Research

成虫肢の最終的な“形”ができるメカニズム

 昆虫の肢は、根本側から先端部にかけて、基節・転節・腿説・脛節・跗節・先跗節といった分節から構成されています。その中でも跗節は1~5の範囲でさらに細分化されており、その数は昆虫種によってまちまちです。また、分節数だけでなく、跗節の形も昆虫種によって異なり、例えば、オスのゲンゴロウの前足では第1跗節~第3跗節が平べったく伸長して吸盤のような構造を形成していたり、カミキリでは第1~第3跗節の腹側が平らなハート形になっていたり、カでは各跗節が非常に細長かったりしています。このように、昆虫の成虫肢の跗節は、多様性に富んだ進化的に変化しやすい形質であり、形の進化・多様性を含めた形づくりのメカニズムにアプローチするよい材料です。

 私達は、ショウジョウバエの成虫肢の最終的な形がどのようにつくられるのかを、形がつくられる蛹期の肢の変化を、ライブ・イメージングを駆使してリアルタイムに観察することで、解明しようとしています。最近の研究により、最終的な形ができる過程で、各細胞はこれまで考えられてきたよりもはるかにダイナミックにその形を変化させ、それによって全体の形がつくられていくことがわかってきました。

 各細胞のダイナミックな形の変形を起こす分子メカニズムや、それが最終的な形の決定にどのようにつながっているのか、などのことを理解し、ひいては形の異なる昆虫種との比較によって、形づくりのメカニズムに迫ることを目標に研究を続けています。

最近の関連論文

Hiraiwa, S., Takeshita, S., Terano, T., Hayashi, R., Suzuki, K., Tajiri, R., Kojima, T. (2024). Unveiling the cell dynamics during the final shape formation of the tarsus in Drosophila adult leg by live imaging. 10.21203/rs.3.rs-4002373/v1 (preprint)

クチクラに「切取り線」をつくるメカニズム

 昆虫の体表面は、クチクラと呼ばれる細胞外マトリックスの一種に覆われています。クチクラは、外界から体の中身を守るために、とても丈夫な構造をしています。その丈夫さのために伸縮性は比較的乏しく、体が成長したり、変態によって体の形が大きく変わるときには、その形に合わせて新しいクチクラをつくり、古いクチクラを脱ぎ捨てなければなりません。この過程が脱皮や羽化と呼ばれるものですが、その際、古いクチクラはランダムに破れるのではなく、必ず決まった位置で開裂します。つまり、クチクラにはあらかじめ開裂するようにできた「切取り線」と呼べる構造が備わっているのです。

 クチクラにできる「切取り線」は、昆虫だけでなく脱皮をする節足動物すべてにおいて非常に重要であるにも関わらず、これまでほとんど研究されてきませんでした。ショウジョウバエの蛹は囲蛹殻に包まれていますが、私達は、羽化する際に開裂する囲蛹殻の「切取り線」であるoperculum ridgeについて研究することで、「切取り線」として機能するための構造や、その構造をつくり出すメカニズム、「切取り線」の位置を決めるメカニズムを解明しようとしています。

 「切取り線」の位置は節足動物の大きな分類ごとに大きく異なっており、また、昆虫種間でも少しずつ異なることが多いので、「切取り線」の研究は、昆虫、ひいては節足動物全体の進化プロセスの理解へとつながると期待しています。 

最近の関連論文

Tajiri, R., Hirano, A., Kaibara, Y., Tezuka, D., Chen, Z., Kojima, T. (2023). Notch signaling generates the “cut here line” on the cuticle of the puparium in Drosophila melanogaster. iScience 26, 107279. 10.1016/j.isci.2023.107279

細胞外マトリックスによる細胞の性質によらない“形づくり”のメカニズム

 クチクラは、表皮細胞から分泌されるキチンやクチクラ・タンパク質などの物質から構成される、細胞外マトリックスの一種です。クチクラ・タンパク質には様々な種類があり、どのクチクラ・タンパク質が使われるかによってクチクラの性質は大きく変わり、クチクラ・タンパク質の変異体では、体の形が大きく変化することがあります。この場合、細胞そのものは正常なのにも関わらず、細胞外マトリックスであるクチクラの性質が異なることで、体の形が変化しているということになります。つまり、使うクチクラ・タンパク質の種類を変えることで、体の形を変え得ることを示しています。これは、同じ昆虫なのに、種によってナナフシの様に細長いものからテントウムシの様に丸いものまで様々な体の形をしていることに繋がっていると考えられます。私達は、クチクラ・タンパク質によってクチクラの性質がどのように制御され、それによって体の形がどのようにつくられるのかを理解することを目指しています。

最近の関連論文

Tajiri, R., Fujiwara, H., and Kojima, T. (2021). A corset function of exoskeletal ECM promotes body elongation in Drosophila. Commun Biol 4. 10.1038/s42003-020-01630-9

Tajiri, R., Ogawa, N., Fujiwara, H., and Kojima, T. (2017). Mechanical Control of Whole Body Shape by a Single Cuticular Protein Obstructor-E in Drosophila melanogaster. PLoS Genet 13, e1006548. 10.1371/journal.pgen.1006548