「うう……む?」
「あ~お目覚めですか~」
チュンチュン、と窓の外からは小鳥の鳴き声。杏奈がそっちの方を見ると、既に外は明るくなっていた。
思わず起き上がろうとする。だがその瞬間、猛烈な頭痛が彼女に牙を剥いた。
「あいたたた……」
「大丈夫~? はい、お水」
「サンキュ」
杏奈は差し出された水を一気に飲み干す。
それでちょっと楽になったのか、彼女は周りを見渡す。
自分が寝ていたのはソファー。そして体にはブランケットがかけられていた。だが、明らかに自分のものではない。それに、壁にかかった午前七時を示している時計も違う。
そして、この部屋には桜がいる。ということは……
「ここは……桜ん家だよな」
「そうだよ~、もうすぐ朝ごはんできるからちょっと待っててね~」
「ああ、ありがと……」
桜は空のコップを受けとると、台所へと戻っていく。そして、そこからは何やらいい匂いが漂ってきていた。
だいぶ落ち着いてきたからか、杏奈に昨日の記憶が甦ってくる。
確か、桜を飲みに行こうと誘って、いつもの居酒屋で酒を飲んでいたら、アルコールが回ってきてそのまま桜のお持ち帰りに……。
そこまで至って思わず自分の服装をみる。流石に桜も着替えさせる余力は無かったのか、飲みに行った時の服装、つまり学校で働いていた時の服装のままだった。
それに、よく思い返してみれば、酒代も払っていない。自分から飲みに誘ったのに、だ。
杏奈は頭をポリポリかきながら桜に向き直る。
「なんか色々と世話してもらってゴメン、桜」
「ううん、わたしの方こそ、勝手に連れ込んじゃってごめんね~」
「……あー結局、飲み代は桜が全部立て替えてくれたんだよな?」
「まあね~」
「……後でレシート見せて。飲んだ分払うから」
杏奈がそう言うと、桜は皿を並べながら、
「え~どうしようかな~、このまま貸しにしちゃおうかな~。それで後で利用しよっかな~」
「腹黒いなお前」
表面上は穏やかに見えても、実は桜は結構腹黒いということを、杏奈はこれまで付き合ってきた九年間で充分理解していた。そして、この貸しを放置しておくと後々面倒くさいということになる、ということも。
「まあ冗談だよ~。これがレシートね~」
「おっけー」
やはり店に入ってからすぐに酔いつぶれてしまったせいか、そんなにお金はかかっていない。杏奈は自分の財布を探り、レシートとともに札と小銭を桜に渡した。
「あいよー」
「……ちょうどぴったり、お預かりしま~す」
桜はそれを確認すると、財布にそのまま流し込む。
「それじゃあ、朝ごはんできたから食べよっか~」
「なんか悪いな、桜」
「いいよいいよ~。それじゃあいただきま~す」
「いただきます」
今日の朝食のメニューはTHE・和風。
白米のご飯に味噌汁、焼き鮭に漬物。和食のテンプレ的な朝ご飯だ。
桜は一人増えたのによくこんなものを用意できたなぁ……と杏奈は思いつつも、きっちりといただく。もちろん、味も一級品だった。
「それはそうと、杏奈ちゃんは学校に行かなくてもいいの~?」
「え?」
「確か今日は、部活動の監督があるんじゃなかったっけ~?」
「…………あ」
杏奈はしばし呆然とすると、思いだしたのか、ガタンと立ち上がる。
「すっかり忘れてた!」
そして素早く振り返って時計を見る。部活の開始時刻までもう間もない。今すぐに桜の家を出ても、ぎりぎり間に合うかどうかのきわどいところだ。
幸い、杏奈は桜の家に何回も来ているので、この周辺の地理にはそこそこ精通している。それに、今は仕事に行く用の服装だ。
杏奈は再び座ると猛烈な勢いで食べ始めた。
「喉に詰まらせないでね~」
杏奈は返事をする時間も惜しいのか、首を振るだけだ。
「えーっと、次の電車の時間は~、五分後だよ~」
桜がそう言うのとほぼ同時に、杏奈は食べ終わる。
「……サンキュ、ご馳走様桜。行ってくる」
「は~い、行ってらっしゃ~い」
そう言って杏奈は食べたばかりなのに勢いよく駅へと走っていった。
それを見送って桜は一言。
「もう、しょうがないなぁ、杏奈ちゃんは……」
そう言う桜の口角は、少し上がっていた。