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「歓喜」と聞いて、はじめは戸惑った。自分にはそんな感情があっただろうか。
でも思い出してみる、子どもが無事に生まれたとき、壁画を描きあげたとき、
美術館に絵が飾られたとき。あの時、胸の奥に静かに満ちていったもの。
それが私にとっての“歓喜”だったのではないか。
子どものころ、人前に立つのが苦手だった。ピアノの発表会に出なかった。
顔は赤くなり、手汗がひどくていつも恥ずかしかった。大人になって多汗がマシになる手術を受けた。
その時、医師から「これは優しい子がなるんだよ」と言われ、少し救われた気持ちになった。
今も緊張は残っているが、人前で話すことに少しずつ慣れてきた。
幕が上がる前のホワイトハンドコーラスの子どもたち。緊張と静けさのなかに、
自分を信じて立とうとする意志を持つ。これまで積み重ねた時間や仲間と歌う喜びへの期待が宿っている。
まだ歓声はないけれど、心の奥には何かが芽生えようとしている。
誰かと一緒に表現をしようとする瞬間、じんわりと心に差し込む光のようなもの。
歓喜は、大きな声や何かを成し遂げたその時だけでなく、不安を超えて立ちあがろうとする、
その小さな勇気の中にあるのだと思う。
(メインビジュアル担当/画家・田中千智)
福岡市文化芸術振興財団では、小学校にアーティストを派遣し、子どもたちが文化芸術に触れる機会を提供する事業や、
年齢や障がいの有無などに関わらず、誰もが文化芸術に触れることができる事業に特に力を入れています。
今回は、ホワイトハンドコーラスNIPPON、九州交響楽団、九響合唱団のご協力により、今年開館した福岡市民ホールで12月7日に実現できる運びとなりました。
この公演に出てみたいと、自ら手を挙げた子どもたちが、一生懸命に練習し、緊張感に包まれながら、
ステージに上ります。
そして、プロオーケストラの演奏のもと、のびのびと一人ひとりが、音を感じ、表現する。
出演者、来場者それぞれの想いが、会場全体に広がっていき、“歓喜”の輪が広がる、そんな公演にしていきたいと思っています。
クラシックコンサートになかなか足が向かなかった方々や、一度、第九の響きを聞いてみたかった方々にも、
気軽にご参加いただけるよう、ヒアリングループや手話通訳などの鑑賞サポートも充実して、
皆様のご来場をお待ちしています。
(福岡市文化芸術振興財団/専務理事・小野哲司)
ベートーヴェン作曲交響曲第九番「歓喜の歌」。第4楽章の冒頭には、シラーの詩に先立ち、ベートーヴェン自身が書き加えた一節があります。
「友よ、このような音楽ではない。もっと喜びに満ちた歌を、いっしょに歌おうではないか」
200年前のこの“呼びかけ”が、いま福岡で「市民参加型の第九」として歌い継がれるのは、歴史的な奇跡です。
歓喜は、わたしたちを兄弟姉妹にし、離れ離れになった人ともつなぐ魔法。
――そのメッセージは、時代を超えて、ことばを超えて、私たちをつなぎます。
音が聞こえない子どもたちも、声を出せない大人も、ホワイトハンドコーラスでは“手歌(しゅか)”という手話の表現で「歓喜」を見える音楽にします。
私の夢は手歌パート付きの第九が世界スタンダードになること、ろう者も障害のある人もみんなで歌えるのが当たり前になることです。3年かけて完成させたドイツ語手話版です。手を使い、身体全体であたらしい「第九」を創りませんか?
福岡の舞台で歓喜の火花となるみなさまの「サイン」に出会うのを楽しみにしています!
(ホワイトハンドコーラスNIPPON芸術監督/コロンえりか)
「第九のきせき」は、私がはじめてホワイトハンドコーラスの子どもたちと“歌でつながった”時間でした。
写真の軌跡に流れるその時間を共に歌いました。
あんなにも、撮る時間そのものが幸せで、楽しいと思えたことはありません。
真っ暗なスタジオ。声をかけても届かない。
けれど、呼吸や気配、緊張のリズムを感じながら、私は静寂の中にシャッターを切りました。
その瞬間、私たちは音ではなく、“歓び”を歌っていたのです。
その写真を展示したある日、全盲の女の子が、耳を澄ませながら「素敵な写真展ですね」と微笑んでくれました。
その一言が、私の写真観を変えました。写真は“見る”ものだけじゃない。
触れる、聴く、感じることで、もっと自由でやさしく広がっていきます。
そんな思いから、今回は写真家自身の声で語る“音声ガイド”を取り入れました。
さらに会場では、あなた自身が「第九のきせき」の作品になれるフォトセッションも開催します。
これまで600人以上が参加し歓喜の表現を写してきたこの撮影。今度は、あなたの“きせき”を写真に残しませんか?
展覧会もコンサートも、“参加する”ことで生まれる奇跡があります。
福岡でも、喜びを一緒に歌いたいです。皆様とのセッションを楽しみにしています!
(フォトグラファー/田頭真理子)
第九と言えば「歓喜の歌」。その特徴と言えば単純であること、繰り返されること。
一度聞けば忘れられない、最初はチェロで奏でられるあのメロディだが、次に繰り返される時にはすぐにでも一緒に歌えるような。
作曲家の野村誠さん(熊本在住)の言葉を借りれば「繰り返されることでお客さんが参加できる音楽」。
そう、このベートーヴェンの音楽はオーケストラも合唱も独唱も聴衆も参加することができる、元祖インクルーシブ音楽の要素を元々持っている。
トルコの音楽も出てくるし、伝統的なキリスト教の典礼文でなくシラーの詩とベートーヴェン自身の言葉で歌詞が紡がれて、どんどん広がっていく世界。
そんな第九であるから「手歌」が加わることはベートーヴェンは大歓迎のはずだ。
当時「手歌」があったのなら合唱に組み入れていたかもしれない!
確かに今回「新しい第九」の公演なのだけれど、こうなることは第九の持っている本来の運命なのだと思う。
(九州交響楽団 音楽主幹/柿塚拓真)
いつだって、ぼくたちは壁にぶちあたる。
というか、自ら作っている。
僕にはできないのではないか。
僕にはまだ早いんじゃないか。
僕には似合わないのではないか。
あの人には見向きもされないはずだ。
あの人には取り合ってもらえないと思う。
どうせわかってもらえないのだ。
うんぬんかんぬん。
世間があるからどうしようもない時もあるけど
自作の壁は自分で壊せば良いのだ。
誰かと一緒なら尚良い。
そんな人と出逢えて友となる。
そもそも神様が作ってくれた道にはどんな壁もないのだ。
周りがそう思っていたらそう生きられる。
今回の舞台上でその夢が叶う。
そんな人たちが
声で 身体で 表情で 楽器で
皆さんに呼びかけるのだ。
僕たちは出逢ったんだ。
こんな素敵な世界に。
ありのままの想いが1番美しい。
シラーとベートーヴェンが結んでくれた縁。
そんな優しい魔法で繋がった人たちの
繋がれて明日へ進む希望の歌が
皆さんの涙を払って歓喜に変える。
舞台の上はみんながパートナー。
高く。高く。花火みたいに伝えたい。伝えたい。
きっと客席も一つになれるはず。
そうすれば会場が大きな翼になる。
その日はもうすぐなのです。
翼に乗って飛び立ちませんか?
(指揮 辻博之)※「辻」は一点しんにょうが正式表記
それまで、大作品である第九について、
「人間讃歌でしょ?」と、先入観まじりで、
知った気分になっていたところがあった。
名作や大作品ならではの「知っている」という認識や、
皆の共有財産のようなパブリックな佇まいは、
観賞経験や感動を少し間引いてしまう。
このプロジェクトに参加することで初めて知った「手歌」は、
そんな「知ったつもり」の第九の表現に、
今一度、まっさらな気持ちで接する機会を与えてくれた。
ドイツ語の歌詞である第九が表現するところを、
日本語を経由することなく、手歌の表現によって、
ことばを超えて感覚的にまるごと理解できた!
そんな不思議と驚きに満ちた経験は、
ユニバーサルとかインクルーシブという、
これもまた、知った気分になっている大テーマに対する自分の理解を
見直す必要があるかもしれない。と、考えるきっかけにもなった。
手歌が表現する「Freude!」は、
言語では表現したり、理解しきれない『歓喜!』を
別のカタチの豊かな表現で伝えてくれる。
そんな第九との全く新しい出会いの期待をもってデザインを担当し、
公演の幕が開くことを心待ちにしている。
(デザイナー 北川正)
「第九」を知らない人や、これまで一度も聴いたことのない人にも“見える第九”を届けたいと思っています。
そのためには、さまざまな表現方法に挑戦することが大切だと感じています。
たとえば、手話だけでなく、手話ポエム※や身体全体を使った表現など、言葉を超えて伝える工夫を重ねていきたいです。
手話と動きや表情、リズムを通して、「歓喜の歌」がもつ「すべての人は兄弟になる」メッセージを感じてもらえるようにしたいです。
観客の一人ひとりが「第九」の世界を自分の心で受け取り、音のない音楽を“見る”ことができるように、これからも挑戦を続けていきたいと思います。
※手話ポエム
手話だけでなく全身を使って感情や情景を表現すること
(ホワイトハンドコーラスNIPPON 手歌ソリスト 信太美紗生)
今回、福岡市での開催をとても楽しみにし、そして嬉しく思います。
私の故郷は佐賀県杵島郡なので、とても親近間が湧きました。
わたしたちは聞こえる人も聞こえない人も共に楽しめる共生社会を推進します。
どうぞお楽しみください。
(ホワイトハンドコーラスNIPPON 手話監修 井崎哲也)
(公財)福岡市文化芸術振興財団 「みえる かんじる 新しい第九」担当
☎ 092-263-6265(平日9:30~17:00)