「慧」
飲み物を買って店から出ると、背後から声をかけられた。
「五十嵐か……何故こんなところに?」
「んー、何となく?」
気づかないうちに、五十嵐がついてきていたらしい。ステルス性能は相変わらずバッチリだ。
俺たちは一緒に皆の所に戻る。
「ねえ、少し休んでいかない?」
「……ちょっとだけだぞ」
五十嵐の提案で、俺たちは遊歩道から少し外れた、川に向かって低くなる階段に、腰掛ける。人通りはそこまで多くない。春のうららかな日差しの下で、小鳥たちの鳴き声が周囲から聞こえてきて、目の前の川ではいくつかの黒く細長いシルエットがゆらゆらと揺れていた。
頭上の、風になびいて花びらが散りゆく桜を眺めながら、俺は五十嵐とのこれまでの日々を振り返っていく。
思い返せば、十一月。冬に入りかけた寒い朝にランニングをしていた最中、衝撃的な出会いを果たした。最初は俺を殺しに来た、というのに半日後には許嫁として家に乗り込んで来てそのまま住み着いてしまった。学校にも転校してきて、ドタバタといろんな出来事が起こった。思えば、俺の学校生活のほとんどに、彼女が絡んできていたような気がする。
それから、十二月。俺がトラウマに囚われ泣いてしまったときに、彼女は何も言わず抱きしめてくれた。俺がトラウマを克服しようと動き出したのはそれがきっかけだった。
一月、二月。時間が経つにつれて、五十嵐との仲が深まっていった、と思う。その過程で色々やらかしたりしたけど……な。
そして、三月。墓参りのときが最大の修羅場だった。そして次々と明らかになる衝撃の事実。結局、俺の最大の後悔とトラウマは、一応の解決に至った。しかし、正直に言って、今でも頭の中が完全に整理できているわけではない。
「……もうそろそろ戻るか。皆が待ってる」
俺は思考の沼にハマってしまう前に、自ら提案して立ち上がる。
そして、三人が待ってる方へ歩き出すと、不意に五十嵐が走って俺の前で立ち止まった。そしてこちらに振り返る。
「ね」
「何だ?」
「あのときの答え、まだ言ってなかったよね?」
「え?」
何のことか分からず、俺は立ち止まった。そんな俺に対して、五十嵐は不敵な笑みを浮かべると。
「忘れたとは言わせないよ、告白してくれたじゃん、慧君」
「あっ……」
強い風が吹いて、桜の花びらが一気に宙を舞う。
桜色の流れを背景に、彼女がこちらを見て微笑む。
そして、彼女は口を開いた。