ずいぶんと、過去の自分は口が軽かったようだ。と、布団に横たわったまま、今更に思う。
「……っ、く、……ぅ」
毎日。毎日、彼がいない日は自分で胸を弄る。穹に言われた通りに、服の上から、自分の指先で。
最初はくすぐったいだけだった感覚が、やがてじんじんと痺れるようなものに変わってきた頃からだろうか。ひとりきりでも、声が抑えられなくなったのは。
「ん、っ……」
衣服の布地が擦れるだけで腰が浮きそうになる。その感覚を我慢しながら、俺は何度もそこを揉み続ける。そうしているうちにそこがぷっくりと腫れて布に引っかかるようになったら、脱いで直に触れるようになるまで時間はかからなかった。最初は指先でつつく程度だったのが、今では指の腹で潰すように触ることにもすっかり抵抗が無くなっている。初めはただむず痒いだけだった感覚が少しずつ鋭敏になるにつれて、俺は自分の腹の中に確実に何かの衝動が溜まっていくのを感じていた。
「は、あ」
目を閉じて息を深く吸い込む。口の中に溜まった唾液を飲み下す音が妙に耳に響いて羞恥が煽られた。
「穹……」
その名を口にすると、もっと強い衝動に襲われるのを俺は知っている。
「穹……っ」
両手足で数えても足りないほど繰り返した行為だ。指先の動きは徐々に早まり、呼吸は荒くなっていく。瞼の裏に映る穹の姿は俺の想像でしかないのに、それでも彼の熱と吐息をリアルに感じて胸が高鳴る。
「穹、きゅう……っ」
俺は穹との行為を想像しながら自分を慰める。まだ彼と直接的にはあれ以上をしていない。なのにこの行為は確実に俺を彼のものへと作り替え、堕落させていた。穹が居ない時間にひとりきりで自分を慰めているという事実が余計に行為の背徳感を増していく。こんなことをしてはいけない、という理性と、穹の『お願い』を拒みたくない本能の板挟みとでも言えば良いのだろうか。彼を恋しく思ったとき、彼の言葉を言い訳にするように俺は自分の胸に触れるようになった。彼が幾度と俺に覚え込ませた指の動きを辿り、彼の痕跡を自分の身体に探る。
穹が望んだのは、こんな姿だったのだろうか。どうにも、何かを掛け違えている気がしてならない。
「く……ぅ……」
息を殺しながら、俺はもっと強い快楽を求めてしまう。指の動きが早くなる。呼吸を荒らげて、それでもまだ足りなくて自分の胸に爪を立てた。じんじんと痛むほどなのに、その痛みはすぐに別の感覚に変わる。
「あ……」
慌てて手で口を塞いだ。それでも指の間からあふれてしまう自分の甘い声に羞恥が募ってゆく。
「ん……っ、く」
いつの間にか俺は半泣きで自分の胸を弄り続けていた。やめられることならば、すぐにでもやめたい。穹の望み、穹を思う気持ち、それが俺を行為に走らせるのだからやめられるはずがないのだが、それでもこの行為にはどうしようもない羞恥が付きまとう。
「ふ、……くっ」
涙が滲む。何か、決定的に踏み外してしまったという気がした。後悔は後から悔いると書くから後悔という。だがそれを自覚したときには全てが遅かった。
「く、うぅ……っ」
ぴん、と外側に乳首を引っ張って強くつまむ。ぴり、と体中に走った甘さを誤魔化したくて俺はその場所に爪を立てた。痛い、だがこれも結局すぐに『気持ちいい』に変換されてしまう。情けなくて恥ずかしい。なのにまだ足りない。もっと強い刺激が欲しい。ぐるぐると身体の中を循環する快楽は、まるで抜け出せない地獄のようだ。
「きゅう、穹……っ」
縋るように彼の名を呼ぶ。どうしたらいい。これ以上を、俺は知らない。お前が『丹恒は知らなくて良い、俺が教えることだけ覚えて』などと言ったせいで、この溜まるだけ溜まって放出できない熱をずっと持て余して過ごす羽目になっている。
「う……、」
泣きながら自分の胸に爪を立てる。もっと、もっと強い刺激をと欲張って俺は指に力を込める。その時だった。
「たーんこぉ」
「ひ……っ」
ゾクゾクと背筋に快感が走る。待ち焦がれた、甘い声。
「な……」
いつの間にか穹が俺の後ろに立っていた。心臓が口から出そうなほど大きく跳ねるのを感じる。慌てて身を隠そうとしてももう遅い。布団をかぶってはいるが、自慰をしていたことはおそらく穹に気付かれてしまっているだろう。
「穹……」
そうだ。俺は今日、彼が帰ってくるのを知っていたのに、我慢できずに。ひとりで。
布団をまくり上げるようにして俺を背中から抱きしめた彼は、俺の肩口に顔を埋めて耳元で囁いた。
「声出して、って言っただろ? なんで押し殺してるの」
「あ……っ」
「駄目だろ? なんで我慢するんだ」
俺は布団を剥ぎ取ろうとしたが、穹はそれを許さなかった。
「ちゃんと聞かせてよ」
「……っ!」
俺は自分の胸を守るように腕を交差する。だが穹はその腕を掴んでこじ開けた。そうして俺の尖りきったそれをそっと摘まんだ。
「んあ……っ」
甘ったるい声が自分の口から漏れる。その嬌声にどうしようもなく自分が情けなくなる。慌てて口元を押さえるがもう遅い。穹は嬉しそうに笑いながら俺の耳元に頰擦りをする。
「かーわいい」
「や……」
「お願い、もっと聞かせて丹恒の声」
穹は俺の胸に手を添えて、指の腹でその突起をくにくにと弄ぶ。そのたびに俺はびくりと肩を揺らして震えるしかない。
「あっ、やめ……っ穹、ほんとうに……」
「止めない。ほら、自分で触るより気持ちいいだろ?」
「あ……っ」
今度は両手の指で両方の尖りを摘まれて弄ばれる。先端をかりかりと爪で引っ掛かれれば痛みに近い快感が体に走った。
「んぅ……っ、穹……だめだ……お、おかしい……」
「なにが?」
「全身が疼いて、いる……だが、俺は……これをどうすればいいのか、お前に教わっていない……から……」
ずっと胸を弄るしか出来なくて、しかしそれには終わりが見えなくて、恐ろしかった。より強い刺激を求めてしまい、いまでは痛みすら快感に置き換わりはじめている。
「丹恒は知りたい? 俺に、全部教わりたい? もっと後戻りできなくなるかも」
「ん……」
俺は泣きながら頷く。穹は俺の耳たぶに軽く歯を立てる。
「じゃあ教えてあげる」
「あっ」
尖らせた舌先が水音を立てながら耳の穴を這う。中の空気をかき混ぜて潰すようにぐちゅぐちゅと奥を搔き回される。それだけで脳が痺れてたまらないのに、穹はさらに酷いことを俺に吹き込んだ。
「丹恒はね、そろそろ乳首だけでイけるよ」
「あ……っ、や……」
かりかりと尖りの先端を引っ掛かれる。爪で何度も弾かれる。つま先に力が入ってぎゅうと丸まる。
「ひぅ……っ、くぅ」
俺は声を殺すために、自分の腕に噛みついた。だが穹はすぐに俺の腕を口から外してしまう。
「駄目、傷が付く」
「う……っ、ああ……きゅう……」
俺の口からは次々とあられもない声が漏れる。助けを求めるように潤んだ目を彼に向ける。彼は慈愛のこもった眼で俺を見つめ返し、そして残酷なほど優しい声で俺に『お願い』した。
「大好き、もっと俺のせいで、おかしくなる丹恒を見せて」
捕食するみたいに唇が合わさって、舌が絡まる。ぬるぬるとした熱の感触が心地良くて俺は夢中でそれに応える。穹の口づけはどこまでも熱烈で、俺に自分の痕跡を刻み付けているような、そんな気がした。
「ん……っ、ふ……」
口づけの合間に吐息が漏れる。同時に胸を弄る手もどんどん激しさを増してゆき、俺の理性はぐずぐずに溶けた。だがやはり決定的な何かが足りない。俺は無意識のうちに縋るように穹の唇を甘噛みした。
「我慢できない?」
「苦しい……」
俺は躊躇ったが、素直にそう告げた。穹は俺の目尻に溜まった涙を舐め取る。
「……っ」
「そうだよな、苦しいよな、丹恒も……」
優しい手つきでやわやわと俺の胸を揉む。熱を持った先端が焦れったくて腰が揺れた。だが穹は直接そこに触れてはくれなかった。
「きゅう……」
散々ひとりで雑に扱った乳首がじんじんと痛んで切ない。強請るように名を呼ぶが、彼はやんわりと首を振るだけだ。
「だめ、丹恒が好きなように触ったら、痛いだろ」
「……」
痛いのは一瞬で、それもすぐに快楽に変わってしまうのだ、と言うことはどうしてか伝えられなかった。穹には教わっていないことだからかもしれない。もどかしい熱に浮かされて俺は自分の胸を穹の手に擦りつけるように動いた。
「あっ、あ……っ、あぅ……」
「……やらしいんだ」
穹が耳元で笑う。自分がどんなにはしたない姿を晒してしまっているのか自覚すると死んでしまいそうだったが、俺の口からはみっともない喘ぎ声しか出てこない。
「ここ真っ赤……こんなになるまで弄ってたんだな、痛くない?」
「……っ」
「正直に言えたら、ご褒美あげる」
穹の指が俺の胸の先をくるくると円を描くように撫でる。俺はすっかり熱に浮かされていた。もう、自分ひとりだけでどうにかできる段階はとっくに過ぎ去っていたのだ。
「いたくない……き、きもちい…い…から」
「ん?」
「……っ、さわってくれ……ここが……」
極まって声が消え入るように小さくなってしまうのが嫌で仕方がない。俺は自分の胸を包むように両手を添えた。
「切ない……毎日、お前を想って、触れている……でも、全然足りない……」
彼は何も言わずに俺の胸の先を摘まみ上げた。
「あぅっ、っふ…ぅ…」
欲しかった刺激を与えられて思わず口元が緩む。穹は親指と人差し指で俺の乳首を摘まみ上げると、それを軽く上に引っ張りながら指の腹でぐりぐりと擦り上げた。
「っ、く、ぁあ……っ」
ビリと全身に強い電流が走るような快感だった。俺は腰を浮かせて身体を仰け反らせたが、穹がそれを許さなかった。片手で俺の身体を押さえつけながら指で執拗に胸の先を責め立てる。そのあまりの快感に視界がチカチカとして目が回りそうだ。
「あぁああっ! や……っ、あ、あ、あ、あっ」
「気持ちいい? 丹恒?」
「いっ……あぅう……っ」
もうとっくに理性など飛んでいた。俺は甘い声を上げながら必死に頷く。穹は俺の頭を優しく撫でるともう一方の胸に顔を寄せた。彼は俺の胸に舌を這わせる。その柔らかくてぬるりとした感覚に肩が跳ねる。
「ひっ!?」
そして、ぱくりとそこを口に含むとじゅっ、と強く吸い上げた。
「あ゛っ……!?~~~~~っっっ!!」
その瞬間、頭が真っ白になる。体の奥底から何かがこみ上げて来る感覚。思わず腰が浮き上がる。駄目だと思った瞬間、その感覚が一気に体中に弾けた。バチバチと目の奥が点滅していた。がくんっと大きく腰が痙攣してそのまま俺は布団に倒れこんだ。
「あ……、あ……」
打ち上げられた魚のようだ。どこか遠くで思う。
「ほら、乳首でイけただろ?」
穹は俺の頭を撫でながら嬉しそうにそう告げる。俺は茫然としながらそんな穹を見上げた。穹はまだ衣服を乱してすらいないというのに、俺ひとりだけがこんなにも乱れているという事実にまともな思考が働かなくなる。だが穹はそんな俺の置いてけぼりに言葉を続けた。
「きっと次は、丹恒一人でもイけるから」
ここ、と言いながら彼は再び俺の胸に触れる。触れられただけで肌が粟立った。脳がじんと痺れる。
「ほら、また気持ちよくなってきた」
「あっ、あ……っ」
穹は片手で俺の胸の先をこねくり回し、もう片方の手で俺の頭を撫でた。
「気持ちいいね、丹恒。射精しないままイけちゃうとなると、今後が大変だ。俺のせいで丹恒はこれから全身が性感帯になるから……」
「っ」
耳を触れられてゾクリと背筋が震える。言葉だけでまた絶頂に押し上げられる。びくんと腰が跳ね上がり、脳髄まで痺れるような快楽に頭がバカになりそうな恐怖を感じて俺は無我夢中で自分の胸を弄る穹の腕を掴んだ。だが当然力が入らず縋り付くようになってしまう。俺は僅かに唇を震わせて口を開く。声が掠れてうまく言葉が出なかった。
「だ……、だめだ……」
「ん?」
「そんな、のは……はしたない……お前は……いいのか……」
俺がそう口にすると、穹は少し驚いたような顔をした。だがすぐに俺の言葉を理解したかのように目を眇めて笑う。
「大丈夫だよ、丹恒がどんなにいやらしくなっても俺は嫌わないし厭になったりしないから」
穹はそう言ってまた俺に優しく口付ける。その甘ったるさに頭がぐらぐらした。
「だって、全部俺のせいなんだ。丹恒がこんなにいやらしくなったのも、ぜんぶ俺が丹恒を躾けたせい。丹恒はなんにも悪くないよ。だろ?」
「あ……ぅ……」
「俺は丹恒の全部を知ってるのに、丹恒は何も知らないんだ。かわいそうな丹恒。かわいいよ」
穹は愛おしそうに微笑んで、俺の頰に口づけた。
「だから、安心して気持ちよくなって」
「あっ」
胸の先を指で弾かれる。それだけで意識が飛びそうになるほど強い快感が全身を貫いた。
「ほら、またイけるようになった」
「あ……っ、く、る……」
まだまだ絶頂の余韻に浸る身体を何度もしつこく触られて頭の中が焼き切れそうだ。俺はビクビクと肩を揺らして悶えた。足が布団を蹴るが、そんなことで穹から逃れることなど出来るはずもない。むしろその抵抗は彼の嗜虐心を煽ったようで、彼は俺の両足を大きく開かせると間に体を割り込ませてきた。
「性器無いのに、腰が動いてる。もしかして、ここも気持ちいい?」
「ひっ!?」
好奇心に突き動かされているような顔で、ズボンを下げられる。下着と一緒に膝まで降ろされて、露わになった自分の下半身を見て俺は悲鳴を上げた。穹は楽しそうにそこを割り開いて顔を近づける。
「さすがに濡れたりはしないか……でも、ヒクヒクしてる。丹恒の、ここ……えっちだね」
「ぁ……っ、みる、な……」
俺は耐えかねて顔を背けた。だが穹はそんな俺の様子も気に掛けずにそこに指を這わせた。そして穴の周囲をくるくると興味津々と言った様子で撫で始める。
「排泄はするわけだから、便くらいには広がる? 肛門くらいの柔軟性は有るのかな」
「……し、しらない……っやめろ……」
顔から火が出そうだ。平気な顔で排泄がどうこうなどと口に出来る穹の気が知れなかった。だが穹は俺のそんな態度を意に介することなく言葉を続ける。
「丹恒、気持ちよくなりたい?」
「……」
「正直に答えてくれたら、もっと気持ちよくしてあげる」
耳元で囁かれる言葉に頭がぐらつく。俺は迷うように視線を彷徨わせた後で小さく呟くように言った。
「……りたい」
「なに?」
「もう、お前のために毎日頭がぐちゃぐちゃなんだ……早く楽になりたい……穹」
穹は心底嬉しそうに笑っていた。悪戯が成功して、胸を張る猫だ。
「それはだめ。丹恒には、俺でいっぱいになったままで居てほしい。苦しんで欲しくはないけど……そのために楽にもしない」
「ん……っ」
穹は俺を抱き起こして自分の膝に座らせる。そして背後から抱きしめながら、俺の胸に再び触れた。俺はぎゅっと目を閉じて震えながらその感覚に耐える。
「あっ、あっ……」
両方の胸の先端を指先で擦られる。焦らすような触れ方にどんどん思考が溶けていくのを感じる。もっと強い刺激が欲しいと腰が揺れたが、穹は柔らかい愛撫しか施さず決定的な快感を与えようとはしなかった。それでも、俺の身体は。
「も……もう、くる……」
「またイく?」
情けない。だが、一度言葉にしてしまったらもう駄目だった。崖を転がり落ちるように、もはやブレーキを失った口が勝手に動く。
「い……いく、また、穹の指で……」
「うん」
「気持ちいい……っ、だから」
早くイかせて欲しい。そう懇願する前に俺の体は勝手に動いていた。両手で穹の手を掴んで自分の胸に押し付けるようにする。そしてそのまま彼の手でそこをつたなく弄り始めた。そんな俺の姿に彼は優しく言った。
「いいよ、丹恒が気持ちよくなってるとこ、見せて」
俺はまるで操られているかのように手を動かしていた。なのに自分でしていることが信じられないほど気持ちがよくて、腰が浮く。
「あっ、あっ、あっ……っ」
「かわいい、丹恒。好きだよ、かわいいな……」
痺れるような快楽と甘い言葉に、頭に余白が生まれる。乳首から這い上がる電流に全身が支配される。怖いくらい強烈な絶頂だった。意識が飛びそうになるほどの快感に痙攣を繰り返しながら俺は必死に穹の手に胸を擦りつけた。余韻にひたるようにしばらくそれを続けた後で、穹がゆっくりと俺の顎を掴んで振り向かせた。
「ねえ俺を見て、丹恒」
「……ん、」
「俺の目の中に、映ってるもの、全部教えて……」
言われるがままに彼の金色の目を覗き込む。そこには情けなく蕩けきった俺の顔が映っていた。
「あ……、ぅ」
シトリン、トパーズ、ヘリオドール、スフェーン、スファレライト。その色を例えようとして浮かんですぐさま消える。それらの宝石よりも光輝く瞳に、淫らで浅ましい俺の姿が映っていて、どうにかなりそうになった。だが俺の口は恍惚として、彼に告げる。
「穹」
「うん?」
「お前の目は……とても、綺麗だ……」
穹はくすぐったそうに笑った。長いまつげが震えて金色の瞳が一瞬隠れる。
「たくさん考えたのに、それだけ? 丹恒は、本当にかわいいね」
その声すら甘い媚薬のようで俺は彼の目を見つめたまま小さく首を横に振った。
「違う……お前の方が、ずっと……」
言葉は最後まで続けられなかった。穹の唇に吸い込まれて、その腹の中に落ちて、消えた。
「っ、は……」
唇が離れる。唾液が細く糸を引いた。穹は熱い吐息を零すと、俺の身体を押し倒した。足を掴んで大きく開かせる。俺は抵抗しなかったが、流石に恥ずかしくて顔を逸らす。
「丹恒、足開いてて」
「……」
俺は無言で言われたとおりにした。すると穹はおもむろに俺の足の間に顔を寄せると舌先でそこに触れた。
「ひ……ぃっ!?」
ぬるりとした感覚に驚いて悲鳴を上げるが、すぐにその声ごと舐めとられてしまう。
「丹恒のここ、ピンク色でかわいい」
「そんな……きたない……っ……」
「ううん、綺麗だ」
穹の熱い舌が穴に触れる。それだけで腹の奥が疼くような感じがした。こんなところを舐められているという事実には何処までも逃避したくなる。穹は俺の排泄腔に唾液を塗りたくるように何度も舌を這わせる。その度に俺の意思に反してびくびくと腰が跳ね上がった。
「ひ、っ……く、ぅ……っ!」
「丹恒の気持ちいいところ、全部俺に教えて。隠さないでね」
穹はそう言って、今度は穴の中に舌を差し込んできた。ぞわりとした感覚が背中を走る。俺は必死で首を横に振った。
「っ、だめだ……っ! 穹……」
「どうして? 入るよ、入れちゃだめ?」
穹は一旦舌を引き抜いてそう訊ねるが、俺が答えられずにいると再びそこに舌を入れる。そして中を探るようにぐるりと動かしたり出し入れを繰り返したりした。その未知の感覚にビクビクと腰が痙攣する。気持ちいいのかは分からないがひどく焦れったい。思わず足を閉じそうになるが穹はそれを許してはくれない。それどころか逆にしっかりと両足を押さえつけられてしまって、俺はされるがままになるしかなかった。
「あっ、あっ、あ……っ」
穹の愛撫に合わせて俺の口からは意味のない音ばかりが漏れ出る。穹は念入りに俺のそこを解すかのように舐め続ける。だんだんと頭がぼうっとしてきて、呼吸が浅く、思考が鈍くなってきた頃になってようやく彼は口を離した。
「丹恒のここ、気持ちよくなると開いてくるんだ」
そう言って穴の上を指先でくるりと撫でる。それだけで腹の奥に甘い痺れが生まれて俺はまた腰を跳ねさせた。穹は目を細めると、今度はそこに指を埋め込んできた。
「ひぐっ……!?」
その異物感に悲鳴を上げるが、彼は構わずに指を奥まで進める。そして中を探るようにぐるりと掻き回した。
「あ゛っ……ぐ、ぅ……!」
胎を弄られるという未知の感覚に身体が強張る。だが穹はそんな俺を知らない振りで、ナカを広げるように指を動かしたあとゆっくりと引き抜いた。
「丹恒、さっきのところ好き?」
「あ゛……っ、はっ……」
意味のある言葉を返せない。呼吸をするので精一杯だ。ひゅうひゅうと喉が嫌な音を立てる。穹は俺の返事を聞く前にまた指を突き入れた。今度は二本同時にだ。
「お゛……っ、あ、ああ……きゅ…ぅっ」
苦しくて仕方がないはずなのに、俺の口から漏れてくるのはざらりとした濡れた喘ぎ声だけだった。俺は混乱しながら自分の中に入った指を締め付けてしまう。
「すごいな……丹恒、俺のこと、気持ちよさそうに締め付けてる」
「はっ、ぎ……っ、ぅ……ぁあ゛……っ」
「痛い? 苦しい?……気持ちいい?」
全部だ。必死で首を縦に振って肯定する。穹は興味深そうに頷いて、更に指を増やした。俺はあまりの衝撃に悲鳴を上げてしまう。
「お゛っ……きゅ……ぅう゛……っ!」
「三本入ったよ。えらいね、丹恒」
穹はそう言うと指をまとめて動かして俺の中をかき回し始めた。俺はその度に濁った喘ぎ声を上げ続けた。そんな声でも、穹はかわいいと言ってくれる。しかしもう限界だった。俺は涙目になりながら穹の手を掴むと懇願するように言った。
「こんな、ところ……こんな……、穹……っ」
一度口にしたことを、反故にするのは本意では無い。だが。
「ん?」
「も……もう、無理だ……っ! い、いやだ……っ」
「……何がいや?」
汗だくの額についばむようなキスがたくさん落ちてくる。それだけで自分を追い詰めている少年を許してしまいそうになる。だが、これ以上はだめだ。本当におかしくなる。俺は必死に首を振った。
「いやだ、穹……もう……」
痛い、苦しい、気持ちが悪い。それだけだったらどれだけマシだったか。彼をはじめて拒絶する理由になるのが、まさかこれとは。
「……どうして?」
辛抱強い穹の優しい問いかけに俺は首を横に振った。上手く言葉に出来ない。それでも伝えなければと口を開く。
「ここは……お前が望むような場所ではない……。違うんだ、穹」
「でも、丹恒が気持ちよくなれる場所だよ」
――……。
「ちがう……」
俺は震える声でそう絞り出した。穹は少しだけ考えるような素振りを見せた後で、また指を蠢かせる。そして今度は何かを探すようにぐるりと内壁を擦った後に引き抜いた。ずるりと抜ける排泄感にまた腰が跳ねる。それだけでなく、背筋を這う甘い感覚があった。微細な違いを見逃さなかったらしい穹は俺の耳元に唇を寄せると言った。
「見つけた」
「……っ!」
怯える俺の耳元で穹が切実な声で言う。
「たしかに丹恒とひとつには成りたいけど、今俺がお前にこうしてるのは、丹恒が気持ちよくなれるからだよ。……信じて」
顔を離すと、視線が絡み合った。その目は、俺を優しく見ている。
「穹……」
身体の力が抜けていく。穹は俺を抱き寄せて言った。
「ありがとう、信じてくれて」
嬉しそうに微笑む顔に、胸が締め付けられる。俺は思わず穹を抱きしめ返した。
「丹恒?」
「……構わない」
俺は小さく呟いてから、穹の頬に手を添えて自分の親指を彼に口づけさせた。
「お前がしたいなら……好きにしていい。そんな場所が、きもちが、いいなんて……とてもじゃないが、怖くなって拒否してしまった……自ら交わした約束を、反故にしてすまな……」
俺の言葉を聞きながら、穹は顔を赤らめて黙り込んだ。だが途中から不埒な指を俺の中に突き入れ、激しく動かして中を弄り始めた。その動きに翻弄されながら俺は悲鳴を上げる。
「あ゛っ! あ゛っ! い、いぎなり、あ゛うっ!」
「丹恒は、解ってない。全然。俺のことも、自分のことも。本当に……本当……なんにも……っ」
「穹、っ! だめ、だっ……いったん、まて、すこし、すこ、しでいいから! 手とめて、くれ゛…っ」
俺は必死に穹にしがみついた。このままでは本当におかしくなる。腹の奥底から何か熱いものが込み上げてくるような感覚があった。それはまずい、と本能が警鐘を鳴らしているが止めることが出来ない。身体はその熱を求めているようだった。
「は……っ、だ、だめだ、だめ……だっ! 穹、だめ……っ! あ゛……あ゛っ!?」
瞬間、目の前が真っ白になった。俺が背中を弓なりに反らした瞬間、穹はそれを知っていたようなそぶりで俺の口を塞いだ。
「んっ、く……ぅ、あ゛……んむぅっ」
くぐもった悲鳴は全て彼の口の中に吸い込まれていく。俺は身体を痙攣させた。ガクガクと腰が揺れる。中に入った穹の指を何度も締め付けてしまう。しばらく硬直したように動かなかったが、やがてゆっくりと指が引き抜かれた。
「はっ……ぁ……」
全身から力が抜けてぐったりと倒れ込む俺を穹が抱きしめるようにして支える。ぼんやりとした意識のまま彼の方を見上げると穹は少し照れたような顔をして言った。反省も何も無い。
「ぐったりしてる丹恒、すごくかわいい」
俺は目を閉じて彼の胸に頭を預けた。
「俺は何度も駄目だと言った……」
「ごめん」
「誠意が感じられない……」
「ごめんってば……」
穹は困ったように笑いながら俺の頭を撫でる。その手つきに心地よさを感じながらも、俺は彼をなじった。
「お前は俺をもてあそんでいる」
「違うし。丹恒が俺をもてあそんでるの」
穹は俺の身体を抱いたまま、ゆっくりと後ろに倒れ込む。ふん、とそれを鼻で笑って俺は彼の上に覆い被さるように倒れた。そこでふと、その熱の存在にようやく気がついて何も言えなくなる。
「……」
『丹恒が俺をもてあそんでるの』。
穹の言葉が頭の中で何度も再生される。穹は決して自分の欲の存在を押しつけなかった。今に至ってもだ。
「……」
俺は黙ったまま身を起こすと、穹の股間にそっと手を這わせた。驚いたように穹が声を上げる。
「ちょ……っ!? たたたた、た、た、丹恒さん!?」
「お前が何を求めているのか、俺にはわからない……」
優しくして、酷くして、それでも身勝手な肉欲のみをぶつけようなんて気はさらさら無いらしいこの少年を、俺はどうしたら良いのだろうか。
「ただ……俺のせいでこうなったというのなら、解消させる責任が俺にはある。……と思う」
穹は俺の名前を呟くと戸惑ったまま固まっている。俺は彼のものを取り出すと、ぎこちなく手を動かし始めた。
「っ……た、丹恒……」
「駄目だ。お前は先ほど俺の制止を聞かなかった。俺も聞かない。それで相殺だ」
「いや、でも……」
穹はもごもごと口籠る。普段はあれだけよく回る口でも、こんな状況に置かれると何も言えなくなってしまうらしい。
「あ…っ」
穹の口から吐息が漏れる。俺の心臓はそれだけで動きを速くする。彼が俺で興奮してくれていることが嬉しかった。
穹、と俺は彼のものを擦りながら名前を呼び、彼の薄い唇を自分の口で塞いだ。ちゅ、と音を立てて離れた後、至近距離で見つめ合う。
「俺は、どうしたらいい……? 全て、お前に教わると誓った。お前好みに、仕込んでくれて構わない」
穹はごくりと喉を鳴らすと、俺の背中に触れた。そしてそのまま背骨にそって指先を滑らせていく。ぞくりと肌が粟立った。俺は思わず彼のものを強く握ってしまう。
「あ……」
「もっと強く握って」
囁かれる声に導かれるようにして手に力を込める。手の中で彼のものがびくびくと震える。こんなつたない愛撫で健気に反応してくれるそこが可愛くて仕方がなかった。俺は夢中になってそれを擦り続けた。
「穹……ああ、こんなに……俺の手の中で、お前が……」
頭が霞がかったようにぼんやりとする。思わずうわ言のように呟くと、彼は興奮しきって震える声で言った。
「ずるい、丹恒……自分がするのは、良いんだ?」
「何がだ」
「……わかってないしさ」
真っ赤な顔に潤んだ瞳。ふてくされたように穹は言うと、俺を抱き寄せる。
「丹恒はえっち、ってこと」
「意味が……わからない……」
穹は困ったような声で笑うと、俺の肩口に顔を埋めて深く息を吐いた。
「好きなように動かして、丹恒の思うままイかせて。俺は、お前にされること、全部、嫌じゃないから」
俺は無言のまま頷くと、彼のものを擦る手の動きを早めた。穹が気持ちよさそうに吐息を漏らすたびに心臓が跳ねる。自分が直接触られているわけでもないのに息が上がる。どこかおかしいのだろうか? わからない、今はただこの少年を悦ばせたいとだけ思った。
「あ……っ」
しばらくして、穹が小さく声を上げた。同時に俺の手の中で彼のものが大きく脈打つ感覚があった。どぷどぷと溢れ出る熱い液体の感触に眼を細めて感じる。
「……っ、くっ……」
穹はがくりと俺の肩にもたれかかるようにして脱力した。俺は慌ててその身体を抱き留める。穹は熱に浮かされた表情で俺の名前を呼んだ。俺は少し迷った後、意を決して彼の唇を奪う。穹から教わったように、唇を満足するまで貪ったら、伺い立てるように挿し入れ、絡ませ合う。
「ん……っ、は……」
息継ぎをしながら互いの唾液を混ぜ合わせた。穹はうっとりとした表情で俺の後頭部を掴むと更に深く口付けてくる。俺は夢中になってそれに応えた。酸欠で頭がぼうっとしてくるが、それでも離れがたかった。
「ふ……」
長い口づけの後、ようやく唇が離れる。俺は乱れた呼吸を整えてから穹と目を合わせた。穹は熱に浮かされた顔で俺を見ている。その視線だけ依然と鋭くあって、まるで捕食動物が獲物を前に舌なめずりをするかのような仕草に思えて、俺はぞくりと背筋が震えるのを感じた。
「丹恒……」
穹は甘えるような声で俺の名前を呼びながら抱きついてくる。アンビバレンスだ、と思った。優位な立場でありたいという本能と、俺に甘えたいという感情がせめぎ合って彼の中を駆け巡っている。
「穹」
俺は彼の身体を抱き返すと、安心させるようにその頭を撫でた。
「俺はお前をもっとよくしてやりたい。明日からは……今の続きを教えて欲しい」
穹は真っ赤になってパクパクと無言で口を動かした後、たまらないとでも言いたげに、ぎゅっと俺の身体を抱きしめた。
「丹恒は、ずるい」
「またそれか?」
思わず頬が緩んだ。
「丹恒と居ると、幸せだけど、ずっと胸が苦しい。カフカのことを考えるときと、似てる……」
後頭部を殴られたような衝撃があった。おそらく自覚なく吐き出されている名前に、目元が引き攣る。
星核ハンター。カフカ。彼の胸の奥、失われた過去と孤独の中に巣くっている女。
「でもカフカは……欲しいもの、なにもくれないけど、丹恒はくれるから。余計にお前のことばかり考えて、胸が苦しくなるのかも……」
穹は独り言のように呟くと、俺の胸に頭を預けた。その仕草が可愛らしくて、受けた衝撃と、それから発生した複雑な気持ちをしまったまま頭を撫でる。穹は心地よさそうに目を眇めた後、言った。
「だから、丹恒がもっと欲しい。苦しい気持ちを、忘れさせてくれるような、もっと……」
穹は顔を上げると俺の目を見つめた。そしてそのままもう一度顔を寄せてくる。俺は素直にそれに応じた。
「ん……」
「……お前も、大概ずるい男だ。自分の弱さをちらつかせて、煽って、人の懐に入り込む」
「なんのこと?」
穹は惚けるように笑うと俺の胸に頬擦りをした。俺は彼の頭を抱き寄せてから、その顎を指で掬うともう一度唇を重ねる。今度は先程よりも深く。何度も角度を変えて口づけた。
「ん……っ、はぁ……あっ」
穹は苦しそうな声を上げながらも夢中で応えてくれる。俺は彼の口から漏れる吐息すら逃したくなくて、飲み込むように深く口付けた。
「はぁ、ん……た、丹恒……っ」
俺の目を、見てくれ。
俺は穹の顎を掴んで自分の方を向かせると、じっとその瞳を覗き込んだ。彼の目にはうっすらと涙の膜が張っている。何度見てもそのぬかるみはひどく綺麗だと思った。
「丹恒……」
穹はとろりとした目で俺のことを見つめると、そのまま体重を預けてくるように俺の身体を押し倒した。そしてそのまま覆いかぶさって抱きしめてくる。俺はその背中に強く手を回した。
「穹……」
俺は穹の耳元に唇を寄せると、わざと吐息を多く混ぜた声で囁いた。すると彼はびく、と身体を跳ねさせてから俺の胸に顔を埋める。俺は追い打ちをかけるように彼の耳元で言った。
「他の誰よりも……お前に求められているのが嬉しい」
穹は耳まで真っ赤になりながらも、ゆっくりと顔を上げて俺の目を見つめた。おそらく俺に言えるのはこれが精一杯だと思った。
「お前のわがままは、俺が一番聞いてやれる」
穹は何も言わなかった。ただ、そのまましばらく俺を見つめた後、ちゅと音を立てて俺の額に口づけた。そして甘えるような仕草で鼻先を擦り付けてくる。
「丹恒のそういうところ、だめにされそうでこわい……」
「だめに……?」
言葉の意味が分からず、聞き返すと穹は恥ずかしそうに首を横に振った。
「なんでもない。……丹恒、もっと……言って」
「なにをだ」
「俺が、もっとだめにされそうなこと。丹恒流の『好き』の言葉」
俺はしばらく考えて、それから彼の耳元に唇を寄せて言った。
「俺を目一杯困らせてくれ、口では言えないようなことでも」
「それ、どういう意味で言ってる?」
「……?」
はあ、とため息を吐いて、穹はやれやれと首をすくめた。納得がいかないまま、穹に抱きしめられる。
「丹恒そういうとこあるよな……」
「どういう意味だ……?」
「俺がどれだけお前に振り回されてるか知らないんだ」
「振り回されているのは俺だろう。お前はいつも好き勝手に振る舞う」
「違う! 丹恒が、俺の感情をめちゃくちゃにするんだよ……っ!」
穹は駄々をこねるようにぎゅうぎゅうと強く抱きついてくる。俺は思わず笑ってしまった。穹はムッとした様子で顔を上げると、俺の頬を掴んで言った。
「……丹恒も、俺でめちゃくちゃになって。もっと」
「もう、なっている」
俺は穹を抱き締めると、その胸の中に顔を埋めた。鼓動が伝わってくる。それはいつもより早くて大きかった。俺の言葉ひとつで、穹はこんなにも乱されているのだ。そう思うと胸の奥がざわざわとした。
「はあ、もっと大人の余裕が欲しい」
「子供が何を言っている」
穹は心外そうに鼻を鳴らした。
「なのよりは大人だ」
「俺から見たら、お前たちは大差ないな」
「ひどい……」
穹は不貞腐れたように声を尖らせた後、どこか遠くを想うように、俺の頭をかき混ぜ撫でた。
「俺がもっと大人だったら、カフカも色々教えてくれたのかな……」
俺は顔を上げて、放埒な唇に吸い付く。
俺の前だと油断してその名前を出す、お前のそういった軽率な所が許せない俺も――穹、お前が思っているほど大人じゃない。