「カフカ」
その音で意識が浮上した。自分の口から出ている声に驚いて目が開く。喉に指を這わせて、小さく息が震えた。縋るような響きがあったかもしれない。それはもう、消えてしまった声だった。
穹はひとりきり、夜の自室でゆっくりと息を吐きだして、心臓を落ち着かせる。周囲を見渡す。誰もいない。その事実に安堵する。
彼女は会うたび名残惜しむ自分を軽やかな足取りで置き去りにしていく。記憶が無くて苦しむ自分を、彼女は悲しんではくれない。だったらいっそこの執着すら、はやく忘れてしまいたかった。
頭の片隅が常に空白への苦悩で埋まっているのに、現状さらに厄介なのが丹恒の存在だった。ミイラ取りがミイラになる。彼はこんな自分に憐れみを掛けて、余計な感情を抱いている。曰く、かわいい。多分彼は自分のことが好きなのだろう、と穹は思う。順番も行動もメチャクチャで、普段の彼にあっては疑うほどに本能的な態度を取る。おおよそ言語的コミュニケーションのすべてを忘れ去ってしまったように、その感情はぎこちなく発露する。
穹は丹恒が好きだった。出会ってすぐに好きになって、ゆっくりと恋をしたけれど、致命的にかみ合わないのが相手の求め方だった。有り体に言ってショックだったのだ。丹恒とは、時間を掛けて色んなことを経験したかった。隣り合わせで肩が触れあうギリギリの距離でお喋りすること、本を手渡す瞬間に指先が触れてしまったときの気まずさ、朝と夜に挨拶をすること、さみしいときに側に居ること。そういうものの穏やかな積み重ねではだめだったのか。
知らない間に心を掬われ、それに巣くうように身体を暴かれ、いつの間にか穹の身体は丹恒を覚えている。怒りがあった。動機が何であれ目に余る行為だったし、到底許すつもりになれない。だからキスをしたのに、返ってきたのは水のようにひんやりとした欲情だった。丹恒は性的な欲求を持たないはずなのに、あの時たしかに穹に対して欲情していた。
そのせいで、穹にはまるで休まるときが無い。
眠ると、カフカの夢を見る。夢を見てしまうと、起きたとき丹恒が自分に悪さをしていないか気になって、おかげで最近はずっと寝不足だった。
「……丹恒」
お前の好奇心、なんかのせいで。
「ああ……っ」
ぐずぐずと丹恒は鼻を鳴らしながらすすり泣く。身体は律動に揺さぶられるまま、言葉を失した獣のように丹恒を貪る穹の思うままだ。
「たんこ……」
腰を止め、すん、と彼は丹恒のうなじに鼻筋を滑らせて淡く噛む。皮膚に歯が滑る感触がする。それに身震いするほどに緊張した。丹恒はいまだにこの無意味な行為に慣れはしない。
「う……ぅ」
「きもちいい? きもちいい、って言って、丹恒」
良くない。まるで、なにひとつ、丹恒の身体はまったく快楽を覚えることはない。だけど彼の言葉は麻薬のように丹恒の脳を揺さぶり、痺れさせる効果がある。じんじんと、いつも頭が重くなる。
「きもち……よくない」
「そうじゃないだろ」
穹は軽く丹恒の尻を叩く。はりのある音が丹恒の耳まで打つようだ。痛くはないけれど、何度も叩かれているうちに、そこの感覚が麻痺してくる。じくじくと熱を持つそこに、彼の手のひらが舐めるように滑る。その感触に少しだけ身体が震えた。刺激という意味では、痛みの方が丹恒には馴染みがあり、それを学習させられることで快楽の代わりに、身体に痛みが『気持ちいい』と刷り込まれる。
穹は解ってやっているのか、それとも本当に丹恒にも性的快楽というものが分かると勘違いしているのかは分からないが、彼はあの日から熱心に丹恒の身体を作り変えようとしている。
毎日。毎日だ。本当に毎日、毎夜丹恒の元へ身体を暴きにやってくる。訪れる時間帯はランダムで、丹恒が寝入ってしまったあとだって容赦なかった。
今日などは滞在した星のホテルだ。本当に毎日、欠かさず彼は行為を行う。呆れるほど執拗だった。
丹恒の身体を暴く。その行為は暴力よりも丹恒を怯えさせたが、穹はそんな丹恒に優しく口づけた。
「丹恒は良い子だから、すぐ覚えるよ」
そう言って、何度も丹恒を犯す。その優しさと、丹恒を暴くことへの躊躇の無さ。アンバランスなギャップに、丹恒は夜が来る度混乱した。
「あ……っ」
穹が腰を揺らす。彼のものがなかを擦る度に、丹恒の口から声が漏れた。それは確かに快楽ではないけれど、それでも脳髄が痺れるような甘い感覚がある。彼を自分に迎え入れるコトへの甘美な悦楽だ。穹が自分を使って、気持ちよくなることに対して丹恒はここまで来ても貪欲だった。自分はそれを覚えることがないのに、彼の快楽に使われることがどこまでも丹恒の心を高ぶらせた。
「う……っ、く」
「はぁッ、はあ……はあっ……」
二人の呼吸音と結合部の湿った音ばかりが響く。丹恒はこの時間に言い表しようのない恐怖と不安を覚える。未知は既知ほど怖くない。これを知らなかった頃の方が、行為を恐れなかった。いっそ我を失い泣いて喚いて、みっともなく彼を拒絶できればと思うのに、そうしてみせたとき、彼は間違いなく傷ついて二度と自分に触れなくなるだろうという確信的な予感がある。
穹のひび割れた琥珀の目。それが向けられることがなにより恐ろしかった。
「あッ……く、そ……っ」
だから丹恒は自分を呪いながら、彼の欲望を受け入れる。拒もうと思えば、いつでも自分ならば拒むことができるのだから、と言い聞かせて。
「たんこ……」
穹が切羽詰まった声で丹恒の名前を呼ぶ。その響きにすらかわいい、と思考の片隅がぬかるんでいくのを感じる。このどうしようも無さが、丹恒の足を取っている。あるいは、穹すらも。
「あ、あ゛っ」
「たんこ、う……」
「ん、 ん゛ぅっ」
丹恒は唇を噛んで声を抑えた。だが穹がそれを許さないとばかりに顎を掴む。そのまま口づけられて舌を吸われた。その間も律動は止まない。丹恒は息苦しさに思わず穹の腕に爪を立てた。
「はあ……ッ、あ……っ!」
「きもちいい、きもちいい、って言って……っ、丹恒、言って……っ」
「あッ、ぎっ」
ガツンと思い切り最奥を叩かれて、丹恒は悲鳴を上げた。内臓をかき回される。チカチカと目の前に火花が散って、一瞬意識が遠のく。だがそれも穹が腰を振る度に引き戻される。
「うあっ! あぐっ!」
「たんこう……きもちいいだろ? なあ……」
「い、いいわけな……っ」
「なんで?」
なんで? そんなの決まっている。これは快楽ではないからだ。快楽を知らない丹恒とて苦しみとそれを取り違えるなどということはない。
「言って」
穹はぎゅっと丹恒の「陰茎」を掴んだ。その瞬間、丹恒の口から悲鳴じみた声が上がる。彼は鈴口を執拗に弄りながら、激しく腰を打ち付ける。その度に水音と肉がぶつかる音が響いた。その激しさに視界が白ばみそうになる。
「あぐっ、うあっ! あ゛ッ!」
「丹恒……」
穹が名を呼んだ。その瞬間、彼は一際強く腰を打ち付けてぶるりと震えた。同時に熱い飛沫を中にぶちまけられるのを感じて、丹恒はまた悲鳴を上げる。その声がまるで縋る甘さを含んでいることに、丹恒は気が付かない。
「あ……っ、う……」
ずるりと音を立てて彼が引き抜かれていく。そのとき毎回のように丹恒の穴は強くそこを痙攣するように締め付けた。その感覚だけがかろうじて「きもちいい」と言える。排泄に似た感覚。丹恒はそれを恐怖していたはずなのに、どうしてか繰り返すほどに最近は抜かれるとき、頭がぼうっとしてしまう。 終わりへの安堵、それが大きいのだと分析している。これを抜いてしまったら後は眠るだけ。その安楽を、身体が覚えているのだろう。排泄感に似た心地よさ、それに付随する事象、それだけを丹恒の身体は快楽と覚え始めている。とはいえ、性的なものと結びつけることはできない。
「はー……っ、はあ……」
穹が呼吸を整えながら丹恒を見下ろす。彼は恍惚とした表情で言った。
「丹恒の身体、すごくエッチでかわいい……」
その言葉に丹恒は緩やかに首を振る。
「意味がわからない……」
「なんで? 褒めてるんだけど。お前の身体見てるだけで、俺勃つし」
「……穹は、どうして俺にここまでするんだ?」
「え? どうしてって……そりゃ、丹恒のこと好きだから……」
「……」
ううん、と唸って、彼は丹恒の頬を撫でた。
「俺は、丹恒に気持ちよくなって欲しい。俺がしたいのはあるけど、それも関係なく丹恒に気持ちいいって思って欲しいから」
別に、そんなことを丹恒は望んでいない。
「だってそうだろ? 丹恒だけ涼しい顔で俺が気持ちよければそれでいいなんて、言わせない。奉仕できればそれでいいみたいな、そんな関係じゃないだろ。俺たち」
「それは……」
丹恒は言葉に詰まる。確かに、自分はそういう風に考えていた。穹が気持ちよくなればいい。それで彼が自分を求めてくれるならそれでいいと、そう思っていた。けれど穹は違うと言う。
「丹恒にもちゃんと気持ちよくなって欲しいんだ」
「俺は……別に」
穹がどれだけ頑張っても、この身体は反応しない。そう言いかけて口を噤む。だがそれを穹は許さないとばかりに唇を指でなぞった。その指の感触にぞくりと背を震わせながら、丹恒は諦めて言った。
「……お前の好きに、すればいい」
「丹恒は、俺の好きにされて嬉しい?」
穹が不安げな声で問う。丹恒は言葉に詰まった。穹は真っ直ぐと丹恒をのぞき込んで答えを待っている。その期待に満ちた目を、丹恒は苦く思った。
「……」
「嬉しくないだろ?」
穹が語気を強くする。それに気圧されるように小さく頷いた。穹の目が昏い色を帯びるのを見て、慌てて訂正した。
「お前に触れられるのは、嫌じゃない」
「でも気持ちよくないんだろ」
「それは……」
言い淀む丹恒に、穹は焦れたように口づけた。最初に比べると大きく上達したそれに丹恒は必死について行く。そんな丹恒の口内を蹂躙しながら、穹は言った。
「アプローチを変えようか。丹恒」
「ん、ぅ……?」
「丹恒の、脳の方も作り替えよう。気持ちよくなれるように、俺頑張るから」
「何を……んっ」
丹恒は戸惑ったように穹を見た。唇を吸って離し、彼は静かに微笑んでいる。その目の奥にどろりとしたものが灯るのを見て、丹恒の喉がひゅっと鳴った。
その琥珀の熱の高さにゾッとした。彼は丹恒を蹂躙することに悦楽を覚えている。それを丹恒はこのとき気がついてしまった。
「……ッ」
丹恒の覚える恐怖の根源がそこにあった。
「大丈夫、怖くないよ。丹恒、大丈夫」
穹はそう言って、慈しむように丹恒の頭を撫でた。その手がそのままするすると下りていく。そして耳を擽るように触れながら、穹は囁いた。
「お前の頭の中から、犯してあげる、丹恒」
「あ……」
丹恒は恐怖に震えた。だがそれは未知への恐怖ではなく間違いなく快楽への期待からくるものだった。 そんな己の感情に丹恒が混乱している間に、穹は丹恒の身体をまさぐり始める。
柔らかな愛撫に丹恒の身体は徐々に弛緩していく。どうやら先ほどのように乱暴をするつもりは無いということがそのことからもわかって、丹恒の身体からも自然と力が抜けた。
「ん……」
穹の手のひらが胸を撫でる。
「う、ん……」
「きもちいい?」
丹恒は横に首を振った。だがその反応とは裏腹に目の奥は蕩けたように潤み、口端からは唾液が滴る。穹はそれを唇で吸い取り、舐めた後、そっと丹恒の耳に唇を寄せる。
「丹恒は、お尻からちんこ抜く時、きもちいい?」
「……なぜ、そんなことを聞く」
「排泄するときみたいに自分で息んで出してるわけじゃないだろ? 俺の好きなタイミングで、それが出て行くの、どういう感覚? 丹恒、教えて」
「う……ぁ」
丹恒はひくりと喉を震わせて、それから首を横に振る。それを穹が許すはずもなく、彼は執拗に丹恒の耳を舐めながら囁いた。
「教えてよ。丹恒」
「……っ」
「ほら……」
「 あ゛ッ!」
ぐりっと強く乳首を抓られて、その痛みに丹恒は思わず声を上げた。そして慌てて言葉を探す。
「あ、ぅ……っ」
だがそれを嘲笑うように穹の指はくりくりと丹恒の胸を弄る。
「き、もちいい……」
「ん? なに?」
ぐっと奥歯を噛んでから丹恒は言った。
「きもちいい……ッ! お前の好きにされて、乱暴にされて……自分ではコントロールできない排泄感は、きもちいい……っ」
「……」
穹は少しの間黙った。それからふっと口元を綻ばせる。合格点だとも言いたげなその反応に、丹恒は心の底から安堵した。だがそれは一瞬のことに過ぎなかった。
「そっか、きもちいいんだ。ちんこ抜く時、もっと長引かせたくなる? 丹恒、あの時ずっとお尻の穴ヒクヒクさせてるだろ、きもちいいからか?」
「あ……」
血の気が引いた。穹の笑みが深まる。その目が爛々と輝いているのを見て、丹恒は悟った。彼は今、とても興奮しているのだと。
「や……ち、ちがう」
「違くないだろ? 俺毎日ちゃんと見てるよ。丹恒が尻の穴ヒクつかせてるところ」
そっと耳に吹き込むように囁かれ、丹恒はその卑猥さにカッと赤面した。
「ちがっ……ちがう……っ」
丹恒は必死に否定の言葉を繰り返す。だが穹は欺瞞を許さないとばかりに、濡れた指を丹恒の尻穴に這わせる。その感覚に思わず息を詰めた丹恒を嗤いながら、穹はその縁をゆっくりとなぞった。そしてそのままつぷりと指先を埋め込む。
「……っ」
「入れるときは? 抜く時は良いんだろ? どんな感じ?」
言葉を怠ると、すぐに穹は「酷く」する。丹恒は頭を必死に働かせながら、震える声で答えた。
「き……もちいい……」
「聞こえない」
「きもち、いぃ……! くるしくて、きもちいい、」
丹恒が半ば叫ぶように言うと、穹は嬉しそうに目を細めた。そしてそのままゆっくりと指を奥まで挿入する。丹恒はその異物感に息を詰めた。
「あ゛ッ! あぅ……っ!」
「これ気持ちいい?」
「うぁ……あっ!」
ぐちゅぐちゅとなかをかき混ぜられる。丹恒は穹が「良い」と言ったときだけ、その刺激に喘いだ。
「あ゛っ、うあっ! あ……ッ!」
「きもちいいな、丹恒。ほら、今から抜くよ。ゆっくり抜いてあげる。きもちいい?……きもちいいの、ゆーっくりくるよ、ほら……」
言葉通り、穹の指はじわじわと抜けていく。だが完全に抜ける前に止まり、また戻っていく。その動きに丹恒は悲鳴を上げた。
「あ゛ぅ……っ!」
「どう? きもちいい?」
「わ、からな……」
「……ふーん」
穹の声音が下がる。まずいと丹恒は思った瞬間、思い切り奥まで突き入れられた。丹恒は必死に息を吸った。穹は少し考えた顔をして、言った。
「じゃあわかるまでしよう」
「あ、」
ちゅ、と音を立てて指が引き抜かれる。その甘い感触に丹恒は思わず声を漏らす。穹は丹恒に声を掛けながら、再び指をゆっくりと押し入れていく。
「はい、もう一回……」
「あ……ッ! ぅっ……!」
「きもちいいな?」
ぬぷぷっと音を立てながら指が入っていく。丹恒は息を荒げながらこくこくと首を振った。
「気持ちいい……っ」
「良かった。じゃあこの状態で、今度は俺のちんこ入れようと思うんだけど」
「……ッ」
丹恒はぞっとしたように表情を強ばらせた。その反応を見てか、穹は小さく笑った。そして宥めるように言った。
「大丈夫、ゆっくりするから……」
「う゛ぅ……っ!」
ゆっくりと指が抜けていくのを丹恒は唇を噛んで耐える。だがそれが抜けきる直前でぴたりと止まり、またじわじわと押し入れられる。
「あッ! ぅ……っ!」
再び指の抽送が始まる。丹恒は頭を振り乱して喘いだ。穹が止めないことはわかりきっている。だから丹恒は必死に彼の望む言葉を口にした。
「きもち、いぃ……ッ」
「……ん、俺も、丹恒のなかやわらかくて、あったかくてきもちいいよ……」
「あっ、い、い……」
きもちいい、と言う度に指がゆっくりと押し入って、出て行く。
じんわりと頭がその快楽を享受し始めた。その頃に穹が指を引き抜いて、丹恒に腰を押しつけた。その熱を穴にピタリと押し当てる。
「あ……」
来る。
「丹恒、入れていい?」
「う、ん……ああ……」
穹は嬉しそうに笑って、ゆっくりと腰を進めた。進めながら、丹恒にきもちいいと言葉にするように要求する。排泄に似たその感覚は確かに丹恒を快楽に浸していた。それは同時に彼に羞恥も与えていたが、穹が求めるならば結局のところ些事だった。
「きもち、いい……き、きもち、ひ…ぅ…」
「ああ、丹恒……入れるときにお前の穴がヒクヒクするの、すごくかわいい……」
「あぅ……っ」
その言葉に丹恒はふるりと身震いした。彼の中を犯す穹のものがどくんと脈打ち、大きくなった気がする。それがなんだか愛しく思えて、丹恒は自分の腹を撫でた。
「ん……きゅう、も……きもちよくなってくれ……」
「うん、なってる……ね、丹恒。きもちいい、きもちいいね……」
「あ、あっ」
ゆっくりと引き抜かれる。そしてまた押し入れられる。
圧迫感ばかりがある、その繰り返しに丹恒は身悶えた。
「う……ん……ッ」
「きもちいい」
「き、もち」
その言葉を繰り返すと、穴が無意識に開閉して、穹のそれをきゅうきゅうと締めつける。穹は余裕なさげに息を吐いた。そして丹恒の腰を掴む手に力を込める。
「あぅ……ッ!」
「……かわいい、丹恒」
「きも、ちぃ……あっ、ん……」
「きもちいいね」
ずぷずぷと抽送が早くなるにつれ丹恒の思考能力も低下していく。永遠に続く排泄のような、苦しみと快楽の波が穹の言葉で「きもちいい」に塗り替えられるような錯覚が、丹恒の思考回路を焼いていく。
「きもちぃ……きもちいい……っ」
「ん、俺も……」
穹は余裕なさげにそう言って、さらに強く腰を打ち付けた。
その衝撃に丹恒はびくんと背をしならせる。深く入り込まれる苦しさが、それが引き抜かれたときの快楽を思うと待ち遠しく――きもちよかった。
「あ゛ッ」
ずぷんっと一気に奥まで突き入れられ、丹恒は目を見開いた。そのまま奥をぐりぐりと刺激される。 その快楽に身悶える間もなく、また引き抜かれては奥を突かれる。それを何度も繰り返された。
「あっ! あ゛っ! う゛ぅ……ッ!」
「きもちいい?」
「いぃ……ッ、きもぢ、いぃ……ッ」
彼を傷つけないように。彼を怒らせないように。揺さぶられるだけで必死な丹恒は、穹の望む言葉を吐いていく。その情けない姿を見下ろして、穹はゾクゾクと背筋を震わせた。
「かわいい……丹恒」
「あっ! あ゛っ!」
ぐりっと強く奥を刺激され、丹恒は悲鳴じみた声を上げる。だがそれもすぐに引き抜かれるせいで意味のない母音に変わる。腹の奥底からぞわぞわとした感覚が這い上がってくる。それは排泄感にも似ていて、しかし決定的に異なる感覚だった。
耳に弾けるような音が響く。
穹がいきなり丹恒の尻を叩いた。
これまでの行為でスパンキングさえ自覚なく仕込まれていた身体はその刺激に身をすくませながらも、その行為の度に執拗に繰り返された言葉に引き摺られる。「きもちいい」。
「きもち、いいっ、きゅうっ、ああ……っ、尻を叩くなっ、穴を、しめつけてしまっ……ん゛ぅ」
「きもちいいね、丹恒。ほら、また叩くよ」
ぱしんっと乾いた音が響く。同時になかがきゅうっと締まって穹のものを締め付けた。そこを締め付けると、それは排泄の快楽がやってくる予兆だと丹恒の物覚えの良い脳と身体は覚えきってしまった。「きもちいい」。押し入られること、抜かれること、叩かれること、穴を、締め付けることも。
ぎゅっと穴を絞めた瞬間、尻を叩かれながら深く押し入られる。
「 」
脳がスパークするように、隙間が生まれるように、空白があった。
「あっ、あ……?」
細い針を刺すように。刺激、痛み、振動、おぞけ、緊張、背筋に走る甘い痺れ……丹恒はぶるりと身体を震わせた。じんわりと身体に広がるそれに息が止まる、その予兆を穹も感じ取ったのだろう、彼は一層強く腰を押し付けた。目を見開いたままの丹恒の耳にその言葉を流し込む。
「丹恒、きもちいいね」
「あ……」
一気に引き抜かれて、勢いよくそれが奥を貫く。丹恒は身体を大きく震わせる。そしてそのままがくんがくんと身体を痙攣させた。その絶頂に引き摺られるようにして、穹も低く唸るような声を上げて達した。腹の奥に熱いものが叩きつけられる感覚にさえ感じて、丹恒は啜り泣くように喘いだ。やがてずるりとそれが引き抜かれると、そこからぼたぼたと精液が流れ落ちる。
ドッと心臓が破裂しそうなほど脈打って、全身から汗が噴き出てくる。丹恒は焦点の合わない目で穹を見上げた。
「き……もち、いい……」
そう口にすると、涙がこぼれた。初めて身体を繋げたときに感じた悦とはまるで違う。あの多幸感は胸を満たすものだった。これは違う。絶頂の余韻は今まで感じたどの刺激よりも強い。それが不思議なことに丹恒にはわかった。そしてそのことを理解できてしまう自分が恐ろしかった。
「きもちいい」
「うん」
「きもち、いい」
「……うん」
「きもちいい……っどうして……」
何度も繰り返す丹恒を、穹はそっと抱きしめた。
「俺がそうしたから」
その優しい言葉に、丹恒はぼんやりとした思考のまま彼の背に腕を回した。
「きもちいいね、丹恒」
ああ、と丹恒は思った。
もう戻れないのだと。この快楽を知ってしまえば、もう元の自分には戻れないのだと悟った。
「きもち……いい……」
そしてそう口にした瞬間、彼のなかの何かがガラスがぱきりと割れるように、壊れてしまった気がした。だがそれを考える前にまた穹は中に押し入ってきた。激しい律動が再開される。
丹恒の穴は穹のものを貪るように締め付けた。その刺激に穹は呻くような声を上げる。丹恒はそれをどこか遠くで聞きながら、蛇口の壊れた水道のように涙をこぼし続けた。
「あ、あっ」
「きもちいいね……丹恒……」
「きも、ちいい……っ」
自分が何を口走っているのかもわからないまま、丹恒はただその言葉を繰り返した。気持ちいい、気持ちいいと繰り返す度に、彼の中の何かが失われていく。だがそれが何なのかすらつかめない。ただ快楽に流されるように、その言葉を口にし続けるしかなかった。
「きもちぃ……い゛ッ!」
また強く奥を突かれて丹恒は背をしならせた。その拍子にまた涙が一粒、シーツにこぼれ落ちる。
「気持ちいい」
穹の甘い言葉に、丹恒は壊れたように同じ言葉を繰り返す。
「きもちぃ……い゛ッ!?」
ごり、と思い切り奥を抉られ丹恒は目を見開いたまま硬直した。そのまま内臓をぐりぐりと押し潰すようにされて、声も出せずに悶える。だがそれも束の間のことで、すぐにそれは強烈な快感に塗り潰される。
「あ゛っ! あ゛ぅッ!」
全身が痺れる、そのようなもの。快楽。脳と肉体のシナプスが快楽で繋がれその境目を焼き切られた。 既知への本能的な恐怖に喉が引きつる。丹恒の身体は、快楽を覚えてしまった。
有るはずの無い、罪の味だ。
「あ゛っ! あッ! あぁ……ッ!」
「きもちいい?」
「きもちいぃ……」
脳髄が蕩けるような快楽だった。その感覚を丹恒は知っていた。だがそれは快楽を知らないままの、今までに感じたどれよりも強く、深く、そして甘美なものだった。
「きもちぃ……きもぢいい……」
うわ言のように繰り返す丹恒の唇を穹が強引に塞いだ。舌を引きずり出すように唇で吸い上げて、上顎を舐め上げる。それだけで丹恒の身体はびくびくと震える。
「んッ! あ゛ッ!」
「きもちい?」
「ぃ……ぁ゛っ」
快楽の海に呑まれている。全身が「きもちいい」になる。その恐ろしさに丹恒は穹にしがみついた。だがそれもすぐに引き剥がされシーツの上に押し付けられる。そして激しく腰を打ち付けられる。
「あ゙ッ! あ゛ぁっ!」
「きもちいい?」
「きもぢ、いぃ……っ」
がくんがくんと身体が揺さぶられる。脳髄に叩き込まれる快楽物質に耐えきれず、視界がちらつく。だがそれを止める術は持っていなかった。穹は丹恒の腰を掴むとそのまま強く引き寄せた。力強く最奥を突かれて丹恒は目を見開く。
「お゛……ッ!?」
その衝撃に一瞬意識が飛びかける。だがすぐにまた激しいピストンが開始される。
「あ゛っ! あ゛ぅッ!」
丹恒は身悶えた。だが穹の手は強く腰を押さえつけていて、どこにも逃げることができない。
「あ゛ぇ……っ」
涙が止まらない。鼻水も涎も垂れ流しで、汚い顔になっていることが自分でわかったが、拭う暇すら与えられない。ただひたすらに与えられる快楽を貪ることしかできなかった。
「きもぢぃ……っ! あ゛ぁッ!」
ごちゅ、と最奥をこじ開けられる。その衝撃に丹恒は目を見開き絶叫した。そのまま何度も結腸を突き上げられる。その度に視界に火花が散った。
「あ゛ぁッ! あ゛ッ!」
「きもちいいね……っ」
「きもぢ、いぃ……っ!」
快楽に流されるまま繰り返す。その言葉を口にする度にぞくぞくとしたものが背筋を這い上がった。 そして同時に強い幸福感に包まれる。もっと言って欲しいというように強く腰を引き寄せられる。
「あ゛ぁッ! あ゛ぅ……っ!」
「きもちいい」
「きもちいぃ……っ、きもぢいぃ……っ!」
亀頭が舐めるように結腸口を刺激する。そこは柔らかく穹をちゅぱちゅぱとおしゃぶりするように求めて、なのに穹は容赦しない。どこまでも乱暴な揺さぶりで、その度に丹恒は全身を痙攣させ絶頂した。
「あ゛ぁッ! あ゛ぅッ! あ゛ぇッ!」
「かわいい、丹恒。もっともっとおかしくなって……」
「あ゛ぁっ! あッ!」
「きもちいいね、丹恒……ほら言って……気持ちいいって……」
「きもちいぃ……! あ゛ぅッ!」
結腸口をぐぽぐぽと出し入れされながら、何度もその単語を繰り返す。自分で繰り返すそれは、まるで催眠のように丹恒の脳髄をぐずぐずに犯していった。
「あ゛っ! あ゛ぁッ! ぎもぢぃ、きもぢいっ!」
「うん、俺も気持ちいいよ」
「あ゛ぁぁッ!!」
丹恒は背筋を弓なりに反らせながら、びくびくと痙攣を繰り返した。その締め付けに耐えきれなくなった穹も再び丹恒の中で果てる。びゅーびゅーと熱い飛沫を叩きつけられる感覚にさえ感じて、丹恒は甘い声を漏らした。
「ぁ……ぅ……っ」
ずるりと引き抜かれてもなお絶頂の余韻は続いていた。焦点の合わない瞳で虚空を見つめる丹恒を、穹は優しげな笑みで見下ろしていた。
「丹恒……」
その声がどこか悲しげで、丹恒は力を振り絞って穹と視線を合わせる。そしてどうにか笑って見せた。
「……きもちい……」
そう口にした瞬間、再び視界が白んだ。学習能力が高すぎるのも問題だ。快楽が脳髄を焼き切りながら駆け巡る感覚に、丹恒はまた絶頂した。気持ちいい、幸せだ。
「あ……ぁ……」
意識が遠のく。
「丹恒……」
望み通り快楽を覚えた。なのにそれ以来、穹はぱったりと、丹恒を抱かなくなった。
[newpage]
「あ……」
またあの視線だ。丹恒はぞわりと背筋が震えるのを感じた。穹は無言でじっとこちらを見ている。その視線に込められた感情の正体を丹恒は知らない。それでもただ恐ろしいものに思える。首に掛けたタオルを握りしめ足早に資料室に戻る。あれ以来二人きりの時間というもの自体が無くなってしまった。
「ぁ……う……」
そして今日も、その視線を反芻しながら丹恒はひとりきりの資料室で自慰に耽った。この行為がまったく意味がないことも、またこれが虚しいことも痛いほど理解している。だけど穹が触れないから、彼が与えてくれないから、耐えきれない以上そうする他にない。
「きもち、いい」
パサリとタオルが布団に落ちる。あんなに穹が求めて、望んで覚えさせたことだ。忘れないようにしたい。きもちいいと丹恒が感じると穹を喜ばせると学習した健気な脳は、その快感を忠実に拾い上げて丹恒に伝える。指を咥え込んだ尻の穴を、ひたすらヒクつかせては痺れるような甘い快楽に息を漏らす。
「きもちいい……っ」
喉を逸らして快楽に染まった声を上げる。その声に応えるように指の動きを激しくする。ぐちゅぐちゅと濡れた音が響く中、丹恒は必死になって絶頂を目指した。だがそれはなかなか身体に訪れず、もどかしい快感に苛まれながら荒い息を吐くことしかできない。伏せた目をぎゅっと瞑るとそこから滲むように涙が零れた。穹の視線を思い出す。あの冷たい琥珀の瞳に、丹恒は欲情している。持明族のくせに。快楽すら持ち得なかったはずの丹恒は、愚かにも淫らにその視線を快楽の火種にして自慰をしている。 穹に辱められること、甘くなじられ、自分を貶められることが「きもちよかった」。その被虐的な喜びが、身体に教え込まれたそれと密着して一体となっている。どこか背徳的な悦びだった。
会話も随分していない気がする。パムやなのか、姫子、ヴェルトが居る前ではいつもの穹なのに、丹恒と二人きりになるとあの物言いたげな、多辯な視線ばかりが降ってくる。まるで現状の丹恒を見透かすような。心が切なさにはち切れそうなほど、絞られるように苦しい。その苦しさは丹恒に強烈な渇望を抱かせ、その渇望は飢えとなって丹恒に絶望を教えた。
「苦しい……」
口にしながらも快楽の虜囚となった丹恒は自慰を止められなかった。穹の拒絶を浴びて今までのように全てを曖昧にしながら強引に彼に手を出すということが叶わなくなってから、丹恒はただこうして自分を慰めるしかなくなった。そしてそれは丹恒にとってもはや日課になっていた。毎晩犯すような勢いで抱かれて穹という存在を徹底的に教え込まれた。濁流のような毎日を早々に忘れ去ることはできない。
「きもちいい……」
そう口にするだけで、脳も身体も震える。もっと欲しいと思ってしまう。あの視線が恋しいと思うのは罪だろうか。あの冷たい視線でいい。その目で今のように、悦楽に身を落とした自分を見て欲しい。
それを思い描いただけで、背筋が震えた。
「ん……」
すすり泣きながらも、丹恒は今日もわずかな絶頂を迎えて、寝床につく。小さく丸まりながら、余韻のようにずっと身体をくすぶる大きな熱を、絶対に絶やさないように。
「丹恒……丹恒ってば」
「……ん? ああ三月か」
「さっきから呼んでるのに、どうしたの? アンタがぼーっとするなんて珍しいね」
「ああ、少し寝不足でな」
丹恒はそう言って小さく欠伸をした。なのかはそれに一瞬目を丸くし、呆れたような顔をしたが、それ以上は深く追求してこなかった。
「穹がどこに行ったかしらない?」
「……さあ、知らないな」
「最近アンタたち、一緒にいないもんね」
その言葉に胸がチクリと痛んだ。やはり彼女も気付いていたのかと、丹恒はどこか暗澹たる気持ちになる。
「それで? 穹に何か用か?」
「うん、たいしたことじゃ無いんだけどね。ま、穹ならどうせその辺でヘンなことしてるでしょ! ちょっとウチ探してくるよ!」
そう言って彼女はまたどこかへ行った。その背中を見送りながら、丹恒は溜め息を吐いた。
最近穹と話さなくなった。そうなると、皆が丹恒に「彼は何処」と聞いてくる。丹恒は道先案内人でもなければ、穹の保護者でもない。ましてや恋人同士などでもないのだから、彼の行動範囲も、居場所もわかるはずが無い。
しかし、それだけ側に居た。
「あ」
資料室に戻ると、ちょうどその穹がそこにいた。丹恒はつい驚いて声を上げると、彼は少し気まずそうに視線を逸らした。
「……丹恒」
「……なんだ?」
「……いや……なんでもない」
口籠る穹に、丹恒はまた胸が痛くなった。だがそれは彼が丹恒を避けているからではない。彼が丹恒に対して怯えているような態度だからだった。
「資料室で調べものか?」
「まあ……そんなとこ」
そう言って彼は視線を逸らす。その手には夢占いの本がある。
何かを匂わせるような選択だ。思わず手を伸ばすと、穹はその手を避けるように身を引いた。拒絶されたのだと知るにはそれで十分だった。ずきりと胸が痛み、丹恒は慌てて手を引っ込める。
「……三月がお前に用があるみたいだった、あとで顔を見せると良い」
そのまま逃げる様に部屋から出ようとすると、慌てたような穹が引き留めるみたいに声を上げる。
「あ、丹恒!」
「なんだ」
「えっと……その……」
穹が戸惑うように視線を揺らながら丹恒を見る。ささやくような、こぼされた声だった。
「そこに居て」
「……わかった」
それから互いに会話するでもなく、それぞれ資料を漁っていた。
久しぶりに、穹が資料室にいる。その物珍しさにいちいち手を止めては、アーカイブを漁る彼を見つめてしまっていた。
「……さっきからどうかしたのか?」
そして、すぐにその視線に気づかれる。
「……いや」
「……何その返事、もしかして体調悪い?」
穹にそう問いかけられ、丹恒は首を横に振った。そしてじっと穹を見る。その目の下には、依然として深い隈が刻まれていた。丹恒は小さく息を吐く。彼こそが体調を崩す前に、どうにかしなければならない。
だが原因が自分であるとわかっていて、丹恒にどうしろというのか?
「丹恒」
近づいてもダメで、遠ざかってもダメだった。ならば穹の安寧は、もう丹恒には無いのかもしれない。しかし、それを認めることは身を切る以上に辛いことだった。
「……穹、お前は眠れているか? 目の下に隈が……」
「あ……うん。まあちょっと」
穹は視線を泳がせながらそう言って曖昧に笑った。その反応に丹恒は思わず身を乗り出す。
「言いたいことがあるんじゃないのか? 言ってくれ、何でもいい。俺はもう間違えないから……」
「え、いや……ただちょっと夢見が悪かっただけというか……」
「……夢?」
穹のその言葉に丹恒は眉を顰めた。穹はぼんやりとした顔で丹恒を見返しながら頷く。
「……多分、昔の夢だ。最近になってずっとその夢ばかり見る」
「昔? ……それはいつのことだ?」
「わかんない。列車に乗る前。昔のことだよ、多分。でもよく覚えてないんだ。……だけど、もう少ししたら解決するから大丈夫」
言葉を曖昧ながらも断言する穹に、丹恒は眉を顰めた。「もう少ししたら」。その確信は、丹恒に嫌な予感を抱かせた。丹恒の知らぬところで穹はそれへの解決と、安寧を見出してしまったのだ。
「それで、何? 丹恒」
その穏やかな顔は、自分が生み出したかったものだった。
「……いや」
「そう?」
穹はそう言うと小さく笑った。
その笑顔に、また胸の奥を締め付けられるような感覚が生まれて、丹恒は思わず視線を逸らした。
「丹恒」
その声が脳髄を痺れさせるみたいに快楽を与えてくる。彼は丹恒の耳にそっとささやく。
「ぁ……」
「気持ちいい?」
嘲るような。あるいは衝動を押し殺すような。その声に誘われるまま丹恒はぼんやりと口を開いた。
「きもち、いい」
口にした途端、ずくりと身体の奥の熱が膨れ上がった。それは渇望だった。もはや取り繕うことも不可能だ。丹恒は縋るように陶酔した顔で、彼の胸にしがみついた。
「ああ……穹。お前は、好きにしていい。俺のことを……」
振り回して、壊して、メチャクチャにして、後は興味さえ失ったように放置する。それは子供のかんしゃくのようだ。だがそうされることを丹恒は望んでいる。この身をすべて投げ出すから、穹の好きなようにしてほしい。それは紛れもない本心だった。
「だから、誰かじゃなく、俺を……」
そう言った瞬間、穹は固まったあと、何かを耐えるような顔をして丹恒の身体を抱きしめた。
「穹……」
「……嫉妬してたのか、丹恒は」
息が震えた。
行動原理を曖昧にしていれば、分からないふりをしていれば、それを暴かれることは無い。それが恋と知らなければ、穹が本当に求めている相手を知ることもない。だからそうした。だがそれが結果的に穹を追い詰めることになってしまった。丹恒の曖昧で強引な態度が、穹を追い詰めて彼女を求めさせた。
「だから、寝てるところを襲った?」
丹恒は小さく息を吐く。彼の頭の中が彼女のことでいっぱいになっているとき、その側に寄り添うだけでは足りなくなったとき、安寧を望む愛が嫉妬による蹂躙を望んだ瞬間に、丹恒は穹に手を伸ばした。
「……そうだ」
「どうして?」
「わからない、ただ……お前が、誰かに奪われると思った」
「誰に」
その言葉は確信を持っている。丹恒は目を伏せた。答えを口にするのは些か勇気がいった。だがそれを言わなければ行為の意味を説明できないとわかっていた。だから丹恒は口を開く。それはまるで懺悔のようだった。
「お前自身に」
「……そう」
その言葉で穹は察したようだった。丹恒は過去を見ないが、穹は違う。彼は過去も、現在も、未来さえその目に映し続けている。だとするなら、列車に乗る前の彼を取り戻したとき、穹は自分を親友と呼ぶだろうか。
「俺が過去を夢見るように、穹、お前も過去を夢に見ている。だが向き合い方は同じじゃない。お前はいつも、過去に手を伸ばしているようだ」
『いかないで』。
「うん」
「……俺を、見て欲しかった」
そのいじらしい言葉に、穹は小さく笑った。その笑顔はどこか悲しげな色を纏い、丹恒の胸を締め付けた。一生叶うことが無い証拠だ。
「丹恒」
穹がそっと唇を合わせてくる。触れ合ったところが痺れるようで、ひどく甘い味がした。
「たしかに俺は過去を夢に見る。でもそれは過去のことだ」
「……ああ」
「夢に置いてくるから、だから今と未来に集中できる」
毎夜襲いかかる暗闇の恐ろしさは、丹恒もよく知っている。
「大丈夫だよ、丹恒。俺が今見てるのは、お前が恐れるものじゃない」
「……ああ」
その答えに穹は笑ったまま、また唇を重ねてくる。それを受け入れながら、丹恒はそっと目を閉じた。
この行為がただ快楽だけを求めるものなら、きっと自分はここまで苦しまなかっただろう。だがこれは愛だ。そしてそれは失われた過去と、共に歩みたい未来への執着でもある。
身体を繋げることで、その執着をより強く、確かにする。
「穹」
「ん……」
「すべて、俺の身勝手さから来ている。お前が怒るのも無理はない……だが」
「仕方ないから許してあげるよ。でも、タダじゃない」
穹は猫のように目を細めた。
「ここで毎日お前がひとりでしてたこと、全部見せて」
その言葉に丹恒は立っていられなくなりそうになった。穹は丹恒がひとりきりで己を慰めていると知っている。潤む目を眇めて穹を見る。彼は穏やかで、余裕のある顔をして丹恒に挑戦的な視線を向ける。そのほかには何もなく、ただ沈黙が部屋に広がる。
「っ……」
穹に赦しを請うように、コートを脱ぐ。それだけでは足りないとする視線にベルトを外し、上着を脱ぎ……。裸になったところで丹恒は視線を床に落としながら布団の上に座り込む。視姦という言葉があり、見つめることで辱めるという意味がある。正しく、丹恒は今辱められていた。陶酔が息を荒くするようだ。
静かに足を立て、奥の窄まりをそっと人差し指で撫でる。穹は壁により掛かり、腕を組んでそれを見ている。冷静さを欠かないその仕草に思わず舌打ちでもしそうな気分になる。ひとりだけ冷静なのは良くないと、穹こそが言ったのに。
「ぁ……」
バクバクと心臓が跳ねて、頬が熱い。あれからずっと独りで慰めていた。独りで慰めているうちに、さみしくてさみしくてたまらない気持ちのまま、いくつ夜を重ねたか。空想上の穹に甘えるように絶頂を覚えてきた身体に、実物は刺激が強い。
トントンとそこを叩くように刺激するだけでも声が出てしまう。
「敏感だな、丹恒。視線だけで感じるのか? 気持ちいい?」
「ぁ……っ、ぅ……っ」
こくこくと首を縦に振る。
なにせ、毎日している。
だからそこは柔らかく綻んでいて、少し指を埋めただけで甘い声が出た。
そのまま奥へ奥へと誘うように蠢めく腸壁をかき分け、ひとりで覚えた「気持ちいい場所」に指先が触れる。優しく刺激すれば、甘い感触に腰が跳ねてつま先がピンと伸びる。
「あ……ぁ、っ……」
「気持ちいい?」
「きもちいぃ……っ」
もうすでに蕩けた声しか出ない。その丹恒の答えに穹は笑った。
「……可愛いよ、丹恒」
その言葉にまた身体が熱くなる。もっと見て欲しかった。
この浅ましい姿を、快楽に堕ちる様を、すべて見透かされてしまいたかった。穹が仕立てた身体を、見て欲しかった。
「あ……ん……っ」
指を二本、三本と増やして中をかき回すように動かす。その不埒な指が、自分のものではないような錯覚をした。だがそれは確かに丹恒自身のものだ。丹恒は、自分でも信じられないほど原始的な快楽の虜になっている。
「あ…ぁ……」
「説明してみて、丹恒。何処がどんな風になってて、お前はそれをどう感じてるのか。レポートは得意だろ?」
その言葉に、丹恒はこくりと頷いた。
言われるがままに指を動かしつつ、自分の状況を言葉にする。
「ぁ、なかが……ヒクついて……っ」
「うん」
「指が、……なかを探るたび、あたまがしびれ、て…っ」
「うん……」
穹はただただ静かにそれを聞いていて、それに丹恒の興奮が煽られる。それがもうすぐ自分に与えられるのだと、期待してしまう。
「……ぁ……あつい……なかが……それで、……あ」
「それで?」
「……きもち、い……っ」
切なげにそう告げる。ごちそうを前によだれを垂れ流している犬が、もう待てないと訴えるように。穹はそんな丹恒の痴態を、ただじっと見ていた。
「あ、ぁ……」
「それで?」
その問いが最後の一手だった。
「なか、に……お前がほしい……たくさん奥を突いて、ぐちゃぐちゃにかき回して、それで……っ」
「うん。それから?」
その言葉に促されるように丹恒は指を抜き取った。そして布団に寝そべると穹に向かって大きく足を開いた。羞恥心が膨れ上がる。だがそれさえも、丹恒にとっては甘い喜びだった。
「穹のを……ここに出して……ほしい」
そう言って自分の指でそこを開いて見せた。ひくつくそこはもうすでに雄を受け入れる準備が出来ていて、そのはしたなさにまた身体が熱くなった。
「俺のちんこが欲しい?」
その言葉に、丹恒は小さく頷いた。
「欲しい」
「なら、ちゃんとお願いして」
そんな言葉にさえ興奮するように丹恒は熱い息を吐いた。そして震える声で懇願する。
「おねがいだ、穹」
「うん」
穹は頷くと丹恒に覆い被さった。そして自身の下半身を寛げていき、既に臨戦態勢になっているそれを取り出す。丹恒はそれを食い入るように見つめながら、喉を鳴らした。
「これが欲しい?」
「……ほし……っ」
切なげな声に穹は笑う。そして丹恒の臀部に自身のものを擦り付ける。その熱さに、丹恒がまた小さく声を上げた。
「あ……」
「ならちゃんとお願いしてよ、えっちにして」
そう囁かれ、丹恒は熱い息を吐いた。もう限界だった。早く欲しくてたまらない。だがそれは言葉にしなければ与えられないものだ。
「お、おれのここに……」
そう言いながら自分の手で臀部の割れ目を開いた。
「お前の……穹のを挿れて、かき回してぐちゃぐちゃに犯して……」
「それで?」
「そ、それでっ」
丹恒は耐えかねたように叫んだ。
「ひとりでは、できないくらい……俺をお前で満たしてくれ」
「……いいよ」
穹はそう言うと丹恒の額に口づけた。そしてそのまま自身をそこに押し込んでいく。ぐちゅ、と水音が響いて、それがひどくいやらしかった。
「あ……っ、ぁ……」
凜々しく涼しげな顔をうっとりと蕩けさせて、丹恒はそれを受け入れた。押し広げる熱の重さ。その圧迫感に思わず息が詰まるが、それはすぐに快感へと変換される。
「ぁ……あ……」
「気持ちいい?」
「きもち、いぃ……っ」
その返答に穹は笑った。そのまま丹恒の腰を掴むとゆっくりと引き抜いていく。そしてまた一気に奥まで押し込んだ。それを何度も繰り返していくうちに、徐々に抽送が早くなっていく。
「ぁ、あ……あぁッ!」
「ん? ここ好き?」
丹恒の反応を伺うようにピストンを繰り返しながらそう言うと、丹恒は小さく頷いた。
「あ、ぁ……っ、そこ……」
「ここ? それともこっち?」
「そ、っち……」
丹恒の言葉に穹は笑いながらぐりぐりとそこを責め続けた。
「自分で動いていいよ」
「あ、ぁ……っ、」
丹恒は言われるがまま腰をゆるゆると前後に揺らす。
だがその動きはあまりにも緩慢で、もどかしくてならない。もっと強い刺激が欲しいと心臓が期待に張り裂けそうになっている。
「どうしたの? そんなんじゃイけないだろ?」
息を荒くするばかりでぎこちない丹恒へ、とぼけるような声で穹は言った。丹恒は必死に彼に目を向ける。意地悪をされている、それがその笑みからも見て取れた。
「あっ、あぁッ、んぁっ」
「ほら、もっと頑張って」
穹は容赦なく責め立てる。その動きに翻弄されながら、それでも丹恒は懸命に腰を振り続けた。だがやはり自ら求めるとなると、どこか怖じ気づいてしまう。刺激への物足りなさが募っていく。
「あ、ぁ……っ、も、っと……」
「うん?」
「きゅうっ、意地悪しないでくれ……っ、もっと奥を突いて……」
「奥が好き? 自分で好きなとこに当てて動いてみて」
そう促され、丹恒は観念したように腰をグラインドした。だがやはりその動きは不慣れ極まる。
「あ、ぁ……っ、も、もっと……」
求めるのは、深く、重たい、痺れるような刺激だ。
「うん」
穹の笑みは変わらない。その余裕が悔しくて、丹恒はその腰に自分の足を絡めた。そしてそのまま自分の方へと引き倒す。
「わッ!?」
突然の衝撃に穹は思わず声を上げた。丹恒はその隙を逃さぬようそのまま勢いよく腰を打ち付ける。ようやくの刺激に頭が痺れた。その勢いに思わず穹の喉から「ぐぅ」と声が漏れたが、丹恒はお構いなしに強引な仕草で深く突き入れた。
そのまま体勢まで上下逆転してしまうと、彼の腰に跨がったまま丹恒は熱い息を吐く。じんじんと頭も身体も、穴も痺れている。
「きゅう、お前が……わるい」
今回ばかりは。ぐずぐずと鼻を鳴らしながら丹恒は穹の腹に手を突くと、腰を上下させた。
「あ、ぁっ……ん、はぁッ……」
何度も出し入れを繰り返すうちに、次第にそのスピードは上がっていく。もとより体力には自信のある丹恒は、その勢いのままさらに激しく動いた。
「ん……あッ、あぁッ」
だがそれでも物足りなくて、丹恒は切なげに眉を寄せた。もっと強い刺激が欲しいのに、それが与えられない。もどかしさが募っていく。
「……っ」
穹はその衝撃に耐えながら、そんな丹恒を見上げる。
「ぁ……あっ、あ……」
「俺をおもちゃにするだけじゃ、ものたりない?」
穹は自分の腹の上で必死に腰を振る丹恒を愛おしげに見つめた。
「あ……ッ」
「自分だけで気持ちよくなるだけじゃ、満足できない?」
その言葉に丹恒は動きを止める。そしてゆっくりと腰を持ち上げたかと思うとそのまま一気に落とした。その衝撃に穹は思わず声を上げた。
「ッ!」
そんな反応に丹恒は小さく笑う。それを何度も繰り返した。その度に結合部から卑猥な音が響いてくる。その音を聞きながらうっそりと目を細める。
「お前は、っ、どうだ。俺を道具のように扱って、それがっ、気持ちいいか?」
そう問いかけると、穹は息を荒げながら小さく返した。
「気持ちいいよ。お前を征服してる気持ちになる」
「――……っ」
視線を揺らし、眉根を下げながら――口元はこらえきれぬとばかりに小さな悦びを浮かべていた。
丹恒の顔を見て、穹は困ったように目を閉じる。
「おまえが、そうだから……俺はっ」
「ひっ!? あッ、あぁ……っ」
「ずるい、なぁ……っ」
穹はそうぼやくように言うと丹恒の腰を思い切り掴んだ。そしてそのまま下から激しく突き上げる。その衝撃に思わず前のめりになると、今度は逆に押し倒され、上から見下ろされた。
「……あッ!」
「ずるいだろ、丹恒」
「あ、ぁ……っ」
「俺はこんなに我慢してるのに、お前はそうやって煽って……好き放題するんだ」
そう言いながら彼はどこか切なげに眉を寄せていた。丹恒はそんな彼を縋るように見上げる。
「責任取れよ、丹恒」
そう耳元で囁かれ、丹恒は小さく声を漏らした。それが合図となり、再び激しい抽送が始まる。
「あっ! あ、ん……っ」
「は……ッ」
ぐちゅり、と濡れた音が響くたびに丹恒の背筋に電流のような刺激が走る。その刺激から逃れようと身をよじっても、すぐに引き戻されてしまう。
結局逃げることもできず、ただひたすら彼に与えられる快楽を享受するしかできない。
「あッ! あ……だめ……」
「ダメじゃない」
穹はそう言うとさらに強く腰を打ち付けた。その衝撃に丹恒は背をしならせる。
「あ……ッ、あぁ……っ!」
「ほら、もっと」
「あ、ぁ……ん……」
「俺をめちゃくちゃにして」
そう囁かれ、いやいやと首を振る。穹は逃がさないとばかりに丹恒の顎をわしづかみ、視線が合う。猛獣のようなギラギラとした琥珀の目。吸い寄せられるように自然と唇が重なり合い、二人は舌を絡ませながら深い口づけを交わした。その間も律動は止まらず、丹恒はその快楽を余すことなく受け止める。
「あ……ぁッ、くる、クる……!」
「ん……」
丹恒は夢中で穹にしがみついた。彼もそれに応えるように丹恒を強く抱きしめる。身体が硬直するように引き攣って、動かなくなる。息が止まる。
「あぁああ……ッ!」
「く……っ」
腹の中が酷く熱い。満たされるなんてものじゃない。内側から、破壊されている。
丹恒は震えながら絶頂に達する。
「あ……ぁ……」
荒い呼吸だけが空間にある。それが収まり始めると、穹はゆっくりと身体を起こし丹恒の中から出て行った。そしてティッシュペーパーを引き抜いて、自分と丹恒の後始末をする。
「ん……穹……」
まだ快楽の余韻が残っている、どこかぼんやりとした表情のまま丹恒は穹を見る。
「……満足した?」
その言葉に丹恒はこくりと小さく頷いた。そしてそのまま穹の胸元に顔を埋めるとゆっくりと瞼を閉じる。疲れていたのは丹恒だってそうで、穹の側に居ないだけで、心が随分安寧を欠いていた。うとうとと眠気に誘われている丹恒に穹は声を掛ける。
「丹恒」
小さく名前を呼ぶ。だがその瞼が開くことはない。彼は今どんな夢を見ているだろうか。穏やかな夢であれば良いと思う。
「……丹恒」
もう一度名前を呼んだ。今度は少し大きめに。それでも彼が目を覚ます気配はない。穹は裸のままの丹恒に、裸のまま抱きついて、瞼を閉じる。久しぶりに水の音がして、落ち着いた。
「おやすみ、丹恒……」
こうしていたら、自分も、彼女の夢を見ない気がする。
「すっかり隈が消えたな」
「んっ」
叱られながらも資料室に持ち込んだサンドイッチを頬張っている最中に、丹恒の指先が目の下を撫でた。穹はそれに目を細めると、口の中のものを飲み込んでから小さく頷いた。
「うん」
「……それで?」
そう問われ、穹は困ったように眉を寄せた。
「……それでって?」
「はぐらかすな。わかっている」
穹は諦めるように肩をすくめた。やれやれと首を振って答える。
「応急処置だ。あくまで……会ったけど、カフカはなにもしてくれなかった。その代わり病院で処方箋を出してもらえって言った」
「ベロブルグまでか?」
「それは、どこでもよかったから、適当に選んだだけ」
穹の言葉に、丹恒は呆れたようにため息をついた。そしてそのまま言葉を続ける。
「ナターシャが優しいからか」
「医者も薬も優しい方が効く」
「カフカが、優しいか?」
「さあ。でも、そこまで冷たくもない」
嫉妬混じりの嫌味は通じない。丹恒は静かな目で穹を見つめていたが、やがて諦めたようにため息をついた。
「でもこれで、会う理由が無くなった。カフカは何も教えてくれない――丹恒?」
ふと丹恒の指先が頬に触れた。その指先は、まるで壊れ物を扱うかのようにそっと優しく触れてくる。 穹が不思議そうな顔で見ると、丹恒は唐突に口づけた。
「ん……っ」
突然のことに驚いた顔をした穹だったが、彼はすぐに目を閉じてそれを受け入れる。そのキスは短く、互いに性的な欲求は見いだせなかった。
「丹恒……どうした?」
「……」
穹の問いかけにも答えず、丹恒はそのまま彼の身体を押し倒した。そしてそのまま再び唇を重ねる。その勢いに思わず戸惑ったように穹は眉を寄せたが、丹恒は素知らぬ顔をする。
「ん……」
子猫のじゃれ合いのようにキスを繰り返しながら、丹恒の手が穹のシャツの中へ忍び込む。
それを拒むでもなく受け入れながら、穹もまた丹恒の身体へ手を這わせた。
「は、ぁ……っ」
丹恒がようやく口を離す頃には、穹はすっかり蕩けた表情になっていた。
そんな彼を見下ろして、丹恒もまた熱の籠った吐息を吐き出す。そしてそのままゆっくりと彼の首筋へと顔を埋めると、そこに強く吸い付いた。
「……ッ」
穹が声を上げる、それでも彼は抵抗をしなかった。丹恒は小さく笑うとさらに強く噛み付いた。
「ん……」
反応を楽しむように丹恒はさらに強く噛みつき、そしてようやく口を離した時にはくっきりと赤い歯型が残っていた。それを指先でなぞりながら丹恒は言う。
「お前の服では隠れない箇所だ」
「……何? 所有印?」
「もう一度それでカフカに会いに行くといい。俺は止めない」
「それは、ちょっと困る」
「なぜだ?」
「カフカは俺のこと、まだ全然子供だと思ってるから」
「なら、大人になったことをわからせてやればいい」
「どうやって?」
穹がそう問うと丹恒は答えずにただ笑うだけだった。その反応に穹は小さく肩をすくめるとそのまま彼の身体を抱き寄せた。そして耳元で囁くように告げる。
「恋人ができたって言っていい?」
「毎晩メチャクチャにされている、と言ったらいい」
「カフカに嫌な顔されたら悲しい」
「なら、もう毎日しないか?」
「それは、もっと嫌だ」
穹はそう答えると丹恒の首筋に噛み付いた。強く吸い上げれば赤い痕が残る。それを確認してから今度は自分の番だとでも言わんばかりに彼の服に手をかけた。そっと、その手に丹恒が重ねる。
「例えばお前が今後、彼女と俺を秤に掛けて、彼女を選んだとして」
丹恒はそう言いながら自分の服を彼の手で捲り上げた。そしてそのまま腹に手を這わせると、ゆっくりと上へと滑らせていく。穹はされるがまま、じっと丹恒の言葉を待つ。
「俺はそれを責めない」
「……」
「だがお前と関係を持った以上、俺が誰かに目を向けることも――お前の元を去ることも決してない」
「……うん?」
丹恒の言葉に穹は首を傾げたが、彼はそれ以上何も言わなかった。ただ黙って穹の指で己の身体を愛撫していくだけだ。その指先が敏感な部分に触れる度、丹恒は小さく声を漏らす。
「……っ」
穹の指先は優しく、それでいて的確に丹恒の弱い部分を攻め立てていく。その度に甘い吐息を漏らしながら、丹恒は身を委ねるように穹に寄りかかる。
「そのときは俺が選ぶ、お前を」
奪っても、連れ去ってでも。そしてそのときお前の口からは、きっといつもの悲観主義が飛び出すだろう。その予測に確信を持って、丹恒はうっとりと夢想に浸りながら穹を甘く抱き寄せた。