルから個体群レベルにおける記述を積みあげていくことによって確認されるべきことであるし,かりにそうだとすれば,マクロなレベルで定常状態に達する以前に個体群どうしの関係が構築されるのが通常であるように思われる。
このように,個体群どうしについての記述と種一般どうしの記述とを混同してしまうと,じっさいにはアンチ・ドムスの〈生き方〉をしている人々を,基軸ドムス化の〈生き方〉をしていると誤認する可能性がある。これは記述単位を任意に設定することで認識が変わるだけ,という相対的な差異ではなく,明確な誤認である。なぜなら,個体どうし,個体群どうしの具体的な関係についての記述を積みあげていくことなしに〈生き方〉を理解することはできないからである。
⁂
双主体モデルの記述単位は,原理的には個体であり,それを積みあげていくことで適切なサイズの個体群に落ち着くだろう。したがって〈生き方〉や〈共生成〉という概念を,ある生物種全体にいっぺんに適用することはできない。基軸ドムス化の〈生き方〉は,種全体と種全体との抽象的な相互依存関係の水準ではなく,個体と個体との,あるいは個体群と個体群との,具体的な相互依存関係がポジティブ・フィードバックしながら累進していくプロセスとして記述されねばならない。
なお,現実のDioscorea praehensilisとバカにおいては,個体群どうしのレベルでの相互依存は発達してこなかったと考えられる。ある地域におけるバカの集団数とDioscorea praehensilisのクラスター数をくらべると,通常は後者のほうがずっと多く,Dioscorea praehensilisのクラスター群のなかには,バカの関与を強く受けているものから,ほとんど関与がないものまで多様なクラスターが含まれる。そのうちもっとも強くバカの関与を受けているクラスターにおいても,個体の移動とパッチ形成にかかわる関与がなされるだけにとどまっている。
本書後半で論じたのは,まさにこの点である。すなわち,個体群どうしのレベルにおいて,Dioscorea praehensilisとバカの相互依存関係が形成されなかったのはなぜか,つまり両者のあいだで基軸ドムス化が進行しなかったのはなぜか,という問いである。
謝辞:この註解は第29回生態人類学会研究大会および2024年5月23日にASAFASで実施した「アペロ研究会」での議論をもとに作成した。コメントを寄せていただいたみなさまに感謝いたします。
③ 未然の進化/未然の歴史としての〈歴史〉(2024.7.21)
本書における〈歴史〉という概念装置が意味するものは何であるかは,マルチスピーシーズ歴史生態学が記述しようとしていることを理解するうえで重要である。〈歴史〉は,通常の意味での歴史と関連しつつも異なる概念であるが,両者の連続性と差異について本書ではじゅうぶんに議論できていなかったので,ここで補足しておきたい。
はじめに(無印の)歴史生態学における「歴史」について述べておこう。歴史生態学の「歴史」は形容詞(英語だとhistorical)であって,名詞(history)ではない。つまり歴史生態学は,生態学的なまなざしを導入した歴史記述(つまり環境史)をするではなく,歴史のまなざしを導入した生態学的記述をする学問である。
「歴史のまなざし」とは何か。それは序章で述べているように,変化の動因として人間のエージェンシーの働きに注目することだといえる。もうすこし具体的にいえば,人間が不可視化されたうえで平衡状態にあると想定されてきた「エコシステム」のなかに,人間のエージェンシーの働きを見出すことによって,ダイナミックに変化する「歴史生態ランドスケープ」として捉え直すということである。歴史生態学における「歴史」という修飾語は,このまなざしのもとで生態学的記述をおこなうという意思表明をあらわしている。
⁂
このように歴史学的な意味での歴史記述は本書の守備範囲の外にあるのだが,マルチスピーシーズ歴史生態学は通常の歴史についてまったく無関心であるというわけでもない。マルチスピーシーズ歴史生態学の記述する〈歴史〉は,歴史生態学における「歴史のまなざし」を人間以外の生物たちに拡張したものである。つまり,人間以外の生物たちにも「歴史生態ランドスケープ」を変化させていくエージェンシーを見出すということである。
本書の序章でアナ・チンの議論を参照しながら論じているように,〈歴史〉とは異種生物どうしの偶然の出会いの積み重ねをとおした共生関係の構築プロセスであり,まずもって「進化」との対比を念頭において規定される。ざっくりいえば,生物進化は,食う食われる関係としての異種間関係と,再生産にかかわる同種内関係という2つの独立したシステムの並置のもとでフレーミングされてきた。そのなかで,異種生物どうしの共生関係は,興味深い例外として位置づけられるにすぎなかった。
しかし世界は異種生物どうしの共生関係であふれているではないか,というのがチンの着想である。概してその共生関係は,あらかじめゲノム的にプログラムされているのではなく,個体発生の途上ないし個体発生後の偶然の出会いによって構築される。そのような異種生物どうしの偶然の出会いが多種多様な生物のあり様をかたちづくってきたのだとすれば,その共生関係がどのように構築されてきたかという〈歴史〉のなかにこそ,生物進化の動因を見出すことができるはずであり,それは(食う食われる関係と単独種内の再生産に焦点をあててきた)これまでの生物進化にかんする研究が見逃してきたことではないか。これがマルチスピーシーズ歴史生態学における〈歴史〉の着想である。
むろん〈歴史〉に着目するからといって,通常の意味での生物進化を否定するわけではない。むしろ両者は連続的であり,〈歴史〉を記述することは,ゲノム的に明白な変化が生じる以前の「未然の進化」を記述することだといえる。〈歴史〉の記述のなかに,遺伝的な隔離につながって亜種や新種の形成の要因となった出来事として後に認識される記述があったとき,それが結果的に進化の記述になるということだ。
⁂
マルチスピーシーズ歴史生態学では,異種生物どうしの共生関係の〈歴史〉を記述することが第一の目的である。とはいえ,本書終章で論じているように,〈歴史〉を記述するための双主体モデルは人間どうしの関係にも適用できるし,じっさい記述対象になる共生関係には人間をふくむことが多いはずなので,この〈歴史〉が通常の意味での歴史とどのように異なっており,どのように接続するのかを整理しておくことは重要であろう。
まず確認しておくと,歴史とは,過去に生じた事象の網羅的な記述ではない。特定の人々にとって,現在にいたるうえで有意味であり,不可逆的な変化を生じさせてきたと認識される出来事の積み重ねが,歴史である。それは,現在にいたる時間軸のなかに(特定の人々にとって)必然であったかのように配置された出来事の系列であって,「偶然の出会いの積み重ね」が強調されるマルチスピーシーズ歴史生態学における〈歴史〉とは,ある意味では正反対だといえる。
しかしながら,この差異は本質的なものではなく,記述者と出来事との時間的な関係のちがいによるものであり,それゆえ両者は接続可能である。通常の歴史は「現在」にとって有意味な「過去」の出来事についての記述である。それにたいして〈歴史〉は「未来」において有意味になるかもしれない「現在」の出来事の記述である。「現在」においては偶然にもとづく〈歴史〉であっても,「未来」において必然であったと認識されるのであれば,それは歴史になる。
通常の歴史記述にある出来事は記述者が直接観察したものではないが,〈歴史〉として記述される出来事はフィールドワークのなかで記述者が直接観察したものである。その〈歴史〉の記述のなかに後の人々にとって「不可逆的な変化を生じさせた」と認識される出来事の記述があったとき,それが結果的に歴史の記述になる。つまり〈歴史〉を記述することは「未然の歴史」を記述することだといえる。
⁂
ようするに〈歴史〉とは「未然の進化」であり「未然の歴史」である。逆にいえば,進化と歴史はともに,その根っこに〈歴史〉を共有していることになる。このような視座をえることが重要なのは,しばしば,生物の進化と人間の歴史はそれぞれまったく次元の異なるプロセスであり,両者は交わることがないと指摘されてきたからである。そのような見方は,いうまでもなく,文化と自然の二元論にもとづいている。
註解①で述べたように,狩猟採集民研究のパラダイムは,この二元論に強く影響されてきた。1980〜1990年代のカラハリ・ディベート以前には,狩猟採集民は「自然」のなかに配置されており,その諸特徴はもっぱら進化史的時間軸のなかで解釈された。カラハリ・ディベートは,狩猟採集民を「文化」の側に配置転換して,その諸特徴を世界史的時間軸のなかで再解釈する方向へとパラダイム・シフトを引きおこした。
本書では,この二元論の外側に出るというパラダイム・シフトを狙っている。生物の進化と人間の歴史が交わる地点にアプローチすること,あるいは,それらの接点をつくりだすことは,このパラダイム・シフトを実現するうえで鍵となる。そのための概念装置が,未然の進化/未然の歴史としての〈歴史〉なのである。
謝辞:この註解は第29回生態人類学会研究大会および2024年5月23日にASAFASで実施した「アペロ研究会」での議論をもとに作成した。コメントを寄せていただいたみなさまに感謝いたします。
本稿と類似の論考を下記のとおり公刊しました。
安岡宏和. 2025. 進化から〈歴史〉へ:マルチスピーシーズ歴史生態学の構想『生態人類学会ニュースレター』30: 150–154. https://ecoanth.main.jp/nl/30.pdf
④〈生き方〉の分裂生成(coming soon)
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