あれから穹は資料室で寝入ることが無くなった。そのうえ少し緊張したような顔で扉を開ける。緊張したような目で、丹恒を見る。しかし丹恒は資料室でいつものように穹を出迎え、何事もなかったかのように振る舞っていた。
落胆が無いかと言ったら嘘になる。あの時たしかに丹恒は穹の瞳に期待を見いだした。それは穹という人となりをよく分析している丹恒には事実として認められたし、だからその期待に応えるためなら何でもしたいと思った。
しかし穹は丹恒に何も求めなかった。それどころか距離を置くような真似をする。丹恒にとって穹はこの生の得がたい縁の一つであり、心を分けて良いほどの友人だ。今現在の状況では、心の内がどうであろうと、彼はそれ以上の関係ではない。
穹はあれを丹恒の行き過ぎた悪ふざけと思っている節がある。だがそうではないと、丹恒の本能が告げていた。人の分析は得意なのに、自分の感情の整理はいつも付かない。どうしてあの時涙が出たのか、その由来さえ未だあやふやなくらいで丹恒は途方に暮れていた。
そして、穹もまた丹恒を警戒している。穹は自身の感情を丹恒よりも早く理解しているようで、それがために丹恒を遠ざけている。その明確な拒絶が、丹恒は気に入らなかった。
「……穹」
資料室の代わりにラウンジで寝入るようになった少年に手を伸ばす。その目の下には見慣れぬ隈ができている。彼は最初から丹恒に気がついていたのだろう。目を瞬かせ、眉根を寄せると丹恒を見てすぐに無表情を装った。丹恒の手を払いのけてつれなく言い放つ。
「次は無いって言っただろ」
心に小さなさざ波が立った。それを見ない振りできるほど、丹恒の穹への感情は軽くない。
「……」
丹恒が黙り込むと穹はため息をついた。丹恒の頭を両手でかき乱しながらむくれた顔でにらみつける。
今にここにはパムさえ居ない。あのときの話をしても、誰も聞いていなかった。
「抵抗できない相手にキスするようなやつになんか親切にしてやれないぞ」
「今はしていないし、それにキスはお前からした。俺も誰にでもあんなことをするわけじゃない……」
「……そ、そんなこと言ってないっ」
回転の速すぎる丹恒の頭は最短で穹の不満をはじき出し、焦った丹恒もまたそれをそのまま簡潔に口に出した。結果として穹は真っ赤になって慌てている。
「お、俺は別に……丹恒が誰とキスしようと関係ないし」
「……そうか」
沈黙。穹は目を泳がせ、何度も口を動かした後、再び言葉を紡いだ。
「嘘、ちょっと気になる。誰にでもじゃないけど、誰かにはするのか」
「しない、お前だけだ」
「……」
再び沈黙。丹恒が穹の様子を観察するように見ると、彼は躊躇うような顔で口を開いた。
「……俺のこと好き、なの?」
何を今更聞くのかと思った。好きだからあんなことをしたに決まっているではないか。丹恒はそう答えるつもりだったし、実際に口にするつもりでいたのだが……その言葉は喉に張り付いて外に出ることは無かった。自分への戸惑いからうなずきもせずじっと穹を見つめていると、穹は居心地悪そうに身じろぎし、ため息を吐いて首を振る。
「丹恒の好奇心は底なしだな」
言葉には諦めのような色がある。丹恒の心は穹が自分を避けだしたと気がついたときから、ずっと焦っていた。彼の信頼を取り戻したいし、これまで通り彼の安全でありたかった。安息を与えられる場所として存在したかったのに、自分の行いか、はたまた言動によってそれを失ってしまった。
丹恒は穹が可愛くてたまらないだけなのに、どうしてこうもうまくいかないのか。穹は好奇心、という言葉をからかいに使った。それは以前、丹恒が穹に返した言葉だ。『何故寝込みを襲うのか』という穹の疑問への回答がそれだった。
丹恒は、きっと本来はもっと違う答え方をしたかった。だがそれは今をもって言葉としてつかめず、分からないままだ。
「俺は……」
丹恒は何とか言葉を続けようとしたが、やはり続かない。お前が好きだから。好きだからした。可愛いから。あまりにも抽象的な表現だ。丹恒がこれでは彼を納得させることなど出来ない。
沈黙に耐えかねたのか、穹は突然立ち上がると丹恒に背を向けた。
「……部屋に戻る」
穹はこれ以上話すことはもはや無いとでも言いたげに、扉に向かおうとする。丹恒が咄嗟にその手をつかむが、振り払われる。勢いを付けて、その拍子にバランスを崩したのか、かくんと彼の身体が傾いた。丹恒は思わず強く彼の腕を引いてしまった。
「あっ」
穹を胸に抱き留めると、彼は驚いた顔をして丹恒を見上げて固まった。
「大丈夫か」
「あ……うん……」
穹は気恥ずかしそうに丹恒の胸をそっと押す。しかし丹恒は手を放さなかった。
「丹恒」
穹が戸惑うように見上げると、丹恒は眉を寄せて言う。
「……どうして俺を遠ざけようとするんだ」
全て、丹恒が悪いなんてことは解っている。そのわがままな言葉に穹は少し目を見開くと、きゅっと口を引き結んで丹恒と視線を絡ませる。その表情からは呆れや嫌悪や拒絶は一切見えない。穹は少し戸惑ったような顔をして、目を伏せると呟くように言った。
「俺のこと、」
それは同じ質問だった。だがその声色には明らかに不安の色が滲んでいる。だから丹恒は、今度こそ即座に口を開く。
「好きだ」
穹の目に柔らかい光が宿る。その唇がわずかに開き、何か言いたげにしてやめる。
「だがきっと、お前が望む好意では無い気がする」
そして、失意に落ちる。
穹の目には悲しみが宿っていた。丹恒は静かに息を飲みながら、彼の瞳をじっと見つめた。
「……そう」
怒りならば納得した。だが。丹恒は慌てて彼に聞き返す。
「穹?……待て、何か思い違いを」
「してないし。わかった。もう、わかったから」
穹は丹恒の手を振り払おうとするが、彼の力が思いのほか強く振りほどけない。そうしているうちに彼は拗ねた子供のような表情になって、それからやけくそのように乱暴に言った。
「ごめん! 俺が悪かったよ! だから離せって」
「……何がだ」
焦りは混乱を呼び、丹恒の心は荒れていた。穹の感情が精査できない。彼は今何に失望した。傷ついて、何を諦めようとしている。穹は苛立ちを隠さない声で丹恒に言った。
「お前のことを変な目で見て、悪かったなって言ってる」
……変な目。そんなモノを浴びた覚えは無い。丹恒は首を振るが、穹は呆れたような顔をするだけだった。
「……なんか、疲れた……」
彼は力ない声でそう言った。そして丹恒を見て息を吐く。
「……離してくれ」
「それは出来ない。お前は勘違いしている。話をしよう」
穹は目を伏せる。その仕草には疲れが色濃く滲んでいた。
「わかった。でも、部屋には戻る。そろそろパムもラウンジに戻ってくる頃だろ」
丹恒は頷いた。穹の手を引いてラウンジを出て、彼の部屋に向かう。その間会話は一切なかったが、丹恒の心は全く落ち着きを無くしていた。穹は丹恒の手を振り払わなかったが、何を思ってそのままに手を引かれているのだろう。
「……」
彼の部屋の前で立ち止まると、穹はため息を吐いてから扉を開いた。そして中に入りながら一言放つ。
「もういいだろ、離して」
「……」
「逃げないってば」
離した途端にもう二度と穹に触れさせてもらえなくなる気がして、丹恒はその手を離すことを躊躇った。穹は結局それすらを受け入れると、丹恒を伴ってベッドに腰掛ける。
「……で、何の話をするって?」
穹は投げやりな声で言った。丹恒はためらいがちに口を開いた。
「俺にはお前と違って、性欲が備わっていない」
「っ、あの? 丹恒先生?」
「……だから、お前を慈しむための行為だと、思っていた」
全て。
おそらくは、蓋をしていた。『無い』ものを『有る』ように振る舞うことは、普通ではない。ハッキリ言って異常だ。それを丹恒は己に認めたくなかったのだろうと思った。
「お前を慈しむことが、俺にとってはたまらなく『気持ちのいいこと』だった。だからそれをお前にも分け与えたいと思っていた」
穹の顔が真っ赤に染まり、情けなくゆがむ。丹恒は続けた。
「俺は好奇心でお前の寝込みを襲ったわけじゃない」
「っ……」
穹の瞳が揺れている。それをみて、丹恒はあの時見た期待を再び彼から感じ取った。
「穹。キスがしたい」
動揺と混乱が交錯していた。丹恒は膝の上で凝った穹の両手を己の手で抱きしめ、絡みついた。
「お前だけに」
耳朶をくすぐるように指先でなぞると穹は肩をすくめて逃げようとする。丹恒は彼の舌を絡め取りながらそのうなじを両手で押さえつける。後頭部に手を差し込み、ぎこちない動きで、互いの舌を舐め合わせる。
「ん、ぅ…」
「は、っ」
呼吸のタイミングもいまいち合わない、何処を探れば彼が『きもちいい』のか、まだまだ分からない。だから丹恒は探るように彼に触れて、彼の感じる場所を探していく。
「う……あ……たんこ……」
息苦しさに穹の顔が茹蛸のように真っ赤に染まっていくのを間近に見つめて、丹恒は恍惚と目を眇めた。かわいい、と思う。舌先で彼の歯をなぞってやれば彼は身をすくませて丹恒の肩を掴む。
「んうッ」
びくびく、とその身体が跳ねる。それを押さえつけるように強く抱きしめて口を吸い、ねっとりと舌を絡める。こうして自分を受け入れてもらえることが嬉しくて、穹がキスを拒まないことが嬉しくて、丹恒は『いつものように』理性のたがが外れていくのを感じた。穹に意識がある状態で彼にいたずらをする。丹恒曰くの、慈しみだ。
穹の頭を抱え込んで、丹恒は彼を籠絡するように全霊を持ってその口腔をまさぐった。
「あ、はぁッ、う……っ」
穹は涙を溜めて、切羽詰まったように丹恒の服にすがりつく。彼の腰は小さく揺れていた。それに気がついたとき胸が小さく握られるような、切なくも甘い痛みが丹恒の全身に広がった。
「っ、穹……かわいい……」
その言葉に、穹がぎゅうっと強く目を瞑った。瞼を縁取る睫毛にたまった涙の粒がぽろりとこぼれるのを見て、丹恒は酷い高揚感を覚えた。唇から離れて、そこを舐め取る。
「ん、」
「かわいい……穹、好きだ」
丹恒は彼の耳元に口づけながらそうささやく。彼の耳朶を噛んだ。びくん、と穹の肩が跳ねる。耳朶を食み、その穴にそっと舌先を伸ばしながら、揺れる穹の腰にも手を伸ばす。
「あ、ぅ」
服越しにそこを擦るように撫でると、穹が震えた。みるみるうちにそこが盛りあがり、硬くなっていくのを横目に見ながら、丹恒はうっとりとした顔で穹の耳の穴を濡れた舌で犯す。穹は耳の穴に舌が入るたびに、身体を跳ねさせる。
「あ、や……ッ」
丹恒は首に回していた手を下に滑らせる。そして彼のベルトに手をかけると、音を立ててそれを外しにかかる。それに気がついた穹が慌ててその手を掴むが、その抵抗は弱いものだった。
「ま、って……っ」
「……」
丹恒は無言でそれを外していく。その間も穹の耳の穴を舌でぐちゃぐちゃに犯すのを忘れない。この時点で、丹恒のたがは外れきっていた。
「穹、きゅう……」
丹恒の聡明な脳は半分くらい茹っていた。普段であれば決してしないような行動をしている自覚はあったが、それを恥じらえるだけの理性がもはや残っていなかった。端的に言って、許された結果調子に乗っていた。外されたベルトを引き抜くと、ズボンに手をかける。穹は全身を真っ赤に染めて、嫌がるように慌てた。
「待って、たんこ……っ、話しようって! お前が」
「きゅう……」
「嫌! えっちな顔するのやめて! 可愛……っ、じゃなくて!」
穹は必死に丹恒の肩に手をやって押し返して来た。丹恒はその抵抗にむっとして下着の中に手を入れて彼のそこをつかんだ。
「ひッ!?」
穹が悲鳴を上げて身をすくませる。丹恒は彼の性器を手のひらで優しく包み込んだ。湿った呼吸で深く息を吐きだして、穹を切なげな顔で見つめる。その顔はどう見たって『悦楽に浮かされている』。
「穹……」
ぬるついた先走りを指に絡めて、それを潤滑剤に彼の竿をしごく。きゅ、と握る力を強くして上下に擦りあげれば穹は短く甘い声を上げて身体を震わせた。丹恒は彼の先端の溝に親指を押し当ててぐりぐりと意地悪く弄ぶ。
「あッ、丹恒、それ……っ」
「もっと聞かせてくれ、」
「やだっ、まってってぇ!」
穹の半べその声が心地いい。丹恒は自分の唇を舐めて、それから穹の下履きを下着ごと乱暴に抜き取った。
「やだ! なんで! 恥ずかしい!」
穹は両手で顔を隠して、いやいやと乙女のように震える。だが丹恒の目にはその抵抗は無意味なポーズに見えた。ゆえに彼の性器をしごく手は止まらない。その先端からは蜜が溢れて今にも零れ落ちそうだった。それがもったいなくて、丹恒は思わず身をかがめてそれを舌で舐めとった。
「ばっ!?」
「穹のここも、可愛い……」
「ばか! また俺の、舐めッ」
丹恒はうっとりと目をつぶって穹の性器を頬張る。口内に納まりきらないそれを喉奥で愛撫しながら、先端を舌で器用にねぶる。じゅぷじゅぷという卑猥な音が部屋に響くなかで、丹恒の腔内は熱くて唾液と先走りでぐちゃぐちゃだった。丹恒の端正な顔が、穹のそれによって頬をいびつに膨らませている。それがどうしようもなくいやらしく見えて、穹はさらに顔を真っ赤にした。
「丹恒……っ、や……」
穹は脚を震わせて耐えるように歯を食いしばる。だが次第に膝ががくがく震え始めて、ついに腰が抜けたようになる。腰が跳ねて、その拍子に口の中に含まれていた性器がずるりと抜け出た。丹恒の鼻にそれがぺちりと当たる。それにすら感じてしまいながら、穹は口を押さえる。
「ぅう~っ」
ぐずぐずと泣きだした穹の足を抱きしめて、丹恒は深く息をする。頭がクラクラする。どうしようもなく、目の前の彼が可愛い。この行為にハマっているのは、いつだって丹恒の方だ。
穹の身体を横たえて、丹恒は安心させるように頬を撫でる。
「痛いことはしない。お前が気持ちいいことだけ、するから……」
「その免罪符を手に入れたみたいな顔やめろよ……っ、う」
穹は泣きながらも必死に丹恒をにらんでいたが、丹恒の手が再び性器に触れ始めるとその表情はすぐに悦楽にとろけていく。丹恒はたまらず顔を上げてその薄く開いた唇にしゃぶりつく。先ほどまで文句を言っていた穹はそれに抵抗せず、意外にもおずおずと応じる。そのせいで、丹恒はさらに舞い上がる。
「ん……っ」
「はぁ、んむ……」
丹恒は夢中で彼の舌を吸いながら、その性器をしごいた。先走りがどんどん溢れて来て、それを塗り込めるように手を動かす。寝入っているときとは違い、意識のある状態での彼の先走りは触れてすぐに溢れて止まらなかった。その違いがまた丹恒の胸をときめかせる。ぐちゅぐちゅと濡れた音がして、それが二人の興奮を煽っている。穹は鼻にかかったような声を上げて丹恒を引き寄せると、上下を入れ替えるように彼を押し倒す。
「あっ、こら……」
丹恒の腰に自身のそれを押し付けて、穹は切羽詰まった顔で丹恒を見つめた。鋭く暗い。どこか荒れた視線を浴びて、丹恒は息をのんだ。
知らない顔。
「人がおとなしくしてれば、丹恒はすぐ調子に乗って」
穹は低くそう吐き捨てて、丹恒の前をくつろげるとそれを取り出してぱくりと口に咥えた。
「ッ!?」
「ん……んむ……」
生暖かい感触に思わず声が漏れる。丹恒は咄嗟に口元を押さえた。妙な心地だった。性感は覚えないから、足の指を口に含まれる、というようなものに近い。丹恒は穹の咥内が自分のモノに反応してぬるりと滑る感触に、思わず息を詰めた。
「あ……っ、穹、お前……」
彼の髪を撫でる。穹は切羽詰まった表情をしながら丹恒のものに舌を這わし、やがて歯を立てた。噛み切ってやろうというほどの力ではない。だがその刺激に腰が浮く。
「う……ッ」
丹恒は呻いた。穹の姿を見おろしながら思う。己がするのは、穹が可愛くて仕方が無いからだ。その感情の前には忌避感を超える愛しさがある。
だが穹が丹恒に同じことをする理由はなんだろう。
「っ、穹……だめだ、俺のそこは……外性器ではなく、排泄……」
「うるさい」
穹はそれだけ言うと、また丹恒のモノにしゃぶりつく。今度は頬の内側で先端を刺激しながら、幹を両手でしごく。どう足掻いたって、心地良い以上にはならない。快楽を覚えない身体に愛撫されることの居心地の悪さに、丹恒はたじろぎながら穹の頭を撫でた。すると先端の穴に舌をねじ込むような動きをされて、ぎょっとする。
「ま、て……っ、もういい、きゅ、う……俺には、快楽は、っ必要ない」
丹恒が引き剥がそうと頭を押すと、穹は不満そうな顔をする。そして何かに気がついたという顔で、丹恒の後ろに顔を寄せた。
「……穹?」
丹恒はきょとんとした顔で臀部に回る彼の手を見る。下着ごと下穿きをふくらはぎまで下げられ、腰を持ち上げられて、そこを――後孔をそっとぬめる舌で舐められた。丹恒はそれでやっと己が何をされているのか理解した。
「あ……」
思わず声が出る。穹の舌先が丁寧に、丹念にそこを舐めた。生温かい濡れた舌が、皺の一本一本を丁寧になぞっていく。丹恒は背筋が震えるのを感じた。穹に、こんなことをさせていいはずがない。そう思うのに、彼が己のそこを舐めていると思うと妙に頭が痺れるような予感がする。
「ふ……」
小さく息を詰める。丹恒が身をよじると、穹はその動きに合わせるように舌をなかへ挿入させた。その刺激に丹恒は思わず逃げるように腰を浮かせた。
「ん……っ」
穹の舌先がゆるゆると入り口を広げようと生きもののように蠢く。丹恒は喉の奥で呻いた。
「う……っ、穹……」
彼の指が入り口を擽るように撫でて、それからつぷりと中に侵入する。圧迫感に丹恒が息を詰めると、彼は宥めるようにそこを指で優しく愛撫した。そのやわらかな刺激の繰り返しに丹恒は子犬のように切なげな声を上げた。やがてそこが柔らかく蕩けだし、溢れた唾液を塗りこむように指が抜き差しされるようになるまでそう時間はかからなかった。
「汚い、だろう……っ」
「……前にアーカイブで見たことがある。人間の脳って、凄く単純なんだって」
「きゅ、」
「脳は刺激を欲しがるし、その刺激に慣れたらもっと強い刺激が欲しくなるって。丹恒が俺の寝込みを襲ったのもそうだ。刺激って言う、脳の快楽だろ? 丹恒にだって排泄欲があるなら、こっちは物理的にもきもちいいはずだ」
勝手な持論を展開されて、丹恒は唇を噛んだ。穹の舌が出入りする度に腰が重くなって、どんどん下腹の方に『なにか』が溜まっていくようだった。だがそこに快楽はない。与えられる刺激に、ひたすら焦れるだけだ。
「きもちよく……ない」
「……丹恒は、頑固だな」
「んッ!?」
穹の指が二本に増やされる。圧迫感が増して思わず彼の頭に手を置いた。だがその手は引き離すほどの力を持たず、ただ穹の髪を乱すだけに終わる。
「ふ……ぅ……」
丹恒が眉根を寄せて耐えていると、しばらくしてから指が引き抜かれた。そしてそこをくぱりと押し広げられる。空気に触れた冷たい感覚に丹恒が身を震わせると、そこに熱いものが押し付けられた。それが何なのか、理解するのにおおよそ体感で数秒かかった。
「ま……っ」
瞬間それは入り込んできた。丹恒は咄嗟に彼の頭を押し返そうとしたが、その手は掴まれてシーツに押しつけられる。穹の指がしっかりと丹恒の手首を掴んでいた。
「うあっ! あぅう……ッ!?」
強制的に両手を押さえつけられながら、圧迫感が増したそこに丹恒は呻いた。かひゅ、と喉から息が漏れる。
「穹、穹……っ」
丹恒は懸命に名前を呼んだ。穹は答えない。ただ苦しげに息を吐いているばかりだった。丹恒は必死に穹の顔をのぞきこんで――愕然とした。
彼は泣いていた。それは先にあった戯れの延長での泣きべそではなく、どこまでも静かな、彼に見合わぬ泣き顔だった。濡れた頬で必死に息を吸う彼の姿に、丹恒は思わず怯んだ。その隙をついて穹は体重をかけて一気に丹恒の奥まで突き入れてしまう。
「ぐッ……!」
丹恒の身体が硬直する。意外にも痛みはない。ただ内臓を押される衝撃と熱に脳が焼き切れそうだった。穹はぼろぼろと涙をこぼしながら、丹恒に縋りつくように身体を折った。
「……ッ」
「あ……っ、う……」
穹は苦しげに呻いてから、ゆっくりと身体を起こす。そしてそのまま腰を動かし始めた。
「んあっ! んぅうっ」
「はあ……ッ、はぁ」
粘ついた水音が部屋に響く。その音に耳からも無理矢理犯されているようで、丹恒はシーツに頭をこすりつけながら首を振った。だが穹はその抵抗を許さないとばかりに、彼の腰を掴んで引き寄せる。
「んっ」
「丹恒……」
穹は涙に濡れた目を切なげに眇めて、丹恒の頬に冷たい手を添えた。彼は丹恒の唇を食むように口づける。そしてゆっくりと腰を揺すりながら、丹恒の舌を吸った。たどたどしいながらも穹の生々しい欲望をあらわにするそのどれもがひどく淫らで、どれも見たことのない穹の姿だ。
丹恒の知っている穹の欲望は、彼の意志がなかった。だから丹恒は、穹が求めるが故に起こっている、この状況の全てに弱り切ってしまう。
「……っ、う」
「……気持ちよくないのに、そんな顔するのは何でだ。丹恒のせいで、俺、おかしくなりそ……ッ」
穹は熱に浮かされたような声でそう言って、何度も丹恒の名前を呼ぶ。苦しげにかすれる響きにたまらなくなって、丹恒も穹の首に腕を回して抱きついた。耳元で彼の湿った息がこぼれている。丹恒の目は涙の膜を張って潤んでいて、それは誰の目から見ても蕩けるように甘い緑色をしている。
可愛い。穹が可愛いから、涙が出てくる。どうしようもないその事実にたどり着いて、揺さぶられると同時、丹恒は息を詰めた。
「穹、すきにして、いい……から……泣くな」
「……」
丹恒の言葉に、穹はそっと息を吐く。そして次の瞬間には激しく腰を打ち付けてくる。パンと肌を打つ音がして、それから何度も奥を突かれた。その衝撃に思わず逃げそうになるが、穹は許さないとばかりに腰を掴む手に力を込めた。ガツガツと貪るように犯されて、丹恒の喉から悲鳴がこぼれる。
「ひぐっ! あっ、んッ、ぐぅ、っ」
「はっ……、は…っ、ぅ、く」
穹の息が荒い。彼は何度も丹恒の名前を呼びながら、腰を深く揺さぶっている。そのたびに彼の先端が丹恒の最奥を抉り、その度に丹恒の身体はビクビクと震えた。気持ちよくはない、けれど、恐ろしさにすくむときに跳ねる身体が、穹にはまるで悦んでいるように見えていることを丹恒は知らない。
「はあっ……ッ」
穹が一際強く腰を押しつける。丹恒は目を見開いた。腹の奥の方で熱い飛沫がぶちまけられたのを感じる。それに驚いていると、穹は数回に分けて精液を吐き出しながら抽挿を繰り返した。そしてゆるゆると引き抜くと、ぐったりと丹恒の上に覆い被さってくる。
「ん……う」
結合部から生温かいものが溢れる感覚に小さく呻く。穹に内臓を犯されて、直接マーキングまでされてしまった。彼の興奮していた姿は可愛かったが、丹恒はそれをすべて受け止められるほど、行為に対して正常心では居られなかった。
怖い、と思った。
初めて、穹を。
ばくばくと脈打つ心臓がうるさい。息を整えようと必死になっていると、不意に穹に頬を掴まれて上を向かされた。彼は冷めやらぬ目で丹恒を見つめている。その目の奥にはまだ欲が見え隠れしていて、丹恒は一瞬ぞっとした。
「丹恒が気持ちよくなってくるまでしてあげる。お前が嫌だって泣いても、俺はやめないから」
丹恒は青褪めた。てっきりこれ一回きりだと思って、許可を出した。
「いや……いやだ、もうこれはしなくていい……」
「駄目」
穹はそう言って笑った。その目は潤んでいるが、泣き止んでいる。丹恒は動揺したまま困った目を穹に向ける。穹は歌うように言った。
「お前の脳が俺を受け入れるのが『きもちいい』って覚えるまで、毎日してやる。組み敷かれて屈辱だって顔しながら、それが嬉しいみたいな……めちゃくちゃな顔する、丹恒が悪いんだ」
寝た子を起こすという言葉があって、丹恒は文字通りそれを味わっている。穹のスイッチを押したのは他でもない丹恒だ。
丹恒は途方に暮れた。困り果てた顔で、潤んだ目を穹に向ける。弱り切って、上目遣いに見るその仕草には、哀れにも自覚がない。そのうえどこまでも穹の理性を脅かすように出来ている。
「丹恒の泣き顔って、俺のことがめちゃくちゃ好きって言ってるみたいで、最悪だ。乱暴にしたくなるから」
そんな風に、穹は身勝手なことを言って、丹恒に優しく口づけた。