行列形式で f(t) の性質を見てみよう。Hamiltonian Hの固有系を (ΨI,EI )、H0 の固有系を (ΦI , ϵI) とすると、式(1)と(2)は
となる。この式を見れば f(t) の各要素が t=0 で無限回微分可能である事は明らかだ。系と測定器の適切な線引きは昔から厄介な問題だったので、表題の論文のような便利な測定器があれば嬉しい。だがこの簡潔な証明から、そのような測定器が無いことが分かった。
解の存在証明は、研究を進める際に後回しにする事が多い。常識的に存在しそうな場合は多分大丈夫だが、まれに危険な場合がある。2つの方程式(や条件)の連立解を求める場合、その方程式が互いに矛盾する場合、解は存在しないし、方程式が正しく解けば解は存在しないことも分かる。しかし実際には方程式の近似解で満足せざるを得ない場合があり、この時が危険である。論理学で習う通り、AかつAでないという前提からは、任意の結論を導く事ができるからだ。この場合、Conditions 1, 2は矛盾しているので、この系について好きな結論を得る事ができる。せっかく労力をかけた研究が無意味にならないよう、気を付けたい。
論文は投稿時に、同業者がボランティアでチェックする「査読」を経ているが、まれに間違いが見つかる場合がある。事後に著者が間違いを見つけた場合、「訂正」Errataを掲載し、読者が見つけた場合、Commentsを投稿して議論する。そこで私も上記の内容のCommentsを書いてFoundations of Physics誌に送ってみたら、EditorのFedde Benedictus氏から、掲載不許可の連絡を貰った。Commentsを査読にまわさずに(つまりどちらの意見が正しいか調べずに)掲載不許可を決めたと書いてあり、この対応には驚いた。Editorが忙しいのか、この雑誌は間違いを見つけても訂正しないのか、それとも私が明らかな勘違いをしているのか。やむを得ないのでarXivに投稿した。
私は工学部合成化学科の大学一年の物理化学の授業でこの教科書を教わった。授業の様子は(先生の名前も含めて)殆ど覚えておらず、多分半分近くは自主勉つまり欠席したと思う。物理化学を医学部一年生に教える、逆の立場だった今は、微妙な感じがする。その授業を振り返り、残念だった点を考えた。講義の様子は全く覚えていないので、図書館から教科書を借りて、三十年ぶりに読んだ。自分の使った教科書は、研究室を去る際、後輩にあげてきたので。
まずこの教科書には、高校の物理や化学で学んだこともたくさん書いてある。高校の教科書に書かれた内容は、難関大学の受験生なら、かなり複雑な応用問題でも解けるように訓練されているので、省略可能な内容がかなりあると思われる。そして既習内容の合間に未修内容がある。例えば上巻の未修内容は、ビリアルを使った気体状態方程式の導出、輸送係数、固体の欠陥や熱容量、相律、標準電極電位やネルンストの式、エントロピーや自由エネルギー。下巻前半では量子論(シュレーディンガー方程式)や分子軌道が書かれ、その後典型元素、遷移金属元素の無機化学、簡単な有機化学と生化学となっている。下巻後半では、高校既習内容があると同時に、有機化学や生化学など別授業で教えたい部分もある。そこで、高校の既習内容や別授業でやる内容を省略し、理解が難しい未修内容に絞ると、退屈しない授業になると思う。またこの教科書には式が少なく、重要な結論は書くが、その導出や解説を避ける部分がある。その結果、自然現象はある統一理論で説明予言できる、というワクワク感が伝わらなかったのだと思う。
私のこのような意見や趣味が、私担当の化学基礎2の授業に反映されていた。
自主勉をすることにした私は、生協の本屋と教養の図書館で代わりの教科書を探した。色々見てキッテル熱物理学という教科書を選んだ。また父親が大学時代に使った、久保亮五 大学演習 熱学・統計力学の問題集を解くことにした。これは物理化学というより統計力学なのだが、統計力学の授業は、1回目だけ覗いて履修しなかったと思う。メイアンは多分、試験前に読んで勉強した。
分子運動論から気体状態方程式を導く授業は覚えている。当時は数学的な扱いに魅了されたが、現在では分配関数から導出する方が真実なので良いと思うようになった。エントロピーを導く授業は、積分因子を求める方法なので、面倒で良く分からないものに見えた。下巻の口絵に著者Mahanの写真があったが、試験前に友人たちがこの写真をみてぼやいていたことを思い出した。