Photo by M. Kawamoto

カイコの性決定機構の解明

 生物の性決定機構は多様です。同じ昆虫でも属あるいは種レベルで性決定因子が異なることも一般的です。チョウ目昆虫のモデルであるカイコの性染色体構成はWZ型であり、W染色体があればメスになることが20世紀のはじめにはわかっていましたが、なぜW染色体があればメスになるのかは明らかではありませんでした。私たちは2014年にW染色体上のメス化因子を同定し、ついにその謎を解き明かすことに成功しました。なんとカイコではW染色体に由来するたった29塩基のRNAがメスを決めていることがわかったのです。さらにそのメス化RNAの機能を調べることで、Z染色体上にコードされた新規のオス化遺伝子を同定することにも成功しました。カイコは、メス化RNAによりオス化遺伝子のはたらきが抑制されることで、メスになっているのです。

 しかし、オス化遺伝子がどのようなメカニズムでオスを誘導しているのかはいまだ不明です。現在、その分子機構の解明を目指して、研究を進めています。


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■チョウ目昆虫の性決定・遺伝子量補償機構の解明(工事中)

参考リンク

ライフサイエンス新着論文レビュー『カイコの性は雌に特異的な単一のpiRNAが決定する』

http://first.lifesciencedb.jp/archives/8827


natureダイジェスト『カイコの性決定の最上流因子はタンパク質ではなくRNAであった!』

https://www.natureasia.com/ja-jp/ndigest/v11/n8/カイコの性決定の最上流因子はタンパク質ではなくRNAであった!/54599

■性決定遺伝子をターゲットにした昆虫制御技術の開発(工事中)

参考リンク

JATAFFジャーナル『カイコ性決定遺伝子の同定とチョウ目昆虫における性操作技術の開発』

https://agriknowledge.affrc.go.jp/RN/2010921963.pdf


農研機構 成果情報『カイコのオス化遺伝子を利用した雄蚕飼育法の開発』

https://www.naro.go.jp/project/results/4th_laboratory/nias/2016/nias16_s13.html


貞明皇后記念蚕糸科学賞『カイコの性決定機構の解明とそれを利用した性操作技術の開発』

https://silk.or.jp/wp-content/uploads/hyosho-05_R3.pdf

■カイコを用いたpiRNAの機能解析(工事中)

参考リンク

東京大学農学生命科学研究科報道発表『カイコ培養細胞を用いた人工ping-pong piRNA産生系の確立』

https://www.a.u-tokyo.ac.jp/topics/2016/20161101.html


東京大学農学生命科学研究科プレスリリース『生殖細胞ゲノムを守る小分子RNAがつくられるしくみ』

https://www.a.u-tokyo.ac.jp/topics/2011/20110920-1.html

■共生細菌による性操作機構の解明(工事中)

参考リンク

東京大学農学生命科学研究科プレスリリース『メスだけが生き残る仕組み ——オスを狙って殺す共生細菌ボルバキアタンパク質Oscar(オス狩る)の発見——

https://www.a.u-tokyo.ac.jp/topics/topics_20221115-1.html


東京大学農学生命科学研究科報道発表『共生細菌ヴォルバキアの「オス殺し」は宿主昆虫のオス化因子の発現を抑制することで達成される』

https://www.a.u-tokyo.ac.jp/topics/2015/20150715-1.html

■バキュロウイルスの宿主制御メカニズムの解明(工事中)

参考リンク

スライド『バキュロウイルスは宿主から獲得した遺伝子を使って宿主の行動を制御する』

https://www.jsps.go.jp/file/storage/grants/j-grantsinaid/32_case/data/seibutsu/38_katsuma.pdf


むしコラ『昆虫の行動をあやつるウイルス: バキュロウイルスは宿主から獲得した遺伝子を改変して行動操作に利用していた!』

https://column.odokon.org/2012/0626_210300.php

■カイコの休眠制御機構の解明

 「地球は昆虫の惑星である」と言っても過言ではありません。昆虫は地球上でもっとも種数が多く、繁栄している生物です。この繁栄を支える背景には、昆虫の優れた環境適応能力があります。その能力のひとつが休眠であり、発生や発達をストップすることで生育に不適な季節をスキップすることができます。しかも、日長や温度などの外部環境を読み取ることで、適切なタイミングで休眠に入ることができるのです。

 カイコの休眠ステージは卵(胚子)です。卵が休眠するか否かは、母親が卵から幼虫期の間に経験した外部環境により決定されます。一方、遺伝資源として維持されているカイコの系統のなかには、外部環境に関わらず卵が休眠する系統、しない系統が存在します。この差がどのようにして生じているかを、系統間のゲノム比較や遺伝子機能解析により明らかにしようとしています。


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■カイコの食性決定機構の解明

 チョウ目昆虫のほとんどの幼虫は植物を食べて育ちますが、利用できる植物は種により異なります。カイコは桑を食餌植物としており、ほかの植物は食べません。すなわち、桑を認識して桑を食べているわけです。しかし、カイコのなかには桑以外の植物も食べてしまう広食性の系統がいます。わたしたちは広食性の原因となる遺伝子の探索と機能解析を行うことで、昆虫の食性がどのようにして決定されているかを明らかにしたいと考えています。

 一方、昆虫にとっては特定の植物を食べ物として認識できるかどうかに加え、その植物を消化し、利用できるかどうかというのも重要なポイントです。しかし、比較的研究の進んでいるカイコでさえも、桑葉に含まれるどの栄養成分が成長に重要なのか、消化管で発現するどの酵素により各栄養成分を消化しているのかは、完全に理解されていません。私たちはカイコの消化酵素遺伝子をノックアウトをすることで、この課題に取り組んでいます。

カイコにおけるゲノム編集技術の改良

 養蚕が盛んであった日本では、古くからカイコの研究が精力的に行われてきました。飼育や交配が容易でボディサイズも大きいカイコは研究材料として優れており、遺伝学あるいは生理学の分野において大きく貢献してきた昆虫でもあります。そのゲノム配列はチョウ目昆虫として最初に解読されており、2000年には遺伝子組換え技術も確立しています。

 ゲノム改変は基礎研究および応用研究の両方の発展に、必要不可欠です。しかしカイコの遺伝子組換えには熟練した技術が必要であり、加えてゲノム中の特定の配列を思い通りに改変することはできませんでした。この状況を打破できる技術として注目されているのが、ゲノム編集技術です。ゲノム編集技術を用いることで、カイコにおいても効率よく遺伝子の機能を破壊することができるようになりました。さらに任意の配列に外来遺伝子を導入することにも成功しています。しかし、今のところ汎用性の高い技術とは言えません。私たちはカイコをより有用な研究モデルとするために、そして基礎研究で得られた知見を応用に生かすために、効率的かつ高度なゲノム編集技術の開発を行なっています。

基礎研究で得られた知見を応用に生かす

 このページで紹介している基礎研究により得られた知見は、応用にも役立てることができます。カイコはイヌやブタのようにヒトの手により家畜化された昆虫です。野生の昆虫と比較すると格段に育てやすく、1 km以上の糸を作り出せるように、類い稀なタンパク質生産能力を持ちます。その特徴を利用して、人々は紀元前からカイコを飼育して絹織物を作り、最近では遺伝子組換えカイコやバキュロウイルス発現系を利用して有用タンパク質の生産を行なっています。しかし、カイコにはまだ改良の余地があります。

 私たちは基礎研究で得た知見をもとに、より能力に優れかつ便利で、飼育しやすいカイコを作り出したいと考えています。たとえば、カイコの性、休眠性、食性を思い通りに操作したいと考えています。そのために、カイコのゲノム配列を任意に改変する技術開発も行なっています。近年、カイコやカイコに感染するウイルスを用いて有用タンパク質を生産する産業が発展しつつあります。私たちは養蚕業の発展に貢献できるカイコの育成を目指しています。

 カイコは人々の生活に利益をもたらす益虫です。一方、チョウ目昆虫のなかには、農作物に甚大な被害をもたらす害虫がいます。害虫の発生を制御するためには、害虫のことをよく知る必要があります。私たちの研究は、カイコをモデルにして、チョウ目昆虫を分子レベルで理解することにつながります。すなわち、私たちの研究成果により、害虫防除の新しい標的分子や方法を提案できると考えています。