ガラス転移の謎:大きな構造変化が見られないのに、運動が劇的に遅くなる。
動的不均一性:遅い領域と速い領域が共存する。その特徴的サイズは、ガラス転移点に向かって成長する。
乱雑系に潜む協同性は,マクロなダイナミクスを決めるか?
ガラスは、窓や瓶のような身近な日用品から、光ファイバーや巨大宇宙望遠鏡に使われる先端材料まで、私たちの暮らしと科学技術を支える重要な材料です。さらに興味深いことに、地球表面をつくる物質の多くも、広い意味でガラスに関係する物質だと考えられています。ガラスは、原料となる物質を高温で溶かして液体にし、それを急冷することで作られます。ふつう物質は冷えると規則正しく並んだ結晶になりますが、ガラスは結晶にならず、液体の乱れた構造を保ったまま固体のように硬くなります。実はこの「ガラス化」という現象は、数千年にわたって利用されてきたにもかかわらず、その仕組みには今なお多くの謎が残されています。見た目には液体とほとんど変わらないのに、なぜ急に固体のような硬さが現れるのか。そこにガラス研究の大きな魅力があります。
ガラス物理の分野で、この30年のあいだに特に注目されてきた発見の一つが、「動的不均一性」と呼ばれる現象です。ガラス化そのものは見た目の変化が乏しい現象ですが、その背後では、動きやすい部分と動きにくい部分が空間的・時間的に不均一に現れることが分かってきました。これは、ガラス化を理解するうえで非常に重要な手がかりであり、理論やモデルを考えるうえでの羅針盤ともいえる存在です。私たちの研究室では、この動的不均一性とガラス転移の関係に注目し、とくに「時空階層性」という観点から研究を進めています。分子動力学シミュレーションを用いることで、実験では直接見ることが難しい原子・分子レベルの運動を詳しく追跡し、ガラス化の本質に迫ろうとしています。
平均構造の歪みによるわずかな“詰まり”具合の変化がガラスの流れやすさを激変させる。
高分子を含むソフトマターの非線形レオロジーでは、一般に、流れが構造緩和よりも十分速くなると移流が支配的となり、シアシニングと呼ばれる粘性の低下(緩和の加速)が現れます。とくに粒子系では、その条件は、移流が平衡緩和を上回る領域(Pe > 1;Peはペクレ数)であると理解されてきました。ところが、高分子ガラスや金属ガラスをはじめとするほとんどすべてのガラス系では、構造緩和よりも数桁遅い流れ、すなわち本来は線形応答に近いはずの領域(Pe ≪ 1)においても、すでに顕著な粘性低下が生じます。その一方で、このとき、せん断誘起相分離のような大きな空間不均一は現れません。これは、「Pe ~ 1 がシアシニングの閾値である」というレオロジーの常識の再考を迫るものですが、この問題意識はこれまで十分に共有されてきませんでした。近年、遅いせん断流下では、有効体積分率が O(Pe) ≪ 1 の範囲で変化しうること、さらに、ガラス系ではそのごく小さな変化であっても緩和時間が有意に変化しうることに基づき、この異常レオロジーの起源を定量的に説明しました。今後は、その物理的基礎を確立するとともに、不均一流動(シアバンド)やガラスの破壊の問題にまで研究の対象を広げていきたいと考えています。
微生物は「泳ぐ」だけでなく、流れと秩序を生み、流体の流れやすさも変える。
お風呂の桶にたくさんのピンポン玉を浮かべ、そのうちの一つを動かすと、周囲の水に流れが生じます。すると、その流れに乗って周りのピンポン玉も動き始めます。このように、ある物体の運動が周囲の流体を通じて別の物体の運動に影響を及ぼす現象が、流体力学的相互作用です。ソフトマターと呼ばれる物質の多くは、流体を内部に含んでいたり、流体中に分散して存在したりしています。そのため、それぞれの要素の運動は常に周囲の流体を動かし、流体を介した相互作用を生み出します。この相互作用は、粒子の集まり方や構造形成、さらには全体としての運動や応答を決めるうえで、きわめて重要な役割を果たします。
とくに、流体中に分散して存在する微生物系では、流体力学的相互作用が輸送現象やレオロジー特性を理解するうえで重要な鍵になると考えられています。微生物は、自らエネルギーを消費して運動する「アクティブな」存在であり、その運動は必ず周囲の流体をかき動かします。こうして生じる流れは、個々の微生物の運動だけでなく、微生物どうしの相互作用や集団運動にも強い影響を与えます。実際、微生物系では、秩序だった集団運動や異常な輸送現象など、興味深く複雑な振る舞いが数多く観測されています。その背後には流体効果が深く関わっていると考えられますが、その仕組みはまだ十分には明らかになっていません。そこで本研究では、微生物の泳動メカニズムの基本的特徴を備えたミニマルモデルに注目し、系統的な数値実験を通じて、流体力学的相互作用がもたらす未知の効果を探索しています。こうした研究を通して、微生物の集団運動の理解を深めるとともに、アクティブマター全般に共通する普遍的な物理法則の解明を目指しています。