学会参戦記 #1 濵渦康範先生【後編】

学会参戦記

ICPH2019 - The 9th International Conference on Polyphenols and Health

信州大学農学部 准教授 濵渦康範

【後編】

前編より続く)

シンポジウムは15のカテゴリに分けて行われた。個人的には,エピカテキンやプロアントシアニジンなどのフラバン-3-オールの摂取による抗糖尿病効果についての,インシュリン感受性増加機構の側面(Oteiza博士,芦田博士,Fraga博士他)ならびにAkkermansiaなど有用腸内微生物への影響(庄司博士,Desjardin博士)や,心血管疾患への代謝物の影響(Heiss博士他)などが興味深かった。最終日のシンポジウム15はICoff2019のプレシンポジウムを兼ねた企画であり,聴衆も増えて活気がさらに増した。最初の講演はFogliano博士(オランダ)による,消化過程におけるポリフェノールの動向に関するものであり,食品マトリクスと化学的に結合あるいは物理的に囲い込まれて利用性が低いポリフェノールを,加工調理でどのように開放させ,消化過程で有効に機能させるかという内容であった。その終盤で述べられた「有用な腸内微生物を増やすために効果的な食品加工のデザインが重要」というような結論に対し,質疑応答時間の中で「私の考えはあなたと全く逆だ」と根拠とともに熱弁をふるって反論した女性がおり,座長が「ディベートの時間はないので・・・」と仲裁し,会場が笑いにつつまれるシーンもあった。

ポスター発表は1つの会場で8つのカテゴリに分けて行われ,筆者は「Polyphenols in Foods and Drinks」のカテゴリで,「柿とマルメロの非抽出性ポリフェノールの加工による増加と胆汁酸吸着能の向上」をテーマとしたポスターを掲示した。お隣がポルトガルからの院生でマルメロの加工利用をテーマにしていたことから材料をネタに交流できた。また何人かに分析方法を中心に説明を求められ,一般には非抽出性ポリフェノールの認識もまだ不十分と感じたが,意義を説明すれば納得したようである。

掲示ポスターの中に,腸内細菌によるルチンからのフェノール酸代謝物の生成に,イヌリン(食物繊維)の共存がいかに影響を及ぼすかという研究があった(Edwards博士)。この研究において,イヌリンは腸内微生物によるポリフェノール代謝に影響を及ぼすがその効果は個人によって全く異なり,多くのフェノール酸代謝物が生じる人から全く生成がみとめられない人まで様々であることが示されていた。理由は現在検証中であるが,おそらく腸内細菌叢が異なるのであろうということであった。

ポスター発表会場
自分とお隣のポスター

以上を振りかえると,今回のICPH参加で改めて強く感じたことは,ポリフェノール含有食品の摂取が万人に対しいかなる場合でも健康有益性があるというように一般化できることはまずないだろうということである。ポリフェノール摂取後の代謝運命(ADME)に関わる生体の能力(遺伝的要因)に加えて腸内細菌叢の個人差が非常に大きく,曝露される代謝物の種類と量,および影響を受ける腸内細菌も大きく異なるため,健康に関わる基本的な部分が各人各様となるからである。さらには共存する食物繊維などの食品成分もポリフェノールの生体利用性と腸内微生物の生育に影響を及ぼす。このようなことから,もはや食材中のポリフェノール含量といった情報は何の意味も持たないのではないかという気がする。まさに,それを食べたときその人に何が起こるかを,食材とその人個人の(腸内菌叢も含めた)生体情報に関するビッグデータを突き合わせて予測する世界となりつつある。

文責:濵渦康範

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