研究内容

複雑な海洋天然物の全合成および構造決定からケミカルバイオロジーや天然物創薬への展開

渦鞭毛藻やシアノバクテリア由来のマクロリド天然物(12員環以上の大環状ラクトン骨格をもつ化合物の総称)を始め、海洋生物が生産する天然物には、ヒトがん細胞に対して顕著な毒性や増殖阻害活性を示す化合物が数多く知られています。このため、細胞の増殖や分化に関わるシグナル伝達系の解析・制御を目的としたプローブ分子としての役割が期待されているほか、新しい抗悪性腫瘍薬のシード化合物としても強い興味が持たれています。一方、海洋天然物は自然界に微量しか存在しないため、その生物機能を詳らかにするには有機合成化学による化合物供給が重要な役割を果たします。

私たちのグループは、医薬品のシードやケミカルバイオロジーのプローブとして興味が持たれる海洋天然物をおもなターゲットとし、その効率的な全合成法を開発しています。複雑な化合物を合成することじたいに価値があった20世紀までとは異なり、現在ではどんなに複雑な化合物でも時間と労力をかければ合成できると言われており、有機合成化学にはかつてないほどの効率性・経済性が求められています。私たちは独自に見出した有機化学反応を基軸に斬新な合成手法を開発し、より効率的かつスケーラブルな全合成を実現することを目標としています。

また、全合成と同時に天然物の絶対配置決定や立体配座解析も行い、化合物がどのような三次元構造を有するか明らかにします。さらに、天然物に構造改変を施したアナログを合成し、活性発現に必要な構造要素の解明(構造活性相関研究)や、蛍光標識プローブ分子の開発へと研究を展開することで、化学と生物学の融合領域であるケミカルバイオロジーや天然物創薬へ貢献することを目指しています。

私たちのグループで全合成を達成した天然物。いくつかの化合物については構造式の修正・改訂を報告した。

 タンデム反応やワンポット反応による複雑な天然物の効率的合成法の開発

成熟しつつある現代の有機合成化学には、効率的で環境負荷の少ない反応や合成法の開発が求められています。タンデム反応やワンポット反応と呼ばれる、一つの反応容器中で複数の反応が連続的に進行するプロセスは、簡単な原料から複雑な化合物を一挙に構築でき、多段階合成を大幅に効率化するポテンシャルがあります。私たちのグループでは、原子効率の高い(無駄な共生成物が生じない)触媒反応を組み合わせたタンデム型のプロセスを設計し、数多の天然物に含まれる構造モチーフである、1,2-および1,3-ジオールや環状エーテル、環状アミン、マクロなどの合成を効率化する、新しい合成法の開発を行っています。また、全合成研究において積極的にワンポット反応を活用し、合成の効率化を図っています。

タンデム反応によるマクロラクトンの立体選択的合成法 

テトラヒドロピラン環を含むマクロラクトンは抗腫瘍性海洋マクロリド天然物によく見られる構造モチーフで、その効率的な合成法の開発は、希少な天然物およびその人工類縁体を化学合成により供給するために不可欠です。私たちはマクロ環とピラン環を連続的に閉じることができれば、環構造を構築するにあたり必要な官能基変換を省略することができ、従来よりも非常に効率的にピラン環を含むマクロラクトンを合成できると考えました(macrocyclization/transannular pyran cyclization strategy)。この全く新しい合成法は、三種類の遷移金属触媒反応を集積化することで実現しました。さらに本合成法を応用して、以下のがん性海洋マクロリドの短工程全合成に成功しました:

*タンデム反応によるポリオール系の立体選択的合成法

1,2-および1,3-ジオール系を含む天然物は数え切れないほど存在し、その合成法はいくつかの総説として報告されています。私たちの過去の研究から、ブレンステッド酸存在下で分子内oxa-Michael付加が容易に進行することが明らかとなっていました(Fuwa et al., J Org Chem 2012, 77, 2588)。この知見をもとに、簡単なホモアリルアルコールを出発物質とし、オレフィン交差メタセシス反応でMichaelアクセプターを導入した後、適切なアルデヒドとブレンステッド酸(またはルイス酸)が反応すれば、ヘミアセタール化と分子内oxa-Michael付加が連続的に進行すると考えて設計した合成法です。従来の類例と比較して、本合成法は容易に入手できる試薬で簡単に実施できる点で優れており、また生成物に含まれるアセタールは比較的容易に脱保護あるいは還元開裂できる点も特徴であるため、複雑な化合物の合成への応用が期待されます(Murata et al., Org Lett 2019, 21, 3730; Chem Asian J 2020, 15, 807)。

タンデム反応によるジオール合成法を応用してHMG-CoA阻害薬atorvastatin calciumの7工程不斉合成を達成した(Murata et al., Bull Chem Soc Jpn 2021, 94, 2028)。

*タンデム反応によるピロリジンやスピロ環状ピロリジンの立体選択的合成法とアルカロイド全合成への応用

アミノ酸の一つであるプロリンにも含まれるピロリジン環は、アルカロイド系天然物や医薬品に多く存在する骨格構造で、その簡便かつ立体選択的な構築法は有機合成化学で長年に渡って研究が続けられています。私たちのグループは、ルテニウム錯体を用いるアルキンのヒドロアミノ化とスピロ環状ヘミアミナールエーテル合成について報告(Nishimura et al., J Org Chem 2021, 86, 6674)しましたが、その研究を発展させ、金錯体とブレンステッド酸を触媒とし、アルキンから種々のピロリジン誘導体やスピロ環状ピロリジン誘導体を合成する方法を開発しました。さらに本合成法を応用し、以下のアルカロイド天然物の全合成を達成しました:

 有機合成化学と分光学的手法、計算化学的手法の融合による複雑な天然物の全立体配置決定

化合物の機能は構造により規定されているため、化合物の三次元構造を正しく決定することは、その機能を追求するためにも不可欠です。有機化合物の構造決定法としては核磁気共鳴(NMR)分光法が広く用いられていますが、著しく発展した現在のNMR構造解析によってもなお、複雑な天然物の構造決定、特に立体配置の決定は容易ではありません。当研究室では有機合成化学と分光学、計算化学による複雑な天然物の構造決定とその方法論の開発を行っています

計算化学は理論化学研究室(森寛敏教授)との共同研究です

Amphirionin-2は海洋渦鞭毛藻Amphidinium属から高知大学の津田教授らにより単離されたポリケチド系天然物で、2つのテトラヒドロフラン環が縮環したヘキサヒドロフロ[3,2-b]フラン骨格が共役ジエンを介して2つ連結した特徴的な構造を持ちます。それゆえに本天然物の全立体配置はNMR解析では決定できていませんでした。当研究室ではヒドロキシオレフィンの向山型環化によりamphirionin-2のすべてのエーテル環を形成し、Stille型反応で共役ジエン部を構築するモジュラー型の全合成法を開発しました。これにより本天然物の2種類の可能な立体異性体を合成しましたが、いずれも天然物とはNMRが一致しませんでした。合成品と天然標品のNMRスペクトルデータを比較したところ5位と7位の相対配置の帰属に再検討の必要性があることが示唆されたので、7位および7位を起点として帰属された9,10,12位の立体配置を逆にした2種類の立体異性体を合成し、そのうちの1つが天然物とNMRデータおよびキラルHPLC分析で一致することを確認しました。さらに比旋光度と円二色性スペクトルデータの比較により、amphirionin-2の全立体配置を決定することに成功しました(Kato et al., Chem Sci 2021, 12, 872)。本研究は極めて高い評価でChemical Science誌に掲載され、ChemSciPickおよびChemical Science HOT Article Collectionに選定されたほか、表紙を飾りました。

Iriomoteolide-2aは西表島沿岸の海底砂泥に生息する渦鞭毛藻Amphidinium属から単離された23員環マクロリドです。本天然物の平面構造は各種二次元NMR解析により決められ、ROESY相関やJBCA法による立体配座解析、天然標品の分解実験、キラル異方性試薬の適用等を駆使して絶対配置が帰属されました。本天然物は数種の培養ヒトがん細胞に対し強い増殖阻害活性を示すことからも興味の持たれる化合物です。当研究室は、鈴木ー宮浦反応とエステル縮合によるフラグメントアッセンブリーと閉環メタセシスによるマクロラクトン環構築を鍵工程として、iriomoteolide-2aの提出構造式の全合成に初めて成功しました。しかし、合成品のNMRデータは天然標品のそれとは一致しませんでした。モデル化合物の合成とNMR解析を行うことで9,11,12位の立体配置が逆であることを突き止め、最終的に全合成により本天然物の全立体配置を決定することに成功しました(Sakamoto et al., Angew Chem Int Ed 2018, 57, 3801; Chem Eur J 2019, 25, 8528; 有機合成化学協会誌 2019, 77, 831)。本研究は極めて高い評価でAngewandte Chemie誌およびChemistry - A European Journal誌に掲載され、後者の表紙に選定されました。

有機合成化学によるデザイナー分子やバイオコンジュゲートの創製

私たちのグループでは、全合成を天然物そのものの物質供給だけでなく、天然物の構造を人工的に改変した類縁化合物の合成・評価による構造活性相関の解析や、天然物には本来ない機能を人工的に付与したデザイナー分子やバイオコンジュゲートの創製へと応用する研究も行っています(多くは他分野との共同研究)。

Neopeltolideはジャマイカ沖深海に生息するNeopeltidae科海綿から単離されたマクロリドで、培養ヒトがん細胞や病原性真菌の増殖を強力に阻害します。私たちのグループでは本天然物の高効率的な合成法を開発し(Fuwa et al., Angew Chem Int Ed 2010, 47, 4737)、それを応用して種々の類縁体の合成と評価から構造活性相関を詳細に明らかとしました(Fuwa et al., Chem Eur J 2013, 19, 8100; Bioorg Med Chem Lett 2014, 24, 2415)。さらに構造活性相関に基づいて蛍光標識プローブを合成し、本天然物が当初標的として報告されたミトコンドリアだけでなく小胞体にも速やかに集積すること、また小胞体に特徴的な形態変化を誘導することを見出しました(Yanagi et al., Org Biomol Chem 2019, 17, 6771)。本研究は、東北大学大学院生命科学研究科の杉本教授のグループとの共同研究として実施しました。