Molecular Communication
分子通信とは、情報伝達のキャリアに化学信号を使う、通信の新しい方法です。
分子通信とは、情報伝達のキャリアに化学信号を使う、通信の新しい方法です。
分子通信は、生体分子や生化学反応を利用したバイオナノマシンのための情報通信パラダイムです。バイオナノマシンとは,生体分子で構成される微小デバイスであり,例えば,人工細胞や遺伝子改変細胞などがあります。バイオナノマシンは,電気や光による通信技術を利用することが困難です。そのため,分子を利用して情報を伝達することを考えます。
分子通信の模式図
この図にあるように、分子通信では、情報の送り手(送信機)と受け手(受信機)の間で生起する一連の生化学反応を通信と捉えます。まず、送信機が情報を分子に符号化して、環境中に送出します。次に、放出された分子が環境中を伝播します。最後に、受信機が分子と衝突して化学反応を起こします。すなわち、情報を復号します。更に、受信機が新しい送信機となることでマルチホップの分子通信が実現されます。
分子による情報表現:分子通信では、情報分子の様々な特性を用いて情報を表現します。例えば、使用する分子の数(濃度)やその時間変化(濃度変化)、構造(三次元構造や配列情報)、種類を用いて情報を表現します。情報伝達のキャリアとして用いる情報分子は様々な物理的性質をもち、高密度の情報を表現できる可能性があります。また、情報伝達のキャリアが種々の分子を認識、合成、破壊するなどの機能をもつ点も興味深い特徴と言えます。
生体親和性:分子通信は、細胞生物がもつ通信のメカニズムそのものであり、細胞生物と直接通信できるという利点があります。分子通信システムの生体親和性は高く、医療分野への応用が期待されています。例えば、バイオナノマシンで実現する分子通信システムを体内で稼働させ、臓器や組織と通信をしながら、健康の維持管理をするような応用が考えられます。
化学エネルギーで駆動:分子通信および分子通信システムは化学エネルギーで駆動します。生物システムのように非常に高いエネルギー効率を達成できる可能性があります。また、通信に必要となるエネルギーを環境から取得できる可能性もあります。例えば、人間の体内に導入された分子通信システムでは、体内にあるエネルギーを利用できるため、外部エネルギーを必要としない場合も考えられます。
不確実な通信:分子通信では、生体内のような溶液中を情報分子が伝搬することで通信を実現します。情報分子が熱揺らぎの影響を受けること、バイオナノマシンが情報分子に対して確率的に反応すること、更に、バイオナノマシンおよび情報分子が経時的に劣化することなどの理由から、分子通信は極めて不確実な通信手段しか提供できません。また、超低速で限られた範囲の通信手段しか提供できません。
このような特徴を利用して、あるいは、制約がある中で、どのようにしたら有用なシステムを設計できるでしょうか?この問いに答えることが分子通信研究の大きな課題となっています。
2005年に中野が所属していた、カリフォルニア大学アーバイン校の研究グループが、通信の新しい研究分野として「分子通信」を提案しました。その後、研究活動や学会活動を通して、分子通信の知名度が向上していき、国際的なコミュニティが形成されました。IEEE Communications Society においては、分子通信に関する sub-committee が発足しました。2017年から2019年の3年間、このsubcomitteeの委員長を中野が務めたとき、高い評価が得られ、subcommittee は technical committee に昇格しました。2005年の提案から15年もの時間を要しましたが、2020年1月に分子通信は情報通信分野の一つの研究領域として確立しました。