「さっくらー」
「も~丹羽先生、今は仕事中ですよ~」
「いいだろー昼休みなんだしー」
今は昼休み。大半の先生が昼食を買いに行ったので職員室はガラガラだ。
その一角、一年生の担任のスペースで、B組担任の杏奈は、隣のC組担任の桜に絡んでいた。
「はいはい、それでどうしましたか~?」
「これ、作ってきた」
ゴトリ、と桜の机に杏奈が置いたものは、小さな箱。綺麗にラッピングされている。
「開けてもいい~?」
「もちろん。というか開けて欲しい」
「それじゃ~オ~プン~」
テレビ番組のMCでもないのに、そんなナレーションを入れて、桜はラッピングを丁寧に剥がす。
そして、中から現れたのは……。
「チョコレートだ~!」
「今日はバレンタインデーだろ? だから……」
「これは~手作りだよね?」
「もちろんだ。あ、味は保証できないけど……」
「いいよいいよ~食べてもいい~?」
「ああ、もちろんいいけど……」
「それじゃあ、いただきま~す」
そう言って、桜はチョコレートをさっそく開けると口に入れる。形はまあまあ綺麗な球体だったが、果たして味の方はどうなのか……。
「……どう、美味しいか?」
「……………………おいしいよぉ~」
「なんだその不自然な間は⁉ それになぜ泣いている⁉」
こみ上げてきそうなものをこらえて、彼女はゆっくりとチョコを食べ終える。
「ご馳走様でした~、おいしかったよ~」
「それならよかった……」
対する杏奈はほっ、と胸を撫で下ろす。桜はその隙に、自分の水筒から大量の水分を補給して口を洗い流した。
「じゃあ、今度はわたしの番だね~」
桜は自分のバッグをガサゴソと漁ると、ピンク色のリボンが綺麗にラッピングされた箱を取り出す。
「はい、わたしからのバレンタインチョコ」
「おおー! サンキュー! 開けてもいいよな?」
「もちろん~」
杏奈は丁寧にラッピングを外して蓋をあける。
箱の中には、区分けされたスペースが六つあり、その一つ一つにチョコレートが入っていた。チョコレートは一つ一つ違う種類のもので、杏奈は店でよく見る詰め合わせセットみたいだな、と思った。
「おぉ~、これ買ったのか?」
「いや~、全部手作りだよ~」
「マジで⁉ スゲーな!」
どんだけ手間がかかったんだ、と杏奈は桜の手間と努力に思いを馳せる。
「……食べてもいい?」
「もちろん!」
「それじゃ、いただきます……」
杏奈は一つ、口に入れる。
「……」
「……どう?」
「……美味いよ、美味い。桜と友達で良かった~」
「泣かないでよ~」
桜とは違い、こちらはチョコレートの美味しさに感涙していた。
桜は毎年スゴく美味しいチョコレートを作ってきてくれている。しかし、自分はどうだ、こんな微妙なクオリティのチョコレートをお返しとするのは、不釣り合いなんじゃないか。杏奈はそんなことを考えた。
「……なぁ、私のチョコレートあんまり美味しくなかったろ?」
「ん~~~~~~~~そんなことないよ~?」
「そんなことあると思ってるだろその間は!」
はぁ、と杏奈はため息をつく。
「……いつも申し訳ないんだよ。毎年桜は美味しいのを作ってきてくれるのに、私はそこまでクオリティの高くないものしか渡せないから……」
「……杏奈ちゃんの気持ちが籠っていることは分かるから、わたしはそれで十分だよ~」
「それでも、味の方は微妙だろ?」
「ん~~~~……まぁ」
「そーなんだよなー」
せめてもう少し上手くなりたい、と杏奈は呟いた。
それを見て、桜は少しの間考えると。
「だったら、今度作り方、教えよっか~?」
「いいのか?」
「もちろん! 杏奈ちゃんとお料理するの、楽しそうだな~」
「是非! 是非よろしく頼む!」
杏奈は桜の手を取ってブンブンと振り回す。その裏で、桜は、これでお料理が上手くなれば、これ以上あの破滅的な味を我慢して食べることなく済みそうですね~、とちょっと黒い算段を立てているのだった。