火山流体研究センター設置までの経緯

火山流体研究センター設置までの経緯

名誉教授 平林 順一

 

                          

1.はじめに

火山流体研究センターは、学術的にも社会的にも要望の強い火山噴火予知研究を推進するために実施されている国の「火山噴火予知計画」に基づいて設立された学内共同の教育研究施設である。  

火山流体センターは、火山噴火予知第3次5ヵ年計画で、101の活火山のうち「活動的で特に重点的に観測研究をおこなう」12火山の一つに選定された草津白根火山をはじめ、全国の活動的火山における化学的観測研究を推進し、各火山の活動状態を評価するとともに、揮発性成分の挙動、火山ガスの熱力学、新たな予知手法の開発など基礎研究の推進、また、水蒸気爆発の発生と関係の強い火山体地下の構造、流体の特性、流動等を総合的に研究し、噴火発生メカニズムを解明するなどの成果を挙げてきた。        

また、関連する学部、専攻においての講義や研究指導を通じて教育、人材の育成を図り、今後の本研究分野の研究の継続・発展を務めてきた。

 火山流体研究センターは、「草津白根火山観測所」時代から東京工業大学の独立部局として研究活動を継続し、理学部化学科の協力講座として講義や学部・大学院学生の研究指導を行ってきた。2000年の火山流体研究センターへの改組後は理学部地球惑星科学科の協力講座にもなった。火山流体研究センターは、本学のセンター等の改革の一環で2016年に理学研究院に所属することとなり、独立部局ではなくなった。但し、従来からの化学科及び地球惑星科学科の協力講座の関係は維持された。

今2023年に、大学の組織改革の一つとして、多元レジリエンス研究センターの火山地震部門として今後の研究・教育活動を推進することとなり、1985年発足以来、国の火山噴火予知研究の一翼を担ってきた火山流体研究センターの名称が消えることとなったことは残念の一言に尽きる。

尚、1974年に始まった「火山噴火予知計画」は、第7次火山噴火予知5ヵ年計画(2004年~2008年)まで35年間継続してきたが、第8次計画以降は、地震予知計画計と一体化し「地震及び火山噴火予知のための観測研究計画」、更に「災害の軽減に貢献するための地震火山観測研究計画」に名称が変更され、大学の火山噴火予知研究は継続された。

ここでは、主に私が関わってきた草津白根火山観測所の発足から火山流体研究センターに改組するまでの経緯などについて取りまとめ、本学の火山研究、特に、火山噴火予知研究が一層の発展することを願う。

大学の火山噴火予知研究は、2004年の国立大学の法人化以後弱体化し、社会的要望に十分こたえられなくなるなど研究の発展的継続が危惧されていたが、2023年6月に、火山防災強化推進都道県連盟の要望などを受け、自民党の噴火予知・対策推進議員連盟(火山議連)の発議によって「活動火山特別措置法」改正され、文部科学省に「火山調査研究推進本部」が設置されることとなえい、今後、大学の火山噴火予知研究は、同推進本部のもとで再強化され、関係機関と連携して国の火山噴火予知研究を継続することとなる。

 

2. 東京工業大学火山流体研究センター(草津白根火山観測所)設置の背景と沿革


(1)東京工業大学における火山研究

1950年、岩崎岩次教授が九州大学から東京工業大学に着任(分析教室)し、東京理科大学から赴任し、火山ガスの採取分析法を確立した小澤竹二郎助手(後に埼玉大学教授)、マグマ中の揮発性成分の特性・挙動の研究を進めた吉田稔助手(後に本学化学科教授)らと共に火山岩、火山ガス、温泉水などの地球化学的研究を推進した。膨大な研究成果は、本学の「Bulletin of Tokyo Institute of Technology」や「火山化学(講談社)」に集約された。1961年には、伊豆大島火山や浅間火山における化学的火山研究を行っていた小坂丈予助手(後に本学工学部教授)が東京大学地震研究所から工学部無機材料工学科に着任し、理学部化学科分析化学教室と共同で全国の火山における地球化学的研究、特に、火山ガスの化学組成やその変化などから、火山活動状況を把握する手法の確立に努められた。この業績は高く評価され、本学の手島賞および、地球惑星科学に関わる物質科学の幅広い分野において新しい発想によって優れた研究成果を挙げ、国際的に高い評価を得ている研究者を表彰する三宅賞を受賞している。1977年には、東北大学から大学院総合理工学研究科に地球化学研究分野の一國雅巳教授が赴任した。また、1986年には、東京電通大学から松尾禎士助教授(後に教授)が理学部化学科に着任し、地球年代史、揮発性成分の挙動、同位体組成を用いての地球化学的研究を発展させるとともに、後に、物質循環の視点から地球化学を体系化し、地球化学の理論の基礎知識などを纏め、地球化学を学ぶ学生に最適の教科書ともなる「地球化学(講談社、1989)」を出版した。このように、東京工業大学には、多くの地球化学を専門とする研究者が在籍し、先人の火山における地球化学分野の研究業績は、火山流体研究センターに引き継がれ、火山噴火予知研究の発展の礎となっている。


(2)草津白根山の火山活動と研究成果

草津白根火山の化学的研究は、東京大学理学部分析教室を退職後、上智大学に赴任し、理工学部創設に尽力された化学科分析化学教室、南英一教授らと共同して、1965年から始まった。以後の継続的な研究を進めるなか、1976年に水釜火口で噴火が発生した。この噴火に際しては、火山ガスの化学組成の変化、湖水の化学組成変化や新たな噴気活動の出現などから、噴火発生の約1年前に、噴火発生の恐れがあること、噴火が発生する場合の噴火場所は水釜周辺であるとの推定など、化学的な観測によって水釜噴火発生の予測に成功している。

また、1982-1983年に湯釜火口を中心に5回の噴火が発生したが、前年には、火口湖湯釜に噴出する火山ガス組成などから、同火山の活動中心は湯釜火口であり、極めて高い活動状態にあることなどから、噴火発生に備え、火口周辺への立ち入り規制を地元自治体に勧告し、人的被害を未然に防ぐこと貢献している。


(3)草津白根火山観測所の設置

国は、1984年度からの「第3次火山噴火予知計画」の策定にあたり、1982-1983年に5回の噴火が発生し、草津白根山が高い活動状態にあることを踏まえ、同火山を「重点的に観測研究を行うべき12火山(当時の活火山は101)」の一つに取り上げ、観測の強化を推進することとした。

これを受けて東京工業大学は、長年にわたる本学の地球化学的研究の実績、草津白根火山での化学的研究とその成果、火山噴火予知計画発足時から、同計画で実施されている「特定火山集中総合観測」事業を化学的見地から推進してきたことなどを踏まえ、草津白根山の観測研究の推進と強化のため「草津白根火山観測所」設置を概算要求し、1985年に特別施設「草津白根火山観測所」の設置が認められた。 

但し、草津白根山の火山観測システムの整備等の経費は1984年から手当され、湯釜火口の水温、水位、水釜火口の噴気地帯の地温などの観測システムの整備に着手した。

尚、「草津白根火山観測所」の概算要求は、研究内容から理学部から提出したが、認められたのは、特別施設であったため、当時の理学部長は、理学部での取扱を辞退された。そこで、草津白根火山観測所の設置に尽力された小坂丈予教授が所属した工学部で事務取扱を行うことを文部省が了承し、施設の設置が正式に決まった。

1985年度に特別施設「草津白根火山観測所」が設置されたのを受けて、山頂部からの観測テータの無線搬送などを考慮し、当時の厚生省所管の療養所「栗生楽泉園」の敷地の一部約1400m2を所管替えで譲り受け、翌1986年11月に現地観測研究拠点となる草津白根火山観測所(198m2)を建設した(写真1、観測所入り口の門柱の銘版の題字は、田中郁三学長によるものである)。

翌1987年6月には、文部省学術課、下鶴大輔火山噴火予知連絡会会長(東京大学地震研究所名誉教授)、東京大学地震研究所井田喜明教授、渡辺秀文助教授、加茂幸介京都大学桜島火山観測所所長(教授)、石原和弘助教授、岡田弘北海道大学有珠火山観測所長(助教授)、山本巌草津町長はじめ多くの関係者、本学からは田中郁三学長、末松安晴工学部長、小坂丈予名誉教授、工学部大津賀望教授、理学部松尾偵士教授、小澤竹二郎助教授、大学院総合理工学研究科一國雅巳教授、工業材料研究所長丸茂文幸教授ら多くの方々にご来臨いただき、盛大に開所式が執り行われ(写真2)、翌1988年に定員2名の省令施設に昇格した(初代所長は末松工学部長、助教授1(平林順一)、助手1(大場武))。

1992年度には、本学の全国の活動的火山における化学的移動観測研究が評価され、その充実のため「全国地球化学移動観測」要員として、助手1名が増員され、野上健治助手が着任した。また、1996年度には、助手振り替えの教授定員が認められた。定員は教授1(平林)、助教授1(大場)、助手1(野上)となった。

2000年度には、火山噴火、特に水蒸気爆発発生と関係の強い地下浅部構造と火山流体の特性とダイナミクスを総合的に研究するため、化学的研究分野に電磁気学的研究分野を導入して、「草津白根火山観測所」を火山流体研究センターに改組した。改組に当たっては、前年から、外部委員として東京大学地震研究所渡辺秀文教授、本蔵義守センター長、平林らによるワーキンググループを組織し、万全の準備を行い概算要求に備えた。改組によって、定員は教授2(平林、小川康雄、助教授2(大場、野上)助手1となった。但し、助手は化学科からの振り替え定員(在籍助手)であり、センター、化学科、理学部事務部との協議によって、物質化学科に配属され、センターとは異なる職務を行うこととなった。

また、センター化までに、現地観測拠点である草津白根火山観測所は、定員増、各種観測・実験設備の年次的整備などによる狭隘状態を解消するため、約300m2の実験・研究棟、野外調査準備棟、学生のための研修棟、ボーリングコア保管棟など学を整備した(写真3)。

尚、このために厚生省から更に500m2の土地を所管替えで譲り受けた。

写真1  1986年11月に完成した草津白根火山観測所(門柱銘版の題字は田中郁三学長による)

写真2 草津白根火山観測所開所式

写真3 現在の草津白根火山観測所全景

年次別の建物整備

1986 研究実験棟 (198m2)

1992 研究実験棟・車庫 (340m2)

2000 研修棟 (77m2)

2000 調査準備棟 (29m2)

2001 ボーリングコア保管等 (29m2)

3.観測・実験設備の整備

センター(草津白根火山観測所)は、特別施設設置前年の1984年から草津白根山の観測研究推進および移動観測に必要な観測・研究設備を順次整備を行ってきた。以下に、火山流体研究センターに改組するまでの主な整備状況をまとめた。

尚、火山噴火予知第3次5ヵ年計画において、東京大学地震研究所においても草津白根山の地震、電磁気、地温の常時観測網を整備した。但し、これらのうち地震観測設備は、現在、火山流体研究センターに引き継がれている。


野外観測設備

1984-1986 活動火口観測装置、湯釜火口の水温・水位

1986 火山ガス観測装置(殺生河原H2S)  温度観測装置(殺生河原地温12点, 湯畑源泉水温2点)

1987 地震観測傍受装置(東大が実施する山頂域の地震観測データ傍受)

1989 湖底噴気活動観測装置(湯釜:ハイドロフォン)

1990 地殻変動観測装置(湯釜南:地中地震傾斜計) 

1991 温度観測システム(水釜地温観測測テレメータ化)

1992 遠隔火山活動観測装置湯釜:テレビカメラ)

1993 地殻変動観測システム(GPS 湯釜、神社、レストハウス)

1995 HCl連続計測器 

2001 地中地震傾斜計(湯釜東50m、湯釜西200m) 衛星データ受信装置

991

分析・実験設備

1987 ICP発光分光分析装置

1988 ガスクロマトグラフ質量分析装置、蛍光X線分析装置

1991 粒度分析計

1992 熱分析装置

1993 全自動粉末X線回折装置、ガス同位体質量分析装置、全硫黄分析装置

1997 高周波炉 蛍光X線用ガラスビード作成 


移動観測設備

1989 紫外線相関スペクトロメーター, 自動ガスクロマトグラフ装置, 温度観測装置

1990 移動観測車、光波測距器・角測器、水素ガス計測装置、温度観測装置

1991 温度観測装置、赤外線熱映像装置、重量計、自動ガスクロマトグラフ装置

1994 デジタルレベル 

1998 ラドン観測装置、G P S観測装置 

1998 データ収録装置(地震用LS8000) 

1999 データ収録装置(地震用LS3300)

2001 SO2測定装置

2002 CO2測定装置、データロガー



4集中総合観測

火山流体研究センター(草津白根火山観測所)は、火山噴火予知計画の「特定火山の集中総合観測(対象火山は1年に2火山、1992年からは集中総合観測1火山、構造探査1火山)」事業に1974年度から参画し、関係する研究機関と共同で対象火山の活動状態を把握するための化学的観測研究を実施してきた。下表にはセンターが参加した集中総合観測及び構造探査の対象火山を年次ごとにまとめた(但し、火山噴火予知計画と地震予知計画が連携するまでの第7次火山噴火予知計画終了時まで)。

草津白根山の集中総合観測は、これまで4回実施された、第1回と、第2回の集中総合観測は、浅間山と併せて実施され、成果は、東京大学地震研究所彙報に取りまとめられている。第3回、第4回の集中総合観測は、火山流体研究センターが世話役となり実施し、それぞれの成果は報告書にまとめられている。尚、第4回の集中総合観測では、山頂域を対象とした小規模な構造探査も実施した。


火山流体研究センター(草津白根火山観測所)が参加した集中総合観測および構造探査

*印は構造探査実施火山 

年度   対象火山

1974   伊豆大島 桜島

1975  

1976   草津白根山 桜島

1977   浅間山 阿蘇山

1978   有珠山 桜島

1979   吾妻山

1980   三宅島 桜島

1981   浅間山 草津白根山 阿蘇山

1982   有珠山 桜島

1983   樽前山 伊豆大島

1984   草津白根山 諏訪之瀬島

1985   三宅島 桜島

1986   雲仙岳

1987   北海道駒ケ岳 焼岳

1988   磐梯山 桜島

1989   雌阿寒岳 諏訪之瀬島

1990   秋田駒ケ岳 三宅島

1991   有珠山 桜島

1992   草津白根山 阿蘇山*

1993   有珠山*

1994   霧島* 雲仙岳

1995   雲仙岳* 三宅島

1996   霧島* 桜島

1997   磐梯山* 道南3火山

1998   阿蘇山* 諏訪之瀬島

1999   伊豆大島* 岩手山

2000   岩手山* 薩摩硫黄島 口永良部島

2001   有珠山* 雲仙岳

2002   北海道駒ケ岳*

2003   草津白根山

2004   口永良部島* 御嶽山

2005   浅間山* 浅間山

2006   浅間山* 有珠山

2007   桜島* 桜島

2008   桜島* 阿蘇山