「げ、雨だ~……!」
三月が窓を見ながらそう言った。つられて外を見ると、大粒の雨が窓を打ちつけて出している。仙舟での任務を終えて列車に戻るというときに、タイミングが良いのか悪いのか、降り出したようだ。
「傘を買って帰るか?」
俺はそう提案するが、穹は乗り気じゃないらしい。窓の外を見たままぼんやりとしている。
「上がるまで待とう。濡れたくないし」
幸いここは軽食屋で、依頼のお礼と出された食事を終えたばかりだ。穹は面倒くさそうにそう言うと、背伸びをする。三月がだらしないとでも言いたげな目で穹を呆れたように睨みつけた。穹はそんな視線を無視して、のんびりとあくびをする。
「眠いのか?」
「うん……」
彼はぼんやりとした調子で返事をすると、そのまま俺の肩に頭を預けてきた。穹は半分寝かけてるのか、俺が押し返そうとしても特に抵抗しなかった。それどころかそのままずるずると体勢を崩してしまう始末だ。仕方がないので俺は彼の肩を抱いて引き寄せた。
「あ……」
穹は眠そうに目を擦ると、体重を預けてきた。俺はその頭を優しく撫でる。すると穹は気持ちよさそうに目を細めた後、俺の胸に顔を押しつけるようにして抱きついてきた。
「丹恒あったかい」
「そうか」
「アンタたちって、本当に最近距離が近いよね……」
「なのもおいで。あったかいよ、丹恒」
「俺は湯たんぽじゃない」
「……はあ」
三月は向かいの椅子で憂鬱そうにため息を吐いた。俺はされるがままになりながらも、穹の好きなようにさせることにした。雨音と、時折彼のふわふわとした吐息が聞こえるだけの静かな空間で、俺も自然と瞼が重くなってくるのを感じた。だが流石にこんな場所で寝るわけにはいかないと理性を働かせて瞼を開ける。と、穹が俺の膝の上に頭を乗せてきた。
「寝てもいい?」
「だめだ」
「ケチ」
穹は不満そうに呟くと、俺の腹に顔を埋めた。その頭がいつもより熱いのを、今更ながら感じる。
「穹、熱があるんじゃないのか」
「んー、わかんない……」
穹は面倒くさそうに言うと俺の身体にしがみつくように腕を回す。俺はそんな彼を引き剥がそうとするが、意外と強い力でホールドされているせいか離れない。俺は諦めて彼の頭を撫でた。穹は気持ちよさそうに目を細めて俺の手のひらに頭をすり寄せてくる。額に手を置いてみるとやはりいつもより熱いような気がした。
「穹、やはり熱があるようだ」
「俺多分、あんまり風邪とかひかないから、わかんないんだよね」
穹は気怠げに答えると、また俺の膝上に頭を乗せた。見るからに憔悴が激しい。三月が心配そうに眉をひそめる。俺は三月に言った。
「三月、お前は先に列車に戻れ。俺は穹の熱が下がってから帰る」
「……宿は? 将軍にはもう帰るって言っちゃったけど……」
「周辺で探す。この程度、彼の手を煩わせることも無いだろう」
「……そう?」
三月はチラチラと心配そうな様子で穹を見ては質問を繰り返していたが、最終的には俺の言い分に納得してくれたようだ。立ち上がって入り口に立つと傘を広げる。そして俺に念を押すように言った。
「丹恒なら大丈夫だとは思うけど……穹のことちゃんと見ててよね。こいつすぐ奇行に走るんだから。熱がある時なんて本当に何をするかわかったもんじゃないし!」
「ああ」
三月は『絶対だからね!』と言うと、足早に雨の中店を出ていった。俺はその背中を見送りながら、穹の頭を撫でる。
「丹恒……」
「ん?」
穹は甘えたように俺の名前を呼ぶと、ぎゅっと抱きついてきた。そのまま頭をぐりぐりと押し付けるようにして胸に顔を押し付けてくる。
「どうした? 熱が上がって、辛いか?」
俺はそう言いながら穹を抱きしめる手に力を込めた。すると彼は顔を上げた後、不満そうに頬を膨らませる。
「俺のこと、また子ども扱いしてる」
「していない。病人扱いはしている。……店主にこの周辺で宿がないか聞いてくる、そこで待っていろ」
俺は穹の頭を撫でると、立ち上がって店主の元へ向かった。店主は快く知り合いの宿を紹介してくれた。幸い徒歩で行ける距離に空き部屋があるようで、俺は礼を言ってその宿へと向かうことにした。
「穹、歩けるか?」
「うん……」
ぼんやりした顔で穹は俺の肩に寄りかかるようにして身体を預けてくる。さきほどより呼吸が荒く、足取りも覚束ない。傘を広げ、穹の身体を濡らさないような位置取りで彼の腰に手を回して歩く。
「丹恒、」
「ん?」
「なんか、俺、ドキドキしてる」
穹は熱っぽく潤んだ瞳で俺のことを見上げてきた。その表情にどきりとする。だが彼が病人だということを思い出して平静を装うと口を開いた。
「熱が上がっているからだろう」
「違う、丹恒と、こんなところでくっついてるからだ……」
「それは……仕方ないだろう。お前がふらふらしているから……」
「……」
穹は俺の肩に頭を擦り付けるようにして甘えてくる。俺はそんな彼の様子に少し戸惑いながらも、宿を目指すことにした。が、思いのほか近くすぐにたどり着く。
「先に入っていろ」
「……」
穹は静かだった。ぼんやりとした表情で辺りを見渡すと、ふらふらと俺の身体から離れ、壁伝いに部屋の中へ入って行く。俺はその後ろ姿を不安げに見ながら、傘を畳んだ。そしてベッドに倒れ込むようにして横になる穹に近づき声をかける。
「タオルを取って、水をくんでくる」
既に彼の身体は汗だくだった。この状態では風呂にも入れないだろう。穹は無言で呼吸をしていた。
俺は急いで用意したタオルを濡らすと、軽く絞り穹の額に乗せてやった。すると彼は気持ちよさそうに眇める。俺はようやく反応があったことにほっと息を吐いた。
「ん……つめたい」
「気持ちいいか?」
「うん……」
穹はとろんとした目で俺のことを見上げると、舌足らずな声で言った。
「丹恒、いっしょに寝よ」
俺は思わず言葉に詰まった。穹は熱に浮かされたように俺を見つめている。その瞳にはいつもの強い意志の光は無く、代わりにどこか蕩けるような柔さがあった。その無防備な姿に胸が締め付けられるような感覚がして、しかし俺はそれを振り払うように首を振った後、できるだけ優しく言い聞かせるようにした。
「それは駄目だ。風邪が移って共倒れになったら困る」
「俺、丹恒になら、移してもいいよ……」
「……? お前は何を言っている。ああ……熱が上がって、訳がわからなくなっているのか。もういいから寝ていろ……」
「やだ……丹恒といっしょがいい」
穹は駄々をこねる子供のように首を横に振ると、甘える視線で俺のことを見上げた。俺はその熱い手を握って優しくさすってやる。
「一緒には寝てやれないが、ずっとここにいる。安心するといい」
潤んだ金色には俺の顔が映っている。熱のせいかその瞳は不安げに揺れていた。俺は少しでも安心させてやりたくて、その汗ばんだ前髪を撫でてやった。
「丹恒」
「ん?」
「……すき。ありがと」
穹のその言葉と同時に、すうと瞼が落ちる。言うだけ言って、どうやら彼は寝てしまったようだ。俺は彼の手を握ったままベッドの横にある椅子に腰かけて細く息を吐いた。
窓の外では雨がざあざあと降り続いている。俺はそれを見ながら、どうか存外さみしがりの彼が悪夢など見ないようにと祈りを込めて、その手を握り続けていた。
穹の寝息が聞こえる。徐々に穏やかになっていくそれを聴きながら、俺は彼の柔らかな髪を撫でていた。するとふいに、彼が小さく身じろぎをしたのがわかった。そしてゆっくりと痙攣させていた瞼を開いていく。彼は焦点の合わない瞳でぼんやりと俺の顔を見返すと、不思議そうな顔をした。
「あれ……?」
「起きたか?」
穹は瞬きを繰り返すと身体を起こした。そして辺りを見渡すように視線を巡らせた後で、自分の置かれている状況が理解できないかのように首を傾げる。
「ここ、どこ? なのは?」
「ここは仙舟の宿で、三月は列車だ。任務を終えたタイミングでお前が熱を出して、俺は三月と別れ、お前を連れて宿まで来た」
「そ、っか……」
穹はどこか安心したように息を吐くと、俺に言った。
「丹恒は?……帰る? もう俺一人でも大丈夫だと思うけど……」
「側に居る。一緒に帰ろう」
「……」
穹は俺の言葉に目を瞬かせた。そして我に返ったようにハッとしたあと、こくりと頷くと、なんとも形容しがたい顔でいそいそとその手に布団を握りしめた。
「どうした?」
「別に……なんでもない」
穹はそう言いながらも、唇をむずむずと動かして何か言いたげな表情をしている。俺は彼の言いたいことを察して、意地悪く言った。
「なんだ? 俺と離れたかったか」
「そんなわけないだろ、いじわるだな……」
「冗談だ。拗ねるな」
俺がそう言うと、穹は不満そうに唇を尖らせた。そして上目遣いで俺を見ると、おずおずと伺うように言った。
「俺……寝言で変なこと言った?」
「いや」
「……そう? なら、いいんだけど」
穹は安堵したように息を吐いた。俺はそんな彼の頰に手をやって、するりと撫で上げる。穹は心地よさそうに目を細めると、俺の手に自分の手を重ねてくる。
「丹恒の手、冷たくて気持ちいい」
「お前が熱いんだ」
指先が絡まる。
「……夢の中に、丹恒が出てきた。カフカにおいていかれた俺に、丹恒が手を差し出して、一緒に行こうって言ってくれたんだ。その向こうになのたちも居た。だから起きたとき、よくわからなくなってて……でも今はわかってる、それは単に、ここが仙舟だからだ」
穹はひとり納得した声で喋り倒して、唐突に黙った。俺はそんな混乱が収まっていない穹の手を静かに握り返す。
「お前の夢はカフカ一色だな」
「丹恒も居たけど……もしかして嫉妬?」
彼は一瞬目を丸くしたあと、からかうような笑みを浮かべた。
こうして手をつないでなければ、お前の見る夢の中にきっと俺は存在しなかっただろう。純粋によかった、と思った。嫉妬が無いと言えば嘘になる。だがそれ以上に、彼が苦しんでいるところに自分が間に合ったことへの安堵が勝った。
「嫉妬してくれてるんだ? かわいいね、丹恒」
「お前はすぐ調子に乗る」
「えー?」
穹はくすくすと笑った。人は過去には勝てないという。それは景元将軍や刃、鏡流を見るにひとつの真実ではあるのだろう。しかし俺は穹の過去がどうであれ、これから先の未来で隣に並び立つのが俺であれば、それ以外はなにも望まない。
「穹」
俺は彼の名前を呼ぶと、彼の髪に触れた。
「早く良くなれ」
「……うん。丹恒が居れば、すぐ良くなる」
穹はくすぐるような笑いを漏らして、そっと瞼を閉じた。
翌日にはすっかり熱が下がり、穹は元気を取り戻した。とはいえ体調を崩したのだ、もう一日休んでから列車に戻ろうということになり、俺たちは宿でのんびりしていた。
「丹恒、何か欲しいものはあるか?」
「いきなりどうした?」
俺が尋ねると、穹は不思議そうに首を傾げた。
「看病のお礼」
「……礼か」
俺は穹の言葉を反芻するように呟くと、少し考えて言った。
「お前」
「へ?」
穹はぽかんとした表情で俺のことを見つめる。俺はそんな彼の頭を撫でて言った。
「お前が欲しい、と言ったらどうする?」
俺がそう聞くと、穹の顔が一気に赤く染まった。彼は狼狽えたように視線を彷徨わせると、小さく頷く。
「……うん、良いよって言う」
そして俺の胸の中に飛び込んでくる。
「でも……しらなかったな。俺が欲しかった、んだ? 丹恒ってば……」
照れたような、からかうような声だった。全く取り繕えないまま、むず痒そうにはにかむその表情が可愛らしくて、俺は思わず彼の背中に腕を回して抱きしめた。
「そうだと言ったら、お前はどうする」
俺は穹の耳元で囁くように言った。穹は息を詰めた。その耳を見れば、これ以上無いほど真っ赤に染まっていた。彼はおずおずと俺の背中に腕を回すと、ぎゅうと力を込めて抱きついてくる。そして消え入りそうな声で言った。
「喜んであげる……」
俺は堪らなくなって、彼の後頭部に手を添えると、噛みつくようにその唇を塞いだ。穹は一瞬驚いたように身を強ばらせたが、すぐに俺の口付けを受け入れたように力を抜いた。角度を変えながら、俺たちは何度も唇を重ねる。穹は最初こそ俺に委ねていたが、だんだんと自分からも求めるようになった。俺はそのまま彼の身体を押し倒し、ベッドの上に組み敷く。すると穹は驚いたように目を見開いて固まったあと、恥ずかしそうに視線を逸らした。
「ここ、外だけど……丹恒……」
「宿の中だ。それに昨日はお前につきっきりで、俺は『何も出来ていない』」
その言葉に穹は口を噤む。何かを失敗した、と言うような顔で、彼は俺を見上げた。
「嫌ならしない」
「そんなわけない……丹恒が積極的でうれしい……でもなんか、焦ってないか?」
焦り。それはある。恋人になってから、より彼の側にカフカの気配を感じるようになった。ただの親友であるうちには気にならなかったそれら。彼らが『そういう』関係で無いだろうことはもはや承知の上で、彼の手管には間違いなく彼女の影響が見て取れた。例えば俺の髪を掻き上げるように撫でる癖、グラスを差し出す指先の艶めかしさ、会話での沈黙の選び方、『おいで』と俺を呼ぶ声色。時折唐突に顔を出す、彼に似合わない洒脱さが、それら全てが彼女のものに思えて仕方がない。
「……否定はできない」
だから早く俺を彼の手で塗り替えてほしかった。過去に勝てないのは承知の上で、それでも彼が選んだ俺だけは全て彼の選択によって構成されているのだと、例え自己満足に過ぎないとしてもそう実感したかった。俺は彼の未来にあるものとして存在したい。だから彼が求める全てを有していたい。そのためには一刻も早く、俺は彼に染まる必要があった。
「う……なんで……」
性急な手つきで彼のズボンをくつろがせ、前に口を寄せると、そこに吸い付くように口付ける。
「ちょ、っと、待って丹恒」
「ン、…む」
「おい、っぁ……本当に待って……!」
穹は慌てた様子で俺の頭を押し返してくる。俺は不満を隠そうともせず、渋々顔を上げた。そして穹の様子を伺う。彼は頰を紅潮させて息を乱していた。
「丹恒が、そんなだと……俺、すぐイっちゃう……」
「駄目なのか?」
「だめ……だめじゃないけど……だ、だめにされる……丹恒に……」
穹は泣きそうな声でそう言うと、俺の肩にしがみついてくる。そして消え入りそうな声で言った。
「丹恒にもちゃんと気持ちよくなって欲しい……俺だけすぐイッちゃうのむなしくなるから、いやだ……」
なんてさみしがりだ。俺は穹の頭を撫でると、額にそっと口付けた。彼は驚いたように目をぱちぱちさせたあと、不満そうに唇を尖らせた。
「そこで誤魔化すなよ」
「誤魔化したつもりはないが」
俺はそう言うと、もう一度彼の下半身に顔を埋める。そして先程よりも強めに吸い上げると、穹は焦ったような声を上げた。
「あ……っ! ま、まて……って」
俺の頭を引き剥がそうとしてくる手を無視して続けると、次第に穹の抵抗は弱くなった。俺の頭に添えられた指が弱々しく髪を掴むだけだ。喉奥まで先端を押し当てていると、その指先が震えていることに気が付いて顔を上げる。そこには泣きそうな眼をした穹がいた。俺は覗き込むようにして顔を近づけた。
「……丹恒って、マゾなのか?」
「違う」
「でも、ちょっと……うれしそうな顔して咥えてた……えっちだった」
穹は俺の頬を両手で包み込むようにして触れてくる。少し困ったような声で言った。
「俺のせい?」
俺はその問いには答えず、下から彼の唇に噛み付くような口付けをした。
「ふ……っ」
穹は俺の首に腕を回すと、そのまま俺の咥内に舌を差し入れてきた。じんわりと頭が痺れるような口付けだった。冒されてる。侵されている。犯されていた。穹という人間に、俺という存在が支配され、上書きされてゆく。それはとても甘美な感覚だった。
「は、っん……んぅ……」
自分の鼻から甘ったるい呼吸が漏れていくのに眉を顰める。穹の声であればいくらでも聴いていたいが、自分の声は聴くに耐えない。それでも彼に調教された身体は彼の好む姿に仕上がっていて、意識しなければ声を抑えることが出来なくなっている。それがまた、俺のことをおかしくさせた。かみ合わなくなって活動を鈍る歯車のように、俺の理性もゆっくりと壊れている。
「ん、ぷぁ……あ……っ」
穹は唇を離すと、唾液に塗れた唇をちろりと舐め上げた。それから俺の頰に触れるだけの口付けを落としていく。俺はその微かな刺激ですら反応してしまいそうになるのを抑えながら、下半身を雑に脱ぎ捨てて、彼の前で足を閉じ、腰を持ち上げて振り返った。
「きゅう……」
「……えっ?……それは……えっと……素股させてくれるってこと……?」
「すまた……とは、なんだ?」
今日もそこを弄くり倒されるのかと思って俺が構えていると、穹は何やらよくわからないことを言ってひとりで慌てている。
「ごめんなんでもない。丹恒は無自覚すけべの天才だなって思っただけ」
「……褒められているのか貶されているのかどちらだ」
「ん、ほめてる……」
穹はそう言いながら俺のふとももを撫でた。それから既に屹立した自身を何度かしごくようにして硬度を持たせたあと、内ももの隙間にその熱を埋めてきた。
「ん、ン……? 穹……何を……?」
「足、ちゃんと閉じてて」
俺は言われるがままに、彼の指示に従った。穹はその間にも腰を動かし始める。すると俺の下肢の間でぬちぬちと粘着質な音が響き始めた。挿入されているわけでも無いのに、まるで本当に交わっているかのような感覚に陥って妙な気分になった。
「いやか? こういうの」
頭の後ろから聞こえるその声が妙に心細く聞こえてしまって俺は目を見開くと、力強く首を横に振った。
「いやじゃ、ない」
「なら、よかった」
穹は安堵したように息を吐くと、また腰を振り始めた。俺は彼の動きに合わせて内ももに力を込める。すると余計に彼の熱を感じるような気がした。それは熱く脈打っていて、俺の下腹まで刺激が届くほどだった。
「あ、ッん……ぅう……」
「ん……っは、あ……やば……」
穹の息遣いが聞こえてくる。それすらも快楽に変わってしまうような気がして、俺は必死に唇を噛み締めた。けれどそんなものは何の意味もなかった。彼のものが俺のものを擦り上げるたびに知らない快感が襲ってくるのだ。足の指先までぴりぴりと痺れるような心地になってきて、俺は助けを求めるように穹の名前を呼んだ。
「あ、あっ、きゅう、きゅ、っ、お前のが、擦れて……、へ、変になる……っ」
「変になるの……どこが?」
「ん、あッ……排泄腔、が……熱くて、じんじんする……」
這入ってきそうで、決して這入ってこない。そのスリルもまた俺をドキドキとおかしくさせている。
「……きもちいい? 言ってみて、丹恒。気持ちいいって」
穹はそう言って俺の耳をはむはむと食んだ。俺は彼の吐息混じりの声にすら感じながら、懸命に声を出す。
「きもち、い……」
「うん。いい子」
ああ。その言葉にも、あの影が細い糸を張り巡らせて滲んでいる。
悔しさが波のように襲ってくるが、それに思考のリソースを割く余裕もない。俺はひたすら暴力的なこの快楽の奔流から早く逃れたくて仕方がなかった。
「あ、ッん……きも、ちい……いい、きゅう……」
「うん……俺もすごく、きもちいい」
穹はそう言うとさらに腰の速度を速めた。俺はもう限界だった。足先がぴんと伸びて、全身の力が抜けるような感覚に陥る。そして一瞬の後に身体が大きく痙攣した。するとその震えに合わせるように穹も達したようで、熱いものが俺の腹の上に飛び散ったのを感じた。
足の間で熱い体液が滑り落ちていく。間にあった彼の熱が、太ももの外へと逃げ出す。それを名残惜しく思っていると『ごめん』という切羽詰まった声と共に排泄腔にぬるりとしたものが滑った。それは彼の白濁だった。終わったはずの彼の熱がその汚れを纏って俺の排泄腔を舐めている。
「ん、ん……」
俺はそれにも律儀に反応して、ぶるぶると身悶えた。この感覚がずっと続くのは辛い。けれどそれでも、穹の熱を手放すよりは何倍もましに思えた。いつだってそうだ。彼と違って終わりの無い身体は、自分より先に儚く彼の熱が冷めるのをただ見ているしかできない。それをいつも切なく思っていた。
「はっ……は……、丹恒……」
穹は俺を背後から抱き締めるように覆い被さってきた。そして甘えるように首の後ろを甘噛みしてくる。先端で排泄腔を探るようになぞられる、控えめに這入りたそうにしていることを俺はずっと見て見ぬ振りでやり過ごした。
「丹恒のここ……やわらかい……」
「……見た目だけなら、女性器と作りは似ているだろう」
「そうなのか。女の人のそこ、みたことない……と思うし、わからない……それに」
穹はそこまで言って、急に言葉に詰まったように口を閉ざした。俺は彼を振り返る。穹は罰が悪そうに視線を逸らしたあと、小さく言った。
「丹恒のだから……か、かわいい……」
「可愛い……?」
「ごめん。変なこと言った」
穹はそう言うと俺の肩口に顔を埋めてしまった。俺はその言葉の意味を考えるように黙り込み、そして彼の顔を見たくて身体を反転させようとする。けれどそれを阻止された。穹が背後から抱き着いてきて、俺の身動きを封じてしまう。そのせいで彼の表情を窺い知ることは出来なかったが、彼が照れているのだということは分かった。
「そうか。お前からすれば、女性器のようなここすらも可愛いか……」
「その顔でしみじみしながら女性器って繰り返すの、やめてもらえますか……」
「ならどう言えばいい?」
目を眇めて見ると、ようやく察したように頬を膨らませた。
「!……そ、そっちがその気なら、俺にも考えがある」
「考え?」
穹は俺の問いに答えなかった。その代わり、不意に俺の前に手を伸ばしたかと思うと体液を塗り込むように指を動かしてくる。俺はその刺激に思わず息を詰めた。
「ここは、丹恒のまんこだ」
「違うが……!?」
「自分で女性器って連呼してたんだろ! いいの、丹恒に付いてるのはまんこ!」
愕然としながら呟く。
「まんこ……」
「あ……だめだって……丹恒が口にすると、興奮するから……」
「穹……っ!?」
理不尽に対する怒りと羞恥で顔が熱くなる。俺は彼の手を振り払うように身体を起こした。けれどまたすぐに引き戻されてしまう。穹は俺の肩を押してベッドの上に縫い付けるように押し倒したあと、俺の足を持ち上げてその間に割って入り、そのまま両足を閉じさせた。そしてその間にいつのまにか屹立していた彼自身を挟み込ませる。そのあまりにも扇情的な体勢に俺は目眩を覚えた。
「丹恒のせいだから、責任取って」
何故だ。
「ん……っあ、う」
「丹恒のまんこきもちいい、ふにふにしてて、熱くて、俺のちんぽはなかなか咥えてくれないくせにずっとヒクヒク誘ってて……っ」
「やめろ、穹」
俺は耐えきれずに彼の口を手で塞いだ。彼は無言で俺をねめつけた後、その手をれろりと舐めてキスした。その感触に背筋が震える。彼は俺の手を退かすと、不満そうに唇を尖らせる。
「全部本当の事なのに、そんなに嫌?」
「悪趣味だと言っている」
「何が? 丹恒のまんこが気持ちいいのも、俺のちんぽ咥えてくれないのもただの事実だ」
「穹」
俺は窘めるように言ったが、穹は頰を膨らませたまま続けた。
「丹恒が本当に嫌なら、全部やめる」
「……っ」
「丹恒がどうしても嫌だって言うなら、もう絶対に言わない」
穹は俺の手を握ると、その指先を優しく絡めた。彼は俺の手を持ち上げると、手の甲に唇を落とす。……敵わなかった。ため息を吐いて、俺は答える。
「いや、じゃない……ただ、そう何度も連呼されると少し、いたたまれないというか、だな……」
「ん」
穹は満足げに頷いて俺の指を解放すると、今度はその手で俺の頭を撫でてくる。それが心地よくて目を細めていると、彼はその指先で俺の前髪をかき上げて言った。
「丹恒のそういういつまでも初心なところ、好きだよ」
「っ、うるさい……」
「照れてるのかわいい」
揶揄うように言われて頰が熱くなる。穹はくすくすと笑いながら俺の足を持ち上げた。そしてゆっくりと腰を進めてくる。
「ン、っ……」
「ん……。ね、丹恒……俺のちんぽ、きもちいいって言って」
「だめだ」
「丹恒のだめは、『嫌』じゃないから、聞いてあげない」
彼はそう言うと、ゆっくりと抽挿を開始した。排泄腔の表面をそれが滑る感覚は筆舌に尽くしがたいものがある。俺は唇を噛み締めて耐えていたが、段々と呼吸が荒くなっていく。
「ん、ン…っ…ッ」
「は……あ……っ、丹恒のまんこぬるぬるできもちいい……ずっとこうしてたい。ねえ、言ってよ」
穹が熱に浮かされたように呟きながら腰を打ちつけてくる。その度に水音が響くものだからたまったものではない。
「ぁ、っン……あ……」
俺は首を横に振る。すると穹はしらけたように鼻を鳴らして、俺の耳に舌を入れて舐めてきた。そのぬめった感触に俺は目を見開く。
「穹……ぅくっ!」
「言って、ちんぽきもちいい、って。丹恒のおまんこに俺のちんぽスリスリされるの、いいでしょ?」
「ん、ぁ……ッあ、……」
耳元でぼそぼそと卑猥な言葉を囁かれる度に背筋が震えた。けれどそれは嫌悪ではなく、快感からくるものだった。それが余計に俺の羞恥を煽る。
「丹恒のおまんこ、俺のちんぽ大好きで離したくないって……ほら、すきでしょ? きもちいいって言ってよ」
「あ、あ……っ! あぅ!」
ぐりっと強く擦られて俺はたまらず声を上げた。穹はそれでもなお腰を押しつけてくる。俺を追い立てるように何度も何度も穿たれてしまえば、もう我慢できなかった。
「……きも、ちいい……」
蚊の鳴くような声で口にすると、穹はにっこりと微笑んでさらに強く腰を押しつけてくる。
「どこが? 誰のどこと、丹恒のどこが?」
意地でも言わせるつもりらしい。俺は言いたくない一心で唇を引き結ぼうとしたが、彼がそれを許してくれなかった。
「言って」
頑固さでは敵わない。甘く囁かれると同時にそこを摩擦されて、俺はついに陥落した。
「……俺の……ま……、……っ…………まん……まんこがっ……穹のちん、ぽを、すきになって、離れない……」
「あ……う、……う、うん……」
言わせたくせに。
自分で言わせたくせに、この男ときたらなんなんだ。泣きそうな気分でやけくそになった。
「だから……穹がすきなだけ……ずっと……して、いいっ」
「うん……っ」
彼はそう頷くと、感極まったように顔中にキスを振らせてくる。その間も不埒な腰は動き続けている。
「あッ……ん、お前のちんぽをもっと欲しがりたくて、うずいている……まんこだから……」
「えっ……、えっ、あっ!? さすが丹恒、サービスが良い……!」
許して欲しかった。羞恥で死にそうだ。早く終わって欲しい。そう思ったのだが――。
「うん、そうだよな……丹恒のまんこは、俺のちんぽが大好きだから、いっぱいキスしてあげないと……」
彼はさらに腰を進めた。彼のものが俺の狭い肉筒を押し開きその浅い場所をなんども小突くように攻めてくる。その度に俺は目を見開いて仰け反った。
「あ゛……ッ、だめ、だめだっ……そこ、ッ」
「丹恒の好きなとこだろ? 俺のちんぽにもっといっぱいキスしてっておねだりしてきたじゃん」
「ちがう、だめなところなんだ、そこは――刺激に弱っ、……~~!!」
俺は慌てて首を横に振ったが遅かった。穹は意地悪く微笑むと執拗にそこを穿ち続ける。そのたびに目の前に火花が散るような感覚に襲われる。頭のてっぺんから足の爪先までが痺れるような快楽に俺は泣き出しそうになった。
「っ……穹、だめ…だ…ッ!」
「んっ……丹恒のまんこ、俺のちんぽに好き好きっていっぱいキスしてくれてる……可愛い」
「ちがうっ!……や、やめっ……あぅ……っ」
俺は必死になってそう抗議したが、彼は聞く耳を持ってくれないようだった。俺は彼にしがみつきながら泣き言を漏らす。
「も、もう……穹、ゆるしてくれ……ッ」
「だめ、やめない……もっとしてって言ってるのは丹恒のまんこだから」
「そ、そんな――っあ! あ゛う、あぁああ……っ」
「ン……列車じゃないから、いっぱい声出していいよ、丹恒。今日は俺しか聞いてない」
俺の身体は跳ね上がり、爪先がピンと伸びる。彼のものが前後するたびに排泄腔からは耳を塞ぎたくなるような下品な音が響き渡り、それが俺の頭を酩酊させる。
「あ゛っ、ああぁッ……ら、めら、きも、ひいぃ…っ」
「うん、俺もきもちいいよ」
穹は熱に浮かされたようにそう呟くと、そのまま俺に深く口づけてきた。口腔内までも蹂躙するように深く貪られる。俺は必死になってそれに応えようとするが上手くいかない。その間も彼は容赦なく腰を打ちつけてきて、俺の思考はドロドロに溶けていった。
「っふ……う、んんっ……」
「ん……丹恒、舌出して」
言われるままにおずおずと差し出すと、上から口に貯めた唾液をとろりと落とされた。そのまま舌先で塗り込むように撫でられ、擦り付けられる。俺はもう訳が分からなくなってしまって、ただされるがままになっていた。
「ん……は…ふ……」
「あ……んむ……」
口を離すとお互いの唾液が糸を引く。穹はそれを舌で舐め取って、そのまま俺の首筋に吸い付いた。
「丹恒のまんこ、擦る度ちんぽに吸い付いてくるの、かわいすぎて癖になる……ずっとこうしてたい」
「っあ……」
「ね、丹恒は?」
俺は彼の首筋に顔を埋めながら何度も首を縦に振った。もう限界だった。早くこの羞恥地獄から解放されたい。その一心で俺は懇願した。
「……も、もうだめ、だ……おかしくなる……」
「うん」
「だから、頼む……もうイって、おしまいにしてくれ……」
「わかった。じゃあ、丹恒がおかしくなるまで、我慢する」
――……?
何故そうなる。本当に時偶、理解が完全に追いつかない。
「……?……あッ!? あッ、まっ……ひぃっ!? 穹、だめ…だ…ッ!」
「丹恒のまんこがもっとしてっておねだりするから」
「ちがっ、してな――ぉ゛……っ!?」
ドチュ、と穴をほじくるように穿たれて俺は思わず目を見開いた。視界がチカチカする。頭の中で何かが弾けるような感覚。
「はー……っ、あ゛……な…ぁ…?」
「あ、丹恒……すごい」
穹はそう呟くと、再び腰を揺すってきた。俺は慌てて彼に縋り付く。
「っいま、だめッ――んぉ゛ッ!?」
「丹恒のまんこが、俺のちんぽにキスしてくれてる。かわいい」
「ちがう……っああ゛ッ……だめだ、そんなにしたら……はい……ってしま、」
「大丈夫だよ、丹恒の中には挿れない。俺の鉄の理性を舐めるなよ。丹恒に嫌われたくないし、丹恒を怖がらせたくもないから、絶対そんなことしない」
「だから、そこっ……あ゛ッ……」
彼はそう言いながらも、執拗にそこを責め立ててくる。俺はただその快楽に耐えるしかなかった。頭の奥が痺れるような感覚だった。視界が白んでくる。
「穹……穹……! もうっ、イっ、くッ……」
「ん……俺も」
俺の訴えに応えるように彼は抽挿のペースを早めた。ぐちゅぐちゅと濡れた音が響く。もう限界だった。
「あ、あぁあああっ……ぁ……っはあ……はっ、はあ……!」
身体全体が痙攣するように震える。息も絶え絶えに俺はぐったりと脱力した。
「丹恒……大好きだよ」
「……穹、」
「丹恒もたまには言って。俺のこと好き?」
甘えるようにすり寄ってくる穹の背に手を回し、そっと抱き寄せると耳元で囁く。
「お前は加減を覚えた方が良い。俺が相手じゃ無かったら、とっくに愛想を尽かされていたはずだ」
「……丹恒、優しいね。そういうところも好き」
彼はそう言って笑うと、俺の頰に口づけてくる。俺は苦笑した。
「あまり無茶はするな。お前は病み上がりなんだ」
「あれ……丹恒……おもらし?」
「……?」
俺はぼんやりとした頭のまま、穹が言った言葉の意味を考えた。そして数秒の潜考ののち、視線をシーツに落ちしその意味を理解すると、一気に顔が熱くなった。
「な……」
「そっか。精液が出なくても、快楽は感じるから……」
「冷静に、分析するな……」
頭が痛い。俺は深くため息を吐いた。彼は俺の頭を撫でながら、『可愛い』と囁いている。
「今度は絶対、丹恒がトぶまで抱いてやろう。あの煎餅布団は丹恒でびしょびしょにしてもうだめにしちゃおう。それで、新しいふかふかのを買おう。あっ! なののと色違いとか、どうだ!」
「……怖いことを言うな」
「そう? 丹恒、気持ちいいのも、恥ずかしいのも、苦しいのも、好きだろ? 俺は全部知ってる」
穹は胸を張ってそう言うと、俺のうなじに口付ける。ちり、とした感覚に、また痕を付けられたと知る。キスマークって言うんだって、と覚え立ての頃に興奮した穹に体中に付けられたのが最初になるから、ひとつふたつでは文句も出ない。諦めて好きにさせると、穹は満足そうに俺の頭をかき混ぜている。
「丹恒って、汗もなんか良い匂いがする」
「……変態」
「あ。もっと言って」
穹は弾んだ声でそう言うと、俺のうなじに鼻を埋めた。俺は呆れながら、穹の背中をぽんぽんと叩いた。
「機嫌が良いな」
「ここでするの、丹恒は絶対嫌がると思ってから」
ここで、とは。
「仙舟。お前の故郷で、とくにここは、お前を大事にしてる景元将軍のお膝元だ」
「……お前が気にしている全てが、的外れだということは言っておく」
「そう?……でもないと、思うけどな……」
穹はいまいち納得していない顔で、不思議そうに首を傾げる。俺はため息を吐いて彼の頰に触れた。彼はそれに擦り寄るようにして甘えてくる。
「お前はもう少し……自惚れた方が良い」
俺はそう言って、彼の唇に口付けた。穹はそれを受け入れると、僅かに唇を離して微笑む。
「それは、お互い様だろ」
そして俺の上唇を甘く噛んだ後、深く舌を絡めてくるのだった。