明治十二年(一八七九)十月、三四六世(独住二世)の遠山禅外老師は、瑞泉寺に僧堂を開いた。
しかし、明治十七年春僧堂を分散し、雲水は正眼寺に移った。
その後、明治四〇年(一九〇七)、三四九世(独住五世)関蒙堂老師が、瑞泉学林を創設するも、大正六年(一九一七)三月より授業を休止し、のちに廃校となる。
これに代わって、一宮の妙興寺に学校が開かれたという。
昭和三年(一九二八)八月二十日、六十三才で龍澤寺より入寺した三五〇世(独住六世)般若窟山本玄峰老師は、二階建て庫裏の二階を禅堂に使って、雲水を多く集め、専門道場を再興した。
座禅会などには地元の青年らも多く参集したという。
~ 瑞泉僧堂 ~
昭和3年に開単されて以降、臨済宗妙心寺派の修行道場として全国から数多くの修行僧が集まり、現在では実に300名近い僧侶を輩出しております。
~ 修行生活 ~
大本山妙心寺開山無相大師のお言葉『請う其の本を務めよ』の教えに従い、「仏とはなにか。」「自己とはなにか」に向き合い徹底的に追及すること(己事究明)を第一として、修行僧は日々の修行に取り組んでおります。