中性子生命科学連携研究会Kick off  (2024/2/10更新)

 

中性子は生命科学の探求に可能性があると思いませんか?私はそれを信じています。特に生体高分子に必須の原子である水素に対して、中性子がプローブとして持つ特性、他の原子と同等の散乱能・軽水素―重水素間の大きな同位体効果・軽水素の持つ桁外れに大きな非干渉性散乱断面積等々は、中性子だからこその生体高分子の構造・ダイナミクスの世界を我々に見せてくれます。一方で、中性子が生命科学の分野で十二分に使われているかと言えば、答えは残念ながら「否」です。知る人ぞ知るテクニックと言う位置かもしれません。生命科学その中でも中性子と親和性が高い構造生物学において使われる手法は、X線結晶構造解析・NMR・クライオ電顕そして計算機シミュレーション、最近ではAF2による構造予測と多岐にわたり、中性子の活躍できる余地は狭かったと思えます。しかしながら、研究進歩は解明すべき対象をより精密な構造・より複雑な構造へと移行させ、一つの研究手法では解決できなくなり、多くの人の間で「統合構造生物学」の必要性が認識されるようになりました。つまり、今まさに中性子はその特性を生かして、統合構造生物学の必須のピースになる時が来たのです。

翻って、我々中性子側の準備状況はどうでしょうか?これまで、中性子は装置科学である側面によって、各装置と対応する学術分野が強く結びつき進歩してきました。そのこと自体は歴史的には否定するものではありませんが、先に述べたようにこれからは「統合構造生物学」を志向する場合、互いに技術・学術の情報交換を行う事で、中性子生命科学としてより一層の進展ができるのではないでしょうか?例えば、結晶構造解析も溶液散乱も重水素化試料を用いる効果は大です。試料重水素化の協働は重要ではないでしょうか?パルス源・原子炉における測定手法の特徴を踏まえた補完関係の構築は新たな学術の開拓に繋がるのではないでしょうか?モノクロメータ検出器や周辺装置など装置開発のノウハウはどうでしょう?生命科学に視点で見ると面白いアイデアが浮かんでくる気がしています。更に、解析はどうでしょう?量子化学計算・分子動力学シミュレーション・AI構造予測・インフォマティクス枚挙いとまがありません。

我々がこれまでここに培ってきた技術を縦糸・横糸として新たな中性子生命科学と言う布を織りなし、更に中性子以外の手法と連携することで、より大きな生命科学・薬学・医学と言うの衣装を縫い上げることを目指して、この研究会を始めたいと思っています。皆様の御協力を是非お願い申し上げます。

 

京都大学複合原子力科学研究所

量子ビーム生体高分子統合研究センター 

 

杉山正明