本研究会の目的:

  生体を構成する主要成分であるタンパク質がどのような構造を有し,どのように運動し,更にどのように機能を発現するかを解明するのが構造生物学であり、分子論的な視点での生命現象の理解へと繋がっている。現在の構造生物学において、単一の分子のみならず複数の分子が関与する多粒子系のシステムを対象とし、空間サイズでサブナノからマイクロメートル、時間領域でフェムト秒からマイクロ秒までにわたる広い時空間での構造・ダイナミクスの解明が求められている。つまり、単一の測定手法のみでは上述した要件を満たすことは不可能であり、X線結晶構造解析、クライオ電子顕微鏡、NMR、分析超遠心、X線小角散乱、計算機シミュレーションと言った多様な測定及び解析手法の組み合わせによる統合構造生物学が主流となってきている。このような統合構造生物学の潮流の中で、

中性子測定は

1. 同位体識別能 (特に重水素と軽水素においてその効果は顕著である) が高い、

2. 水素原子を観測しやすい、

3.ダイナミクスを観測しやすい、

4. サンプルへの損傷が皆無である、

等の利点を有し、他の手法では得られない有用な情報を与える手法である。しかしながら、中性子の強度不足、試料の調製技術及び解析手法が十分に確立していない等の要因により、実質的には上記の要望を充足できない状況が長らく続いてきた。しかしながら、近年の中性子源及び分光器の進展は目覚ましく上述した強度に関する問題は解決しつつある。特に、J-PARC/MLFの非常に高品質かつ高強度の中性子源及びそこに設置されている世界最高性能の装置群 (小角散乱装置、結晶回折装置、非弾性散乱装置)により、目覚ましい成果が報告されつつある。加えて、試料調製技術に関しても試料重水素化及び大型結晶化の技術の開発・改良により中性子測定に適した試料調製も可能になりつつあり、更に、解析技術についても分子動力学計算や量子化学計算等の計算機シミュレーションと組み合わせた解析手法開発の取り組みも始まっている。したがって、漸く中性子が統合構造生物学の重要な地位を占めるのに相応しい研究環境が整いつつある。 そのような状況にも関わらず、現時点での我が国における中性子構造生物学は、個々の研究グループが独立して研究を進めており、今後より一層の本分野の発展を図るためには、試料調製技術・測定技術・解析技術などの情報共有や共同研究を含めた有機的な連携体制の構築が必要不可欠である。そこで、国内の中性子構造生物学研究を進めている研究者が一同に介しそれぞれの専門技術・手法 (溶液散乱、結晶構造解析、試料調製技術、計算機解析)からこれまでにどのような成果が得られたかを積極的に情報共有し、更にそれぞれの手法の利点・問題点を深く議論する機会を提供することを目的として本研究会を開催する。

               

                     発起人:杉山正明、玉田太郎、平野優、井上倫太郎