会員からの寄稿

ゼニガタアザラシ研究グループ30周年記念シンポジウムの開催報告

小林由美・斉数貴・林慶

北海道東部沿岸に生息するゼニガタアザラシは、現在、国のレッドデータブックで絶滅危惧Ⅱ類に指定されておりますが、漁業被害(漁獲物の食害)が問題になっており、適切な保護管理の在り方が大きな問題になっています。本種の個体数調査(センサス)は1970年代に哺乳類研究グループ海獣談話会によって開始され、1982年以降は、ゼニガタアザラシ研究グループが主体でこれまで継続されてきました。現在は、帯広畜産大学ゼニガタアザラシ研究グループ主催で、ひれあし研究会等のNGOグループの共催により実施されており、これまでに延べ38年間のデータが蓄積されてきました。

センサスにより、ゼニガタアザラシは、1970年代には、北海道全体でわずか数百頭が確認されていましたが、その後狩猟の衰退などによって、個体数を回復させてきたことが明らかになりました。2002年には、北海道全体で915頭が、そして2008年には、過去最高の1,089頭が確認されています。しかしながら、本種が出産・育子、休息のために利用する上陸場の数は、襟裳岬から根室地域にわずか10か所前後で、特定の2つの上陸場(厚岸の大黒島、襟裳岬)を利用する個体が全体の70%以上を占めています。そのため、感染症が流行した場合など、個体数の激減が懸念されています。また、漁業被害は、ますます大きな問題になっています。そこで、ゼニガタアザラシ研究グループ発足30周年を機会に関係者が一同に会し、これまでの成果をまとめ、今後の本種の保護管理に向けて提言を行うことを目的とし、シンポジウムを開催いたしました。

10月20・21日に帯広畜産大学のかしわプラザで開催されたシンポジウムでは、ひれあし研究会、漂着あざらしの会、浦幌野鳥倶楽部などの関連団体にも呼びかけ、口頭発表13題、ポスター発表11題、展示2件により、ゼニガタアザラシの個体数の推移や、近年行われている調査研究について報告がなされました。延べ80名以上の参加者により、ゼニガタアザラシの保護管理について議論が交わされました。これまで、ゼニガタアザラシの漁業被害軽減に向けての取り組みは、漁業者の自助努力によるものが主体であったことから、行政主導による被害軽減対策や、被害補償といった枠組みの検討についても、意見が出されました。

シンポジウムの開催・記念誌の作成は、前田一歩園財団および北海道新聞野生生物基金の助成を受けました。

プログラム

○シンポジウム

第1日目:10月20日(土) 14:00~18:30

開会の辞と主旨説明(斉数貴、米山実里)

セッション①

ゼニガタアザラシ研究グループの活動と調査体制の過去,現在,そして未来(座長:藤井啓)

O-1 ゼニガタアザラシ研究史と今後の研究方針

和田一雄(京都大学霊長類研究所共同利用研究員)

O-2 ひれあし研究会活動報告およびゼニガタセンサス運営に係る諸問題

藤井 啓(ひれあし研究会)

O-3 地域の団体が連携して取り組む海鳥・海獣調査~十勝沖の事例

千嶋 淳1,2、久保清司3、長 雄一4、千嶋夏子1,2

(1漂着アザラシの会、2NPO法人日本野鳥の会十勝支部、3浦幌野鳥倶楽部、

4北海道立総合研究機構)

セッション②

センサスデータの活用に向けて-問題点とその解決方法を探る-(座長:小林由美)

O-4 北海道東部沿岸におけるゼニガタアザラシの個体数変動~過去38年間の調査から得られた結果と不確実性~

小林由美(北大水産・ひれあし研究)

O-5 個体識別のすすめ

川島美生(ひれあし研究会)

O-6 個体識別調査研究報告(飛び入り参加)

薮田慎司(帝京科学大学アニマルサイエンス学科)

O-7 野外調査を有効に活用したいー現場主義データ科学のはなしー

島谷健一郎(統計数理研究所)

O-8 海産ほ乳類の個体数推定法とゼニガタアザラシセンサスへの応用

柴田泰宙(横浜国立大学環境情報学府)

○懇親会 19:15~

会場:帯広畜産大学合宿棟

鏡開き(北の勝 大海),持ち寄りオークションほか

第2日目:10月21日(日) 10:30~(座長:林慶・斉数貴)

O-9 「かたち」及び運動機能からみた「海の動物たち」の研究

長 雄一(ひれあし研究会)

O-10 ゼニガタアザラシの保全に関わる遺伝子解析の課題

刈屋達也(平成2年からゼニ部屋ウオッチング)

O-11 スライドショー 襟裳岬のゼニガタアザラシ

コバヤシカヨ(写真家)

O-12 襟裳岬におけるゼニガタアザラシの個体数のPVAの解析と管理モデルに関する研究

劉 菲(横浜国立大学環境情報学府)

O-13 ゼニガタアザラシと共存するために

羽山伸一(日本獣医生命科学大学獣医学部野生動物学教室)

パネルディスカッション(まとめ) 12:30~13:00

司会 中岡利泰 (えりも・シール・クラブ)

○ポスター発表

展 示:10月20日(土) 14:00~21日(日) 13:00

コアセッション:10月21日(日) 13:00~14:00

展 示 場 所:シンポジウム会場

P-1 衛星発信器によるゴマフアザラシ幼獣の放獣後の回遊行動

三谷曜子1、高橋菜里2、高石雅枝3,4,宮澤奈月3,4,廣崎芳次3,4、片倉靖次5、

宮下和士1(1北海道大学北方生物圏フィールド科学センター、2北海道大学大学院環境科学院、

3紋別市オホーツクとっかりセンター、4㈱野生水族繁殖センター、5紋別市役所)

P-2 Spatial, temporal and dietary overlap between harbour seals and fisheries in Erimo, Japan: conflict at sea?

Tabitha Cheng Yee Hui1, Yumi Kobayashi2, Yoko Mitani3, Kei Fujii4,

Kei Hayashi5,6, Kazushi Miyashita3(1Graduate School of Environmental Science, Hokkaido University,

2Faculty of Fisheries Sciences, Hokkaido University, 3Field Science Center for Northern Biosphere,

Hokkaido University, 4 Pinniped Research Group, 5Obihiro University of Agriculture and Veterinary Medicine,

6Kuril Harbor Seal Research Group)

P-3 北海道・襟裳岬周辺の定置網における音波発信機を用いたゼニガタアザラシの行動解析

増渕隆仁(東京農業大学生物産業研究科アクアバイオ学専攻博士前期課程)

P-4 北海道襟裳岬に生息するゼニガタアザラシ Phoca vitulina stejnegeri の血液中にみられたミクロフィラリア

齋藤幸子(ひれあし研究会)

P-5 厚岸地域におけるゼニガタアザラシの季節による上陸の違い

林 慶1,2、斉数 貴3,4、清水成洋3,4(1帯広畜産大学畜産学部獣医学科、2ひれあし研究会、3帯広畜産大学畜産学部畜産科学課程、

4ゼニガタアザラシ研究グループ)

P-6 ベイズ法によるゼニガタアザラシの個体数推定

斉数 貴(帯広畜産大学畜産学部畜産科学課程・ゼニガタアザラシ研究グループ)

P-7 ゼニガタアザラシ研究グループ活動報告

林 慶1,2、斉数 貴†2,3,4、松田奈央†3,4、大塚 明4,5、

表明 宏3,4、柴田峻也3,4、清水成洋3,4、信賀優子3,4、鈴木亜寿美3,4、

鈴木瑞穂1,2、中田大也3,4、松井洋介3,4、宮川 俊3,4、森田友理4,6、

山根大空3,4、吉田 薫2,3,4、米山実里3,4、渡邊 壮3,4(1帯広畜産大学畜産学部獣医学科、2ひれあし研究会、3帯広畜産大学畜産学部畜産科学

課程、4ゼニガタアザラシ研究グループ、5帯広畜産大学畜産学部畜産科学科、6帯広畜産大学畜産学部共同獣医学課程)

P-8 十勝地方の海獣類~ゼニガタアザラシを中心に

千嶋 淳(漂着アザラシの会・NPO法人日本野鳥の会十勝支部・ひれあし研究会)

P-9 Population trends of the Kuril harbor seal Phoca vitulina stejnegeri from 1974 to 2010 in southeastern Hokkaido, Japan

Yumi Kobayashi1, Kei Fujii2, Jun Chishima2, Tatsuya Kariya2, Kazuo Wada3, Tetsuro Itoo4*, Toshiyasu Nakaoka5, Miki Kawashima2,

Sachiko Saito2, Shinji Yabuta6, Noriyuki Aoki7, Shin-ichi Hayama8, Shinya Baba1, Kei Hayashi9, Sayaka Tsutsumi9, Mari

Kobayashi10,11,Yuichi Osa12, Hidemi Osada2, Akio Niizuma13*, Kaoru Yoshida9, Takashi Saisuu9, Nao Matsuda9, Masatsugu

Suzuki14, Yohjiro Uekane2, *, Noriyuki Ohtaishi15 and Yasunori Sakurai1 * deceased(1Graduate School of Fisheries Sciences,

Hokkaido University, 2Pinniped Research Group, 3Primate Research Institute of Kyoto University, 4North Pacific Pinniped Research

Association, 5Erimo Town Museum, 6Department of Animal Science, Teikyo University of Science and Technology, 7Japanese Bird Banding

Association, 8Center for Wildlife Conservation and Management, Nippon Veterinary and Animal Science University, 9Obihirio University of

Agriculture and Veterinary Medicine Kuril Harbor Seal Research Group, 10Department of Aqua-Bioscience and Industry, Faculty of

Bioindustry, Tokyo University of Agriculture, 11 Marine Wildlife Center of Japan, Incorporated Non Profit Organization Abashiri, 12Institute of

Environmental Sciences, Environmental and Geological Research Department, Hokkaido Research Organization, 13Faculty of Human and

Social Studies, Keisen University, 14Gifu University, 15The Hokkaido University Museum)

P-10 大黒島の思い出

川島美生(ひれあし研究会)

P-11 なぜ,絶滅危惧種のゼニガタアザラシで個体数調整が必要か?

小林万里1,2,大山奈緒子1,増渕隆仁1,青木俊博1,荻原涼輔1(東京農大・院・生物産業1,NPO 北の海の動物センター2,元東京農大・生物産業3)

○展示

展示時間:10月20日(土) 14:00~21日(日)14:00

展示場所:かしわプラザ2F マルチルーム3

E-1 襟裳岬のゼニガタアザラシ

コバヤシカヨ(写真家)

E-2 生物多様性を実感しよう!! ~哺乳類の頭骨の比較~

小林由美(北大水産・ひれあし研究会)


「今、必要なゼニガタアザラシ研究とは」

2012年10月21日帯広での議論の報告

藤井啓(ひれあし研究会)

2012年10月20日、21日の両日、帯広畜産大学においてゼニガタアザラシ研究グループ30周年記念シンポジウムが開催され、活発な講演と議論がなされた。21日14時にて予定されていたシンポジウムは終了したが、今後の活動に向けた検討が十分にはできなかったと考えた参加者数名の呼びかけにより、宿舎(帯広畜産大学合宿棟)に時間の許す参加者が参集し、ゼニガタアザラシとの共存に向けて必要な研究は何かを議論した。司会役を務めた藤井啓(ひれあし研究会)が、議論の成果をもとに、必要と考えられる調査研究とその方針をとりまとめたので、本稿にて報告する。報告の意図を分かりやすいものにするため、すでに取り組まれている事柄も省略せずに記載してある。議論は襟裳岬を念頭にすすめたが、他地域においても、同様の方針をとりうると考える。

なお、本報告では科学的な研究・開発で解決するべき課題に焦点をあてているが、地域社会とゼニガタアザラシがどのような共存を目指すのか、地域社会全体で議論し、認識を共有する場や、共存を促進するための政策的・社会的取り組みも重要である。これらについては、本ニュースレターで報告している「プロジェクトとっかり」として活動を展開する予定である。

議論の参加者

島谷健一郎(統計数理研究所)、柴田泰宙・劉菲(横浜国立大学 大学院環境情報研究院)、小林佳代(写真家)、表明宏・斉数貴・柴田峻也・鈴木瑞穂・林慶・松井洋介・松田奈央・松本慎平・森田友理・山地智実・吉田薫・米山実里・渡邊壮(ゼニガタアザラシ研究グループ)、長雄一・刈屋達也・川島美生・小林由美・齋藤幸子・千嶋淳・中岡利泰・藤井啓(ひれあし研究会)(順不同)

議論のまとめ

目的である「ゼニガタアザラシと漁業の共存」の実現のために必要な研究方針および研究内容とは?

上記目的を達成するために、短期的目的と長期的目的を設定する。ただし、短期・長期の目的に向けた研究は、個別ではなく相互に関連付けながら実施する。漁業との共存という枠を超える「健全な沿岸生態系の保全」については超長期的目的として設定した。

短期的目的:漁業被害の低減

まずは1戸のモデル漁業者(会社)で「成功事例」をつくることを目指す。明確な成功事例を一例つくれば、同様な手法を他の漁業者へ導入することの繰り返しで、成果を波及させることができると考える。成功事例をつくるため、以下のステップを踏む。各ステップにおいて常に漁業者と密な連携をもち、漁業者が当事者としての意識を持てるよう心がける。

ステップ1:モデル漁業者の選定

ステップ2:漁業者の意向確認と目標の設定

モデル漁業者が本当に望んでいることは何かを正確に把握することが重要(多くの漁業者が参加するような検討会においては、主張の強い漁業者の意向が漁業者全体の意向であるかのように扱われる可能性がある)。モデル漁業者の意向に沿って目標を設定するが、その際には研究実施者とモデル漁業者の双方が十分に認識を共有すること。特に被害の定義など、認識に齟齬が生じやすい事柄には注意が必要。

ステップ3:解決手法の検討

ステップ2で設定した目標を実現するための手法を検討する。漁網の改良(入口への柵設置等による侵入防止。加害個体が侵入した場合に、確実に網内に留めるような工夫等)、駆除(加害個体を特定し、駆除する技法)、追い払い(シールスクラム・かかし等の改良と設置タイミングの最適化)などが想定されるが、設定された目標によっては金銭的な補助を可能にするシステム、漁期の調整、栽培漁業施設等の代償措置あるいは漁業以外のビジネスの創出などが解決手法になる可能性もある。どのような解決手法を選択するかにおいて、研究の実施者とモデル漁業者の双方で十分に検討し、認識を共有すること。その際、とりうる解決手法の各々について想定されるメリット、デメリットおよびコストを熟慮すること。

ステップ4:研究開発

ステップ3で選択した解決手法を実施するためにクリアすべき課題について、研究、技術開発等を実施する。

ステップ5:効果判定

ステップ4の成果をふまえて、ステップ3で選択した解決手法を実施し、その効果をモニター、判定する。

ステップ2で設定した目標に到達できなかった場合には、再度ステップ2に戻り、その時点でのモデル漁業者の意向の確認と目標の設定を行い、ステップ3以後を実施する。

長期的目的:ゼニガタアザラシの生態の理解に基づいた共生(保護管理)

ゼニガタアザラシの個体群動態および個体群動態と漁業被害発生状況の因果関係を解明し、科学的根拠に基づいたゼニガタアザラシ個体群の保護管理の実施を可能にする。そのために、下記のパラメータを把握する必要がある。

① 個体数

② 生存率

③ 繁殖率

④ 社会構造

⑤ 加害個体率(漁業へ被害を及ぼす個体の割合)

⑥ 1個体あたり加害量

これらのパラメータの調査を開始する前段階として、世界のPhoca vitulinaにおける関連文献をレビューし、既存情報を整理する。

①の調査精度の向上および②③④を把握するために、個体識別調査を推進する。齢ステージ(幼獣・亜成獣・成獣)ごとに少なくとも20頭の識別が必要である。襟裳岬においては、標識(特に目視観察が可能なワッペン)、斑紋(写真)、テレメによる個体識別を併用する。また、上陸岩礁に自動撮影カメラを設置するなどして上陸集団全体の写真を撮影し(配列台帳的写真)、集団の構成を分析する。写真の分析を効率的にするため、帝京科学大学によって開発され、現在運用が止まっている個体識別データベースを再稼働させ活用する。

⑤⑥を把握するために、漁網入り口でのカメラ撮影(侵入個体数の確認。可能であれば個体識別も)、テレメ調査(標識個体の漁網への侵入行動の追跡)、胃内容分析・糞分析等による食性調査、飼育個体を用いた捕食量を推定するための実験、漁網における被害量調査、混獲アザラシ数調査、混獲アザラシの個体識別による行動追跡を実施する。⑤⑥の把握は水中の直接的な観察が難しいため、困難であると思われるが、個体群動態と漁業被害の因果関係を解明するためには不可欠である。

超長期的目的:沿岸生態系の理解に基づいた共生

個体数調整は直接的に、漁網改良などはこれまで利用していた漁業資源を利用できなくなることで間接的に、ゼニガタアザラシの個体群動態や行動様式に影響を与えると考えられる。さらに、沿岸生態系の高次捕食者であるゼニガタアザラシの個体群動態や行動様式の変化は、沿岸生態系全体に影響を与え、生態系の変化はゼニガタアザラシに再び影響を与える可能性がある。また、そうした生態系の変化は漁業にも影響を与える可能性がある。

そこで、沿岸生態系の食物網を明らかにし、また沿岸の生物資源量や栄養塩量等を把握・モニタリングし、その成果をもとに、生態系の保全・管理および漁業制度の改善等を実施してゆくことで、ゼニガタアザラシのみならず、健全な沿岸生態系と人間の共存を目指す。

付記

本報告は、2013年1月10日に、環境省の設置する「ゼニガタアザラシ保護管理検討委員会」と「ゼニガタアザラシの保護管理計画作成準備のための専門家ワークショップ」の委員および環境省・北海道の担当者にメールにて送付し、1月15日の検討会で参考にしていただくように請願した。その際、メール返信にて松田裕之委員(横浜国立大学)から、「長期的課題」として整理した個体群管理に係る事柄は喫緊の検討課題であり「長期的」と整理するには違和感があるとの指摘があった。また、桜井泰憲委員(北海道大学)から、1月15日の検討会での議論に反映させたいとのコメントがあった。

プロジェクトとっかりの紹介

~人とアザラシの関係について地元から考える場を~

藤井啓(ひれ研 代表、プロジェクトとっかり 代表)

アザラシは観光客に人気の貴重で可愛らしい動物である一方で、漁業にとっては害獣です。近年、アザラシの増加および漁獲の減少や魚価の低迷を受けてアザラシと人の軋轢が顕著になっています。これまで、ゼニ研やその他の研究者あるいは環境省、北海道などの行政機関によって、アザラシと人の関係をより良くすることを目的とした様々な活動が行われてきました。

しかし、問題は解決していません。

これまで通りの取り組み方で、状況は改善するでしょうか?

状況が改善していかない一つの要因として、「これまでの取り組みが地元の関係者の合意によって決められ実施されてきたものではない」ということがあるのではないかと、我々は考えています。そうであるならば、様々な地元の関係者や行政、研究者などが一堂に会し、対等で互いを尊重した議論をすることで「関係者の合意として問題解決に向けた活動方針や行動計画をたてる」こと、そして多様な関係者が強い相互の協力関係の中で、より主体的に問題解決に取り組むことが必要なのではないでしょうか。そうした議論の場(ワークショップ)をつくることを、プロジェクトとっかりは提案しています。

研究者や行政だけでなく、多様な地元関係者を含む議論の場の必要性は、かねてより指摘されていました(刈屋ら2006)。しかし、筆者を含む関係者の怠慢により、具体的に動くことができないまま、ここまで来てしまいました。昨年開催されたゼニ研30周年シンポジウムにおいて、CBSG(保全繁殖専門家グループ)が開発したPHVA(個体群と生息地の持続可能性評価)プロセスを用いた、地元関係者によるワークショップでツシマヤマネコやヤンバルクイナに関する行動計画を策定する取り組みが羽山伸一さんから紹介されました(羽山・村山2009,CBSGウェブサイト)。この方法がゼニガタアザラシにも使えるのではないかと直感した筆者らにより、プロジェクトとっかりが立ち上げられ、運営されています。当面の活動としては、襟裳岬におけるワークショップの開催を目的に、準備をすすめています。加えて、問題解決の機運を醸成するためには、まずアザラシと人間の間に軋轢があることを多くの人に知ってもらう必要があると考え、普及活動を実施しています。

活動状況については、Facebookページ(http://www.facebook.com/project.tokkari)で随時お知らせしていきます。ぜひご指導、ご協力をお願いいたします。

引用・参考

CBSGワークショップレポート http://www.cbsg.org/cbsg/workshopreports/

羽山伸一・村山晶. 2009. 生物多様性保全のための絶滅危惧種回復行動計画~PHVAプロセスとその実際~. ランドスケープ研究 72:373-377

刈屋達也・小林由美・藤井啓・山田京子・中岡利泰・長雄一・千嶋淳・渡邊有希子・齋藤幸子・中川恵美子・和田一雄. 2006. ゼニガタアザラシの生態と保全に関する近年の動向と今後/ゼニガタアザラシ研究グループ検討会の記録. ワイルドライフ・フォーラム 11: 25-38

近況

中満智史

中満智史です。

アザラシ数えた学部生時代から、はや8年経ちました。思い出すと懐かしい気もしますが、やっぱりあっという間という感じです。

畜大を卒業し、北大に進学してプリオン病の研究をしました。5年でなんとか大学院を終え、食品衛生のプロとなるため北海道職員になりました。現在は、北海道紋別保健所で道民の食品衛生を守る仕事をしています。あなたが何の気なしに食べているホタテは、僕が安全性を確認しているかもしれませんw

紋別はオホーツク沿岸で、ゴマフアザラシ救護のメッカ、とっかりセンターがあります。ぼくも数ヶ月には一回遊びに行って、アザラシをボケっと眺めています。野生と人間活動が融合した土地で、野鳥の宝庫コムケ湖は、人間が汽水湖にしたからこその多様性が生まれたとの話もあり、いろいろ考えさせられます。ワケあり外来種のフラミンゴも今のとこいますしね。

さて、獣医師としての行政の仕事はなかなか幅が広く、食品衛生業務以外では狂犬病予防や動物愛護、そして野生動物保護管理等の業務があります。僕は基本的には食品衛生の仕事をメインでやっていくつもりですが、当然野生動物保護管理にも大きな興味を持っています。

現在では、個人的な研究でエゾシカのことをやってみたり、野生動物関係は趣味のように関わっている感じです。この「野生動物に少しは詳しい行政マン」の立場でもって、いつかガッツリと野生動物保護管理の仕事に取り組みたく思っています。

特に研究をメインで野生動物に関わっている方々は、行政の態度や知識にイライラすることもあると思います。でもそれは、行政側も同じなのです。限られた税金を、いかにみんなのために使用するかと考えた場合、生物多様性は評価がしにくいパラメータなのです。そこをしっかりと価値があるものと主張し、行政側を納得させる観点で関わってもらうのがよいのではないのかな、と思います。

何しろ日本は法治国家ですから、法律を所管する役所をうまく利用することはとても重要です。距離を取るより懐に入ったほうが得ですよ、きっと。

さて、とりとめもなくなってきました。個人的なことですが、僕も32歳にして結婚しました。妻も動物が好きですので、夫婦で趣味としてライトに野生動物観察やエコツアー参加をしていくつもりです。

「軟弱なんじゃないの?」と思わずに、僕たちのような人を増やしていくことが野生動物への理解を強められるチャンスと思って、各所では仲良くしてもらえると嬉しいです。

調査活動報告

和田一雄

1)三陸沖のオットセイ観察

2011年3月11日大槌の東大大気海洋研究所国際沿岸海洋研究センターの対応してくださるスタッフの方に共同利用の日程についてメイルしたのが、1.30pmだった。2.30pmに地震・津波が襲い、同センターは3階立ての建物の中身をそっくり持っていかれた。1965年以来中断していたオットセイを見れると楽しみにしていたのが、不可能になった。同センターの皆さんは幸い全員裏山に避難して無事だった。

2012年4月16-19日同センターの共同利用として岩手県水産技術センターの岩手丸に乗船した。4.17に沿岸10マイル付近でオットセイ数頭を見た。岩手丸の航海では沖に出ることがないので、これで終わった。距岸200マイル付近まで来遊しているはずで、次は同センターの調査船が新調されるまで、待つことにする。

2)厚岸湾のゼニガタアザラシの食性調査

2012年6月13-16日、7月9-12日藤田尚夫さんらベテランダイバーの協力を得て、ゼニガタの主食である岩礁性魚類、カジカ、ガジ、ギンポなどの現存量推定に関する予備調査を行う。北大厚岸臨海実験所の全面的協力を得、同所の船に乗り、大黒島の湾内側水深15m付近を潜る。ちょうどコンブの成長期で透明度が悪く、10月に再度潜る予定である。

オットセイとゼニガタアザラシの調査とも、どなたか興味をお持ちなら、共同で調査をしたいので、メイルを頂ければ、幸いである。

ゼニガタアザラシ―「増え過ぎ」対策

大泰司紀之

1974年にスタートさせたゼニガタアザラシの保護活動は、増え過ぎ対策が課題となるに至り、本年2月20日に「北海道アザラシ類連絡協議会」が発足した。先般のひれ研総会では、アザラシの管理について、ひれ研としての統一見解は示さないと決まったとのこと。しかし科学的な管理計画を作ること、道の研究機関に専門家を配置することなどは要望しては如何でしょうか。ご参考までにこれまでの経緯と持論を本ニュースレターにかいつまんで紹介させて頂きたい。

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センサスが行われる以前、1940~70年代の個体数の推定などについては目下検討中であるが、1959年当時、襟裳岬では毎年50頭ほど間引いていた。漁業被害を抑えると同時に、毛皮はスキーのシール用、脂肪は石鹸の原料、肉は地元の貴重な動物蛋白源となった。厚岸から根室半島にかけても50頭ほど獲っていたとすると、生息数は300~600と仮定される。

1973年3月、阿部永さんと共に根釧方面のアザラシ材料(剥皮して放置された死体)蒐集と聞取り調査を行った。その結果、毛皮ブームの乱獲によってゼニガタアザラシは絶滅すると判断して、保護運動を提唱した。1974年の最初の繁殖期のセンサスの結果、襟裳50、根釧は大黒島30その他106の計186頭であった(「その他106」のかなりは歯舞由来と思われる)。その後道警が事実上捕獲禁止にしたことや漁業者の協力が得られたことによって、襟裳の場合は'90年代はじめに約200、末に約300、その後は増加率が下がって現在500~600と推定されている。浜中では上陸場が2ヶ所消滅したが、厚岸では大黒島の30から約300頭に増加した。襟裳・厚岸とも環境収容力の上限に達している可能性がある。襟裳のゼニガタは、われわれの保護活動とそれに続く帯畜大ゼニ研の活動がなければ、絶滅した可能性がある。

襟裳個体群は他と比べて遺伝的特異性が高いことから、引き続きレッドリストのⅠb類とし、絶滅の可能性がない個体数、たとえば250以上の成熟個体を含む個体群として維持することが課題となる。1999年以後行っている北方四島での調査によって、四島のゼニガタアザラシは1500頭以上であること、および約500頭に増えた根釧と同一個体群であることが分かった。この個体群は、レッドリストⅡ類の要件:1000頭以下ではなく、10年間または3世代(1世代10年とすると30年間)以上減少はみられないことから、絶滅危惧種の適用は解除すべきであろう。

漁業者の協力によって絶滅の危機を脱したゼニガタアザラシは、増加して大きな漁業被害をもたらすに至った。沿岸海洋生態系において、飲み込み型で未成魚も食べる高次捕食者の過密な存在は、生物多様性の保全や漁業資源の再生産に悪影響を及ぼす。陸域の生態系では、農牧業を維持するために、エゾシカを間引き続けて共生する道を選んだ。海域でも「天然自然の食物ピラミッド」に漁業を割り込ませるためには、アザラシを間引き続ける必要がある。今後、生態系保全および漁業・観光等との共生を目的とした個体数管理計画を策定して、ゼニガタアザラシを間引き続ける必要があると思う。

もうひとつの大きな課題は、間引いた個体の「有効活用」である。ゼニガタアザラシは「海の幸」として、被毛・脂肪・肉などを活用しなければならないと考えている。いずれにせよ研究者側としては、道民のコンセンサスが得られるに至ったエゾシカ対策や先般立案された知床のヒグマ管理計画案などを参考にして対策案を示すことが役割と言える。どのような対策を試みるかは住民の意向が第1となる。野生動物対策は、減りすぎた時にどうするかであったが、今は増え過ぎによる被害対策にある。アザラシ類対策には、今後エゾシカに劣らぬ調査研究が必要と考えられ、その体制作りも急務と考える。(2012年4月14日)

「第1回北海道アザラシ連絡協議会」に参加して

長 雄一(ひれ研)

北海道環境生活部として、ゴマフアザラシ及びゼニガタアザラシに関する水産業被害は、道議会でも取り上げられるなど、社会的問題となっており、このため協議会を立ち上げることとなりました。ただし、担当者もアザラシに関する関係者・研究者を把握していないため(聞いたら、そう答えた)、まずは知床自然遺産関係で知己である北大名誉教授である大泰司先生と東京農大の小林万里さんにアドバイスをお願いしたそうであります。

また、北海道漁業協同組合連合会(ぎょれん)の方々、国では、環境省北海道地方環境事務所、霞ヶ関の環境省鳥獣保護業務室、水産庁の北海道漁業調整事務所の方々が参加していました。北海道道庁からは、事務局である環境生活部自然環境課、水産林務部水産振興課、農政部食品政策課の担当者が出席していました。このように、アザラシ問題に関して、環境省、水産庁、道庁からは環境セクションと水産セクション、農政セクションの担当者が一堂に会しましたので、ある意味、歴史的な会合ともいえます。

まずは、万里さんから、ゼニガタアザラシとゴマフアザラシの生態及び被害実態のわかりやすいプレゼンがありました。

農政部の担当者から、トド・アザラシ等における実際の被害防除(鳥獣被害防止特別措置法による地域主体型の被害防止計画策定)の報告がありましたが、ぎょれんの方からは、特別措置法による追い払いには限界があるので、北海道庁でアザラシ管理計画を立てて、駆除等の含めた対策をして欲しい旨、強く要望がありました。

これに対して、環境生活部の担当者が、道庁としても「アザラシの保護管理計画」を作っていきたい、と明言しました(報道各社もおりました)。そして、今後とも保護管理の方法について、国との連携、地元との協力、情報共有化を図りつつ、進めていきたいとのことでした。大泰司先生からは、北海道庁の環境あるいは水産セクションへのアザラシ専門家の配置が必要との意見が出ていました。

このような報告を私から行った後に、総会参加者とともにディスカッションしました。その内容は以下のとおりです(藤井氏からMLでの報告がありましたが、私の方で改訂して載せます。もちろん、文責は私にあります)。

本件を含むアザラシの保護管理について、ひれ研としての統一見解を示すことはせず、会員は各個人として発言・活動すること、としました。このため、結論を得るための議論は行いませんでしたが、参加者から次のような意見が出ました。

短期的に考えれば、駆除による被害軽減効果の検証も必要だろうが、追い払い方法の開発や漁法の改良・転換(オサコメント:ぎょれんの人からは、トド対策から見ても、漁法の改良・転換は困難が伴うとの意見がありましたが、その追い払い努力なしに駆除のみを行うことに対しては、社会的同意を得ることはできないと考えます)、被害補償、漁業資源の回復といった、中長期的視点も忘れてはならない。

個体数管理の目的として、漁業被害と沿岸生態系における生物多様性の保全を上げているが、沿岸生態系の健全性をモニタリングすることが可能だろうか? 単純に漁業被害の軽減を目的とすると割り切った方がよいのではないか?

ゼニガタアザラシの生態的特性からみて、繁殖を行う場所である「上陸場」は、個体群の維持において非常に重要であり、現在の上陸場が崩壊した場合に容易に代替できる場所があるわけではない。駆除を実施するにあたっては、「上陸場」への影響を極力避ける方法で行うべきである

ゼニガタアザラシについて、レッドデータブックでのランク(絶滅危惧ⅠB類)を下げる議論もされているようであるが、北海道において、個体数は増加しているものの、それに伴う上陸場の増加はみられず、個体群として安定していると言えるのかどうか疑問であり、千島列島の上陸場を含めた遺伝的調査も不可欠であろう。

以上です。道及び国でも検討が続くようですので、ひれ研メンバーの中で続報等あったら、お願いいたします。

私の意見としては、きっと、この取り組みは10年以上かかる長期戦となりますから、20歳代、30歳代の若手に積極的に参加してもらい、それ以上のベテラン(おばさん・おじさん、略してOBOG)は、率先して若手に任せるとともに、そのサポートを行い、10年、20年先を見据えて盛り上げていくことが、本当の意味での「継続的な保護管理」で重要であると考えます。ぎょれんの人が、「アザラシより漁師の方が絶滅危惧になってしまう」といっておりましたが、現場で漁師さんとアザラシを結びつける人たち(アザラシ保護管理関係者)も、「絶滅危惧(気が付けば皆シルバー)」化とならないように、ゼニ研現役及びそれ以外でも若き人材群(東京農大の万里さんの学生さんたちの「頑張り(漁師さんとのコミュニケーションを含む)」がまぶしかったすね)への熱き(暑苦しい?)メッセージも必要だなあ、と思いました。その意味で、総会にたくさんゼニ研現役が来てディスカッションに参加してくれたのが、(そして飲めたのが)、一番うれしかったです。ゼニ研を「卒業」して、野生動物に関係ない職場に就職しても、ひれ研としてアザラシに関わって、このような時に意見を積極的に述べてくれる若い人々が増えれば、ひれ研設立の意義も高まると思うのでした。おしまい (2012年4月13日)