神は一瞬黙ると、再び話し始める。
「簡単に言うと、セラフィリの人格が揺らいでいるのさ」
「え?」
「今、セラフィリの中には『五十川光』の成分が薄っすらと入っている状態さ。普段ならば、セラフィリは自分の人格や存在を維持することができたけど、それが揺らいでしまうときがある。それはどういうときか?」
「……」
「五十川光に関連することに直面したとき、さ」
俺はハッと息を呑んだ。もしかして、以前、俺の出身中学校に向かったとき、五十嵐が頭痛になってしまったのは、これが原因だったのか? あの中学校は、俺の出身校だけではなく、光の出身校でもある。光に大いに関係している場所だからこそ、五十嵐は具合が悪くなってしまったのだ。
「五十川光を思い出すような場所や出来事によって、セラフィリの中の彼女の魂が活性化する。そうすると、セラフィリの人格や存在が揺らぐ。最悪の場合……セラフィリという存在そのものが崩壊して、その身に宿した大きなエネルギーを解き放つ。つまり、爆発するのさ」
「爆発……?」
俺がここに来る前、五十嵐はものすごく苦しんでいた。そして、人間になっていたはずなのに、天使の翼もリングも出現していた。つまり、あれは彼女の存在が崩壊しかけている状態だった……ということなのか。
そして、神の言葉を信じるならば、あのままだと爆発してしまう、と。人間が爆発など、にわかには信じがたい話だが、そもそも五十嵐が天使として俺の目の前に現れている時点で、彼女の存在に常識は通用しない。きっとその通りになるのだろう。
そして、ここで俺はもう一つ思い至る。もしかして、今朝俺に大量の留守番電話を掛けてきた水無瀬は、このことを予見して……いや、未来で爆発が起きたから、タイムリープして伝えようとしてきたのではないか。
このままでは、俺も、そして、五十嵐も終わってしまう! 何か方法は無いのか! 俺は、縋りつくような気持ちで神に尋ねる。
「俺は……俺は、どうすればいいんですか⁉」
「なーに、簡単なことさ」
至って真剣な俺とは対照的に、神は至って軽い口調だった。
「君にはもう全て伝えてある。考えれば自ずと分かるはずさ」
神は解決策を教えてくれなかった。
俺は面食らった。こんな大事なときに、ヒントだけを出しておいて後は自分で考えろ、ということか? 冗談じゃない。今は緊急時なんだ。
「冗談はよしてくださいよ! 早く教えて下さい!」
「んー……もう時間が無いんだよね。ほら」
辺りを見渡すと、白い空間が揺れているように見えた。同じ色だから知覚できないはずなのに、何故か揺れていることは分かった。この世界にいられるのもあと少しだ、と俺は直感した。
「君が一番、後悔していること、それを考えれば、自ずと答えが出てくるはず……これがヒントかな」
俺が今、一番光に伝えたいこと……全ては俺に伝えてある……。神の言葉が俺の中をぐるぐると回る。
「そうか……」
そして、俺はようやく理解した。このままでは存在そのものが無くなってしまう五十嵐。彼女を救うために、俺がやるべきこと。今この瞬間、それがやっと分かった。
「時間切れさ」
神がそう呟いた瞬間、この白い空間は崩壊を始めた。神の姿がノイズがかかったように見えなくなっていく。
そして、俺の意識は暗転した。