体節形成
脊椎動物の体には、脊椎骨や肋骨などの分節構造が観察されます。この分節構造は発生過程で作られる体節という中胚葉組織に由来します。体節は生物種に固有な時間周期(ヒト: 5時間、マウス: 2時間、ニワトリ: 1.5時間、ゼブラフィッシュ: 0.5時間)で頭側から尾側に向けて一つずつ作られていきます。この体節形成の時間周期は、細胞の中のタンパク質濃度の増減(振動)の周期で決まることが知られています。タンパク質の濃度の振動は体節を作る時間を決める「時計」としてはたらくため、「分節時計」とよばれます。それぞれの細胞はまわりの細胞とコミュニケーションし、分節時計の針を合わせる(リズムを同期させる)ことで、まとまって体節に分化します。
細胞の動きと分節時計の同期
体節は未分節中胚葉と呼ばれる組織の前側がくびれとられることで作られます。未分節中胚葉の細胞は組織の中を動き、隣にいる細胞を入れ替えます。それぞれの細胞は膜タンパク質であるDeltaリガンドとNotchレセプターをもちいてリズムの情報をやり取りすることができます。しかし、細胞が動き、隣の細胞が頻繁に入れ替わる中で分節時計を同期させることはできるのでしょうか?動物を用いた実験により細胞の動きの効果を調べることができれば良いのですが、そのような実験を行うことはいまのところ困難です。
そこで、この問題に答えるため私たちは細胞をトラッキングすることで細胞の移動速度を計測し、細胞移動をコンピュータ上で再現し分節時計の同期が起きるのかをシミュレーションしました。その結果、細胞が動くことで分節時計の同期がより起きやすくなることがわかりました。細胞が動くことで隣の細胞との同期は崩れます。しかし、いままで離れていた細胞とコミュニケーションするチャンスも生まれます。そのため、細胞集団全体でみると、動いた方が同期しやすくなります。私たちの研究は、細胞の動きによる情報伝播によって分節時計がより精確になり、体節形成が頑健に起きている可能性を示唆しています。
Uriu K., Bhavna R., Oates A.C., Morelli L.G. (2017) A framework for quantification and physical modeling of cell mixing applied to oscillator synchronization in vertebrate somitogenesis. Biol. Open 6 1235-1244
分節時計の再同期過程
体節形成が起きている間にも未分節中胚葉の形状は変化していきます(変形)。この組織変形が分節時計の時空間動態に及ぼす影響を明らかにする目的で、ゼブラフィッシュ分節時計の再同期過程を数理モデルとイメージングデータを用いて解析しました。
Delta-Notchシグナルの阻害剤をゼブラフィッシュ胚に投与することで、細胞間で分節時計を脱同期させることができます。その後、阻害剤を除去すると細胞間の相互作用が回復し、時間とともに分節時計が再同期していきます。この過程を数理モデルによって再現し、組織の変形の仕方に依存して分節時計の同期の仕方が変化することを明らかにしました。また、シミュレーションによる予測が複数の実験データと一致することを確認しました。
Uriu K., Liao B-K, Oates A.C., Morelli L.G. (2021) From local resynchronization to global pattern recovery in the zebrafish segmentation clock. eLife 10 e61358
概日時計
ヒトを含めてほぼ全ての生物は、暗闇のなかでも約24時間周期のリズムで活動することができます。これは体の中に24時間を測る時計があるためで、この時計は概日時計と呼ばれます。ヒトでは概日時計の中枢は脳に存在する視交叉上核とよばれる神経核であり、視交叉上核は数万の神経細胞から構成されます。神経細胞の中では、時計遺伝子から作られるタンパク質の濃度が約24時間周期で振動します。哺乳類の時計遺伝子としてPeriod (Per), Cryptochrome (Cry), Bmal1, Clockといった遺伝子がこれまでに同定されています。時計遺伝子間には遺伝子間相互作用があり、これにより約24時間周期のリズムが形成されます。例えば哺乳類では、CLOCK-BMAL1複合体によりPerとCryの転写が誘導されます。翻訳されたPER、CRYタンパク質は複合体を形成し、CLOCK-BMAL1の転写誘導能を抑制します。PerとCryによるこの負のフィードバック制御が哺乳類の概日リズム発振に不可欠であるとされています。
網膜からの光入力は、視交叉上核に伝達され神経細胞内の遺伝子発現リズムを変化させます。光刺激を受けた時刻に応じて概日時計遺伝子の発現リズムは進んだり、遅れたりします。これにより概日時計は明暗サイクルに同調することができ、例えば私たちが海外旅行に行った場合でも数日のうちに現地の時刻に概日時計を合わせることができます。
位相応答におけるPeriod1/2の役割分担
光情報は時計遺伝子Per1とPer2の二つに入力されます。PER1とPER2タンパク質のアミノ酸配列には相同性があるため、この二つのタンパク質は似た機能を持つと予想されます。それでは、Per1とPer2は単に同じはたらきをする二つの冗長な時計遺伝子なのでしょうか?Per1とPer2の発現リズムの間にはズレがあり、Per1の転写がピークを迎えた約4時間後にPer2は遅れてピークを迎えます。私たちは数理モデルをもちいたシミュレーションにより、この4時間の差があることで、光応答においてPer1とPer2の間に役割分担が生じることを明らかにしました。すなわち、Per1は光刺激により概日時計を早めるはたらきをし、Per2は概日時計を遅らせるはたらきをします。これらの結果は、例えばもしPer1のみを特異的に転写誘導できる化合物を同定できれば、時刻に依存せず概日時計を早めることができることを示唆します。
Uriu K., Tei H. (2021) Complementary phase responses via functional differentiation of dual negative feedback loops. PLOS Comp. Biol. 17 e1008774
概日時計のdead zone
多くの生物では、生物にとっての昼間の時間に光を浴びても、概日時計の位相は変化しません。この不応期はdead zoneと呼ばれます。dead zoneがあることで概日時計はより精確になることが先行研究により知られていましたが、dead zoneがどのように形成されるかについては不明でした。
そこで、1細胞レベルにおいてdead zoneが形成されるメカニズムをリミットサイクルの位相感受性を計算することで理論的に調べました。その結果、負のフィードバックループのリプレッサーを合成する反応が飽和していると、dead zoneが生じることがわかりました。光に対する遺伝子もしくはタンパク質の応答の違いにより、ショウジョウバエではリプレッサーの転写が飽和しているとdead zoneが現れます。一方、哺乳類やアカパンカビでは、リプレッサーの翻訳過程に飽和反応があると、dead zoneが形成されることが、数理モデルから予測されました。
Uriu K., Tei H. (2019) A saturated reaction in repressor synthesis creates a daytime dead zone in circadian clocks. PLOS Compt. Biol. 15 e1006787