通称五十肩と呼ばれる肩関節周囲炎は特に中年以降から好発し、全人口の2-5%の人が一度は経験すると推定されています。
本疾患の治療は一般的に疼痛痙縮期、拘縮期、回復期の3期に区分しますが、病期が拘縮期に移行した際に痛みの軽減と共に積極的な運動療法を展開していくのが特に重要です。この療法は理学療法士による毎回1時間程度の関節可動域訓練をメインとし、可動域拡大の効果が出るまで続くものですが、作業時間が長く(週1回以上推奨,最大で1年間継続)重複作業が多いため、肉体的にも精神的にも理学療法士の疲労が溜まりやすい特徴があります。
そこで理学療法士の代わりに患者に本訓練を実行する肩関節用持続的他動運動訓練器(以下肩CPM)が1970年代から開発され、理学療法士の負担軽減とリハビリテーションの効率向上に貢献しております。
しかしながら、現時点において市販の肩CPMは肩関節の可動域訓練にのみ対応し、肩関節周囲炎の対象部位に含まれている肩甲骨の可動域訓練に対応していないという課題を抱えています。また、市販の肩CPMは事前にプログラミングされ、単一の軸に沿って回転するような比較的に簡単な動きにのみ対応する物がほとんどですがが、理学療法士による可動域訓練の動作は患者ごとに異なる可能性があるため、性能と仕様面において理学療法士の可動域訓練動作を精確に再現できない可能性があります。
そこでリンク機構の設計等により肩関節だけでなく肩甲骨の可動域訓練にも対応し、また理学療法士の可動域訓練動作を記録し精確に再現できる肩関節周囲炎リハビリテーション用アシストロボット(上図)を開発しました。当アシストロボットシステムは180度回転することで左右両側の肩に対応し、また産業用ロボットのティーチングとプレイバックモード(人間が手動でロボットを所望の動作通りに動かし、ロボットがそれを「学習」し再現する)からインスピレーションを得て、最初は患者にロボットを装着した状態で理学療法士が可動域訓練の動作を行い、それ以降はロボットが記録した動作を単独で再現することで理学療法士の可動域訓練動作の精確な再現を実現しました。
具体的には下図に示す通り、ヒトの肩関節・肩甲骨は合計で6つの自由度が存在しますが、実験を通して健常被験者の左右両側の肩で合計12個の自由度において記録した可動域訓練の動作を精確に(最大瞬間誤差5[deg]以内)再現できることが検証されました。さらに実際の理学療法士による可動域訓練動作を模擬するため、左右両側の肩で複数の自由度が同時に係る「複合動作」でも同じく記録と再現の検証を行い、おおむね同じ結果が得られました。
※具体的な実験動画のスクリーンショットは長いため論文内でご覧ください。
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[1] Sun, X., Makino, K., Kurita, D., Kaneko, H., Ishida, K., & Terada, H. (2025). Development of a Rehabilitation Apparatus for Frozen Shoulder Enabling Total Motion of Shoulder Complex. Robotics, 14(2), 12.
山梨大学により開発され、現在世界中で広く使われているSCARAロボットアーム(左下図)を4台用いたロボットアームプラットフォーム「Quad-SCARA」(左上図)でハンカチのような柔軟物の把持・操作を行っています。しかしながら、4台のロボットが狭い空間の中でお互い干渉せずに所定位置まで移動するのは容易ではありません。
そこで2017年に提案され、近年において有用性が高く評価されている複数物体の衝突回避アルゴリズムBuffered Voronoi Cell (BVC)を活用しました。しかしながら、BVCは床で縦横無尽に移動できる車輪ロボット群のようなマルチエージェントシステムのためのアルゴリズムであり、同じ台に固定されており、またベースやアームを持っている複数のロボットアームは想定しておらず、そのまま適用することはできません。そこで独自の概念「静的BVC」を新規提案することでロボットの自己干渉を回避し、またBVCパラメータの最適化により限られた狭い空間を最大限に活用し、本来対象外であるQuad-SCARAにこの手法を適用することに成功しました。これにより、衝突回避を保証した上で4台のロボットの協働作業によるハンカチの折り畳み・展開を実現しました。
[2] Sun, X., Ishida, K., Makino, K., Shibayama, K., & Terada, H. (2023). Development of the “Quad-SCARA” platform and its collision avoidance based on Buffered Voronoi Cell. Robotica, 41(12), 3687-3701. doi:10.1017/S0263574723001236
等身大四肢型ロボットWAREC-1Rを用いて、災害現場などの極限環境下での作業を模擬し、VRゴーグルと腕・手先位置姿勢測定装置FST, FSG (Flexible Sensor Tube, Flexible Sensor Glove, 千葉大学並木研究室ご提供)を利用し遠隔操作で電動ドリルのような工具を把持しその操作を試みました(左上図)。
しかしながら、電動ドリルの形状の複雑さや遠隔操作の遅延、VRゴーグルが表示する映像と実際の奥行感覚との違いなどの原因で遠隔操作でのロボット電動ドリル把持の成功率は非常に低い物でした。そこでLinux OS内のシミュレータGazeboでロボット、ロボットハンドに装着されたカメラ、電動ドリルおよび背景などをモデル化し、深層強化学習手法であるDeep Q Network (DQN)を用いて、カメラからどんな画像が見られたら電動ドリルをうまく把持できるかをシミュレータで学習させました(左下図)。シミュレータで得られた学習モデルと現実の差(下図)を減らすため、DQNでの学習中にカメラから見たドリルの背景や光・影の条件をランダムに変更し、学習モデルのロバスト性を向上しました。
また、物体検出アルゴリズムYOLO v3を用いて、現実世界での遠隔操作時に電動ドリルを検出させ、ドリルを把持するまでの人間の操作をアシストするシステムを開発しました。「近づける動作の合図」のみ人間が行い、具体的な動作はすべて深層強化学習および物体検出の学習結果によって生成し、実行させました。その結果、電動ドリルの把持成功率が従来の4%から76%まで向上しました。
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[3] Sun, X., Naito, H., Namiki, A., Liu, Y., Matsuzawa, T., & Takanishi, A. (2022). Assist system for remote manipulation of electric drills by the robot “WAREC-1R” using deep reinforcement learning. Robotica, 40(2), 365-376.
下記WAREC-1のはしご登りにおいて、ロボットのサイズ(身長約1.7m)と重量(150kg以上)により生じてしまうロボット本体のたわみが原因でロボットの手と足に相当するエンドエフェクタがはしごの桟にうまく引っかからず、はしご登り失敗の原因になることがありました。博士学位論文ではたわみによる誤差をセンサで測定し吸収していましたが、その測定自体にも時間がかかってしまいます。
そこで根本的な対策として、有限要素法によるロボットの静解析やモーションキャプチャ技術を利用し、ロボットの四肢において変形が集中する箇所を特定しました。それらの箇所のみ部品の追加・設計変更することでロボット重量のわずか1.7%増加の代償で手先・足先たわみの60.4%減少を実現しました。これにより従来不可能であった「一段飛ばしはしご登り」という新しいはしご登り法を実現し、安定化に必要であった誤差検出やロボット重心移動など時間がかかる手順が不要な安定かつさらに速いはしご登りを実現しました。
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[4] Sun, X., Ito, A., Matsuzawa, T. et al. Limb Stiffness Improvement of the Robot WAREC-1R for a Faster and Stable New Ladder Climbing Gait. J Bionic Eng 20, 57–68 (2023).
博士時代の研究成果のまとめとして、等身大四肢型ロボットWAREC-1の
(1)はしご昇降の安定条件とそれに基づいた全身動作生成の提案
(2)ロボット四肢先端の反力制御によるはしご昇降の安定化
(3)超小型近接覚距離センサによるはしご桟高さ・傾斜認識とはしご登り
をすべて統合し、実験で検証・評価しました。
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[5] Sun, X., Hashimoto, K., Hayashi, S. et al. Stable Vertical Ladder Climbing with Rung Recognition for a Four-limbed Robot. J Bionic Eng 18, 786–798 (2021).
[1]の肩リハビリテーション用ロボットシステムに関する研究はJSPS科研費22K12934の助成を受けたものです。
[2]のQuad-SCARAに関する研究は山梨県大村智人材育成基金事業よりご支援いただきました。
研究で用いられたロボットアーム一式は株式会社山梨技術工房よりご寄贈いただきました。
[3]~[5]のWAREC-1・WAREC-1Rに関する研究は内閣府総合科学技術・イノベーション会議により制度設計された革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)「タフ・ロボティクス・チャレンジ」により,科学技術振興機構(JST)を通して委託され,早稲田大学理工学術院総合研究所および早稲田大学ヒューマノイド研究所,早稲田大学次世代ロボット研究機構の下で実施されました.
研究で用いられた3D CAD はソリッドワークス・ジャパン株式会社,ケーブル・コネクタは大電株式会社,実験に用いたクレーンは株式会社キトーよりご提供いただきました。